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少女漫画と小説の感想ブログです

貴方の顔を見ると頼りたくなるから、今はバックハグと耳元で囁かれた言葉で生きていく。

執事様のお気に入り 18 (花とゆめコミックス)
伊沢 玲 + ストーリー構成・津山 冬(いざわ れい・つやま ふゆ)
執事様のお気に入り(しつじさまのおきにいり)
第18巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★(6点)
 

伯王との婚約を決めた紗英。婚約の件を聞いてしまった良は思いがけない話にショックを受けて!? 一方、良との関係を父に認めさせたい伯王は、ワケあって学園を離れることに!! 不安な良の前に伯王の姉・碧織衣が現れ…?

簡潔完結感想文

  • 読者には数巻前から予報されていた恋の嵐が いよいよ到来。でも良には青天の霹靂で…。
  • 本来なら受験期の3年生。学問とは無縁の彼らは知識・教養・品格を学ぶ実習の真っ最中。
  • ラストでの一瞬の邂逅。しかし主観では刹那は永遠で、彼の言葉は勇気に変換される…。

えがなくても歩けるようにするための歩行訓練の18巻。

『18巻』は1巻丸々すれ違い巻である。ページ数としても、作中時間としても これだけヒロイン・良(りょう)とヒーロー・伯王(はくおう)が会わなかったのは最長ではないか。
今回、いよいよ良にも伯王と紗英(さえ)の婚約の話が伝わった。しかも その話を良は、伯王本人ではなく紗英から知らされるという二重にショックな出来事であった。これは伯王の、間違った過保護、良ファーストが招いた結果で、彼女に心配をかける前に自分で対処できると思った驕りの結果でもあった。このところの伯王は希望的観測に すがり、婚約話を紗英が断ると踏んだり、紗英が良に話すリスクを考えてなかったりと失敗続き。それも もし伯王が紗英の自尊心や渇望を的確に把握していれば防げたことだが、彼は余りにも良ばかりのことを気遣って周囲にまで目が行き届かなかった。執事として皆に奉仕する精神を学んできたはずなのに、ただの10代の若者になってしまっていたか…。

良というヒロインがいるから対照的に黒く濁っていく悪役令嬢の心。その鬱憤を晴らそうとするが…。

更には伯王が1か月の休学をして、自分の能力を父親に示すために同行することになったので別離は長くなるばかり。2人は将来の危機に加えて、早くも遠距離恋愛的な問題も抱えている。
伯王にとって勝負の1か月だが、良もまた成長を誓うのが この『18巻』である。彼女は初めて、卒業後に恋人(や妻)として伯王の隣に立つことの難しさに直面することになる。彼の隣に立つためにする数々の努力が、良の高校3年生の課題となった。

通常なら受験生となり勉強一色になる高校3年生だが、良の進路は製菓の専門学校で、しかもペーパー試験がないので、いわゆる受験勉強はない。なので良は『18巻』でも割と自由に時間を過ごしている。
その代わりに彼女が打ち込むのが、知識や教養、品格を身につけ伯王の隣に立つに相応しい女性への成長であった。これまで知り合った人々の協力のもと、座学だけでなく、実地研修としてパーティーに参加し、マナーの向上と社交術を身につけ、顔を売り人脈を広げることにした。

すれ違ってばかりで2人が一緒のシーンが数えるほどしかないが、彼らがずっと同じ方向を見て、将来への同じ目標に向かって歩いているので悲壮感はない。そして会えない時間があったからこそ、ラストの邂逅のシーンが強く印象に残った。まるでロミオとジュリエットのように引き裂かれようとしている2人が、バルコニーで束の間の逢瀬を満喫するのは、これまでの対比もあって非常に甘く感じられた。これまで苦難という苦難がなく順調に、そして鈍足に話が進んでいたので、本書における こういう苦みは新鮮であった。
紗英は嫌な行動を取ってしまっているが、彼女が望むもの、彼女の動機がしっかり描かれているので、これまでの作風を壊すようなものではないし、孤独な魂の悲痛な叫びが痛々しく、彼女のことも ちゃんと心配できる構成になっている。ただライバルが好き勝手に暴れるだけの作品とは全く別なのである。

ただ、今、良が呆然としている伯王の抱えているものの大きさは、彼女が見ようとしなかったことでもある。その点は彼女の無知が苦しみを倍増させていると言える。伯王と交際し、将来を考え始めた時点で、彼女は自分の成長に動くべきだったのかもしれない。だが これは伯王の過保護、秘密主義が、事態を悪化させた、とも言えるかも。伯王は意図的に良に目隠しをして、見せたくないものを見なくても良いようにし、そして執事として甘やかすことで思考を奪っていったのである…(笑) やっぱり専属執事はダメ人間製造機なのではないかと思ってしまうなぁ。

受験とは違い、試験日は不確かで、そして終わりのない成長を誓い始めた良。ますます八方塞がりになりそうな展開に彼女が どう対処していくのか見守っていきたい。

69話。紗英は伯王との婚約を受諾。伯王は そのことで良を不安にさせたくないからと婚約の話を黙っている。ハイ、これ一番ダメなヤツですね。すれ違いのための展開ではあるが、伯王らしい過保護な遠慮と言えなくもない。

