咲坂 伊緒(さきさか いお)
思い、思われ、ふり、ふられ(おもい、おもわれ、ふり、ふられ)
第02巻評価:★★★★(8点)
総合評価:★★★★(8点)
由奈は、絵本の王子様以外で初めて男子を好きになる。相手は理央。その理央が告白できなかった相手は朱里だった。大事な秘密を教えてくれた理央に自分の気持ちを隠すことができないと考えた由奈は…。変わっていく由奈の姿に、朱里も影響をうけ、ある気になっていた人へ行動をおこす。
簡潔完結感想文
- あの日、雨さえ降っていなければ…。理央から語られる山本家成立の日の話。
- 咲坂作品は基本的に告白推奨漫画。ふられて初めて恋の土俵に立ったと言える。
- 衝動と常識が拮抗して朱里はベンチから動けない。秘密の場所に連れてって。
好きにならせてくれて、ありがとう、の 2巻。
咲坂作品を読んでいて一番、他の少女漫画と違うと感じるのは、
「好き」をしっかり読者にも降り積もらせてくれるところ。
例えば本書のヒロインの1人・由奈(ゆな)が好きになったのは、
顔面偏差値が高ければ来るもの拒まずの姿勢で恋愛をする理央(りお)という男性。
軽薄な恋愛を繰り返す少女漫画の典型的なヒーロー像みたいな理央だが、
その行動にしっかりと理由が用意されていたり、
彼が実は別の女性が好きで、決して由奈を見ていなくても、
それでも由奈が理央を好きになるのは仕方がない、と思えるぐらい素敵な人間である。
そう思ってしまうだけのエピソードの重ね方が本当に巧い。
例えば「勉強回」での理央の一連の行動は、彼の性格の良い部分が出ている。
まず自室での勉強は親の帰宅で中断となった。
その後、学校の図書室で由奈と1対1で勉強している時に、
クラスメイト女子たちが勉強している理央を見つけて一緒に参加しようとしたが、
彼は自分の不調を理由に、その回をお開きにする。
そうして続行する勉強会は由奈のためにならない、と理央は考えたから。
ここは『1巻』で朱里(あかり)が、由奈と一緒にお弁当を食べない時のフォローに似ている。
さすがは姉弟。
空気は読めるし、頭は回る。
そして由奈が理央に告白し、お互いに2人きりで過ごすのは微妙な空気になると分かれば、
理央は彼女のためにノートを作成する。
しかもノートは朱里が作ったことにして、という配慮まで見せる。
ここで見えるのは理央の責任感である。
考えてみれば、理央が由奈の勉強を見る義理はない。
それを朱里という理央にとって急所から頼まれたことで、勉強を見ることになった。
何度も流れた勉強回に対しても、理央が悪いことは何もない。
だが理央は一度頼まれたことを完遂するために、
恋愛問題のギクシャクを乗り越えてまで、由奈にノートが渡るように手配してくれた。
この優しさ・誠実さよ。
理央の恋愛観や恋情がどうであれ、この人を好きにならない理由にはならない。
それを上回るぐらい、やっぱり好きでいたい、と思わせられる人なのだ。
そして そういう由奈の感情を自然なこととして描いている作者も やっぱり凄い。
『1巻』のラストで判明した、朱里と理央は血の繋がらない姉弟という事実。
朱里が由奈に対しても双子の姉弟という情報を正さなかったのは、
再婚による同居が始まった中学生の頃に周囲に心無い発言が飛び交った経験があったから。
だからこそ2人は家庭内で学校内で、
「徹底して姉弟(きょうだい)として振る舞わなきゃって 理央も私も必死だった」。
その意味では2人は運命共同体であり、
そこら辺の姉弟よりも強い絆があると言える。
だが由奈は、そのことで理央の苦しい恋の痛みも知ってしまう。
由奈が得た理央の秘めた恋の情報は、朱里のことだったから。
そして理央の恋愛に対する軽薄な思想や行動が、
「自分の中の『一番好き』を更新したい一心でしている」と推測する。
由奈は、理央の自分への優しさに触れる度に、
嬉しさと、絶対に報われない悲しさを痛感しながら、恋を止められなくなっていく。
学校での勉強回での帰り道、突然の雨に降られて、2人は高架下で雨宿りをする。
ここは前作『アオハライド』を連想せざるを得えませんね。
そこで理央と朱里が「家族」になった日の話を聞く。
あの雨の日、本来は告白するつもりだった その日に、好きな人は姉となり、
