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少女漫画と小説の感想ブログです

覆面の下の、ほんとのこころ、顔、作曲者は、自白しない限りバレない絶対的なルール。

覆面系ノイズ 7 (花とゆめコミックス)
福山 リョウコ(ふくやま リョウコ)
覆面系ノイズ(ふくめんけいノイズ)
第07巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

届けたい想いを胸に学祭ライブのステージに立ったニノ。スランプを抜け再び輝く事はできるのか?そしてニノへの曲を作ったユズとモモ。彼女を目覚めさせることが出来るのはどちらの曲!? 同時にクロの密かな恋にも変化の兆しが…。そしていよいよイノハリが次に目指すものとは!? ライブも恋も激しい最新刊!!

簡潔完結感想文

  • 20分4曲の学園祭ライブの中で、様々な物事を「助走」にして仁乃が飛翔する。
  • ユズとモモ、それぞれが作った曲の中には子供の頃の思い出が仕込まれている。
  • 圧巻のライブでも気づいた自分の未熟さ。こうして次の目標を見つけ助走する。

期休みにしかバンド活動しない子役のようなイノハリ、の 7巻。

『6巻』『7巻』は高校生編である。今更だが、本書はプロのバンド「イノハリ」編と、ただの高校生としての日々を描く高校編があることに気づく。そして高校生編の方が、各人の恋愛模様の描写が多い。そして誰もが満たされない恋愛をしているから、苦しみ悩み、その葛藤が自分の成長を誓わせ、それが歌唱・演奏・作曲技術の向上に繋がっていく。高校生活というプライベートのゴタゴタが多いほど、彼らのプロとしての活動に磨きがかかるのかもしれない。スターが しばしば悲劇的な人生であるように、イノハリの成功は10代の彼らの不幸と比例しているのかもしれない。

これは1人の人間が2役を演じている状況で、これが物語にメリハリをつけている。もし彼らが専業のプロのバンドメンバーであったら、バンドが成功する様を描いたとしても一本調子になってしまって、やがて読者も飽きるだろう(この作者の場合はちゃんと工夫するだろうが)。しかしイノハリの活動の裏に、彼らの高校生活が描かれて、本書は二本の柱で支えられる。

そして何より高校生編最大のメリットは、イノハリでは歌えない曲を歌えるということ。イノハリではボツになったユズ作曲の歌を発表したり、イノハリのライバルバンドの深桜(みおう)と仁乃(にの)が一緒に歌うことも可能だ。そして『7巻』最大の見せ場は、何と言ってもライバルバンドのメンバーであり曲を提供するモモの曲を仁乃が歌う場面だろう。こんなことが可能なのは ただの高校の学園祭のバンドの発表だからである。そしてユズとモモが結託し、仁乃に内緒でモモの曲を歌わせるという流れも素晴らしい。こういう初めての試みが1巻の内に1回は見られるような工夫がなされているから本書は どこでもいつでも楽しい。

言葉や態度では「ほんとのこころ」をかくしてしまう彼らだが、曲の中には嘘のない想いが溢れている。

華やかなバンド活動に比べると地味に思われる高校生活だが、そのお陰でメンバー1人1人のプライベートが明らかになり、内容の充実度はイノハリ編よりも高いぐらいである。メンバーそれぞれに恋愛の悩みがあり、それが複数同時進行で語られるため読みごたえがある。もちろんイノハリ編もメンバーの結束の仕方など、バンドとしての成長が見られるから楽しいのだけれど。

夏休みの夏フェスからの3,4か月はちょうど学校の2学期に当たる。そして2学期が終了する年末からイノハリは動くことが予告された。こういう沈黙期間の長さからイノハリが学生・高校生バンドではないか、とネットでは推察合戦が起こっているかもしれない。ただ以前も書いたが、覆面をしていれば正体がバレることがないのが本書のルールである。もし、そんな噂が立ったら、イノハリのボーカル・アリスを別人で仕立て上げ、本来アリスと同一人物である仁乃を同じ時刻に同じ場所に立たせれば、アリバイが成立するだろう(そんな場面はないが)。教師と生徒の秘密の交際を描いた少女漫画のように、バレるかもしれないという緊張感ははらませているが、本書の場合、そこが本題ではないので、覆面は絶対というルールのごり押しでなんとかなる。

