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少女漫画と小説の感想ブログです

没落名家ヒロインに 大財閥御曹司の執事が就く。白泉社ヒロインはトップ オブ トップの一本釣り。

執事様のお気に入り 1 (花とゆめコミックス)
伊沢 玲 + ストーリー構成・津山 冬(いざわ れい・つやま ふゆ)
執事様のお気に入り(しつじさまのおきにいり)
第01巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★(6点)
 

両親を亡くし、元・名家の祖父母に引き取られた氷村良は、超セレブ高校の双星館学園に通うことに。広い校内で迷った良を案内してくれたのは、タキシード姿(!?)の男子。彼が執事養成コース「B(バトラー)クラス」に通う神澤伯王だと知った良は…!? 執事学園LOVEコメディ!

簡潔完結感想文

  • チームで作品を作っているので作風が優雅で上品。だが行儀が良すぎて物足りない部分も多い。
  • 庶民ヒロインの良さが出ている、というよりは、周囲の姿勢が酷いから 良く見えるだけ疑惑…。
  • もしも(豪華な)学校イベントに専属執事がいる夢物語。実際の身分差と学校内の身分差の妙。

帰りなさいませ、お嬢様。1巻で肌に合わなければ お帰り下さいませ、の 1巻。

全21巻と長期に亘って愛された作品。あの白泉社作品の金字塔 葉鳥ビスコさん『桜蘭高校ホスト部』の全18巻よりも長く続いたとは驚きだ。

本書はストーリー原案(脚本)と作画の人が別で、この作品が初めての共同作業ということもあり(多分)、本書には読切作品が収録されていない。全21巻 × 各巻4話ずつで、全84話の100%執事漫画の世界に浸れるようになている。ちなみに白泉社作品によく見られる時系列の歪みやタイムループもない。そういう意味でも非常に きっちりしており、時間に正確な有能執事のような作品と言える。

本書の特徴としては1話1話しっかりと構成されている点だろう。例えば『1巻』の最終話でヒロインとヒーローが2人で社交ダンスを踊るのは最後の最後になってから。それ以前に別の練習相手がいたり、本番当日も彼らが踊れない危機を乗り越えてから2人で踊るから そのダンスシーンが一層 盛り上がるようになっている。こういう細かい気配りに分業制の良さを感じる。脚本にも作画にも通常よりも余裕があるからこそ 洗練された作品として仕上がっている。

…が、どこをどう楽しんでいいのか分からなかったのも事実であった。本書の中で決して嫌いなところはない。非常に礼儀正しい作品だと思う。でも そのせいで熱狂を感じられなかったのかなと思う部分はある。白泉社ならではのハイテンションなギャグもないし、作品世界に陶酔した良い意味での作者の暴走も見られないから、続けて読むと淡々とした描写が続いているようにも見えてしまう。

その象徴と言えるのが、ライバルキャラの佇まいではないか。こんなに長い作品なのに最終盤まで大きな波乱が起きないのが本書の特徴で、当て馬やライバルの人数が非常に少ない。これは作品内で同じことを繰り返したくないという信念のもと作品が構成されているからだろうか。終盤になるまで何人かはライバルっぽい人は登場するのだ。しかし彼らは作品内で暴れまわることなく、自分で自分の心に納得して早々に物語から退場していくことが多い。巻を跨いでの活躍(暴走)は稀で、物語は波立たないまま穏やかな日々が続いていく。

これは主役の2人が誰かに影響されることなく、ただ目の前の人を好きになっていく過程を表しているのだろう。そういう着実な恋心の積み重ね方は好感を持つが、作品世界に浸るだけで楽しめる人ではない私のような読者には、もう少し事件が起きて欲しかった。
上述した通り、1話1話のクオリティは高く、分担制の良さが出ているが、全体的な感想は淡々とテンプレ展開を見せられているような否定的な気持ちも生まれてしまった。ほぼ誰も悪い人のいない心地の良い世界が続くが、同時に本書ならではの面白さを感じにくい作品であった。

またヒーローがヒロインに惹かれるのは白泉社作品らしくヒロインの持つ庶民の価値観と行動力がヒーローの心を打つという定番のものだったが、それが単に舞台となる この学校の生徒たちが腐っているだけだからじゃないか、とも思えてしまった。

ヒーローが感心するヒロインの考え方は、実は通常の社会であれば 当たり前の部分が多い。けれど この上流社会を温室にすることで、ヒロインのような生き方が物珍しく映るようにしている。こうすることで毎日 必死にもがき努力する庶民の読者の肯定に繋がり、まるで伯王が自分を見てくれている、好いてくれているという錯覚を味わわせる効果があるのかもしれない。この学校の生徒たちは身分的には上流階級だけど、当たり前のことが出来ない人たちを置くことによって、作品はヒロインとそして読者を まるで特別な人のように扱っている。

