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少女漫画と小説の感想ブログです

彼女が気持ちを伝えた日は、彼が「家」のために一歩を踏み出した日。その流れから すると…。

執事様のお気に入り 10 (花とゆめコミックス)
伊沢 玲 + ストーリー構成・津山 冬(いざわ れい・つやま ふゆ)
執事様のお気に入り(しつじさまのおきにいり)
第10巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★(6点)
 

伯王への恋心を意識する良。皆で遊びに行った遊園地で伯王の気持ちを確かめようとするが…!? 一方、伯王17歳の誕生日を前に、神澤家が伯王を、財界に名を誇るグループの正式な跡継ぎとして発表すべく動き出す。良は果たして告白できるのか? 切ない恋の行方は…。

簡潔完結感想文

  • 学校という閉鎖空間から出ることの多い『10巻』。いつまでも主人と執事では いられない?
  • 専属契約の更新の気持ちは一緒だが、その中の齟齬に悩む良。一方、伯王も考えを初披露。
  • 自分の責任を自分で背負える良に安心する伯王。過保護と過小評価を混同しないないように。

だまだ小さな一歩だが、本書にとっては偉大な飛躍である、の 10巻。

『9巻』で告白を意識し出したヒロイン・良(りょう)が、実際に告白するまでの過程を丸々1巻使って描くのが『10巻』である。
良の告白も読むべき場面だが、私としてはヒーロー・伯王(はくおう)の胸の内を初めて読めたのが良かった。これまでの9巻分、なぜ彼が動かなかったのか、の理解の一助となる説明がされている。
伯王は、良を自分の家の事情に巻き込みたくなかった。彼の中では、自分が実家である神澤(かんざわ)グループの跡継ぎの道を選ぶことと、良と交際をすることは決して両立できない命題として位置づけられていた。だから せめて この学校にいる間は主人と執事として良の一番近くにいることを望んでいた。良を「執事様のお気に入り」に留めておくことが、彼女から自由に羽ばたく翼を奪わないことだったのかもしれない。

甘い言葉をまき散らしたのに絶対に一緒にならないのは結婚詐欺とかロマンス詐欺みたいだ…(笑)

そして この『10巻』は未来への試験と試練が多かったように思う。良と伯王が1年ほど前に結んだ専属契約の更新のために試験があったり、伯王が自分が正式に神澤の跡継ぎとして発表され、それを周囲や彼の父親を納得させる振る舞いを試されたりしていた。
また『10巻』は、学園の外に出るということを意識しているように思えた。学校の外でも主人と執事のように振る舞うことの奇異に良が気づいたり、あと1年強で卒業となる この学校を出た後のことを考えたり、と特殊な環境から出た際の、吹き荒れる世間の目、というものを考えさせられる描写があったように思う。

『10巻』のラストで良は伯王に告白する。当たり前だが告白に対しての答えは2つである。受諾か拒絶か。現時点の予想では どちらの可能性も等しく考えられる。
まず受諾については、伯王が心配していた「俺が選んだものを否応なく(良に)背負わせることになる」を、良が自分が背負うべきもの(学校の清掃)を しっかり自分で背負っていることが分かり、伯王が安心するというルートが考えられる。これは伯王の「過保護」っぷりが、良の過小評価へと繋がってしまったのではないかと思う。彼女を心配するあまり、まだ起こってもないこと、自分の頭で考えたことだけで伯王は自分の気持ちに蓋をしてしまっていた。そうではないことを良が自立することで証明してくれて、伯王の考えに変化が起こるのではないか。

だが拒絶に関しても同じように考えられる。良が告白したのは伯王の誕生日で、かつ伯王が神澤の跡継ぎとして一歩を踏み出した日でもある。つまり この日の伯王はグループのトップとして責任を負って、「そのために自分が背負う不自由も厭わない」状態なのではないか。そこに私情を挟む余地はない。グループにとって最善の道しか選ばないことは、将来的な結婚相手も家のメリットとなる相手を選ぶということで、一緒になれる未来を描けない伯王が気持ちに蓋をしたまま、良の告白を拒絶する、という未来が見えてしまう。

まさに運命が交錯する1日になったのだが、果たして伯王の答えは…。
少女漫画なので いつかはハピーエンドになるだろうとは思うが、今回 伯王が告白を拒絶する可能性も十分にある。私はそこが面白いと思った。そして久々に次の巻を早く読みたいと思っている。


37話。遅まきながら相手に好きと言う気持ちを伝える、という手段を知った良。彼女は絶対に少女漫画を読まずに育ったに違いない。内容的には「好き」だと自覚した時と同じように、良が伯王に過剰反応をする、という重複が見られる。

そんな中『9巻』の保育園の手伝いのお礼にチケットを貰った5人(良・伯王・庵(いおり)・隼斗(はやと)・薫子(かおるこ))は遊園地で遊ぶ。庵たちと薫子は絶対に男女の雰囲気を出さない。というか まともに会話していないのが残念。