そういえば、モモの曲を歌った仁乃が、曲の作者がモモではないかと疑うが、ユズによって誤魔化される。この場面も、ユズがほんとのことを言わない限り、真実はバレない、というルールに基づいているのだろう。自分から言わなきゃバレない(しかも冗談と誤魔化せる)、という鉄壁のルールがあるため、本書のややこしさは成立していると言える。


変わらず構成が素晴らしい。最大の目標、そして それを達成するまでの幾つもの小さなクリアすべき関門、最後にタイムリミットの設定と、夢を叶えるための道筋がしっかりしている。なんだか有能なビジネス書みたいである。
軽音部のライブを通して、プロとしての不足した資質を見出す流れには脱帽した。

軽音部の学園祭ライブが始まる。実は覆面で匿名で5人の部員全員がプロで活動しているという とんでもない部活である。
持ち時間は20分で演奏は4曲。1曲目は深桜メイン、2曲目がアリス、3曲目がユズ作曲のバラード、4曲目がモモの作曲。

ユズはモモに電話でこのライブの音を聞かせていた。ユズにとってもモモにとっても、仁乃の声は、母親に狂わされる人生の中で見つけた光であった。その仁乃を輝かせられる曲はどちらか、という直接対決にもなっている。

スランプ中の1曲目では仁乃は声が出ない。だが この20分でトンネルを抜けようとあがく仁乃。そして2曲目の途中で彼女は覚醒し、3曲目のバラードへと突入する。

ゾーンに入った状態で歌う仁乃。このバラードでユズは仁乃に自分の声だけに立ち返ってほしかった。それは海岸で歌っていた仁乃の原点。そして仁乃の為だけに作られた曲。この曲には6年前、出会った頃にユズが作った曲と同じコードが組み込まれていた。そこで仁乃は、ユズの想像以上の、全てを侵食する歌唱を見せる。

独唱が終わって、舞台に軽音部が再結集する際、仁乃はユズに感謝の言葉を述べる。これだけでユズは満たされただろう。

2人は同じ想いを曲に込めた。自分にとって仁乃との思い出がどれだけ大事か、という気持ちを。

してモモ作曲の4曲目が始まる…。
現在、モモが全てを捨てても母親の傍にいるのは、母が金の卵である息子を手元に置いているからではなく、モモが母の行動を監視するために傍にいることが判明する。母が仁乃に手を出さないようにモモは常に警戒を怠らない。
これはユズとは逆である。モモの家は母の勝手な行動を息子が許さないが、ユズの家は息子の勝手な行動(音楽活動)を母が許さない。そして逆と言えばモモの母は音楽を進んで作らせるのも正反対である。母にとって音楽は金に換金されるものだから。ここで2人の作曲家の対称性が一層 際立っている。

モモが母親をはじめとした見たくない現実から目を背けるために選んだのが、自由な音の世界。だが彼には音しかないからこそ、モモはそこに囚われる。歌うことで息苦しさがなくなる仁乃とは違い、モモは音が溢れる限り、音の海に沈んで息が出来ない。モモは音が止み、浮上することを望んでいた。

だから今回、その息苦しさから解放される一つの希望として今回、モモはユズに編曲を頼んだ。音を託すことで、自分を沈める音が一つ減る。そしてユズを相手に選んだのは、才能を見込んでいることと、同じ想いで曲を作る彼ならば仁乃のために作った曲の真意を掴んでくれるという信頼感からだろう。

ユズが分析したモモの曲は仁乃に挑戦するような曲だった。仁乃の幅を広げる可能性を秘めた曲。自分とのアプローチの違いをユズは編曲しながら思い知っていく。


乃は歌唱しながら、この曲が挑戦的であることを感じる。だから「今の私以上」を出すために奮闘する。

ユズはモモの曲の質の高さに負けを認める。今の自分では作れない曲だ、と。だが、仁乃が この曲の中で勢いを増すのは、3曲目があったからだという自信もある。3曲目を吸収し、助走とすることで、仁乃は今 天に飛び立とうとしている。『6巻』のキーワードである助走が、こういう意味でも使われるとは驚きである。作曲家の直接対決は、もっと玉虫色の決着になると思っていただけに、こんなにも勝敗が明白になるとは思わなかった。

