《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

神澤家の当主の妻が家に寄り付かない件について、伯王の父は どう思っているのだろう…。

執事様のお気に入り 17 (花とゆめコミックス)
伊沢 玲 + ストーリー構成・津山 冬(いざわ れい・つやま ふゆ)
執事様のお気に入り(しつじさまのおきにいり)
第17巻評価:★★★(6点)
 総合評価:★★★(6点)
 

欧州修学旅行中の良。 伯王とはぐれたパリの街で日本人のミドリと出会い…。 そして旅が終わりに近づく中、恋人達のジンクスが眠る場所で伯王と2人きりの時間を過ごして──? だが帰国した2人の前には絆を揺るがす嵐が!!

簡潔完結感想文

  • どの国の名家にもある お家騒動。「家」のために生きる麗しき男性たちの覚悟。
  • 困っている人を助けたら後で幸運をもたらす!? 本書は良の わらしべ長者日記?
  • ようやく始まる婚約者騒動。ヒロインの圧倒的な求心力が悪役令嬢の闇を生む。

こにきて ようやく長編らしく話が続いていく 17巻。

本書は14巻ぐらいまでは長くても2話連続の話が最長であった。ライバル登場、当て馬登場と思われても2話で話は収束し、波乱が起きることなく収束し、日常がすぐに戻っていく。
その潮目が変わったのが『14巻』で紗英(さえ)が入学してきたり、恕矢(ゆきや)が復学してきてからだろう。彼らによって ようやく物語に長期に亘って影響を及ぼすキャラが登場し、物語に縦軸が生まれた。
そして この『17巻』ラストで紗英が ある行動を取ることによって初めて、ヒロイン・良(りょう)とヒーロー・伯王(はくおう)の行く手を阻む高校生が登場した。何と17巻目にして初めての人生の障害である。

ただし紗英は人生の障害になってしまうが、2人の恋愛の障害にならないのが本書の面白いところ。普通ならば紗英に伯王への恋愛感情があるから、良との仲を引き裂こうと画策するものだが、紗英は伯王への情は一切ない。彼女にあるのは良へのルサンチマンである。かといって、紗英は良を個人的に恨んでいる訳ではない。紗英にとって良は、欲しいものを全て持っているという抽象的な逆恨みを抱く対象でしかない。紗英がラストで あの選択をしてしまったのは、父親を含む周囲の男性という男性が自分を軽視するからである。そう考えると、紗英はモテない女性がモテる女性(良)へ逆恨みをしているだけのように思えるが…。

紗英の生きづらさを理解しているはずの伯王が、紗英の生き方を否定してしまう。闇堕ち確定…。

『16巻』の感想でも書いたが、紗英は悪役令嬢である。そして そんな存在を生みだしてしまったのは、良という圧倒的な求心力を持つ「ヒロイン」という存在なのである。素直に無邪気に生きているだけでヒロインは人を惹きつける。だが社会の中で そういう風に生きられる人は限られるからこそ、アンチヒロインの立ち位置にいる悪役令嬢が好まれるのだろう。
作品が望む評価とは絶対に違うが、本書は なぜ悪役令嬢は誕生してしまうのか、その秘密を4巻に亘って詳細に描いていることが素晴らしい。閉塞感のある社会の中では、少女漫画ヒロインは架空の生き物のような存在なのかもしれない。特に白泉社作品は乙女ゲームのような世界観なので、ヒロインの絶対的な存在感が鼻についてしまうのだろう。私は まだ読んだことないが2022年現在では少女漫画界にも悪役令嬢が流行っているらしい。もしかしたら本書のようなヒロイン像は やがて駆逐されてしまうのか。良は少女漫画界(白泉社)の最後の王道ヒロインだったりするのだろうか…。


65話。大騒動になるかと思われた、アルの家宝ともいうべき物の盗難だが、盛り上がらずに終わる。これは巻を跨ぐことなのか…。
だが この家宝から話は広がり、伯王と同じく、アルも また後継者としての責任と自負の中に生きていることを知る。恋のライバルでありながら、2人は同じ立場で刺激を受ける仲になった。今回はアルと良の仲が どうこうなるよりも、アルと伯王の関係性が深まっていく。
だから親愛の証として、アルは伯王にリョウを託す言葉を伝える。これは『6巻』の別れの時と同じく、英語で、良には分からない秘密の会話。

イギリスの次はフランス。こちらも観光名所を1コマで紹介しつつ、良は伯王と2人きりでの散策する予定。事前準備もばっちりで伯王は良の修学旅行をしっかりと支えている。そんな頼れる伯王の姿を見て良は頬を赤らめる。この辺は次の回のビッグイベントの布石か。
そしてラストは良の迷子で回を跨ぐ。こちらも大騒動には なりそうもない。


