福山 リョウコ(ふくやま リョウコ)
覆面系ノイズ(ふくめんけいノイズ)
第14巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★☆(7点)
トーキョーセーリング本番! 絶不調に叫ぶアリスの歌声。ユズはそれを止めるため、自分の口を覆う包帯を外して…「一緒に『歌って』アリス」そんなアリス(ニノ)に、モモは覚悟の一言をささやく。夏本番!クロと杏の関係も進展!? 恋も音楽も、始めよう、ゼロから──!
簡潔完結感想文
- 内部電源終了。活動限界です。仁乃が身動きが取れない足枷を外すのは モモの悲痛な決断。
- イノハリメンバー4人が、それぞれに目を背けていた事実を見直す。4人が自立するために。
- トラウマから一抜けたのはモモ。一度 敗北したユズの仁乃への想い=曲を超えられるか⁉
Re:ゼロから始める音楽生活、の 14巻。
群像劇として素晴らしい『14巻』。約200ページの中の密度が とても濃い。メインの3人の恋愛模様を再度 大きく動かしながら、イノハリの4人+モモの変化と自立を描いていて満足感が高い。
今回で恋愛面は停滞、もしくは崩壊している、だが、更なる成長のための準備期間ということが伝わって来るので、痛々しい部分もあるが、それぞれが自分が変わっていくことに前向きになっている印象を受ける。
そして本書では大きな衝撃を真正面から描かないのも特徴である。例えばユズが失踪した時も(『12巻』)直後の様子を描かずに、3か月経過して、ある程度 みんなが事実を消化して、冷静になってから話を進めていた。今回も同じで、仁乃(にの)が受けた衝撃に対して、彼女が必要以上に悲しむ描写を減らしている。きっと その2か月余りは仁乃は無気力で笑うことすら出来なかったかもしれないが、そういう停滞の描写を割愛することによって、物語に不快な湿度が生まれることを回避している。福山作品の魅力はやはり前へ前へ進む、不器用な高校生たちの無限のパワーだと思う。
作者なら仁乃の悲しみを描くのなら1巻分は描けるだろう。だが、それをしないからこそ そこが想像の余地となる。そして2か月余りが経過しているからこそ、仁乃もまた自分の変化と自立を目指すことが出来る。描かれてないけれど2か月経っているという事実があった上で彼女の気持ちが変化する一瞬を逃さない。そういう話の取捨選択の仕方も作者のセンスを感じる所である。
衝撃的な序盤に続く、クロの話も、ハルヨシとユズの話も、モモのトラウマからの脱出も全部の質が高くて愛おしく思う。特に仁乃とモモと、ハルヨシとユズの、誰よりも その人に幸せになって欲しいからこそ、自分から手を放すこともあるんだ、という痛切な繋がりの断ち方が好きだった。手放すことも愛の証だし、自分の籠に閉じ込めようとする母子の繋がりもまた不器用な愛の形である。不器用にしか人との繋がりの最初の一歩は対話である。そして対話の一歩は、一つの挨拶でいい。「おはよ」、それが言えるまでの長い長い回復への道であった。
7年前に絶望に打ちひしがれていた仁乃に再度 歌を取り戻したように、ユズは彼女の前で歌おうとする。それで彼女の歌が取り戻せるかもしれない可能性に賭けて、7年後の成長したユズは覆面=包帯を取って、マイクの前に立つ。
だが結果は失敗。口を開いても、声は空気を振るわせない。声にならない声が空を切るだけ。それを見たモモは知る。ユズが歌いたくても歌えない、という彼の秘密を。かつて彼が願った仁乃と歌いたいという夢が、絶対に叶わないということを。それでもモモはユズが仁乃を引き上げるために全身全霊を使っていることを知る。
仁乃はモモの事が好きだから彼に不調を言えなかった。彼に言えば、この交際がまるで悪事のようになってしまうから。幸福の中に滲む黒い点を彼女は認めたくなかった。
そして仁乃は生命力を削りながら なんとか歌ってきたため体力が尽きかける。ここにきて ようやく客も仁乃の異変に気づく。ボーカルが活動を停止し、ライブは続行不可能かと思われた そのピンチにヒロインを助けるヒーローとしてモモが登場する。
モモは舞台袖から出て来て、仁乃の足元にあるユズの剥ぎ取った包帯を取り除く。
