伊沢 玲 + ストーリー構成・津山 冬(いざわ れい・つやま ふゆ)
執事様のお気に入り(しつじさまのおきにいり)
第20巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★(6点)
自分と紗英の婚約話が原因で盗難事件を捏造された良を守るため、父と決別した伯王。一方、親子関係の修復を望んで執事の専属契約を解除した良。そして良は事件の容疑を晴らせず処分の最終審議へ!全てを捨てても相手を想う、良と伯王の未来とはーー!?
簡潔完結感想文
- 指輪盗難事件の解決。だが恋愛感情ではなく、自立した大人になることを優先させる2人。
- 高校生たちの人間関係はリセットされ遺恨は残さない。黒幕の大人は どうするべきか…?
- 伯王は父の、良は伯王の母と一緒に過ごして人間性 審査。学校の卒業&家への入学試験。
やっぱり少女漫画のラストは遠距離恋愛でしょ、の 20巻。
3年生の夏前ですが、この学校で学んできたことを発表する卒業試験が開催される。良(りょう)、伯王(はくおう)は それぞれ目指すべき未来の舞台で、半人前からスタートすることになった。
卒業後を見越した行動のため、学校内の描写が少ない。以前も書いたが、『20巻』時点で高校3年生の夏前で、進学を目指す他作品ならば受験勉強をしているような段階だが、本書では座学よりも実際に動くことで将来なりたい自分に なろうとしている。
この それぞれの頑張りは、良は伯王の実家である神澤(かんざわ)という家に入るための入学試験で、伯王は この学校で学んできた執事としての才能、そして自分の器を審査される卒業試験のようである。
試験官は伯王の両親。良は頼み込んで雑用係として使ってもらっている女性が、実は伯王の母親だとは知らない。この覆面試験官に対して働きや根性、精神性を見せられるかが試験をパスする第一段階だろう。伯王は父親が試験官となり、執事として置いてもらえる試験、そして父子関係の修復や良のことを認めてもらう試験があり、その中で自分の成長を見てもらうことが目的となる。
伯王は気づいているだろうが、良はまだ知らないことだが、2人が目指す自分像は伯王の両親と同じである。神澤グループという大きすぎる組織をまとめる当主として生きること、そして その妻であり、自立した料理関係者として生きることが2人の最終的な目標となる。息子たちが自分と同じ道を歩もうとしている時点で、彼らは2人に甘い採点をするような気がする。
そして これも以前 書いたが伯王が家を飛び出さないで、親の同意を経て良と家庭を持つことは、良の両親と同じ轍を踏まないことでもある。駆け落ちすることが悪ではないが、白泉社作品では駆け落ちしたヒロインの両親は不幸な結末を迎えるというテンプレがある。これはヒロインを社会的に孤絶させるためである。頼れる親族がいないことがヒロインの行動を、作者が望む方向に進めやすくなるからだろう。
なので飽くまで白泉社作品内ではあるが、実家と縁を切って駆け落ちをしないことは、良たちの死亡フラグを回避することでもある。駆け落ちをした両親の死から物語は始まるなど、展開のために便利に駆け落ち設定を利用する割に、白泉社作品はヒロインには駆け落ちを推奨しないのである。
胸を張って生きる自分になるために、2人の最後の試練は続く。いよいよ次巻がラスト。糖分が本当に少ないが、これも甘い甘い大団円を迎えるためには必要。糖分の渇望が より味覚を鋭敏にさせる、はず。
77話。伯王との専属契約を良は一方的に解消した。彼女の竜は、それによって良は伯王と伯王の父に もう一度 同じテーブルに立って欲しかったから。だが、目をかけ、見込んでいた伯王に裏切られたと感じている父親は、彼の性急な決断に対して批判的。それでも良は伯王の父が息子を大事に思っていることを見抜いていた。だからこそ今回の騒動の原因である自分が身を引くことが、もう一度 互いの意見を聞く「わかり合う時間」の創出になると思ったのだろう。
良は自分のために伯王が昔から抱いた夢、そして これまでの努力を放棄することのないように、自分の気持ちを封印する。良にとっては伯王が幸せでいてくれること以外に意味はないのだ。
伯王の別離に加え、良には指輪事件の最終審議も迫る。ことによっては退学もあり得る大事な審議。最終審議中、薫子(かおるこ)たちは会議室に勝手に入り、良を擁護する意見を述べる。そして その後に現れたのは紗英(さえ)。事件の当事者として指輪盗難の事実がないことを話し始める。彼女自身は与り知らぬことであった盗難事件も自分の自作自演として処理したのであった…。
78話。そんな紗英の勇気を一番に認めるのは恕矢(ゆきや)。これから公私にわたり茨の道を進む紗英は、恕矢に迷惑をかけないためにも彼に専属を降りることを提案する。だが、彼は紗英の傍にいることを辞めなかった。これは正直に生きた紗英には ご褒美のように感じられたのではないか。
ちなみに指輪事件の実行犯である綾野(あやの)は庵(いおり)によって この業界での再起不能にされたらしい。潔癖症っぽい伯王にとって こういう手を汚すことは大丈夫なのだろうか、と その線引きの甘さが気になるところ。
だが指輪事件が解決しても、一度 こじれてしまった神澤家の復活にはならない。伯王は姉・碧織衣(あおい)にも自分の見通しの甘さを指摘されている。
自分のした軽率な行動に頭を悩ます伯王と紗英。2人が取ったのはリセットという手段だった。全てを指輪事件の前まで戻す。周囲の反応や変化した立場は変わらなくても、自分が背筋を伸ばして生きることにした。