そして仁乃は間奏で あることに気づく。間奏の中に子供の頃にモモが作曲した旋律が組み込まれていたのだ。読者には3曲目、4曲目、それぞれの作曲家は、仁乃との思い出のフレーズを入れていたことが分かる。どれだけ言葉を駆使して好きかを伝えるよりも、あの時の思い出のフレーズを今も使わずにいられない、というところに彼らの深い愛を感じる。そして それに気づく仁乃のセンスの高さも良い。

間奏のフレーズによって仁乃は この曲の作曲者が誰かに思い当たる。そのことに動揺し、集中を切らしかける仁乃だが、そこでまたギアを上げる。ここで立て直せたことが仁乃の成長だろうか。


うして20分のライブは終わる。
フェスに続き、ライブ終わりにひと悶着ある仁乃とユズ。そこで仁乃は4曲目は誰の曲かユズに問い質す。ユズはほんとのことをかくして、もっともらしいことをいって誤魔化す。
だが仁乃がもう一度、モモの曲を歌おうとするのに耐えられず、彼女の口を塞ぐ。その曲を仁乃に歌わせるのはユズは自分で決断したことだが、仁乃がモモの曲を歌った事実に苦しめられる。そして曲を聴くたび自分が完敗したことを思い知らされる。

この学園祭のライブで仁乃は自分に足りない物を自覚する。
それは経験。そして「目の前の人に届けようとしてない声が モモに届くわけない」という結論に達する。

そして それはユズも同じ。更なる成長のために、彼もまた経験が必要だった。こういう次の扉を開いたすぐ後に、扉を用意して、それをくぐらせる構成が本当に好き。仁乃やユズの才能だけでなく、未熟な部分を具体的なエピソードを使って克服させることで彼らを一回りも二回りも大きくさせていく。

仁乃は自分に足りない物が見えたことで、ユズが他の人に曲を提供することにも寛容になる。「ユズが誰に曲を書こうが その子には絶対に負けない」「ユズの音を最後に独り占めするのは 私よ」。その意地とプライドがあるから彼女はユズの成長を応援する。

ユズもまたモモに負けない音を作るために成長する。モモの曲に関わって、彼の世界の広さを知ったユズ。そして自分が このままでは行き詰まることも直感した。そこにあるのは やはり経験の差。それを埋めるために、彼は新しい世界に踏み出す。

こうして自分の曲を仁乃が歌ってくれる、というモモの目標は達成された。その時、モモは無意識に涙を流していた。だがモモが作曲した歌を歌ったことも、その歌を聞いて涙したことも仁乃は知らないまま。涙のことはユズでさえ知らない。この一種の到達はモモに何をもたらすのだろうか。


うして祭りの後。
変わりたい仁乃とユズは、新しい世界に踏み出す。

一方、変わらないでいるつもりだったクロに異変が起きる。クロは、兄夫婦と仲良く暮らしていたが、兄が出張で数日帰宅しないという。平常心を保って兄嫁と生活していたが、自分をいつまでも「義弟」としか見ず「男」として扱わない兄嫁に「男」として見てもらうために思わぬ行動に出てしまう。この辺は、ユズを想う深桜を想い続けたハルヨシ先輩の時と同じである。徹底的な亀裂にはならないが、隠し続けていた気持ちは伝わってしまう行動であった。

そして冬休み中にイノハリが動き出すことが宣言される。
基本的に高校生なので、長期休みにしか動かない。夏休みは夏フェス、そして冬休みにはライブハウスツアーを敢行する。

またユズ作曲、仁乃作詞での曲の依頼がくる。ユズとモモの共作の次は、プロとしてユズと仁乃の共作が始まるらしい。

だが、この頃、ユズには音楽を続ける条件が母親から課せられていた。それがユズが高校を卒業するまでに母の前で歌うこと。しかし歌えなくなったユズには達成不可能な目標だった。それは実質、ユズの音楽活動は高校いっぱいであることを告げている。
だから、彼はタイムリミットを考えて、仁乃のための曲を、一生分の、永遠に歌いきれないくらいの曲を書き溜める。才能に溢れた音楽家の活動期間は限られている…。