それは仁乃の抱えるものの象徴。過去と未来と、歌と音と夢と、そして「好き」という気持ちが彼女のバランスを失わせた。だから、モモは彼女の足枷を外す。
その作業に加え、魔法の一言を仁乃に言うことでモモは彼女に歌う意義を与える。それは双方にとって悲痛な決断であったが、そうすることが双方にとって最良であるとの判断のもと下された決断だった。
仁乃に ある言葉を告げ、舞台を去ったモモは自分の仁乃のための曲を作り直す。臆病な自分が作った曲ではなく、仁乃を引き上げられるのは自分だという自信をもって言える曲を。これは経験の差でユズがモモの曲作りに敗北を認めた『7巻』とは反対ですね。今度はモモがユズへの敗北を認め、彼を上回る曲を作ろうと決意させる。彼らは本当に恋愛でも仕事でも良きライバルである。
仁乃を解放したのは「別れよう」というモモの言葉。こうして彼女は強制的に「リセット」されたと言える。自分では選べなかった選択を彼にさせた。それがまた仁乃の痛みになるから彼女は何重にも悲しみに襲われるのだろう。
これは良く言えば いわゆる前向きな別れである。2人の行く末が必ず交わると信じて、今は互いに前へ進むために別れる。
結果、足枷が無くなった途端、仁乃は最高の声で歌えた。自分が歌を辞めようと思ったことを疑問に思うほどに。交際が終わった悲しみと達成感が入り交じる。その後、仁乃は今回は出来なかった恋と仕事の両立を目指す。それを可能にするために仁乃は悲しみの中、自立を、自立できる自分へと変わろうとしていく。
ライブ編が終わると季節も動くのは恒例行事。ゴールデンウィークから梅雨が明け、夏が到来しようとしている。
胸に渦巻く想いを封印するために、彼女は再びマスクをつける。そしてモモから貰った、彼の心を動かした証であるギターは壊れたまま放置する。全ては彼女の逡巡の象徴だろう。
だがメンバーのクロから助言をもらい、仁乃はギターを修理し、そしてモモとの関係も修復しようとする。おはよう、バイバイ、ありがと、彼女の中のモモへの言葉を少しずつ吐き出していく。そして どちらかしか選べない自分から、どちらも選ぶ自分へと進化しようとする。今までのやり方が通用しないのなら、新しい自分になるまで、なのだ。
友達としてユズ以外も仁乃を支えているが、特にクロはユズには出来ない恋愛面の話を聴いてもらっている気がする(逆に この巻では仁乃はクロを助ける場面もある)。
そのクロもまた、自分が動くかどうかを逡巡していた。兄嫁への気持ちを大事に抱えていたいという思いと、新しい目標が欲しいという思いがあり動くことを躊躇う。
そして苦手意識のある後輩・杏への対処についても頭を抱える。だが杏を避けていることが、彼女を傷つけていると知ったクロは、杏の手を取り走り出す。クロが杏の手を取るのは2回目。彼女が失恋した時以来か(『13巻』)。兄嫁の時は、背中を目で追うイメージだったが、杏の場合はクロが手を引いて動くのが違いだろうか。
クロは杏を避けていたことを謝罪した。その後 杏は、クロが失恋した日、大阪で見たライブでイノハリのドラマーの音楽で、モヤモヤが吹き飛んだことを告げる。杏はクロのプロ活動を知らないが、クロが兄嫁に対して叩いたドラムの振動は杏にも届いていた。その事実が彼を一歩前に踏み出させる。
そしてクロは、自分が杏を避けるのは、彼女と一緒にいると保留しておきたい気持ちが動くからだと知る。「…すきになりそうやから」。
ハルヨシ先輩は高3なので夏ともなると進路の話が見えてくる。だが考えすぎて進路調査票が真っ白なハルヨシにユズはタイムリミットもあるから、好きな進路を選べという。
ハルヨシは無意識にイノハリの自分と、それ以外の自分を天秤にかけていた。保険を考える自分と、ユズから見放されたかと思う恐怖にハルヨシは震える。
ユズの発言の真意を聞くためにユズの自宅を訪問するハルヨシ。ユズとは玄関先で会ったのだが、それを見たユズの母親がハルヨシを自宅に招き入れる。それだけでも驚きだが、ハルヨシに泊まっていくように勧める。
その夜。イノハリの創設に大きく関わる2人は語り合う。忘れがちだが、ユズが留年していて、元々は同級生の2人なのである。
ユズはハルヨシを尊重しているからこそ、自由な進路を選んで欲しい。イノハリで、自分のワガママで彼を縛り付けたくない。それがハルヨシへの愛情である。
