《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

2人の天才作曲家が1人のミューズを永遠に失わない、たったひとつの冴えたやり方。

覆面系ノイズ 18 (花とゆめコミックス)
福山 リョウコ(ふくやま リョウコ)
覆面系ノイズ(ふくめんけいノイズ)
第18巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

帰国したユズと会わないまま、RH(ロックホライズン)へ向け練習を重ねるニノ達。会うまではユズの曲を歌わないニノだが、校内で「サイン」の曲が聞こえ駆けつけると、そこにはユズが…! その時、「私の声はユズだけのもの」というニノに、ユズが…!? 遂に完結の18巻!!!

簡潔完結感想文

  • 家庭内に音楽が流れ始め、ユズのトラウマも完全解消。そして彼の恋心も満たされ…。
  • 3年目の夏フェス。新しい武器を手に入れたイノハリ。そして全ての恋に決着がつく。
  • ユズとモモ、2人の男性が それぞれに大事な人を永遠に手に入れたハッピーエンド?

番とはいえ最終巻の表紙がクロになるのは腑に落ちない、の 最終18巻。

終わってしまった。『1巻』の感想文でも書いたと思いますが、作者がやりたいこと、描きたいことを全部 詰め込んだような作品で、どこをめくっても面白い作品に仕上げてくれたことに感謝したい。

まず読み終わって感動したのは、モモの音痴設定に意味があったということ。
いきなりネタバレになりますが、本書の三角関係の勝者はモモとなる。いや、正確に言えば彼らの間に三角関係は成立していないと言えるだろう。仁乃(にの)の恋心は徹頭徹尾モモに向けられたもので、ユズへの気持ちは音楽的な独占欲と信奉である気がする。その意味では少しも仁乃は揺らいでいないし、2人の男の間を行ったり来たりもしていない。大好きなモモを失った喪失感と発狂しそうな気持ちをユズの曲が鎮静してくれた。仁乃とユズの間には最初から音楽が、ユズの作った曲があった。これはモモとの間にも歌があったが、その曲は「きらきらぼし」という既存のものであったのが明確な違いだろう。仁乃にとって人生を支えてくれたのはユズの曲なのだ。

ユズにとっては自分の歌声も喪失の恐怖の対象。だが夏フェスで歌うことで自分の歌声に未来を見る。

そして恋愛的にはユズは仁乃の心に介入できなかったが、音楽的にはユズにしか介入できない部分があるというのが本書の肝だろう。この『18巻』で仁乃とユズは同じステージで歌うのだが、これはモモには絶対に辿り着けない境地だろう。仁乃とユズの到達点として、2人の歌唱があると分かって鳥肌が立った(気づいたのは読了後 随分 経っていたが…)。

ユズに出来て、モモに出来ないことがある。そのために『1巻』1話からモモは音痴でなければならなかった。ずっとユズの喉には変調があり、彼は願っても仁乃と歌えない現実に悩まされていたのだが、実はモモにこそ 人前で歌えない足枷があった。

ユズは仁乃の声を独占しているとも言える。それはユズが仁乃に出会った時からの最初の強い願いで、今回、仁乃もまたユズに声を捧げることによって、彼は満たされる。ユズにとってミューズは仁乃。そして仁乃は永遠に自分の曲を歌うという。仁乃への恋心は失ったが、代わりに彼女の声がずっと傍にある。それはユズの中の音楽の源泉が枯れないことを意味している。これで永久機関の完成だ。


れはモモにとっても同じ。恋愛を含め、仁乃はモモと人生を共にするだろう。それがモモの中に音を溢れさせる。

ユズとモモは仁乃という人間を分割して共有しているような状態と言える。そして そのための「仁乃」と「アリス」という2つの名前なのではないか。モモが出会ったのは仁乃。そして彼への想いを封じるマスク=覆面をした仁乃に会ったのがユズ。彼は覆面をした仁乃を「アリス」と呼び、やがて彼女のために作ったバンドのボーカルとして仁乃を招き入れる。覆面バンドで眼帯をした仁乃は正式にアリスとなる。

こうして出来た仁乃=アリスという2つの人格。2人の男性のミューズとなった仁乃だが、彼女は恋心と人生をモモに預け、そして歌声と音楽活動をユズに預けたと言えよう(その全てじゃないことで非束縛と仁乃の自立を慎重に確保している)。タイトルにもなっている覆面の有無が非常に意味があるのではないか。

