《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

僕たちが弱い自分を克服しようとするのならば、雨は上がり、新しいメガネが視界を拓かせる。

覆面系ノイズ 16 (花とゆめコミックス)
福山 リョウコ(ふくやま リョウコ)
覆面系ノイズ(ふくめんけいノイズ)
第16巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

大雨の中の、RH・イノハリのステージは観客を増やしていく。4曲目に入ったとき、ユズの母が会場に! 母の歩み寄りに気づいたユズは、ステージを降り…!? そして迎える最後の曲「ハイスクール」。観客を感じることができるようになったニノはまたひとつ階段を上り――。

簡潔完結感想文

  • これまで一方的に自分の主張を叫び続けてきたユズ。その彼が母に寄り添う時、喉は開ける。
  • モモも仁乃からメガネを贈られ視界が開ける。ライバルと好きな人に刺激を受ける三角関係。
  • 約1年間の活動休止に入るイノハリ。その前に短期的な目標を立て、再開後の曲を用意する。

じ試みも、違う心持ちならば再放送にはならない、の 16巻。

『16巻』でバンド・イノハリは活動休止に入る決断をする。
最初は この展開に疑問を持った。なぜなら それほど前ではない『12巻』でも彼らは事実上の活動休止をしていたから。それはヒロイン・仁乃(にの)が高校1年生の年末年始に行ったライブツアー後に起こり、この時もユズの家庭の事情によって休学して、彼が戻ってくる3か月間は開店休業状態だった。
そして仁乃が高校2年生で参加した夏フェスの後、ユズは活動休止を提案した。元々、高校生である彼らの長期休みにしか活動していなかったイノハリ。それにしても1月から4月を休み、5月から夏フェスまで動き、8月以降は活動描写がないところに、11月から次の夏フェスまで休む方針が発表されるから休みがちな印象が出てしまう。しかも作中の時間では半年は活動していたが、読者としては『12巻』の空白から それほど時間を経ずに休止だからガッカリする部分も大きい。この辺は作中の時間をしっかりと認識していないと、より活動の短さばかりが気になってしまうだろう。

右肩上がりのバンドの衝撃的な決断。だが それは将来にわたって一緒に音楽を続ける布石でもある。

ただし同じ描写を割愛する賢い作者が、同じような展開をまた用意した意味も しっかりある。いや、同じことを繰り返すことによって、1回目と2回目の違いが鮮明になっている点では長所の方が大きいだろう。
見えてくるのはユズの活動休止への意識の違いである。1回目はメンバーに内密に、マネージャーのヤナにだけ伝えて、彼が休学すること=イノハリが活動しないことは事後報告だった。それがメンバー間に不安と不信感を抱かせる結果になり、メンバーがユズに どう接していいのか分からなくなっていった。
けれど2回目の今回は、ユズはメンバーに事前説明をし、彼らの同意の後で それを実行するという気遣いが見える。そして1回目では言わなかった自身の家庭の事情も詳らかに語り、自分が この活動休止で何を目標にしているのか、というヴィジョンも共有しようとしている。
その違いが バンドの結束の強さを表すものなのが良い。ここ最近は メンバー4人が自立して活動することを目標にしてきたが、夏フェス中にも彼らは1人1人成長した。そして視野が広がったからこそ、ユズは自分のことをメンバーに相談できるまでになったし、他のメンバーもユズの事情を知り、活動休止を経ても変わらないものがあると信じられるから それを了承していく。思えば7年前、ユズは全員の前から失踪し、そして年明けも何も言わずにいなくなった。仁乃だけじゃなく皆にトラウマを与えてきたユズが、今回は行く先と目的を告げている。それもまた大きな変化である。
ここでユズの提案を、ユズのためだから、それが友情というような綺麗ごと一辺倒にしないで、ちゃんと葛藤を描きつつ、それを乗り越えられるだけの信じられる彼らの信頼を表現しているのが良い。ここまでのエピソードの全てが、彼らの行動に説得力を与えている。

不安ばかりだった1回目の活動休止とは違う、前向きさが見られた。明るい未来を夢見ながら、ここで一度 別れていくという展開から少し早い卒業式を連想した。恩師であるヤナに感謝したり、活動を再開する時のための約束や準備をしたり、ユズにサプライズを企画したりと、旅立っていくユズを祝福する温かな内容であった。
ユズが仁乃に渡す新曲のデータも、制服の第2ボタンのようである。さよならは別れの言葉じゃなくて、再び会うための遠い約束。

これまでとは違う とある狙いのある新曲の披露が今から楽しみで仕方ない。

また、全体的に見ると、ここまでの約1年半で16巻使っているが、来年の夏フェスまでを描くにしても、あと1年ある。計算的には ここから1年で あと8巻ぐらい使うということだ。作者なら描けるかもしれないが、バンドとしてはカンストしつつあるイノハリが越えなくてはいけない壁も少ないだろう。ここまで濃密な1年半を描いてきたから、これからは重複する部分も出てこよう。そういう間延びする1年を短縮するためにも、活動休止が必要だったように思われる。


