伊沢 玲 + ストーリー構成・津山 冬(いざわ れい・つやま ふゆ)
執事様のお気に入り(しつじさまのおきにいり)
第07巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★★(6点)
体育祭が近づいた双星館学園。ヤル気のないクラスメイトの様子に、実行委員として何とか盛り上げようと張り切る良。楽しげに作業する姿に周りの生徒たちは…? 一方、伯王達の準備も着々と進む中、備品の盗難事件(?)が発生。現場で怪しい人影を目撃した良と伯王達は──!?
簡潔完結感想文
- ヒロインが無自覚のまま彼に特別扱い が萌え、なんだろうけど カマトト感あり。
- 体育倉庫に閉じ込められたり、ジンクスを使ったり、少女漫画的にベタな体育祭。
- 自分のルーツを彼に知ってほしいという願望を「恋」と呼ばずして何と呼ぼうか。
キスや性行為の「するする詐欺」以前の、恋愛感情に気づく詐欺が続く 7巻。
1話1話のクオリティは高いのに、どうしても否定的な感想が浮かんでしまう。それは やはり展開の遅さが原因だろう。私には、本書で ここまで頑なに恋愛感情に踏み込まない理由が分からない。感情の変化をゆっくりと描きたいのは分かるが、それならば そろそろ恋愛に気づくという予告詐欺を一切やめて欲しい。次こそは、次こそは、と読者の期待を煽っては肩透かしを食らわせていく。
もし主人と執事の楽しい学園生活だけが描かれているのに、男女だから、少女漫画だからと「恋愛脳」で物を考えてしまう読者が勝手に邪推してヤキモキするなら ともかく、明らかに作品が恋愛方向に話を進めようとしながら、話が遅々として進まないから苛立ちへと変わる。
彼らは恋愛関係を意識する前に主人と執事の関係が先に出来たから、ずっと一緒にいたいという願いと恋愛感情を混同してしまっている、ということも考えられる。しかし その違いが分からないなら恋愛をする資格がないだろう。
どちらかに恋愛に後ろ向きになる、尻込みするような理由があれば まだ分かる。例えば婚約者がいるとか、恋人がいるとか。だが四六時中一緒にいる良(りょう)と伯王(はくおう)の2人だから、2人に恋人がいないことは明白で、話が進まない理由にはならない。いずれ障壁になるであろう2人の身分の差も今の2人は感じていない。伯王が何か目的を達成するまでとか、トラウマを克服するまでとか、他の少女漫画にありがちな恋愛解禁までのハードルも今のところ見られない。
それなのに少なくとも『4巻』ラストで彼によって頬を赤く染めてから、4巻後の『7巻』ラストも同じような内容で終わっているから徒労を覚える。男女どちらも恋愛感情に気づかないまま約1年の時間が流れるなんて青春が泣いている。
読者を食いつかせるために餌として恋愛を匂わせるが、決して満腹感を与えないようにするという作品側の絶妙な意地の悪さを感じる。そして恋愛を解禁させないことを目標に話を引っ張る割に、本書の中で起こることは、少女漫画の定番の胸キュン場面なのもチグハグさがある。体育祭では、体育倉庫に閉じ込められてみたり、ジンクスのハチマキを欲してみたり、派手な設定の割に起こることが大変 地味なのも気になるところ。良だけが純真で、無自覚に大切にされるという世界観も そろそろ飽きてきた。読んでいて一切 嫌な思いをしないように細心の注意が払われているが、その生温い世界に感情が死んでいく感覚もある。この世界はユートピアのようで退屈地獄と表裏一体なのである。
25話。学校イベント体育祭。
Bクラスは、金持ちの子息が集まるLクラスの関係者にアピールする「就活」の一環でやる気があるが、Lクラスの生徒は優雅さに欠ける体育祭が好きではない。そこで良は体育祭実行委員になり、盛り上げようとする。彼女が主体的に動く話は良いですね。今回のような学校改革を もっと推進していって欲しかったかも。
良のアイデアが皆を巻き込んでいくという流れは分かるが、応援方法や応援グッズが地味。このアイデアにLクラスの生徒たちが動くとは とても思えない。庶民の良のアイデアの限界ということもあるのだろうが、作品の世界観に対して、イベントも その工夫も いまいち地味なのが本書の欠点。馬とかツッコミたい部分はツッコまないまま。何度も言っているけれど白泉社漫画なんだから もっと派手で良いと思うのに、想像力が爆発せずに、全体的に こじんまりとしている。