結果的に3人は非常に安定した三角形を手に入れた。友人であり仲間でありライバルであり恋人でありミューズであり…、と彼らの関係性は一言で表せない。ただ互いの存在が いつでも委縮する自分を解放することは間違いなく、これからも刺激し合いながら成長していくだろう。

仁乃がモモの曲をソロで歌わないことが、音楽人生に対するユズへの操を立てたようにも感じられる。モモの曲も呼ばれるがままにソロで歌っていたら大変 尻軽な女性になってしまうが、仁乃(と作者)は その辺の浮気の線引きをしっかりとしている。この3人の関係性を私も十分に理解できているか怪しいが、この関係を成立させるために作者がどれほど労力を費やしているかは伝わった。

この非常に稀有な三角形を作者は繊細に組み立てた。長期連載でも集中力を切らさず、最後まで高い質を維持してくれて感謝しかない。更には連載中 その素晴らしい作品はメディアミックスの機会を得て、多忙を極めただろう。私は本書で作者の作家性を改めて感じた。大きな目標に向かって、短期的な課題やタイムリミットを設定し、グイグイと読者を引っ張っていく牽引力に何度も舌を巻いた。私が読んだ作者の長編3作品の中で本書は最高傑作である。そんな初読の直感は、再読で確信へと変わった。次はどんな作品で楽しませてくれるだろうか。


だ色々と惜しい部分がある最終巻である。
まず表紙は群像劇の6人が3回ずつで18冊になるのは分かるが、最終巻がクロなのは惜しい。『18巻』でクロも幸せになってるけど、やっぱりメインの3人、もしくは全員集合が良かったと思ってしまう。順番なのは頭では分かっているが、腑に落ちない部分である。

そして最終巻が ほぼ「ユズ巻」になっている気がしてならない。恋愛面などは ここまでで色々と決着が付いている状態なので、詳細に語らなくてもいいのは分かる。仁乃に恋を迷わせたらいけないのも分かるのだが、彼女の内面描写が少なすぎて、ユズの心理描写が過剰という気がしてならない。作者は『デビュー作』から小さい男の子の方が好きなんじゃないか、という疑惑は拭えない。まぁユズは1人だけ不幸なのだから、最終巻での その不幸の色をなるべく消す必要はあるんだろうけど…。

あと、仁乃が声を地球全体に届けたいという彼女自身の願いに もう少しページを割いて欲しかった。彼女が その舞台に立つのはイノハリが最初じゃないのも気になるし、歌声が地球に届いた、という印象を受けるシーンも無かった。綺麗な言葉が並んでいるが、3年目の夏フェスで会場を巻き込んだという新しい表現があまりなかったかな。ちょっと欲張りな感想になってしまいますが。


ズは帰国して2週間が経過し、既に母はユズに音楽に関わることを内密にしなくてよいと伝え、家庭内での音楽が解禁されていた。だが、母自身は まだ亡き夫の音楽を聴けていない。

ユズが不在の間、仁乃はゲストボーカルとして方々に顔を出すが、イノハリの歌は決して歌わない。ユズが帰ってくる日まで、封印中らしい。そして恋愛面ではモモとの関係は保留中。2人が同じ曲を制作した あの日、確かに気持ちが通じた抱擁だったが、抱きしめて それで終わり。福山作品では問題を深追いしない、という特徴がありますよね。天然キャラが話題を変えたり、場面転換で その後のことを割愛したり。現実だったら、そこで話を終えることが出来ない、という場面でスパッと話を終えている。

そんな頃、ヤナと月果(つきか)のマネージャーコンビの結婚パーティーが開催される。ただ彼らの入籍や同居は1年後だという。これは月果がモモの保護者だからである。モモが高校を卒業するまでは月果はモモを優先する、それが実母から奪うようにモモと暮らした月果なりの けじめ なのだろう。


ティーには少しだけユズが顔を出し、仁乃以外は再会となる。彼は学校を休んだ分、補講で出席日数などを補完して多忙。仁乃とはすれ違い。

ユズは仁乃がモモと組んだ曲を聴けないし、仁乃から届いた新曲の歌詞も読めていない。怖いから。その曲や歌詞から伝わるモモへの愛を見たくない。ユズが仁乃の声を縛るような制限を解除し、何も障害が無くなった彼らの恋の結末をまた知るのが怖い。

