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執事様のお気に入り になったことで怠惰になったヒロインが、最終巻で やっと初期型に戻った!

執事様のお気に入り 21 (花とゆめコミックス)
伊沢 玲 + ストーリー構成・津山 冬(いざわ れい・つやま ふゆ)
執事様のお気に入り(しつじさまのおきにいり)
第21巻評価:★★★(6点)
 総合評価:★★★(6点)
 

一緒に幸せになるために、できることを頑張ると約束した良と伯王。双星館の記念祭でデザートを任された良は、伯王の父と会うことに。しかし当日思わぬアクシデントが発生して⁉ 二人を待つ運命とは…? 感動の最終巻!!

簡潔完結感想文

  • より遠い将来を見据えた2か月間の断絶。全ての成果の発表は学校の創立記念パーティで。
  • 当て馬は告白させてもらえず、恋愛模様は2人だけ。それ故 ページ数の割に満たされない。
  • 大ピンチ&大団円だが描写不足で 感動には至らない。本書に「独特のセンス」を感じない。

互い相手のことしか目に入らない物語の 最終21巻。

本書は純度100%の高校生の恋愛を描いている。この場合の「純度100%」とは恋人以外の誰からも告白すらされない、という状況を意味する。本書には数人、当て馬らしき男性や女性ライバルっぽい人が出てきたが、誰もヒロイン・良(りょう)、またはヒーロー・伯王(はくおう)に告白することなく終わった。ヒロインに好意を抱く者2人いるのだが、彼らは無敵のカップルの前に告白をすることなく退散していく。また伯王側では、結局、誰一人として伯王を真剣に愛さなかったのが笑える。女性ライバルと目された真琴(まこと)も紗英(さえ)も伯王には1mmも興味がないという、本当に伯王はヒーローなのか、といった状態であった。これもまた読者の心の平安のためであり、登場人物が読者に嫌われないようにする作者の配慮だろう(紗英への非難も最小限になるようにしてるし)。それに少女漫画において、女性ライバルとなった人、恋の敗者は物語から追放されてしまうことが多いので、誰も敗者を出さず、平和な世の中を作ろうとしたのだと思われる。
だが『14巻』の初登場から8巻に亘り、良のために動いてきた恕矢(ゆきや)が告白も許されないと知って、安堵するどころか彼に同情してしまった。そして恕矢の登場から、黒髪執事というキャラ被りのためか登場シーンが おまけマンガになっていった仙堂(せんどう)の無念やいかに。恕矢や仙堂など中盤を支えた人を上手く扱えず、中途半端に放置してしまったのが残念である(完結後に発売された『執事様のお気に入りEncore!』でフォローされているが)。
本編は全21巻だと約4,000ページの物語になると思うが、その長さの割に世界観が広がっていないのが残念。徹頭徹尾、良と伯王のための物語にしようとしたのだろうが、中盤までのマンネリの連続をするぐらいなら、もっと他に紙面を割くべきシーンがあったのではないかと思ってしまう。決して出来の悪い本だとは思わないが、じゃあ人に薦めるだけの価値があるかというと首をひねらざるを得ない(全21巻の長さもネックである)。

彼の自分への思慕を自覚しないままヒロインの天真爛漫さは保たれる。伯王も作者も良に過保護すぎる!

た、読者に好評であったであろうと推測する専属執事制度への疑問も消えることが無かった。良が序盤で伯王と専属執事契約を結ぶことが、多くの読者の願望と一致したのは分かる。だが そのせいで庶民で行動的なヒロインの良の長所が全て消えてしまった。勉学のみならず、食事や身なりまで全てイケメン執事に任せっきりな姿は私には堕落にしか見えなかった。夢のようなシチュエーションであるが、庶民派ヒロインの手足をもぐような設定で相性が良いとは言えない。

最終巻までの最後のエピソードは、そんな堕落した良が自立性を取り戻す作業だったようにも思う。有能な執事がいるために自分では何も出来なくなった彼女は、伯王から離れることで本来の人間性を取り戻す。執事とは麻薬のような存在なのではないか。

今回、メインとなる場面の学校創立100周年記念祭でも、伯王と離れ、自力で努力する良は裏方に徹する。そんな彼女に、恕矢は記念祭の参加を促すが「誰かのために動き回ってる方が私らしい参加の仕方」と良は満足気に答える。確かに良は『1巻』1話では自分で出来ることは自分でするような女性だった。それが伯王が専属執事となり、良は他のLクラス生徒と同じように何もしない人になってしまった。

