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少女漫画と小説の感想ブログです

新しい編入生の背筋の伸びた姿を見て、この1年でヒロインが堕落したことが浮き彫りになる。

執事様のお気に入り 9 (花とゆめコミックス)
伊沢 玲 + ストーリー構成・津山 冬(いざわ れい・つやま ふゆ)
執事様のお気に入り(しつじさまのおきにいり)
第09巻評価:★★☆(5点)
 総合評価:★★★(6点)
 

良は伯王への恋心を意識し、ドキドキの毎日を過ごす。そんな中で行われるBクラスとキースワーズ執事学校との合同パーティーが、両校の力を競う勝負へと発展していく。しかも執事学校の九条乙留が良を気に入り、勝負に勝った場合、良とデートをさせろと提案してきて…!?

簡潔完結感想文

  • 新キャラはライバル校から登場する当て馬。きちんと2話分 暴れて さようなら。
  • ライバルは結局ライバルっぽい人だし、勝負のトラブルも転倒も既視感ばかり。
  • 真の身分差カップルに読者の注目は集まり、マンネリカップルへの苛立ちが募る。

心して下さい、何も起きませんよ、の 9巻。

『9巻』を読み飛ばしても何の違和感もないと思う。少なくともヒロイン・良(りょう)とヒーローの伯王(はくおう)の間には何も起きません。もしかしたら『8巻』で好きを自覚するという作品的なビッグイベントが起きたので、何も起きなくていいと考えているのかもしれません。
今回、良をデートに誘う男性キャラの登場で、『8巻』で初登場のお嬢様・真琴(まこと)によって良が伯王の気持ちを固めたように、今回は伯王が外的要因から動くのかなと思ったが、結局 何も起きなかった。
これは『8巻』の内容によって、いよいよ話が動くと読者の期待を裏切るものだろう。どうやら『9巻』は 丸々、『10巻』で良が動くための準備運動らしい(『10巻』で動くかどうかも怪しい)。思わせぶりな人物を配置しながらも、結局、衝突は起こらないのが本書。衝突が起こらないから、登場人物たちが自分の気持ちを誰かに表明する必要性がなく、平和すぎて眠くなるばかりである。

そして この『9巻』は既視感に溢れていたのもマイナスポイント。良が転ぶという もはや お約束の展開は勿論、イベントでのトラブルも以前に似たようなことがあったし、良(または伯王)が「お似合いだ」という内容を第三者から囁かれ、それを相手に伝えられずに赤面する話の終わり方も何回目だ、と辟易した。各話ガッチリ話を作ってくれる脚本の方は真面目なんだろうけど、引き出しが少ない疑惑がある。連載継続のために、話を出来るだけ引き延ばすことにしたのかもしれないが、その分、淡白で深みのない話が乱立しているだけに思う。長編も最大で連載2回分という決まりでもあるのかもしれないが、こんなに同じような話を読ませられるなら、2巻に亘るような長大な話を構想してくれた方がありがたい。あまりにも何も起きなさすぎである。

しかも今回、真琴の頑張りで良の堕落が明白になったのが気になる。『9巻』のラストは真琴に焦点が当たった話で、お嬢様としての立場を重んじ、自分の意思すらも消していた真琴が自分で自分の道を決めるという話であった。自分の家の名が余りにも大きすぎて、生徒たちも扱いに苦慮する中でも真琴は自分に課せられた役割をめげることなく果たしていく。この回の真琴は まるでヒロインである。

何の進展もしない恋愛関係、甘やかされる良よりも、清々しい心持ちの真琴こそ真のヒロイン。

成長を止めない真琴の姿に良も感化される。良も伯王に頼り切った生活からの脱却を狙う。思えば良は編入生として温室育ちの子息とは違う行動力が伯王の目を引いたが、伯王との専属執事契約から1年で良は典型的なLクラスの怠惰な人間になっていたのではないか。確かに『1巻』で お茶ぐらい自分で淹れるとしていた彼女だが、もう伯王に淹れてもらって当然という状態になっている。これでは良のオリジナリティや長所が全く消失してしまう。この学校のLクラスは人間を怠惰にしていくのかもしれない。
ダメ人間になりかけていた良が再び、自分から動き出そうという姿勢が次の回の動きに繋がるのかもしれない。

だが真琴の姿勢と、彼女が抱える、幼なじみで、現在は執事としての役目を重視する仙堂(せんどう)への思慕が余りにも切ないため、良たちよりも綺麗で儚い関係のように見えてしまった。
これは状況の停滞とマンネリに辟易した読者には新鮮に映ったであろう。私はハッキリ言って、お嬢様と執事の完全に身分が違う思慕の方が話として面白いのではないかと思ったぐらいだ。
それは どうして良と伯王の恋愛が進まないのか、という根本的な疑問にリンクしている。彼らに今のところ障害がある訳でもないのに進まない一方で、真琴は自分の立場を自覚して、共にあるために形を壊せないのだから真琴の方が切なく見えるのは当然というもの。読者がヒロインの恋愛に疑問を持ち始めた時に、この話を持ってきたのは良くなかったように思う。

