《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

恋愛感情解禁のスイッチは作中時間で1年が経過するという、構成的な問題が大きい疑惑。

執事様のお気に入り 8 (花とゆめコミックス)
伊沢 玲 + ストーリー構成・津山 冬(いざわ れい・つやま ふゆ)
執事様のお気に入り(しつじさまのおきにいり)
第08巻評価:★★★(6点)
 総合評価:★★★(6点)
 

Lクラスに現れた季節外れの編入生・楠真琴。神澤家と並ぶ名家の令嬢という彼女は、お世話係に顔なじみの伯王を指名する。突然の話に不安になる良だが、楠家の要請で断れないと知り…。伯王に好意を抱いているという真琴。一緒にいられない寂しさを感じる良に伯王は…?

簡潔完結感想文

  • 伯王に釣り合う家柄の お嬢様登場。すれ違い、そして非日常が恋心を自覚させる。
  • ライバルになりそうな女性の進路を事前に変更させて衝突を回避させる平和的解決。
  • 出会った1年前と同じ展開で、彼女の気持ちや関係の変化を夜空に浮かび上がらせる。

「家」のために動く執事たちを描きつつ、ようやく恋愛感情が動く 8巻。

『8巻』にして片想いが成立した。「両想い」ではない片思いである。長い。長すぎる。
鈍感ヒロイン・良(りょう)に恋心を自覚させたのは仮想敵の存在であった。ここまで引っ張った割には、何ともベタな展開での気付きとなったが、飽くまで「仮想」というのが本書のミソだろう。ヒーロー・伯王(はくおう)を巡っての争いは起こらないので、恋愛に勝者も敗者もなく、誰も傷ついていない。こういう優しい世界を構築するために色々と配慮されているのが本書の良い所である。

新キャラの仮想敵の登場、そして仕組まれた誘拐劇の中でも良は自分の歩みを止めなかった。例え仮想敵・真琴(まこと)が伯王を好きであっても、真琴に対し常にフラットな態度を取り、彼女の手を取って一緒に進もうとした姿勢が美しかった。そんな良の純真さが この後 事態がややこしくなることを未然に防いだと言える。仮想敵が本当の敵にならなかったのは良の心の正しさがあったからこそである。

ヒロインの正義の心が悪事を未然に防ぐ。この回だけは良は伯王の助けなしで自力で問題解決。

そこは良かったが、残念なのは結局、第三者によって伯王を奪われそうになった危機感で恋心に気づく点。ここまできて そういう焦りや不安で恋を自覚させないで欲しかった。これまで伯王から愛の囁きとしか思えない言葉でも自覚しなかったのに、こういう いわばマイナス感情で恋を自覚する流れは残念に思う。良を純真な存在にするため、彼女の嫉妬や独占欲を描かないまま、恋心だけ解禁されるのが少し納得がいかない。良の恋愛感情のスイッチは伯王に直接 入れて欲しかった。

しかも恋愛解禁は、真琴という存在が直接の理由ではなく、作中で良の編入から1年が経過したからだと思われる。ここまで恋愛に無自覚でいさせたのは、良が体験することが全てが初めての1年目には恋愛を持ち込まない、という作品の構成的な問題が大きいのではないか。
当初からの予定で、1年目は学校行事と季節のイベントで乗り切り、2年目からが恋愛重視、そしてラストは男性側の問題という三部制を考えていたのではないか。イベントの目新しさだけで読者の興味を引ける1年目は鈍感設定で乗り切れると判断し、2年目に入るから恋愛が解禁された。周囲の人が見ればバレバレの2人の間に存在する感情なのに、敢えて無視してきたのは この工程表通りに話を進めようとする お役所仕事のように思えてしまった。本書は理性ばかりが作品を支配し、感情に訴えるものが少ないように思える。

ここが とても残念。良が伯王を好きな気持ちが止められない、という感情の盛り上がりではなく、2年目だから恋愛解禁という機械的な流れを感じてしまう。私には これまでの良の感情と、今回の良の感情の中に差異を感じられない。一瞬で着火し、燃え広がるような感情を期待していたが、結局ぼんやりとしたライバルによって自覚させられたのが、引っ張った割に これ?という肩透かしに思えた。


29話。良の編入から約1年後、同じく編入生の楠 真琴(くすのき まこと)が登場する。新キャラはLクラスのお嬢様。楠家は伝統ある名家。真琴は学校では良と同じ立場だが、社会的には伯王の神澤家に並び立ち、伯王とも面識があるという設定。
良は持ち前のグイグイで真琴に話し掛けるが、彼女の学校の お世話係は、当分の間 伯王が務めることになった。良のグイグイは異性にしか通用しないのだろうか…。

そのせいで伯王と すれ違い生活になるが、伯王はそれを見越して良の世話を庵(いおり)と隼斗(はやと)を頼んだり、交換日記をしたりと気遣いを欠かさない。庵と隼斗は伯王の命令だから従っているが、良は別に彼らに世話をしてもらう理由が無いのだから拒否すればいいのに。なんか良が自分の特別待遇に疑問を抱かないのが増長に感じる。