もしかしなくても中盤の退屈は、伯王の専属執事が原因のような気がする。良に、彼女自身が得るはずの成功も失敗もさせず、彼女だけで動くことを禁じるのが伯王の「過保護」であった。そして それに甘んじる良を 私は好きになり切れなかった。
それは作品面・恋愛面でも同じ。良を困らせるような彼女への好意は、良に感知させることなく消滅させていこうとする作者の過保護があるように思う。上述の通り、それが純度を保つ一方、良に痛みを、作品に世界の複雑性を感じさせないままになってしまった。

21巻という長さ、また脚本と作画が別の二人三脚という体制の割に、本書は至って普通なのが つくづく惜しい。クオリティは高い。が、本書ならではの「独特のセンス」を感じる場面が少なかった。


81話。伯王との別離を宣言した良は、2か月 電話もしない徹底ぶりを見せる。それが伯王の父に宣言をした良の覚悟で、今は甘えずに自立することが今の2人の最良の選択だと自覚しているからであった。この辺りは、受験勉強に集中する一般的な高校3年生カップルと同じような構図である。

良は、自分が雑用係をする料理研究家の女性・翠(みどり)が未だ伯王の母親だとは知らないでいる。その翠は良には内緒で、学校の創立記念祭のデザートを良に一任することを決めていた。翠が良に大役を任せるのは、彼女に「独特のセンス」を感じているからである。

2人は それぞれの方法で伯王父と向き合う。良は伯王の父に毎週、自作の菓子を送ることで彼にメッセージを送る。そして伯王は父親の執事として時間を共有し、これまで以上に本音で話す機会を得る。しかし伯王の父の反応は梨のつぶてだから、2人とも手応えはない。それでも2人は前進を続ける。

五里霧中の良だったが、いよいよ100周年の創立記念祭で会うことを伯王の父から提案される…(しかし伯王父の手紙と筆跡はどうにかならなかったのか。作画の先生の字そのものだし、文章もフランクすぎて似つかわしくない)。


82話。伯王の父が甘い物が苦手という情報を知り、これまでの行動が裏目に出ていたと考える良。そこで記念祭でのデザート案を再考するのだが…。

そして始まる記念祭は、老若男女、これまでの登場キャラが大集合する。
この日、恕矢は良に想いを伝えようとする直前で、良が人に呼ばれ話が立ち消えになる。この時、良を呼んだのは伯王の父。伯王父は一種の良のピンチから良を救った恩人と言えよう。物語の純度を守った影のMVPは伯王父かもしれない。

ただ良の窮地を救った伯王父は、自分が彼女を奈落の底に落とす。良が送った お菓子には一度も口をつけていないし、良自身を認める気はさらさらないと良に伝えるのだった。
しかし良は諦めない。現時点の自分は伯王父、ひいては神澤(かんざわ)家から見れば益するような存在ではないが、未来は分からないという答えを示す。成長途中で判断しないで、と神澤家の当主に反論したのだった。高校生が大人、しかも機嫌を損ねられない人に対して自分の気持ちを臆することなく100%伝える、それは誰もが出来ることではないだろう。

全てを伝えてデザート作りを再開した良だが、伯王の弟・理皇(りお)たち子供組が暴れて準備していた品をダメにされてしまう。良は子供たちの罪を被り、ひたすらに伯王母に謝る。これは『18巻』の子供が陶器を壊したのと全く同じパターンですね。
最後の最後に悪意ある大人を登場させ物語を濁らせないように、子供による事故なのだろうが、ピンチの作り方と良が聖女である表現が被っているのは残念。本書全体に言えることだが、イベントにおけるトラブルが地味である。それへの対処も常識的すぎて漫画的な面白さがない。最後なんだし、もっと意表を突く、壮大なアイデアで楽しませて欲しかった。


83話。良のピンチを招いた理皇は、方々に助けを求める。それに動いてくれた人が続々と良のもとに助太刀に集まる。
いきなりトラブルが大事になっているが、肝心の料理がダメになったコマを見てみるとクレープが落ちただけにしか見えない。ここでセレブパワーを見せつけるのなら、もっと派手に演出するべきだったのではないか。