学校外に出れば伯王を見た女性たちが「かっこいいね」と口にするのは本書の お約束。こうやって喧伝させて人気を維持していく手法です。ただ、今回は、学園内外の事情の違いが、この後の告白や気持ちの自制に繋がるテーマだと思う。転びそうになったら助けるのも恒例。
この回では伯王は行く場所が決まっていれば入念な下調べをするタイプだということが分かる。有能すぎて、未知のことがなく、彼自身が楽しんでいるのか不安になりそうだ。

その日、伯王がくれたストラップは2つで1組。これは良が伯王から初めてもらった個人的なプレゼントだろうか。このストラップは物語のラストまで良の宝物であり続ける。そういえば『どこぞの漫画』では同じような2つ1組のキーホルダーを渡したカップルは破局してましたね…(笑)

薫子に背中を押され、告白するはずの良だったが、告白寸前で言葉を飲み込む。まぁ そうですよね。本書でこんなに展開が早い訳がない。ただ この時点で良が言葉を飲みこんだ理由が私には分からなかった。

一方、伯王の神澤家では、伯王を跡継ぎとして正式発表するための準備が整えられていた…。

そういえば遊園地回なのに観覧車には乗りませんでしたね。少女漫画で一番 乗車率が高い(であろう)乗り物なのに。あんまり親密な空気になると ここで告白しかねないからかな(花火の音も遮断されるし)?


38話。引き続き不自然な態度になってしまう良。伝えようと思うと伝えられない、という もどかしい関係の中、伯王の誕生日回となる。良は伯王のためにケーキ作りをすることに決める。

そんな中、一定期間 専属関係を持続している組(ペア)を対象に行われる、専属更新審査が近づく。一次審査は正装でのお茶会、二次審査は面接だそうだ。伯王がリラックスさせてくれた お陰で一次審査は自然体で通過。
一次審査後、伯王の姉・碧織衣(あおい)が来校し、神澤家の跡継ぎ お披露目の件を話す。伯王は自分のタイムリミットを意識しながら行動しているらしい。

伯王は悔いのない時間を過ごすという意志表明として良に、卒業するまで執事でありたい、と伝えるが、良には それが恋愛感情抜きの関係のように聞こえてしまった。それが彼女から告白の言葉を奪う…。

伯王には言える範囲での最高の言葉であっても、良にとっては線引きされたように思う言葉。

39話。良は先日の伯王の言葉が実質上の恋愛関係の否定だと思い込む。告白する前に答えが分かって良かった、と自分を納得させる良。

伯王と庵との会話で、これまで語られることの無かった伯王の気持ちが語られる。伯王は彼女を自由でいさせるために、執事として一番近くにいることを選んだ。一緒にいたいと思っても、卒業後は「家」が重くのしかかる。伯王が進む茨の道が良の前にも出現してしまう。

一方、良は隼斗にヒントを貰い、思いついたケーキのアイデアの材料を面接前の空いた時間で買い出しに行く。だが、その買い物の途中でストラップを落とした事に気づき、バスを逃し、面接に間に合わなくなる。

二次審査は無断欠席となり、伯王も連帯責任でペナルティを課される事態になる。伯王のためにと動いたことが仇になり、伯王と一緒にいられなくなってしまう。
それでも専属契約を更新したい意思を審査官に伝える場面で、良は伯王の言葉と気持ちの齟齬を思い出し、言葉に詰まる。そんな彼女の様子を見て伯王は主人のために動く。その言葉には実直さがあった。だから良も、伯王への気持ちを躊躇せずに素直な言葉で伝えようとする。
こうして審査官は納得し、更新は認められた。しかし良の中には伝えきれていない言葉が残っている。

ペナルティとして与えられたのは週末の学校清掃。良は自分のミスから起こったことに加えて、週末に誕生日や大事なパーティーのある伯王を慮って、清掃を一手に引き受けようとする。


40話。良は清掃を1人でやり切ることを前を向く自信にしようとする。

誕生日パーティーは伯王の試練の場。誰もが伯王の資質を試すように見ており、伯王も その期待に応えるだけの資質とカリスマ性を備えていることを示さなくてはならない。初登場の伯王父も息子の振る舞いに将来性を見る。

パーティーの最中、伯王は真琴(まこと)から良が1人で清掃をしていることを知らされる。真琴は良の背中も押したり、伯王に良の現状を伝えたりと大活躍である。
合間を縫って良に電話し、彼女が自分で荷物を背負える人間だと確信した伯王。無理だと思っていた自分の誕生日当日に、一番聞きたかった良からのお祝いの言葉も聞け、伯王はパーティーに改めて臨む力を得た。
そうして見事な立ち振る舞いを見せ、彼は父のお眼鏡にも叶う。

パーティーが終わるや否や会場を抜け出し、一番 会いたい人に会いに行く。
また良も、力尽きるまで身体を動かし、自分の責任を きっちり果たした良は もう足がすくむことはない。だから伯王と再会した際に、彼女は自分が育ててきた彼への気持ちを全て伝える。

見返りを期待したり、勝算がある訳でもなく、ただただ純粋に伝えたいという、余計な考えを削ぎ落した告白が素晴らしい。良が ちゃんと自分の足で歩いていることが分かる内容なのが良い。