き続き夏フェスの途中から。
飛行機事故で消息を絶った父の帰還を、何年経っても信じているユズの母。その割に音楽家だった父のことを思い出し、息子が父のように消えることを恐れて、母はユズに音楽を禁じた。泣くことさえ自分に許されない凝固してしまった母の精神。
母はユズがいないと眠ることも出来なくて、ユズ以外の人間との接触を拒む。きっと第三者から現実を知らされるのが嫌なのだろう。だから父の遺した子供と、彼と暮らした家の中で同じ思い出を反芻する。

それに付き合うユズは留年した。留年しても この学校にいたいのは、ハルヨシたちとの約束のためであった。そして留年も ただ悪い事ばかりじゃなくて、これがあったから この学校で仁乃に出会い、彼女の同級生としての日々が待っていた。

ライブ中に過去に足を掬われそうになるユズを、メンバーたちがフォローして立ち直らせる。詳しい事情を言わなくても、彼らは絶妙な距離で自分を信じてくれている。その思えたユズは、母に対しての見方も変わる。

昔と違い、このところ母は音楽を、ユズの世界や交友関係を認め始めている。それは母の方からユズへの距離を縮めている、という事実でもあった。ユズは同じ地点で叫び、それに母が応える劇的な変化を待っているだけだったが、ユズが見方を変えれば、母は自分への距離を変えていたことに気づかされる。

母の方が変わっていることに息子が気づかない、というのはユズとモモの類似点だろう。確かに彼らの母は病んでしまったが、母が異常だという偏見をもって母に接しているから、母の細かい変化に気づけなかった。そして自分こそが母は病気だという認識に凝り固まっていた、と言えよう。ミイラ取りがミイラになり、世界の広さが狭くなってしまった。


うして自分もまた頑なであったことに気づいたユズに、父が祝福を与える。父はユズの喉に口付けをし、彼の胸のつかえ、ならぬ喉のつかえ を除去する。ユズも以前、仁乃に対いて同じ行為をしていたが、ここは親子で似ている所だろうか。

そしてユズは自分の今の喉が、空気を振るわせる可能性を持っていることを知る。その確信が、彼をジャンプさせる。ステージから観客席に降り、一直線に母に向かい、そして、今度は自分が母に歩み寄ることを宣言。
これからは母と一緒に悲しみと恐怖を乗り越えることを誓ったと言えよう。

その後、観客席から一瞬だけユズは歌い、イノハリの歌を仁乃に託す。


の夏フェスのステージで4人は 本番中に それぞれに覚醒したと言える。
そして これがイノハリの真の姿。その姿は周囲の者を皆 熱狂させていく。一発屋の匂いがするイノハリを批判的に見つめてきたライター・東雲(しののめ)も認めざるを得ない真の実力。彼に文句を言わせないことは、イノハリが日本で有数のバンドへ成長したことを意味するのだろう。4人の自立が重なって、バンドとしての成長に繋がった。

そして今年の夏フェスは終わる。来年は、最も大きいホライズンステージでの歌唱を目指す仁乃。ホライズンは、地平線・水平線の意味。海に向かって歌っていた仁乃にはピッタシで、自分の声を地球全体に届けるための理想のステージ。後半の展開と合わせると、このステージに立つことが最終目標になることが分かる。


イブの後は大きく時間が動くのが恒例。
夏フェスから3か月。今回は11月開始のイノハリがオープニングでタイアップしたアニメ開始の少し前へと時間が飛ぶ。どうでもいいが、地上波アニメで11月開始ってイレギュラー過ぎるなぁ。作者もそれは承知の上なのか。10月開始だと、まだ放送前は9月で季節が動いた印象が薄れるから敢えて そうした、と推測する。

モモはスランプ中。『14巻』でユズの曲に敗北を認めてから、彼もまた新しい自分の獲得に苦悩しているらしい。
そして仁乃が、腫れ物を触るように避けていた自分と、日に日に普通に会話するのが気に入らない。彼女から恋愛感情が漂白されるようで、それを認めたくない。

その日、眼鏡を踏んで壊したモモは、通りかかった仁乃に手引きをしてもらい眼鏡屋まで彼女の先導で歩く。その姿は音楽面でも彼女の方が先行しているに重なる。モモが不機嫌なのは、周囲の人がアッという間に自分を置いて成長してしまう焦燥が原因と言える。ライブでもパフォーマンスや覚悟など、全てにおいて仁乃はフェスで成長していた。もう自分が成長を待つ仁乃ではなくなっていた。

この日は11月11日でモモの誕生日。その際のモモの誕生日を祝いたいという仁乃の表情から、モモは彼女がまだ自分を好きでいてくれることを知る。だからモモも慣れないコンペに出場してみたりと、自分の力量を試し、成長を誓った。ユズとの関係が自分を前進させるように、仁乃との関係も常に刺激に溢れている。

