《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

ずっと母に認めて欲しかった父の死。でも それは僕が もう一度 父を失うことでもあった。

覆面系ノイズ 17 (花とゆめコミックス)
福山 リョウコ(ふくやま リョウコ)
覆面系ノイズ(ふくめんけいノイズ)
第17巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

ついにインストアライブを最後に活動休止に入るイノハリ。「活休中のアリスは自由」。ニノは黒猫やガールレスからのゲストオファーを受け、自分をさらに高めようとする。そして、杏への気持ちを自覚したクロが…!?

簡潔完結感想文

  • 活動休止で個々の活動は自由に。強くなって また会おう。どこかの海賊団!?
  • 一番大事なのは、目の前にいる人を抱きしめ、2人の温度を同じにすること。
  • いつだって自分が前に進むのは、負けを認めることから始まる。不器用に進め!

きしめることで伝わる想い、の 17巻。

2つの抱擁が印象的な『17巻』。絡まったものを解きほぐすのは、幾つもの言葉よりも幾つものキスよりも、目の前の人を愛おしく抱きしめることだった。自分だけの都合で現実を押しつけていたユズ、そして他人に取られたくないから愛を押しつけるように仁乃(にの)と交際したモモ。そんな未熟で不器用だった2人が、目の前の人を愛をもって抱きしめた時、本当に伝えたかったことが伝わっていく。ずっとずっと登場人物たちが成長してきた本書ですが、本当の愛の表現を見つけて、彼らは無敵になった。強くなった彼らの新しい音が奏でられることが、今から楽しみ。

抱きしめることは心に寄り添うこと。相手の心に寄り添えるだけの余裕が生まれて初めて出来る。

そして2つの曲が披露されるのを待っている。1曲はユズの曲。『16巻』でユズが仁乃に渡した、2人が一緒に歌うことを前提に作られた曲である。そして もう1曲がモモの曲。今回、ようやくモモは自作の曲を仁乃に渡す勇気と自信が持てて、彼女と曲を制作した。
作者はこの2曲をクライマックスに用意した。そして きっと その披露の舞台は夏フェス最大の会場。最高の2曲を最高の舞台で披露する、こんな幸せな場面が見られるのが今から楽しみである。

仁乃がモモの曲を歌うことをユズは非常に恐れていた。仁乃が歌うのは自分の曲だけだと ある意味で彼女を縛っていたが、ユズの視野が広くなり、そして個人的な事情からの活動休止になったために、仁乃の活動に制限が無くなる。ここで目を惹くのが、仁乃の音楽活動が飽くまでバンド「イノハリ」のアリスとして引き受ける、という条件だった。飽くまで仁乃にとって母体はイノハリであると強調することよって仁乃がモモとユズの間を行き来するような、浮ついた人間ではなくなっている。これは一種の武者修行であるという彼女の意思が示されることで、仁乃の音楽活動の信念は揺るがない。
しかもモモの曲は仁乃が単独で歌うのではない。モモのバンド「黒猫」のボーカル・深桜(みおう)とツインボーカルなのは浮気疑惑の予防線なのかもしれない。更には元祖イノハリのボーカルだった深桜が、2代目の仁乃と何のしこりもなく、プロ同士として競演するというのがドラマになっている。これは どの人物も自分の足で立つだけの実力と自負を経たからこそ出来ること。

ラスト付近は全ての要素において言えるのだが、これは「今」だから出来る曲という事実が何度も感動を呼ぶ。作曲家たちが研鑽を重ねたから良曲が生まれ、至らなかった自分に気づいたからこそ、ユズは歌声を取り戻し、モモは仁乃に自分の曲を渡せる勇気が持てた。

最終盤は作者が ずっとずっと描きたかったシーンを丁寧に描いている感じを受けて、メタ視点でも緊張感と達成感を感じる。いよいよ残すところ あと1巻。最後の歌唱/演奏を楽しみにしています。