そういうシステムが必要なのは分かるが、悪く言えば これはミステリ作品において探偵が優秀なのではなく、周囲がバカだから相対的に頭が良く見えるという残念な構図になっている。そしてヒロインのような考えを持つ人は この学校=社会の外には いっぱいいる。それこそ読者たちが そうなのだから。でも そんなヒロインの考え方を、ヒーローは まるで貴重なもののように感じて彼女を気に入る。となると、ヒーローも狭い世界に生きているような気がしてきてしまう…。

御曹司ヒーローはともかく、ヒロインも これでもかというぐらい特別な人間に仕立てているが、真面目に考えれば考えるほど感心する部分は少ない。そして私が そう考えてしまうのは、この世界に没入できていないからであろう。
『1巻』においては この学校の生徒たちの関係は、親の七光りで偉そうにする人間と、それに尻尾を振る人間しかいないように見える。主人公たちはともかく、この学校という舞台が全く羨ましく思えないのが本書最大の欠点か、それとも もう こういう作品を読めない私自身の欠点だろう。


1話白泉社のテンプレ展開。親の死亡率が非常に高い白泉社作品ですが、本書のヒロイン・氷村 良(ひむら りょう)の両親も事故死してしまう。それによって祖父母に引き取られ、名家の彼らの人脈を使い、全寮制の名門高校、私立 双星館(そうせいかん)学園に良が途中編入する場面から物語は始まる。
庶民が上流階級に踏み込むのも白泉社作品のお約束ですが、良の場合、両親が駆け落ちをしなければ名家の生まれだったことが他作品との違いか(両親の駆け落ちを理由に親族との交流がないのも白泉社作品の特徴)。

この学校の特徴は生徒は「Lクラス」と「Bクラス」の2つのクラスに別れていること。これが「双星」ということか。
「Lクラス」は紳士淑女の養成を掲げた「Lord&Ladyクラス」で、「Bクラス」が執事養成を掲げた「Butlerクラス」となっている。実質 家柄と財力なくしては入学できない「Lクラス」に対し、「Bクラス」は完全な実力主義。1学年に1組しかない執事クラスは入学することも狭き門。「Bクラス」の者たちは「Lクラス」生徒たちの(実家の)絶大なネームバリューと人脈を求めて入学してくる。ちなみにBクラスは男性のみだという。

そんな「不思議の国」に迷い込んだ良が最初に出会ったのが神澤 伯王(かんざわ はくおう)。知力・体力・その他 諸々に優れた綺羅星の如きエリート男子の中のトップ。白泉社漫画のヒロインは一番 偉い人としか恋愛をしない、ある意味で一番の差別主義者である…。

Lクラスの男子は いないも同然。その意味ではヒロインたちもBクラスの肩書しか見ていない。

編入にあたって良の無理がたたり、彼女が倒れ、それを伯王が介抱することが、2人の会話のキッカケとなる。

執事クラスの有能性を書いて権威付けした伯王あ、他生徒と違って何でも自分でやろうとする良、そして自分の人生を自分で切り拓いて 周囲への感謝も忘れられない姿勢が気に入る。特に後半は伯王自身にも重なる部分が多いからだろう。

やがて良は、伯王が有名な神澤グループの御曹司であること、そして伯王には1学年上の道家 庵(どうけ いおり)と鹿糠 隼斗(かぬか はやと)という お供の「助さんと格さん」がいることを知る。この設定によって伯王は執事クラスにいながら、自分も執事を抱えているという変な状況になる。

『1巻』を改めて読んで感心したのは、この庵と隼斗という立場の意味。彼らがいることで、ともすると有能すぎてスカした野郎に見える伯王にとって、この2人と一緒に入る時だけは素になれて人間っぽさが見られるようになっている。良を優先する伯王に庵たちが茶々を入れることで伯王の周囲が賑やかになり、彼の心が分かりやすく読者に伝わる。
各話でも彼らが逐一 学校内で情報収集に動いてくれることで伯王に良の情報が伝わりやすい構造になっている。それを聞いて伯王は各話のラストで良のために活躍してヒーローになっていく。庵たちが伯王の手足になってくれるから、各話の途中で伯王が良の問題に不自然に出しゃばることがなく、非常に物語がスッキリして見える。そんな彼らの諜報活動によって伯王は王の名にふさわしく最後に動くのも良く出来たシステムである。
そして彼らは伯王に忠誠を誓っているが、伯王が認めた良も認めることで、良は無自覚なまま ちょっとした逆ハーレムの中を生きられる。各話の中盤は良と伯王たち男性3人という場面が多く、画面が華やぐ。それでいて庵と隼斗は良を伯王以上に大切にする訳じゃないので、良との距離感が一定に保たれ、逆ハーレム漫画のようなヒロインへの一方的なチヤホヤ感は排除されている。