だが母が初めて、父の歌の音源を聴きながら眠っているのを見て、ユズは決心する。母が変わったことでユズも変わろうとする。長年苦しめられてきた母との関係が良い方向に動き出していることが伝わる。
こうして家の中に音が流れ出し、母子は近々 この家で楽器に触れようとしている。

こうして恐怖から脱したユズは学校のピアノで歌う。その光景を見た仁乃は感動する。約2年前の新歓の時(『1巻』)のように、音楽室でユズが奏でるピアノの音が2人の再会の音となった。『1巻』と最終『18巻』で同じ場面を持ってくること、更に今回はユズの歌声も重なっていることが読者の感動をより高めている。

仁乃が書いた歌詞はユズに会いたいというユズにとって意外な内容だった。しかも仁乃はユズの曲を歌いたくないと言う。仁乃にとってユズの曲は帰る場所。イノハリというホームがあるから、イノハリのボーカルとしてゲスト参加も出来る。
けれどユズのいないところでユズの曲は歌いたくない。「私の声はユズだけのものなんだから…!」。

この言葉を聴いてユズはキスをする。ユズは彼が願い続けていた、仁乃の声が自分だけのものであることを知る。それが彼の到達点。8年前に願ってきたことが成就し、彼は涙を流す。
ユズは夏フェスの後、彼女の返事を聞きたいと伝える。


フェスではイノハリは一番大きいステージでの出演が決定した。
そして3年連続3回目の夏フェスはユズも歌うという。ただしコーラスとしての参加をユズは願い出る。復帰早々、バンドが形態を変えたらファンが戸惑うのではないか、という。だが変わっていく中に変わらないものがることを、彼らは自分たちの人生で証明しているではないか。

仁乃は まずモモのバンド「黒猫」のゲストとしてモモと共演し、深桜(みおう)とのツインボーカルを果たす。
ここ、一番大きなステージに まずゲストとして立つというのは、ちょっと残念である。イノハリと黒猫との間に人気の差をつける訳に いかないのだろうが、最初はイノハリで立って欲しかった気持ちも拭えない。まぁ 飽くまでゲストだし、ツインボーカルだから、いいのだろうけど。


してイノハリの出番前。
いつも通り 包帯=覆面をするユズだが、彼には もうそれが必要ない。そのユズの包帯は仁乃が取る。これはモモが、仁乃の足元の包帯を取ったり、彼女の眼帯をもらったりするのと同じ作業だろうか。もうユズの声を、歌を邪魔するものは何もない。彼が本当に自由になった瞬間だ。

そして素顔のユズに仁乃は言う。「私は一生 ユズの曲を うたい続ける」。これは一種のプロポーズである。それは仁乃の中で変わらないこと。ユズは仁乃に永遠を貰ったと言える。

上述の通り、仁乃は恋に関しても音に関しても あっちこっちに浮気をしていない。それも彼女の自立の証か。

そしてステージに立つイノハリ。1年ぶりの夏フェス、そして数か月ぶりの活動再開。活動休止前のラストシングルを1曲目に持ってきて、彼らの40分間は始まる。

既存の曲も、その中にユズのコーラスが響き、新しい感動をリスナーに届ける。そしてユズはコーラスだけじゃなく、主旋律も歌う。これは彼自身が満たされたことに加え、この会場で歌う悦びに後押しされたからか。

そして新曲は2人で歌うことを想定し作られた曲。ユズの作曲に、仁乃の作詞、この曲は2人で歌うことで完成した。父も歌も、仁乃も失うことばかりだったユズが、この先の未来へ続いていく確信を初めて得る。仁乃、ユズ、モモ、それぞれに大事な人と挨拶もなく別れなければいけないことが不安になり、自分を揺らしてきたが、その不安から3人が順々に解放されていった。それが彼らの この3年の高校生活での成長なのだろう。