しかも その話を紗英から聞いてしまう良。紗英に悪意がないとは言い切れないが、伯王が良に内密で話を揉み消そうとしていたのも事実。今回の すれ違いは伯王にも原因がある。そして紗英のストレス解消のような暴露がまた紗英自身の孤独を浮き彫りにしてしまう悪循環になってしまう。紗英は再び、大事にされるのは いつも良と思ってしまうのであった…。良・伯王・紗英、そして恕矢(ゆきや)の4者4様の動きが見られる。


70話。伯王は、父が婚約の話を考え直す機会として設けた、自分の能力を示す場に挑む。そのために学校を1か月休学しなければならない。その話も良には伝えず、勝手に邁進してしまう。

伯王の休学も人づてに聞いて良は混乱する。その中で恕矢が接近する。いよいよ当て馬の本領発揮か。
ただし すれ違いになったものの、伯王も時間の許す限り、良を待ち続け、互いに歩み寄る姿勢が見えた。それを信じて良も、伯王の家のことを知ってみようと思い始める(何のための携帯電話なのか、とは思うが)。
良は伯王の背負っているものの大きさを初めて知ることにした。これまで伯王が望んでいたように、神澤家は関係のない「ただの伯王」を見たからこそ、良は伯王の「お気に入り」になったのだが、良は将来のために、伯王の背景を見ることにしたのだ。だが知れば知るほど大きな神澤という家に悩む良。その彼女を呼び出したのは、伯王の姉・碧織衣(あおい)だった。

71話。伯王の姉・碧織衣に連れ回されて、贅沢三昧な一日を過ごす良。一日の終わりに、今日 訪れた場所、そのビルや従業員も含めて全てが神澤グループの傘下にある事を碧織衣は告げる。
そして伯王は幼い頃から、王の玉座ともいうべき椅子に1人で座り、その期待に応えるために生きてきたことも。碧織衣は全体像と伯王が隠してきた事実を良に見せ、そこから良がどう振る舞うかを見ている。もちろん碧織衣は これまでの良との時間で彼女が立ち上がることを見越して現実を見せたのだろう。
碧織衣は伯王の欠点も列挙しながら、彼が良に婚約の話を言い出せなかったのは「良が大事でたまらないから」と気持ちを代弁してくれる。そして伯王の休学の裏にも自分との関係を認めさせようという意図がある事を知る。伯王に こんなにも想われ、そして2人の関係を守るために必死で戦っている彼を知り、良は不安に負けそうになった自分を反省する。
碧織衣のお陰で一歩を踏み出すことにした。碧織衣の役割は伯王の父との間に割って入るのかと思いましたが、当主の意向は絶対なので、逆らわない様子。その代わり、良に負けないように気遣ってくれたみたいだ。

碧織衣は良と伯王の間に生まれた亀裂や情報不足をしっかりと埋めてくれる。紗英のフォローも頼みたい!

ただ以前も書いたが、碧織衣を飛び越えて伯王に跡継ぎの権利が発生するのは男尊女卑の考えからなのか。姉は身近な協力者として必要なんだろうけど、彼女の孤独もあるのではないか、と考えてしまう。彼女自身も家の駒として有力なグループ傘下の家の者と結婚させられてしまう、と考えるのが自然であろう。そうすると話が ややこしくなりすぎるから割愛しているのだろうが、碧織衣の人生観も気になるところ。紗英と分かり合える部分が多いのではないか。


72話。良は伯王の隣にいられる自分になるべく、マナーや教養を身につけることにする。頼るのは、この学校で得た友人である薫子(かおるこ)と真琴(まこと)。良は自発的に勉強し、その隣に伯王がいないのが印象的な場面。良もまた「過保護」から卒業し、出来る努力を し続ける。
そして良は庵(いおり)と隼斗(はやと)にも助力を要請し、「伯王のいる世界」を学ぼうとする。そこで提案されたのが社交の場への参加。碧織衣 宛てに送られてきた招待状を良が使うというもの。こういう流用は許されるのか? 出しゃばった感じがして、嫌なんですが…。

パーティーもまた執事・伯王がいないで、1人で立ち振る舞う試練の場となった。無難にこなす中で、子供が割った陶器(おそらく高額)を自分で割ったと名乗り出る良。その場面を主催者に見られ、後日 呼び出される。

そして伯王は父について回り、学ぶこと、未熟さを自覚する場面が多い。ここは伯王の父が息子に厳しく接しながらも、息子を育てようという気持ちが見える。だが、紗英の父親が、神澤家が婚約の話を進めない理由が伯王の抵抗と良の存在だと知る。紗英の父親は神澤家の安泰のためではなく、自分の家を守るために動く。こうやって権力闘争から組織がダメになっていくのだろう…。

良はお詫びに行った家で、子供を庇ったことを褒められ、内輪のパーティーに出席する。そこで伯王と束の間の再会をする。正直者(でもないか、ある種の偽善者っぽいが ←酷いナ)のご褒美ということか。再会は、お互い目を合わせないようなバックハグで、一瞬だったが、耳元で伯王は良を諦めないと囁いてくれたのだった…。すれ違いばかりの『18巻』だが、ラストに良と読者の心に糖分補給をしてくれた。