伯王は、何事もなく専属執事に戻ったかのように振る舞う。父との関係の修復をどうするにしろ、伯王は それを良と離れて実現することは考えられないから。
そして紗英は実家に戻り話し合い、婚約の話が消滅するよう働きかけた。その上で、良と伯王に謝罪をする。良は紗英が全てをやったとは思っていなかった。だからこそ自分以外の意思に翻弄される彼女が独断をすることが心配だったのだろう。
ただ父親の計略に紗英が乗っかったのも事実。だが良は それも聖女として許す。そうして関係性が綺麗にリセットされたことで、紗英は2人の取った行動に忌憚のない意見を述べるのが面白い。元々、紗英は伯王に対し恋愛感情を持っていなかったので、これからは少し不器用な2人の宝物のような奇跡的な関係を紗英も助けることにしたようだ。高校生たちは和解し、これまで通りの関係に戻る。
伯王は、良の言葉によって、当主と跡継ぎではなく、父と息子として向き合うことを決意する。良・碧織衣・紗英と立て続けに過ちを指摘される形となり、そんな自分の視野の狭さに気づき、もしかしたら父は親として息子思いに動いているという新たな視点を得ることが出来た。伯王にはトラウマこそないけれど、ラストは男性側の家族の修復、というか再構築は他の漫画と同じ展開である。
そして良は、伯王が自分を離さない、と言ってくれても 簡単に元には戻らない勇気を持つ。ここで彼に寄り掛かってしまえば心身ともに楽だが、それでは伯王の父に直談判し、全てを放棄した意味がなくなってしまう。だから彼女も伯王と離れながら一緒になる道を模索する。それは学校内では専属契約を解消したまま過ごす事を意味していた…。
79話。伯王は父親に取り次いでもらえない日々が続く。そこで彼は庵や隼斗(はやと)の周囲の助言を素直に聞き入れ、これまでとは違うアプローチを考える。それが姉・碧織衣を頼ること。これまで孤独に そして孤高に生きてきた伯王にとっては珍しい協力の要請である。それだけ切羽詰まっているし、今度は広い視野で動こうとしているのだろう。執事としては完璧、と本書No.1として描かれ続けた伯王が、一度は地位を失い、その後で再生しようとしている。
伯王の姉・碧織衣の要請で、彼らの母が帰国する。母は、お菓子と料理の研究家で有名な先生だという。そして良が修学旅行中にフランスで会った女性である(『17巻』)。ただし、良はまだ この女性が伯王の母とは知らない。彼女は料理研究家の時は旧姓の有馬 翠(ありま みどり)で活動し、神澤の名を使っていない。
自分にとっての礎に悩んだ良だが、遠くなりつつある伯王と過ごした日々の中に答えを見出す。良は伯王の母の授業を受講することに決めるが、受講料が45万(!)と知り、その支払いの代わりに良は雑用係として伯王の母の傍にいることを懇願する。雑用係は一般の受講生と違い多忙で、学ぶべきことは見て盗むしかないが、良はそれを受諾する。そういえば海外から招聘される講師の授業が目が飛び出るほど高いのは、少し前に読んだ なかじ有紀さん『ハッスルで行こう!』にも描かれてましたね。
そして伯王は、姉の仲介もあり、父親との対面を果たし、その場に伯王の母も登場し、一家が勢揃いする(弟の理皇(りお)はいないが…)。
80話。父子が理解しあえるよう母が提案したのは、伯王が父の執事になる、というものだった。さすが執事漫画、これをラストに持ってくるとは。3年生の伯王にとっては これまでの成果を見せる卒業試験の一部と言ったところか(今は夏前だが)
拒絶しようとする父の方向性を変えるのは母。初めての夫婦そろっての登場だが、この夫婦の関係性が見える。漫画としては父親の執事になる展開は収まりがいいが、執事でなら「新しく父さんに向き合える」というのは論理が飛躍しているような気がする。ただ伯王が執事としての有能さで自分の存在を誇示するのではなく、良の専属になったことで誰かに仕えること、人として柔らかくなったことを父親には見てもらえそうな気がする。
しかも折よく(?)執事が食あたりで入院し、伯王の父には世話をする人が必要なので居場所は確保できた。父の執事の入院は、父が伯王のために こしらえた嘘かと思ったが、後に その執事は本当に入院していることが判明する。
そして父は続けて伯王に、今回の件の黒幕である紗英の父親の処分の内容を伯王に委ねる。1週間後に妥当な処分を考え出せたら執事として認められるらしい。まさに卒業試験である。
冒頭で書いた通り、伯王は父に、そして良は伯王の母に審査される形となった。
伯王は執事として父の仕事に触れ、彼の采配を目の当たりにする。それは当主として、一番高い立場から物事を見通すこと。それは有能さを周囲に認めさせようとしてきた伯王とは違う物の見方。怒りのあまりに家を出ると言った伯王には足りない思慮が父親には備わっている。
そういう考えに触れたことで、伯王は紗英の父親の処分への結論は変わっていく。その変化には良も関係していた。良の紗英に対しての温情が その一つかもしれない。罪を憎んで人を憎まず。良は紗英の立場を分かってあげた。だから伯王も個人的な感情ではなく、グループの成長のために紗英の父への判断を下した。
そして伯王は自分の視野の狭さ、考えの至らなさを父親に謝罪する。父は伯王が執事になることを認めるが、内心は息子の急速な成長に驚嘆しているかもしれない。
彼らの試験はまだ続くが、手応えは悪くない。いよいよ次巻が試験結果の発表である。