こうして復活のイノハリの40分が終わる。


イブ後の仁乃の答えは、「…モモに『すき』って言ってくる」。
彼女はステージからジャンプして飛び降り、その足でモモへと駆け抜ける。

ここでユズはもう一つの確信を得る。すきになってよかった。心からそう思える。なぜならイノハリのアリスは彼の中で永遠に存在するから。仁乃との恋を失っても、ユズは希望を失っていないから、彼の音楽は枯れない。これが三角関係の着地点となる。

仁乃がモモに告白の場所に選んだのは楽屋。その中にモモを押し込んで、自分は気持ちと顔面を整えてから、モモに向き合うつもりだったが、彼女の準備を待たずに、モモから窓を開け、仁乃の髪を掴む。ここも対比が効いていて、1年前の夏フェス(『15巻』)では最初の交際が終わっていたから、モモは仁乃の髪を彼女に内緒で掴むしかなかった。だが今は、自分も彼女も交際で音楽活動を揺らぐような脆い人間ではなくなった。仁乃が告白するターンではあるが、モモもまた彼女のことを躊躇なく捕まえておくという態度なのだろう。

窓を隔てた告白も幼い頃からの彼らの関係性の延長で感動的だ。作者はこれをやりたかったのだろうが、その状況になるまでが ちょっと分かりにくいのが残念。フェスの楽屋の構造を読者は理解していないので、モモと仁乃の位置関係が唐突に思える。あっ、仁乃は外なんだ、という余計なところに思考を持っていかれてしまった。


イブ後に、曖昧だった関係に けりをつけるのは、クロも同じ。クロの告白後、2人で出かけたりして、悪くない関係なのだが、それをハッキリさせたい。
杏(あん)は、クロにキスをされた時に好きが伝わったと思ったため彼に自分の気持ちを言ってなかった。今回、ようやく彼女の気持ちを知り、クロはキスをし、そしてドラムスティックを渡す。それは去年 片っぽあげたスティックの片割れ。そこで杏はクロがイノハリのドラムだということを知る。1年前に片想いが始まってスティックが手に渡り、そして今年 両想いになってスティックが揃う。

この1年越しの夏フェスでの同じことの繰り返しは、巻数的には『15巻』と『18巻』で近いのが残念。2年目の夏フェスから3年目までを7~8巻使うと、物語の方がダレて、読者の熱狂が冷めてしまうデメリットの方が大きいから回避したのだろうが、この1年が早すぎて感動が やや薄まっているという面もある。もう少し1年間を感じるようなエピソードがあっても良かったかな。でも それが難しいのも重々分かるから、この構成がベストなのだろう。


イブ後は時間が飛ぶのが恒例だが、最終回は約2年も経過する。仁乃が二十歳になる直前の ある日を描く。

仁乃は大学に通いながら音楽活動をしているらしい。ちなみに専攻は総合芸術。何から何まで学べて、いずれ自分たちで舞台演出を手掛けるのが彼女の夢だという。そして この頃から仁乃は1人暮らしを始める。モモは同居・同棲を望んでいるが、仁乃は一人暮らしに慣れ、生活面で自立してからの同居を考えている。18歳になっても20歳になっても結婚できない男がいる(笑)

クロも杏、ハルヨシと深桜も交際継続中。ちなみに深桜は覆面を取って、ソロデビューも果たした。これは仁乃の選ばなかった道。そして そんな深桜の活躍を見て、マネージャーのヤナは肩の荷が下りた気がする。イノハリの結成から見届けてきた彼にとって、深桜のことは しこり だったのだろう。ヤナは月果との間に1児を設けていた。

ユズは音大生になっていた(浪人したらしいが)。その大学は父の母校。

そしてイノハリと黒猫は合同主催フェスを企画中。その会議後、モモはユズに2人で仕事をすることを提案する。作曲と編曲を2人が それぞれ担当する両A面のインストだという。ここで仁乃をボーカルにしないのは、彼らが もう争う理由がないからか。以前、ユズがモモの曲を編曲した際は恋愛の勝負だったが、今回の共作は友情の証といったところか。

ユズは今後、1年間の留学を考えていた。これは再度のイノハリの活動休止宣言とも言える。だが高校生の頃のような活動休止の不安はもうない。なぜなら それでも彼らは未来を信じられるから。仁乃とユズは永遠の約束を交わしている。2つの喪失から始まった本書は、永遠を信じられる心と関係を築く物語なのかもしれない。