ノハリ、活動休止前のラストライブ。
出番の直前にユズはメンバーに再開まで それぞれ足を止めないでいて欲しいと願う。メンバーを自分の曲で縛るのではなく、自由に音を楽しんで欲しい。思い切り自分に挑んで欲しいということであった。その上で、イノハリをまた始められたら幸いだ、とユズは言う。子供の頃の約束を果たすために機能した「イノハリ」という器だが、あれから7年が経過し大人になろうとしている彼らは、自立した存在の集合を理想形とする。7年でユズが声変わりしたように、変わりながら変わらないものを築き上げようとしている。
誰かを縛るのではなく、自由意志の下で、また集まりたい。それはユズの母親に対する態度にも近い。母を無理に現実に向けるのではなく、母が現実に向かい合うまで一緒にいる。その余裕がユズを大人にする。


乃は活動休止前から、半年前の自分よりも格段に大きくなっていた。ユズが もう歌えるように、今の仁乃は歌と恋を両立できるだけの器を持っている。モモはそれに気づくが、今度はモモの方に恋愛に足を踏み入れない理由があった。

仁乃に贈られたメガネによって新しい視界を手に入れたモモは自信を回復する。コンペに参加したり、男性用の曲も提供するなど挑戦を続けていた。だが、現状はモモは仁乃に曲を渡すことが出来ない。その勇気がない。

ユズはモモにも、活動休止中は仁乃が自由であることを告げていた。仁乃はイノハリ以外の活動を増やすと予想されるし、彼女への楽曲提供も多い。そして、モモからの楽曲を歌う可能性があることもユズは告げる。
これで仁乃がモモの曲を歌う条件は揃った。勇気の出なかったモモだが、イノハリのラストライブを観て腹をくくる。

舞台袖に下りてきた仁乃のカツラを取り、そして彼女の覆面=眼帯をもらう。これは仁乃をイノハリのアリスではなく、仁乃に戻すという儀式なのだろうか。仁乃がモモに新しいメガネをくれたように、今度はモモが仁乃の視界を広げ、新しいものに触れさせるという決意なのか。『14巻』で足元の包帯を取った時以降、モモの動作は何らかの儀式のような荘厳さを感じる。


うしてユズのいない学校生活が始まる。その間、イノハリの新曲は4週連続1位になっていた。

クロは杏(あん)への好意が積もるばかり。そんな彼に気づくのは深桜。彼らの共通点は2回目の恋をしていること。初恋成就が多い少女漫画の中で、2回目の恋をする2人の連帯感が可愛い。
杏を好きになりかけていたクロが彼女の周りの異性に嫉妬したように、杏はクロの周囲に異性がいることにやきもちを焼いてくれた。そんな彼女の心境を知ったクロは思わず彼女にキスをするが…。本書の、というか福山作品におけるキスは衝動的なものが多いですね。自覚するよりも早く自分の気持ちを素直に表すものなのだろう。


乃はソロ活動はしない。だが、イノハリのアリスとしてゲスト参加することには前向き。

そしてモモは事務所を通じて仁乃にボーカルを打診していた。ただ上記の理由で、ソロではなく、「黒猫」へのゲスト参加となる。

曲は深桜と仁乃のツインボーカル。深桜はそれを了承している。かつては黒猫でもイノハリと同様に仁乃の代役として わだかまりがあったが、その仁乃と歌うことを今は前向き。なぜならデモ曲をモモが聴かせてくれたから。モモがメンバーの意見を尊重する姿勢に嬉しさが生まれる。これはユズが活動休止をメンバーに相談したのに似ている。イノハリが結束して最強になったように、黒猫もメンバー間の絆が生まれつつある。


ズは2か月かけて、父が生前に親しんだ外国を見て回った。それでも母の認識は変わらないが、これまでになく母も自分も穏やかな日々を過ごす。

だが空港で、かつて父が事故に遭ったのと同じ便の飛行機が消息不明という報せを母が読み、彼女の精神は乱れる。
この状況に苦悩するユズ。そこに一本の電話が かかってくる。まるで父親からの電話だと錯覚するユズだったが、それは仁乃からであった。彼女は託されていた新曲の歌詞が出来たことを報告し、ユズを心配する。

仁乃の声でで立ち直るユズ。ユズにとって いつだって彼女の声は女神の祝福なのだ。
母の中に父が帰るまで、自分が手を引くことを改めて約束し、母を抱きしめる。頭上からユズが抱きしめた母の前に、父の遺骨が入ったペンダントが目に入る。母は それを父だと認識する。