ただし、最後の最後にいつも頼っていた伯王が手を貸さない演出は大好き。一部は伯王の関係者もいるが、今 良を助けてくれているのは良が築いた人脈だ。今後、伯王が良に手を貸すのは、本当にどうしようもなくなった時。今は良の頑張りを尊重するのが彼の仕事。過保護からの卒業という意味もあろう。この辺も、一時は堕落した良の回復のように読める。
この作業中に不自然に専属ペアが選ばれるMVPの話が出るのは、読者への再度の注意喚起なのだろう。

伯王が傍にいない方が良は本来の自分でいられる。そんな悲しい結末に読めなくもない…。

いよいよ良はデザートを出すが、お客が自由にデザートを選択できる即興性は受けもするが、初めての経験に戸惑う お客もいた。それをカバーするのが伯王たち執事クラスの、お茶とのマリアージュ企画であった。至れり尽くせりのサービスは お客の満足度を高め、良自身も人と人の輪を繋げるような空間演出が自分が目指すものだと分かる。…が、これだと良は商品を並べるようなパティシエールを目指すよりも、料理店を開くべきなのではないか、と思ってしまうが。

パーティーに伯王父の姿は現れず、良は彼に自分の作った物を食してもらえないままでいた。だが客が引けた後、伯王の父は姿を現す。自分の器を広げようと良が築いた人脈が彼女を応援し、伯王の父に この場に足を運ばせた。過去の努力は無駄ではなかったのだ。そして伯王の父はパーティー中、物陰から良の働きを見ていたという。そこで父は上がってくる調査書類にはない良の本当の姿を目の当たりにした。

伯王の父が良の作ったデザートを口にしても全てが解決する訳ではない。だが、父は良と交際することが伯王にとって、そして神澤家にとって益する可能性がゼロではない、と伝えて その場を去る。これは厳しい父の最大限の譲歩であろう。


84話(最終話)。こうして一緒にいることを許された2人は、一緒にパーティーの後片付けをして、ドレスアップをして式典に遅れて参加する。彼らを待っていたのは専属ペアのMVPなしという前代未聞の状況だった。その原因は、受賞資格のないペアに票が殺到し大量の無効票が出たから。

そのペアは、もちろん良と伯王。
大団円に水を差すようで申し訳ないが、ご都合主義を感じずにはいられない。この2か月以上、彼らは一緒にいなかったし、それどころか学校での場面が極端に少ない。それに その前には醜聞が良の身に降りかかっていた。その汚名を返上する機会がないまま、こんな結果になるとは考えられない。『7巻』の体育祭のように2人が執事クラスとLクラスの代表として創立祭を盛り上げたならいざしらず、3年生に突入してからの実績のないまま選ばれるのは不自然にしか思えない。指輪事件で良にはアンチが少なからずいるのも露呈したし。脚本の人が別にいるなら、良の頑張りに対して周囲の彼女に対する視線が柔らかくなるとか事前の準備も出来ただろうに…。

MVPの資格はないが、薫子(かおるこ)の必死の説得もあり2人はダンスを踊れることになった。

その前に、再び専属契約を交わす2人。2度目の宣誓の言葉は、1度目よりも何百倍も感動的だ。そして それぞれペアになり踊る参加者一同。その会場の中に、良は伯王の父と自分のお菓子の師匠・翠が踊っている姿を見て疑問を感じる。そして伯王の口から真実を知るのであった。ここは嫁候補である良の頑張りに対して、翠から直接 許可が欲しかったところ。

ラストは卒業式。同級生たち、それどころか伯王の進路は詳しくは語られない。痒い所に手が届かないのが、なんとも もどかしい。そのための番外編なのだろうが、21巻もやってて、尺が足りないという状況が腹立たしい。

式の後、伯王は良の左手の薬指に指輪をはめる。他作品なら唐突に映る行動だが、2人は こういう将来を見据えて動いていたから驚くことではない。ただし恕矢の時と同じように、何巻もかけて親を説得していったのに、伯王の父が完全に認めた訳ではない状況で、勝手に若い2人が既成事実を作っているようなに見える。創立記念祭から半年ぐらいしか経ってないんだし。どうなったら良が神澤家に益する存在になれるのか、がよく分からないまま大団円にして文句を封じている。打ち切り作品じゃないんだから…、と感動には至らない。

最後は数年後に両家が揃って2人の結婚式に集まる一枚の写真が飾られる場面で終わる。