絶対に触れることが許されない人になった。
これは『1巻』の冒頭で描かれた 細切れの場面に繋がる。
多くの少女漫画では、交際経験 豊富なイケメンが、たった一つの恋を見つけて、女遊びが治まっていくが、
理央の場合、たった一つの恋を見失ってしまったから、
女性との刹那的な交友、恋の駆け引きを楽しむことで自分の人生を彩るしかなかった。
他のヒーローと違って、理央の女癖は自覚的・後天的なものなのである。
だからこそ、その表層的な行動の内側には、純粋で優しい理央がいる。
尖っていたヒーローが、不自然に丸くなるのが少女漫画の逃れられない鉄則ですが、
理央の場合は、セルフプロデュースとしてキャラ付けをしているので、
優しさが見えても不自然さがないのが良い。
だから理央は想いを封印しなければならない自分と比較して、
好きな相手に好きと言うべきだと由奈に言う。
この日の会話で、由奈は理央の心に踏み込み過ぎたことを反省している。
そうして一方的に彼の秘密を知った罪悪感が、由奈に行動を促す。
もう、行動が早くて好きです。
単なる軽率な行動ではなく、そこに至るまでの動機がしっかり描かれているのも良い。
でも この告白は、彼と付き合うためではない。
理央にふられることで、由奈は友達になろうとした。
こうして お互いに隠し事がない関係を構築することが、由奈の誠意でもあった。
理央にとって由奈からの告白は青天の霹靂。
だからといって、これ以後、理央の中で急に彼女が「意識に上がってきて」好きになったりしない。
理央がすることは、これまでの由奈に対する自分の軽率な言動を反省し、落ち込むだけ。
そうして頭を抱える理央を心配したのが和臣(かずおみ)。
お互いぼんやりと存在は知っていたが、話すのは初めての2人。
これがファーストコンタクトとなって急速に仲良くなっていく。
ここで4人が初めて繋がりましたね。
ただし恋愛としては和臣1人だけが蚊帳の外状態ですが。
この後の、理央と和臣が一層 仲良くなる場面が良かった。
朱里とは義理の姉弟であることを告白した理央だったが、和臣の反応は軽い。
だが、その軽さこそ理央の心にフィットするものだった。
血の繋がらない男女が一つの家に住むことに対して、世間一般的な反応とは違い、
和臣は自分の物差しで理央の事情を慮る。
ただし、もしかしたら和臣のこの老成っぷりは、
単に、彼の男女の関係に対する意識の低さかもしれないが。
他人の家庭の事情も、恋愛関係も、彼の興味の外にあるのだろう。
逆に、何かにハマると、ずっと固執しそうではある。
朱里は ふられた由奈に寄り添う。
ただし朱里はふられたことがない。
恋愛のシグナルを確かめて、それを楽しむ朱里だから、
「相手と自分の気持ちが一致してるなって分かるまで距離つめてから告白する」。
この告白の仕方は男性的な気がしますね。
ものの本では、男性は9割ぐらいの勝率でやっと動き出すとか出さないとか(ろびこ さん『僕と君の大切な話』)
だが由奈が理央にふられたのは、理央が朱里を好きだから。
理央が自分を好きと思わず恋愛相談に乗っていたように、
朱里も自分が関わっていることを知らないで、由奈を励ましている。
まったく罪作りな姉弟である。
(読了すると、この辺に もっと複雑な感情が入り交じってそうだが)
理央とどう接すればいいか分からなくなった由奈は、
彼と距離を置く日々では、自分が再び うつむいて暮らしていたことに気づかされる。
だが ある日、理央と気兼ねなく話せるよう意を決して話しかけようとする。
この時の理央は友人たちと会話中。
朱里を紹介してとか、由奈にキッショ とか、理央の友人・柴(しば)くんの初登場は印象が悪い。
ちゃんと反省もするから初登場以外は穏やかな人なのだが。
彼に問題があるとすれば和臣に似ていること、だと思う。
和臣なのか柴なのか、分からない場面が何回かあった。
柴をたしなめようと理央が怒り、険悪になった所に仲裁に入るのが和臣。
この騒動で和臣は由奈が理央に告白したことを知る。
幼なじみモノだったら、ここで和臣が由奈を初めて異性として意識するところでしょう。
恋愛のサインを楽しむ朱里じゃないけど、
こういう恋の始まりがありそうな場面は、少女漫画を読む楽しみの一つ。