待望の場面であったが、母が父の死を認識することは、ユズもまた父の死を改めて受け入れることとなるのが辛い。彼もまた本当の意味で父が不在であること、もう会えないことを認めなくてはならなかった。

そうして母子は父を送り出す。長かったトラウマ/トンネルから抜ける兆しが見え始めた。


2月にはユズは帰ってくる予定。イノハリの新曲は、未だにロングヒットを続けていた。

明確な日時は明らかになっていないが、この時点で1月~2月ぐらいだと思われる。でも大学の推薦入試を受けたハルヨシが、年明けに合格発表というのが謎すぎる。これだと推薦入試の学生は、それがダメだったら、そこから急遽 一般入試を考えろってことになる。そんな非情なスケジュールを学校が用意するはずないのだが。

クロと杏はキス以降、仲がギクシャクしていた。そんなクロの事情を初めて知ったハルヨシは、今すぐ告白することを強く訴える。
これは杏に謝罪しろ、という意味ではない。キスをしたならクロの気持ちは隠しようがなく、隠さなくていい状態なのだから、自分の中の気持ちを吐き出しなさい、とハルヨシは言う。
そしてクロは情緒のある放課後に、自分の気持ちを素直に伝えた…。

この日、ハルヨシのもとにきたのは2通の合格発表。1つは大学。そして もう1つは夏フェスであった。


こにきて ようやくモモは仁乃にゲスト参加の件を直接 打診する。曲は違えど長い間(『13巻』から)、彼女に渡せなかったデモ曲を聴いてもらう。

モモが仁乃の耳にヘッドホンを装着するシーン、これは『2巻』でユズが仁乃の耳にイヤホンを装着したのと意図的に似せているのだろう。あの曲で仁乃はユズの曲に魅了されたが、今回はモモ。作詞家にとって作詞は心を裸にすることらしいが、作曲家にとっても それは同じじゃないか。モモはクールの覆面を取って、初めて仁乃と素顔で、素っ裸で向き合ったのではないか。

仁乃の声に抱きしめられていたモモが、トラウマを乗り越え、今度は仁乃を抱きしめ返すような音を紡ぐ。

交際中よりも しっかりと向き合った2人。彼女の頭と心を自分の音で満たす、それは官能的な行為に思える。

コーディングが始まる。仁乃がモモの曲を歌うのは実は2回目。学園祭の『7巻』でも仁乃は歌ったが、あの時はユズの作曲ということにして事実を伏せており、初めからモモの曲と認識して歌うのは初となる。

その光景にモモは感動する。ブースの向こうにいる仁乃の姿は、まるで窓ごしに歌っていた頃の2人のようだ。この追体験は好きですねぇ。否が応でも感動してしまう。もうモモの住んでいた家は無くなり、同じことは出来ないが、同じ高さの視点で2人がガラス越しに言葉を伝えあう。終盤にきて1つ1つのシーンが、神がかってますね。

この日のことを楽しかったと素直に思える2人は一緒に並んで帰る。モモばかりが緊張してセンチになっていると思いきや、帰り道では仁乃が感涙する。もしかしたら夏フェスで同じステージで同じ曲を歌うかもしれない、一緒にうたえることがずっと続くかもしれないという幸福感が彼女を襲ったらしい。

そんな仁乃を、モモはただ抱きしめる。そうしてモモは、ずっと夢見ていた仁乃を、人生を照らす光を掴む。曲を渡すこと、彼女に歌ってもらうこと、彼女を抱きしめること、モモは全てを やり切ったのではないか。7年分の荷物を下ろし、モモは一層 自分の気持ちに素直に生きる。

覆面系ノイズ Side B」…
約束したデート(『11巻』)の帰り道の、ハルヨシと深桜の後日談。
もう この時点で深桜はハルヨシから逃れられない運命。Sヨシ先輩、好きです☆

覆面系ノイズ #001」…
ヤナと月果の腐れ縁の お話。この2人の話は内輪カップルの後付けに見えちゃうなぁ。大学時代の月果は杏ちゃんに見える。ってことはヤナと杏が出会ったら、トキメいちゃう!? クロ ピンチ!

覆面系ノイズ #002」…
軽音部の男性陣の恋バナ。イノハリよりも、年相応の男子高校生たちで◎。次作『恋に無駄口』は こんな感じなのだろうか。