御曹司で学校でも右腕を2人抱える伯王の権威付けは こうして極まる。だが良は伯王の身分にも彼を見る目を変えず、普通に会話を続ける。それが伯王にとっては特別なのだろう。そんな普通の交流で1話は終わる。知り合った相手がお金持ちでも急に態度を変えてはいけない、もはや昔話なみの白泉社作品の教訓である。

1話でキスをするとか、本書ならば1話で「専属執事」の話が出るとか、特別なことを起こして興味を引こうとするが、本書は上品なので そんなことはしない。ただ、良が伯王の周りをチョロチョロすることで当然のように それを嫉妬する者たちが現れ、暗雲は予感させるだけ。

伯王が御曹司でも良が態度を変えないのは祖父母のために玉の輿を狙うために調査済みだから(嘘)

んな良を快く思わない者たちが、良の両親を悪く言ったことが良の逆鱗に触れ、彼女は発言の取り消しを求める。
良を悪く言う者たちが その条件として提示したのが、良が1週間以内に専属の執事を見つけることだった。この者たちは専属執事は身分やステータスのない良には不可能なことだから これを選んだという流れだが、話としては不自然。作品側が良と伯王が専属執事契約をして特別になって欲しいだけであろう。

良は その喧嘩を買って 出来なかったら土下座を約束して専属執事探しを始める。Lクラスも自分の家柄を自慢する人間ばかりだが、Bクラスは その家柄を目当てに動く人間ばかり。なんだか2話目にして この学校が早くも楽しそうに見えない。主人公たちの評価を上げることに必死で、周囲を下げ過ぎではないか。

良は、自分の努力を惜しまない伯王に専属執事の話をして彼の邪魔をしたくないから彼には勝負を秘密のままにする。そんな時に伯王に話をするのは隠密役の庵と隼斗であった。ここで良が少しでも伯王に専属の話をしたら甘えに見えてしまうが、最後まで意地を通すけど、伯王が助けてくれるラストのためには庵たちが必要であった。

約束した通りに土下座はするが両親への悪口は許さないと心までは折れない良。そんな彼女を助けるのは伯王。こうして2人は主と執事になる。負け惜しみを言う相手に対しても良は心の広さを見せつけ完全に その敵意を挫く。


れで嫌がらせも収まるかとおもいきや、伯王が専属執事になったことで、羨望から良への誹謗中傷が止まない。
そんな中、編入したばかりもあり良の試験結果が悪く追試となってしまう。勉強回の始まりである。
最初は つきっきりで勉強を見てくれていた伯王だったが、良が学校の備品を壊してから彼の態度がおかしく、自分を避けるようになったことに良は落ち込む。
その すれ違い&勘違いの解消がラストシーンとなり、良にとって伯王が早くも いなくてはならない人となっていく。また伯王が最後に良を避けることで、彼女が独力で試験を突破して見せるという努力も見せられている。伯王に最後まで勉強を見てもらっては彼なしでは努力も勉強も出来ない人に映ってしまいますからね。良の美点を損なわないように配慮されているのは流石です。

また伯王が良を避けたのは、備品を壊した良に敢えて厳しくすることで周囲の目に良が伯王から甘やかされてばかりではないと知らしめるためでもあった。そして避けていたのは彼が風邪を引いてしまったから。誤解が解けて2人の仲は以前よりも近づいてきた。いよいよ主と執事ではなく、ただの同級生の友達に好意が芽生え始めてくる…。


ストは学校の創立祭。創立祭はパーティー形式で、豪華な食事と社交ダンスが催されるらしい。
勉強に続いてダンスの特訓となるのだが、練習相手は伯王ではなく庵。なぜなら彼らはダンス初心者の良に伯王の足を踏んで欲しくないから。イケメンたちに甘やかされているのは伯王なのである。
豪華な食事をするために良はダンスの練習を励み、本番当日に伯王と踊れることを楽しみにするのだが、執事クラスの伯王自身は創立祭に参加できないことを量は当日に知る。ここに彼らの学校内での身分差が生まれる。それが実社会では全くの逆、というのが本書の面白い所です。

庵と隼斗は隠密行動にダンスの練習相手と万能選手。隼斗がいらない子な気がしなくもないが…。

伯王が選んだドレスや靴で着飾っても心は踊らない良は一通りの行事を楽しむが、伯王が いたらもっと楽しいと思い、料理を盛った皿を用意して彼を追いかける。

こうして2人だけの空間で良は初めて伯王と踊る。練習相手が庵たちだったのは彼らが前座で、伯王を本番のお楽しみにするためだろう。前述した通り、庵たちの存在によって、伯王の活躍は最後の最後だけになっているのが良い。伯王が良に口を出し過ぎると、良もまた この学校のぬるい温度に慣れてしまう恐れがある。伯王が一定の距離を置いて本当に必要な時にだけ良を助けるから良いのだ。こういうバランス感覚も良い執事の条件かもしれない。