そして伯王との関係も また元に戻った。『6巻』のアルの登場で大きく動くと思われたのに、隼斗(はやと)の個人回、そして体育祭でいつも通りのデフォルト展開になってしまった。『6巻』で素敵な言葉を贈っても良の気持ちは少ししか変わらない。これでは、もう どんな言葉を使っても彼女が動かなくなってしまいそうだ。
26話は体育祭の本番当日。目玉はB(執事)クラスの「バトラーズデモンストレーション」。いわば集団演武と言った感じか。良は何十人もいる同じ格好をした執事の中から伯王の姿をすぐに見つける。それが彼女の熱視線なのかと思いきや、他の生徒もそうだから良は自分の気持ちをハッキリさせないまま。次の庵(いおり)の話といい、伯王が熱心に信奉されすぎて、良の気持ちも彼らと変わらないという認識になってしまう。
思慕する男性からハチマキを貰う、というのが女子生徒の裏テーマ。こういうジンクスや おまじない の類は少女漫画的。
良は伯王のハチマキが誰かの手に渡るのを見たくない。だから彼から距離を置くが、彼の方がハチマキを渡してくれる。「ほしい なんて思ってなかったはず なのに こんなに嬉しい」というのが良の心の動き。結局、無欲の勝利となった訳だが、あまりにも濡れ手に粟というか、他のアプローチした女子生徒にしてみれば直接 欲しいという勇気のない人なのに、良は何もせずに願望を叶える感じが作品から甘やかされた「愛されヒロイン」に思えてしまう。良に共感していれば一緒に喜べるのだろうが、私には内気な人が勝つという結末が古臭く映った。
体育祭で周辺をウロウロしていたのは雑誌のカメラマンということが判明。盗撮したり衣装を売ったりと迷惑を顧みない行動をしていた。このカメラマンは、執事の会報を作る薫子(かおるこ)が利益追求した邪道に堕ちた姿だろうか。この雑誌の読者は、つまり男子生徒の執事姿を愛でる我々読者なのではないか…。
26話。『6巻』の隼斗に続いて、庵の個人回。
自分が伯王を大切に想っていると気づき始めた良だが、伯王を敬愛する庵には負けると思って、それが特別な感情だということを明確にしない。
そしてBクラスの寮に設置されたテレビの撤廃を巡って、庵が自治委員長の仙堂(せんどう)と話し合うが、その中で仙堂が伯王を揶揄したことが庵の逆鱗に触れて「決闘」となる。
その勝負の内容はポーカー。庵は伯王の名誉がかかっているから どんな事をしても勝とうとする。今回は伯王の指摘もあって卑怯な手を使わなかった庵だが、これは将来的にも伯王のために手を汚しそうだな。ニコニコとしながら人を傷つけるようなインテリヤクザになりかねない。主人と仕える家のためなら何でもする、という姿勢は、向坂(さきさか)と似ているような気がする。良も伯王にとって害となる存在と庵に判断されたら容赦のない対応をされていたかも しれない。怖ッ。
しかし良は作品内の唯一神、最強のヒロインだから、そんな庵の心も純真な彼女が漂白してしまう、というヒロインパワーが炸裂した話でもある。うーん、このところ良を賛美する内容ばかりで鼻白むなぁ…。
28話。またまた伯王と2人で出掛ける良。
今回の行き先は良が亡き両親と暮らしていた土地。こうして自分のルーツに連れていくというのは自分を理解して欲しいという願望の表れではないか。夢枕に立った両親の導きによって、彼らの仲は深まった、はずだが、本書なので簡単にリセットされそう。
クレーンゲームで男性が女性の欲しいものを獲得する、ってのも「少女漫画あるある」ですね。また、閉鎖された学園を出ると、周囲の人が「あの人 カッコイイ―」というのも お約束。『2巻』の お出掛け回でもありましたね。既視感ありあり。
ラストに両親とも登った思い出の山の頂上で2人は語らう。甘々な会話をしながらも、恋愛には踏み込まない2人。またまた「もうすぐ」気持ちの正体に気づく、って匂わせてから何巻 消費してるんだと呆れるばかり。
そして本来 良は活動的で独創的なはずなのに、伯王が何でも出来るヒーローだから、良はお弁当を作るなど前時代的な女性の役割をしているのが気になる。良は料理が苦手だから伯王のために苦手を克服する努力の証明にもなっているが、女性の価値観が古いというか、少なくとも良には合っていない役割を担わされている気がしてならない。本書は21世紀の作品だが、内容も表現も、2人の原作者が読んでいた20世紀の作品のように思う部分がある。こういう所も設定以外にオリジナリティが無く、随分と保守的な内容に思えてしまう。