とても刺さりにくい例えだとは思うが、真琴には『鉄のラインバレル』風味を感じる。

伯王の勧めもあり、真琴の方が良と会話を試みる。その会話の中で彼女はいずれ伯王に「お慕い」していると告げるつもりだと言い、良はショックを受ける。良は自分たちの関係が変わってしまうことを不安に思うが、交換日記に その気持ちは書けない。
何も気持ちを書けないので交換日記を持ち続けていると伯王が良を心配して駆け付けてくれた。交換日記は伯王にとって良の安全を確認するツールだったのだろう。
私は良のカマトト感に苦手意識を持ち始めているので、もしや こうすれば伯王が自分に会うことを見越していたのでは、と意地悪く思ってしまう。良が悩んでいるのは本当だが、彼女は交換日記の保留が一種のSOSになるとは思っていないのだろう。自分のことだけで考えが止まっていて、伯王がどれだけ自分のことを考えてくれているかを考えない視野の狭さを感じる。そういう鈍感さは罪である。

一方、真琴の伯王への接近に、楠家の考えがあると見通すのは兄が真琴の執事を務めており、自身も楠家と真琴に関わりが深い仙堂(せんどう)だった。楠家の考えを伯王は受け入れないと予測する仙堂は、真琴を傀儡とすることを止めようとするが、「家」のことを第一に考える仙堂の兄は次の一手を打つ。
『8巻』は収録4話中3話が主人を超えて「家」のために主人の気持ちを敢えて無視する執事たちの姿が描かれていた。


30話。良は友人・薫子(かおるこ)の助言もあって、自分の気持ち、わがままと言える感情を出すことを許容しようとするが、楠家は良を伯王から引き離すために「多少 強引な手を使うこと」を決める。

放課後、良は真の提案で再び一緒の時間を過ごし、真琴が家のために動いていることが分かってくる。そこに彼女の意思はない。彼女はまるで執事がそうであるように「家」を第一に考え、自分はその駒として動いていた。

そんな中、真琴と共に良も誘拐される。これは楠家の狂言誘拐で、真琴は良に責任を押しつけるための発言をする役割を担わされていた。
白泉社作品は誘拐されがちですね。上流階級の人が多いから、狙われやすい。

あとは真琴の証言で良を伯王から引き離し、楠家の安泰が約束されるが、真琴は誘拐時も、そして脱出時も決して真琴と離れようとしない良に対して、感情が動く。そして その脱出劇の中、良は たとえ真琴の感情を濁すことになっても自分の今の正直な気持ちを彼女に伝える。真琴が伯王を慕っていても、良は伯王と一緒にいたいという気持ちが変わらない、と。誘拐でも恋愛でも いつでも足を止めずに前へ進んで状況の打開を図るのが良らしい行動力だ。いつもはピンチに駆け付ける伯王だが、今回ばかりは良が自分の力で解決しないと、仮想敵の真琴が改心してくれない。だから珍しく良が自力で解決しているのである。この点は いつもと違って良かった。
この非日常の中で、真琴とという仮想敵がいて、良は自分の気持ちに気づく。ただ、良は誘拐に動じなかったとはいえ、誘拐劇を使って良が伯王の胸に飛び込んでいくのはストックホルム症候群的な、非日常の興奮状態のように思えてしまう。ライバル的な存在と大きな事件が作品としては必要だったのだろうが、上述の通り、誰かにスイッチを入れてもらうような展開になってしまい残念に思う。

狂言誘拐に対する お咎めは一切ない。だが この誘拐劇を通して、正直に生きる良の姿が真琴の生き方も変えていく。彼女は自分の意思で計画を台無しにさせ、良心に従い「家」の陰謀から伯王を解放させようとした。

事件後の そんな彼女の変化を仙堂は「ご立派」と珍しく私見を述べる。この場面は、サイボーグ執事と、そして家のロボットとして動いていた真琴は、それぞれ人間味を発揮する場面に見えた。


31話。月見回。この作品を読んでいると、日本には色々な行事があるなぁと思える。真琴の変化として彼女は自分の意思で寮に入ることを選択したことが分かる。

お月見の準備を伯王と並んでするが、良は平常心を保てない。そして相手に自分を よく見せたいと思う気持ちも芽生え、色つきリップを塗ってみたりもする。
だが緊張しすぎて彼女は倒れる。物理的に倒れるか、高熱で倒れるか、どうしても元気いっぱいの良とは相いれない展開で2人きりの甘いシーンに繋げるのが気になる。
といっても今回は、出会いから1年記念ということで敢えて同じ展開を用意したらしい。

恋心を自覚した次の回が お月見回なのは、「I Love You」が「月が綺麗ですね」だからなのでしょうか。師走ゆき さん『高嶺と花』でも同じように、なかなか素直に好意を示せない男女が月を愛でる回がありましたね。


32話。伯王に対する脅迫文が届き、庵と隼斗は2人だけで内密に事件を処理しようと動く。このところ各1回ずつ個人回のあった2人だが、今回は『2巻』以来のペア回という感じか。

この話も向坂(さきさか)や仙堂兄と同じく、主人のために動く執事の お仕事の広さを描く。伯王のために動いていることを伯王に知らせずにいるため、伯王の不評を買う悪循環とストレスに耐えながら彼らは手掛かりから犯人を絞り込んでいく。そういえば恋愛関係と混同気味の良と伯王を除くと、学園内での純粋な主従関係は この3人しかいない。

だが真相に最初に辿り着くのは伯王。そして その動機は「家」側が執事を試す、という逆転の考えであった。その家に相応しいかどうかテストするという展開は、伯王と良との関係にも絶対に待っているだろう。庵たちが今回 自分の有能さを示さなければならなかったように、良も自分の価値を認めてもらわなければならない時が来るということか。