66話。その迷子で出会ったのが日本人女性。誰かに似ているが、読者の予想通りの人である。困っていた その女性を助けたことで、女性の伝手を使って、良は憧れの菓子店に入り、見学が出来た。望めば叶う、それが良の無敵の「ヒロイン力」である。

その後、再会した伯王はトラブルにも めげずに逞しく生きる良に感心するが、私は携帯の充電を忘れたり、自力で元の道に戻れなかったりする良のことを褒める気にはなれない。良に反省はなく、こうして彼女は成長しない、と意地の悪いことを思ってしまう。

そして この回の目玉は何と言ってもラストのキス! ジンクスのある橋の上で2人はキスをしたのである。恋愛感情が昂ったとかではなく、大きなイベントの中で忘れられないキスをした。『16巻』で伯王が寝ている良の頬にキスをしていたが、これも伯王の募る気持ちの表れだったか。
このキスは2人の愛情のピークを表し、この後の2人を巡る大きな話を前にして、支えになったり、伯王の推進力になったりするのだろう。物語的には ここでしとかないと、しばらく相応しい場面がないからという理由もあろう。


67話。場所以外は やや唐突なキスではあったが、その達成により伯王は決意を新たにする。それは良と伯王の父親を会わせる計画を進めることだった。
ちょうど良も祖父母の名代としてパーティーに参加し、準備は整った。可能な範囲で身なりを整えて、マナーを再教育。伯王の思惑通り、良と父は挨拶を交わす。伯王の父は、会う前から良について思う所はあるみたいだ。
修学旅行中の謎の日本人女性のネタバレになるが『17巻』で日仏で伯王の両親に立て続けに会う良。彼らに どう認められるか、というのが今後の良の試練となろう。

顔合わせが済み、伯王は父との面談を望む。その中で伯王は良が「特別な女性」だと父に表明する。父親の立場からすれば、初めての彼女にうつつを抜かしている、と思っても仕方がない。
それに伯王の「特別」の根拠は薄い。「世界は変わった」というが、人を好きになっただけという気もするし。こういう時のために伯王側のトラウマが欲しかったが、本書には それが用意されていない。ごく普通の初恋と、御曹司の立場がちょっと釣り合わないようにも思える。婚約指輪にも相当する指輪も贈ったし、性行為の描写が基本的にはない白泉社では最高の愛情表現であるキスもしたばかりだから、伯王の気持ちも分かるが、10代男子特有のロマンチストを爆発させているだけに見えるのが玉に瑕か。

だが、その話に対する父の答えは伯王には婚約者が決まっている、それが紗英だという話だった…。

きっと伯王父にとっては(各所に失礼な発言だが)息子がキャバ嬢と結婚したいと言い出した に等しいのだろう。

68話。紗英は神澤(かんざわ)グループのナンバー2の娘だという(どんどん地位が上がるなぁ)。それは伯王の後ろ盾が強固になり、求心力も安定する。だから父として息子に最良の道を選ばせたいのだろう。これは父の愛情でもある。父息子そろって「過保護」なのだ、この2人は。

それにしても これだけ「家」で縛ろうとする神澤家。だが現当主である伯王の父親は、妻と別居状態なのは どういうことか、と思ってしまう。家族写真も碌に撮れない すれ違い生活が、神澤家の望むものだったのだろうか。伯王の父も妻の現状を許しているあたり、妻想いと言えよう。厳しい両親にもロマンスがあったりする訳で、子供たちは その醜聞にも似た甘酸っぱい思い出を調査して暴露すれば、親の態度も変わるのではないか…(笑)

婚約の話を聞いても、伯王は紗英は婚約を喜ばないと踏む。そんな彼女と協力すれば婚約話は進まない、と楽観的に考える。主人である伯王の婚約を阻止したいのが庵(いおり)と隼斗(はやと)。心強い仲間と、愛する人と目標があるから伯王は、紗英のことを軽く考えすぎてしまった…。

紗英は父親から婚約の話を聞くが、予想通り拒絶反応を示す。だが父は放任という名の自由を与えてきた、と恩着せがましい。それが紗英の孤独を深くする。そして いつも自分の傍にいる執事に憧れている紗英だが、専属執事であるはずの恕矢は良の方向しか見ていない。
誰にも甘えることが出来ずに、苦しむばかりの紗英。そんな彼女の性格を伯王は見抜き、話し掛ける。
だが紗英は伯王の話の中で、自分が大事にされておらず、良だけが伯王の特別であることを感じ取り、紗英は良を中心にして回る世界に復讐をするようになる。
だから情でも愛でもなく、伯王との婚約を結ぼうとする。それが自分を軽んじる世界を見返す唯一の手段だと信じて…。