何が起きるのかワクワクします。
和臣が誰かに赤面する日が来るのでしょうか。
由奈の一連の行動は、他者にも影響を与える。
自分と理央の関係性を疑い続ける母に怒りを爆発させてしまった朱里。
だが謝らない母の性格を見越して、自分から謝ることで家庭内の雰囲気を和らげようとする。
ただし それは朱里の本心ではなく、母親に対する「大人の対応」。
朱里が譲歩しても、母の性格の問題点が改善されることはなく、
そして理央との距離を適切に保つ、という努力を放棄することは許されない。
そんな息苦しさの中、
引っ越し前の友人から友人の兄・瑛士(えいじ)との交流が再開されようとしていた。
年上で同年代にない魅力を感じて、誰もが憧れるような存在だった彼。
この瑛士は、『1巻』で朱里が由奈に担保として渡した あのブレスレットの贈り主でもある。
流用品ではあったものの、もし あの時、朱里がブレスレットを由奈に渡してなかったら、
それをして瑛士の前に出ることに意味が生まれて、
瑛士との間に恋愛のシグナルが発せられることがあったのだろうか。
小さな運命の分岐点を感じずにはいられない。
朱里の中に、自分の瑛士に対する気持ちを確かめたいという気持ちが生まれてきた。
バイト終わりに、かつての地元に帰ってきている瑛士に会いに行こうと悩む。
その時点で時間は9時半近く。
そして11時過ぎ、由奈のもとに和臣から連絡が入る。
理央経由で朱里がまだ帰宅していないと知らされる。
この連絡網も、面白いですね。
理央と由奈は互いの連絡先を知らない。
でも あっという間に仲良くなった理央と和臣は連絡先を交換しているらしい。
11時半を過ぎまで朱里は駅にいて、それから帰路につく。
帰り道で捜索に出た理央と和臣に会い、理央は頭ごなしに怒る。
これは朱里が事情を説明する際に瑛士の名前を出したことも悪かった。
ただでさえ心配している理央に対して、他の男の名前が出て、
直接は言えない朱里への気持ちが沸騰して、怒りとなって湧き出てしまった。
だが和臣は、朱里に失点があることを認めながら、こういう行動に出た朱里の背景も知ろうとしてくれる。
この朱里の行動はストレスの一種だろう。
家にいても心は休まらない。
だから別の場所に生きたいという逃避行動。
今回は逃避願望と常識に均衡が取れたため、結果的に駅のベンチに長時間いることになった。
どちらにも動けない という状態が朱里の選択の幅の狭さにも通じている。
騒動を経て、後日、改めて瑛士に会いに行く朱里。
好きな人が他の男に会いに行く理央の心情を慮って、
由奈は自分は平気なフリをして、理央の心を軽くするため彼の話を聞き出す。
彼は今回の騒動で、自分が家族としてしか朱里に接することが出来ないという枷を感じていた。
理央が瑛士に対して抱いていた印象や危機感は、
朱里の口から語られる瑛士に対する幻想で、間違っていなかったことが分かる。
「自分の知らない世界に連れてってくれる」。
それは窮屈な現実から解放されたという朱里が生みだした幻想であった。
朱里は今回、再会した瑛士には そんな願望が消えていたことに気づく。
瑛士がキラキラして見えた初対面から2年経って、
その間に朱里は自分の気持ちを再発見・整理して、幻想自体を持たなくなった。
そんな朱里の言葉は和臣に正しく伝わる。
彼が朱里を「連れてってくれ」たのは、近所の坂道の途中の見晴らし台。
そこで和臣が朱里に対する回答は、一種の諦念だった。
それは消極的なようで現実との向き合い方の正しい処方箋であると思う。
そして この言葉は朱里には無責任なようで、よっぽど誠実に響く。
でも そこに和臣は一匙の本音を覗かせる。
自分の ここにある気持ちを認めてもらい、たまには身近な人に共感して欲しいという願望。
それは朱里にとって最良の言葉のレシピではないか。
この場所で2人は肉体的に急接近する。
和臣とは逆側に置いた朱里のバッグが落ちそうになり、和臣が朱里越しにバッグを落下から防ぐ。
その時に朱里は、彼の首すじや襟足を目の前に感じる。
そういえば蓮(れん)くんの時『ストロボ・エッジ』も洸(こう)の時『アオハライド』も、
首周辺の描写が多かった気がする。
作者のフェチなのだろうか?