そして、その決断が出来るぐらいにユズは7年間の間で成長した。
その男同士の話をユズの母は廊下で聞いていた。変わっていく息子を感じた彼女もまた、変わる事は出来るのだろうか…。
ちなみにハルヨシは成績優秀で大学進学も高校の推薦枠で可能という話。なので受験生が勉強に打ち込む夏休みにフェスに参加してもOKという設定なのだろう。
この夏、イノハリにはアニメのタイアップの話が舞い込む。新曲はイノハリにとっての大きなチャンスである。この展開は本書のアニメ化が影響しているのだろうか。
ただでさえ、新曲はメンバー各人が自力で立てるような、そんな理想形を目指す大事な転換期なのだが、タイアップとなるとテーマが与えられて、納期も絶対に守らなければならないというプロ中のプロの仕事をしなければならない。しかもユズは数か月 曲が全く欠けていない状態。そしてバンドの理想形はあるけれど、これまでの姿勢が変わる事はやはり怖い。
そんな中、ユズと仁乃は今回の仕事、そして これからのライブで大事なのは聴衆であることに気づく。これまでは自分たちの音楽を突き進み、ファンがついてきたが、今回はアニメファンが楽しめるような曲を提供するのが仕事となる。更にライブでもモモに声を届けたくて、仁乃の声を自分のものにしたくて歌った/作ったのとは別の視点で、ライブをしなければならないことに気づく。ここでも変化は怖いが、視野を広げ、前へ進みたいという気持ちが身体の中にある。だから彼らは前進を選ぶ。
新曲づくりに際して仁乃とユズは行動を共にし、そこでユズは、仁乃がモモと別れたことを知る。平気な振りをする仁乃だが、ユズは仁乃の涙を受け止める態勢を整える。
そしてユズは仁乃の涙を契機として、また音の世界に戻っていく。ユズはまた、仁乃と一緒にいる未来を夢見られた。モモの決断は、仁乃の歌だけでなく、イノハリの活動も救ったと言えよう。これで誰もモモに頭が上がらなくなったのではないか。
そんなモモは、月果(つきか)が立て替えていた家庭の借金を全額返済する。頭を悩ませていた借金問題が終わり、彼は母のいる和歌山へと向かう。
そこでモモは母との縁を切ることを申し出る。予想に反し、母はそれを受け入れる。その母の心境の変化がモモには分からない。
それを究明するのは同行した月果だった。彼女は和歌山に一泊することを提案する。
その夜、2人は いつも以上に自分のことを語り合う。
ここで月果がイノハリのマネージャー・ヤナのことが好きだということが明かされる。白泉社名物、内輪のカップリングが大爆発している。ちなみに月果は自分の事には鈍感という設定で、ヤナの好意には気づいていない。クロと同時期にカップルが続々と誕生するのだろうか。
モモも仁乃と別れたことを月果に話す。彼もまた後悔ばかりで動けないでいた。
翌朝、モモは月果に連れられてコンビニに行く。
そこで見たのは、母が働く姿だった。守銭奴で、お金を得るために自分を利用することばかりを考えていると思った母は、自分の暮らしを真っ当に営んでいた。モモの母親の気持ちの考察は『9巻』の感想文で たっぷり書いています。
月果は母親がモモからの送金は一切 手を付けていないと推察していた。憎しみで視野が狭くなったモモではなく、客観的な月果が見れば、母の暮らしはモモの送金を使っていないという手掛かりに溢れていた。質素に暮らす母、それすらもモモは分からなくなっていた。その意味ではまだまだ不器用な子供なのだ。
母はモモと繋がれる方法として、お金と憎しみで自分と息子の関係を縛った。それを黙っていて欲しい母の動機も心情も理解しながらも、月果は事情をモモに告げる。それを秘密にし続ければモモはこれからも苦しみ続ける。彼のトラウマは消滅しない。
だから、2人を正面から向き合わせる。
母との関係は すぐには修復しないが、モモは母に定期的に会い、少しずつ見方を、接し方を変えるよう2人は務める道を選んだ。そうして前へ歩きだしたモモは、別れてから言えなかった仁乃への挨拶を初めてする。
トラウマ=母のWヒーローの中で、モモは初めて真正面から母と会話をし、その縛りが緩んだことで、仁乃へ向き合う力も生まれた。ここからがモモの本気である。グイグイと彼女に迫るモモが見られるかもしれない。