この日からのモモの視界は、仁乃が見せてくれる世界とも言えよう。ぼんやりとしていた展望を、仁乃が引き上げ、新しい目標が出来、それに対して前進する覚悟も決まった。この日のプレゼントがメガネなのは、そういう意味もあるような気がする。

誕生日でモモは17歳。きっと18歳になったら結婚できるのに、とか考えているに違いない…(笑)

この日、モモが眼鏡を壊すのは運命的だった気がする。新しい世界、新しい自分に出会った最高の誕生日。

の翌日、仁乃がユズから告げられたのは、イノハリの活動休止だった。ここでユズが家庭の事情をメンバーたちにも詳細に語るのは読者への情報整理の意味もあるだろう。

これまでユズは、反発するように音楽を続け、そして父の死を母に押しつけて認めさせようとした。だが分かれよ、分かれよ、と苛立って母の事情を考慮していなかったと反省する。解決を焦って、寄り添う振りをして押しつけていた、これが彼の失敗か。
だから、今度は母のことを理解しようとする。そのための時間が彼には必要なのだ。ユズは父がよく滞在していたオーストリアを中心に、父の足跡を辿る旅に出るという。過去を知ると母が家から出ようとするだけで大きな前進にも見える。

活動休止に際して違うのは、今のユズなら、歌うことは出来るという点も大きく違う。これで母からの課されたタイムリミットはクリアし、今後の音楽活動も保証される。ただ それでは自己満足で終わってしまうのだろう。ユズは今、母を助けたいのだ。ここは自分の事情よりも母に本当に寄り添うユズの決意の固さが良く表れているように思う。


動再開予定は来年で、夏フェスでの復帰を目指す。1年弱活動休止するバンドに夏フェスのオファーは来ないかもしれない。そのリスクも考えた上で、イノハリは お休みに入る。もちろんメンバーに不安がない訳ではない。特に今回のフェスでバンド活動への原動力が回復し、次へのステップへの道筋が見えたところでの活動休止である。ハルヨシやクロが悩むのも よく分かる。

仁乃は、精神に負担を掛け、見ない振りをして音楽を続けるよりも、問題と向き合うことに賛成する。それに仁乃には絶望の6年間がある。例え1年以上でも、再開が約束されているなら、それを許容する。

そして仁乃は、ユズの声が戻っていることを知っている。海岸で聞くユズの歌声。それは約7年ぶりの歌声だった。変わったのはユズの声。あの男の子は男性になっていた。

この時、ユズは仁乃に新曲を渡す。それは、2人で歌うことを想定した曲だという。だから仁乃は、7年前とは反対に、仁乃がユズの喉に目印をつけて、彼の帰りを待つ。今度はユズの歌が2人を導いてくれることを信じて。


ルヨシもクロも活動休止に対し承諾したところで、仁乃は活動休止前の短期的な目標を立てる。

それが週間チャートの1位の獲得。覆面系バンドということもあり、これまではプロモーションをあまりやってこなかったが、今回は目標達成のために大々的なプロモーションに打って出る。その全力疾走で、来年の夏フェス参加の権利を射止めるつもり。

活動休止を前にマネージャー・ヤナとユズの過去編となり、イノハリの足跡が語られる。私は ここで「イノハリ」こと「in NO hurry tu shout;」の意味を初めて知った。急いで叫ばないで。これはユズからの仁乃へのメッセージだろう。イノハリは徹頭徹尾、ユズが仁乃のために作ったバンドと言えよう。
最初に送られたデモ曲で、ヤナはユズの才能を一瞬で見抜き、そして その曲でのユズの心境を一言で言い当てた。それがユズのヤナへの信頼になった。


イノハリは活動休止を公表し、最後のファンとの交流を、新曲発売を機に全国でする。そしてメンバーはユズにサプライズでCDショップでのライブを発表する。さながら卒業公演といったところか?
この一連のプロモーション活動は仁乃の発案と、ヤナの激務によって実現した。ユズはヤナに これまでの働きへの感謝を述べる。
月果(つきか)がモモの保護者となり、不器用な彼を手助けしたように、ヤナは年長のお兄さんとして、彼らの活動を愛し、彼らを見守ってきた。

ヤナがいたから、イノハリがいる。陳腐な言い方だが、ヤナは5人目(いや深桜(みおう)がいるから6人目か?)のメンバーだろう。

月果に優しい言葉を掛けられた勢いでヤナは彼女にプロポーズする。それを月果は承諾。活動休止という心の穴を、ずっと好きだった人と想いが通じることで埋めていく。モモも まさか自分より先に月果が結婚するとは思わなかっただろうなぁ。
同じことを繰り返さない作者だから、結婚はヤナと月果に任せ、作中での仁乃とモモの結婚はないのかもしれない…⁉