真琴の凛とした姿勢で、中途半端な良たちの悪い部分ばかりを晒してしまった。


33話。舞台となる双星館と同じように執事養成をしているキースワーズ執事学校の生徒たちが登場する。伯王に勝負を挑めるのは、彼と同じぐらいのレベルではないとダメなので、伯王と唯一並び立てる仙堂以外は勝負をするのは外部の生徒たちなのである。

2校の親睦合同パーティーが開かれる。伯王が その準備に時間を割かれ、会えないと危惧した良は自分も連絡係としてパーティーの準備に関わり、伯王との接触の機会を持とうとする。こうして中枢に入ることでキースワーズ側の生徒とも接点を持つ。
キースワーズ側の有名な兄弟・九条(くじょう)の弟との接点の持ち方は『6巻』のアルとの感じに似ている。なぜか男性には すぐ気に入られるのが良である。

ライバル意識があるはずのキースワーズが この学校に接点を求めるのは、Lクラスの名家の子息と懇意になり、その家を就職先にするための売り込みをするためだった。そう考えると双星館が執事のBクラスと上流階級のLクラスの2クラスあるのは賢い学校方針のように思う。
キースワーズの売り込みに苦言を呈す双星館に対し、伯王のような上流階級でありながら執事をしている腰掛け執事(に見える)がいるような学校とは違うとキースワーズ側も対抗心を隠さない。

そこで勝負をして己の将来と学校のプライドを賭けた勝負になる。しかも九条(弟)は勝者となった暁には良のデートをすると言い…。

執事業界は どこも不景気らしい。美辞麗句を並べても本質は職探しに来ていると思うと泣ける。

34話。良はデートの断り方に悩む。
どう考えても接点が少なすぎる九条(弟)が本気だとは思えないが、それでも真剣に考えるのが良の人柄か。そして勝敗が決まる勝負の前に断りを入れるのは、良の誠意か。九条(弟)は、からかっただけだが、そんな必至の良を見て心が動く。何だか ここから本気になりそうな描写だったが、九条(弟)は2話限りで退散し、これ以降、良へのアプローチは一切ない。

だが勝負の途中でキースワーズの妨害工作が入り、双星館に遅れが生じる。その不正を発見するのは良と九条(弟)。
今回は良が伯王のピンチを救うという内容。ただ、こういうピンチの場面が以前と似ているのが気になる。執事の夏祭り「サマーガーデンパーティー」(『5巻』)のトラブルとか、体育祭での衣装紛失(『7巻』)とかと似ていて、同じように規模が小さすぎる。もう少し派手な演出は出来ないものか…。今回も転ぶ良とか、同じパターンが目につく。


35話。薫子(かおるこ)の親戚が勤める保育園の仕事を手伝うことになった良、そして彼女のピンチに駆け付ける伯王たちという『執事×ベビーシッターズ』である。
上述の通り、2人の関係を見た誰かが、良または伯王に別れ際に耳打ちをして、その内容が恥ずかしくて相手に伝えられない、という話の終わり方も何回も見たなぁ…。匂わせるだけの展開には飽き飽きしてるんだっつーの。


36話。華道部に入部しようとする真琴。これも彼女が自分の意思を持ち始めた自己改革の1つなのだが、周囲は戸惑い、実家の楠家もあまりいい顔をしない。大きすぎる家が真琴の進路を妨害している…。

慣れないことに奮闘する真琴。心の支えだった仙堂とも成長するにつれ立場の違いもあり、主人と執事、そして仙堂にとっての監視対象となっていく。華道は薫子も得意だったと思うが、これ以降は真琴へと変わる。

真琴が楠家の令嬢としてやるべきではないことをしているのを発見した仙堂だったが、彼は真琴が ひとりにならないように、主人と執事という関係の前の小さい頃の約束を果たす。以前も書きましたが、真琴の前にいると「サイボーグ執事」の仙堂が人間っぽく見えるのが良いですね。
そんな2人の姿を見て、良は真琴が仙堂を慕っているのではと思い始め、彼女に問う。だが、真琴は仙道と共にいるために気持ちが口に出来ない。その話から良は伯王に気持ちを伝えるということを意識し始める…。

良が好きと意識するのも、そして それを伝えようとするのも真琴という存在があったからだということが分かる。家の大きさと同じぐらい作品に対する彼女の存在も大きいと言えよう。