咲坂 伊緒(さきさか いお)
思い、思われ、ふり、ふられ(おもい、おもわれ、ふり、ふられ)
第01巻評価:★★★★(8点)
総合評価:★★★★(8点)
夢みがちな由奈と、現実的に恋する朱里。正反対のふたりだけど、友達になりました。モテる理央と、天然な和臣のふたりの男子も加わり、きらめく青春と本音をぶつけあう恋がスタートします!
簡潔完結感想文
- 春は出会いと別れの季節。人に助けられ、人を助け、高校生活が幕を開ける。
- 男女4人の群像劇。成長も恋心の自覚も時間差があるから いつでも楽しい。
- 4人いると誰かが誰かの相談相手・逃げ場所になれる。変革はいつも会話から。
咲坂作品の歴代ヒロインは『1巻』終了時に恋愛成就から一番遠い場所にいる、の 1巻。
『ストロボ・エッジ』・『アオハライド』に続く「青春三部作」の掉尾を飾る作品。
私は本書を前2作の複合体のように感じた。
2作品の要素を継承しつつ、男女4人の群像劇にすることによって、2×2で4倍 奥行きが広がった。
読者の多くが読みたい『ストロボ』の仁菜子(になこ)ちゃんのような初恋片思いを描きつつ、
『アオハライド』の洸(こう)のような振り回される運命も背景にしている。
そして本書では高校生たちが一人前でない「子供」である自分に焦点が当てられている点が新しい。
何もできない自分、言葉を飲みこんでしまう自分など、
これまで以上に未成年の痛みや苦みが織り込まれている作品となっている。
4人の恋が進展する場面や、それぞれの人間的成長のタイミングは一律ではないため、
その時間差から物語が常に動いているように見える。
元々 作者が巧みな構成力に群像劇が加わったことで、どこを切り取っても面白い作品になった。
構成力は本当に作者の強み。
一直線にすれば、単純なことでも、
1つのエピソードを多角的な視点で見せていくことで、
そこに誤解や間違いが生まれたり、逆に思わぬ視点から解決策が見つかったりする。
本書で私が好きなのは、メインが4人いることで、
自分と、今抱える悩みの関係者以外に絶対に1人は非当事者がいる点。
そうなることで皆、どこかに逃げ道を作れるし、話し相手がいる。
『1巻』での具体的な例を挙げると、由奈(ゆな)が朱里(あかり)の恋愛観に対してイライラした時、
幼なじみの和臣(かずおみ)が大局的な考え方、また由奈が知り得ない情報を提示することで、
彼女の中にあるモヤモヤの正体を自己分析させて、本心に気づく一助となっていた。
まだ点と点で線で繋がっていない関係もあるが、
中盤以降は1人の問題に対して、他の3人が話し合い、意見を出し合い相談する場面が散見される。
特に3人寄れば文殊の知恵で、自分1人では抱えられないことを仲間と共有している。
こういう場面を見るたびに友情だなぁ、と彼らの関係が嬉しく羨ましくなる。
ただ全体的に言えるのは、こういう多角的な視点を採り入れる手法が物語にスピード感を生まない要因になっている。
読者のキャラへの没頭感が分散してしまった、とも言える。
作者のキャラたちが理性的であるところは本当に好きなんだけど、
自制しすぎて情感を削ぐような場面も見受けられた。
駆け出したくなる情動に身を任せるのも青春ではないか。
また著者で初めて、初恋ではない恋や成就しない初恋を描いているのも特徴だろう。
この苦みがあるからこそ、恋の甘さがより引き立っている部分もある。
個人的に嬉しいのは、本書には いわゆる「脇役の恋」が一切ないこと。
4人が主役なので、どの部分も没頭できるのが ありがたい。
そして4人が主役だからこそ、恋愛の先行きが全く見えないのも良かった。
前2作は、どんなイケメンが途中から参戦しても、当て馬であることが見え透いてしまっていたが、
本書の場合は、誰が誰と結ばれるか全く分からないから起こるイベント全部にドキドキする。
(ちなみに私のカップリング予想は見事に外れた。確率1/2なのに。)
個人的に残念でならなかったのは読書の順番。
この1つ前に読んだ集英社漫画が南塔子さん『テリトリーMの住人』だったので、
一つのマンションでの群像劇&恋愛というテーマ丸かぶりし、本書の方に既視感が出てしまったのが痛恨の極み。
出版は『ふりふら』が2015年開始、『テリM』が2017年開始なので、『ふりふら』は全く悪くない。
むしろ まだ『ふりふら』が連載中なのに、
似た設定の『テリM』をスタートさせた「別冊マーガレット」編集部の豪胆さに感服する。
『テリM』開始当時、それぞれの読者のファンが抗争を繰り広げたりしなかったのか。
『1巻』は基本的な人間関係の紹介と友情の構築、といった印象。
恋愛面では一応、ヒロインの由奈が恋心を自覚するのだが、
彼女の中での革命が起きているだけで、実際には何も始まっていない(というか終わる)。
なので恋が始まるぞ―――っ、という待望のワクワク感は そこにはない。
まだまだ謎の場面や設定、動き出していない人もいるので かなりのスロースタートと言える。
再読すると1話冒頭のシーンが重要であることが分かったりするのだが、
この段階では読者に それが何なのかは分かり得ない。
開幕の1話、そして1巻は主にヒロインの1人由奈中心の視点で語られる。
視線を下を向けていることが多かった由奈が、少しずつ その視線を他人と合わせていくのが大きな流れ。
思いがけない出会いが由奈の高校生活と彼女自身を大きく変えることになる。
由奈が理央(りお)を絵本の中の理想の王子様と見間違えるのが2人の出会い。
しかし王子の第一声は「ウンコ」。
これは理想と現実の落差を表現している、のか。
そして花は咲いているが、かなりリアルに描かれたソレ。
ここ普通の少女漫画だったら、理央のバックに花が咲いているところですよね(笑)
それなのに モザイクのように花をソレに被せてくるとは…。
Wヒロインの由奈と朱里の初対面は、
電車に乗りたい朱里がサイフを忘れたことに気づき、見ず知らずの由奈にお金を借りたところから始まる。
こちらは理央とは違い、初めて会った時はこうだったねぇ、と美しい思い出として回想できる。
本来は人見知りであろう由奈が お金を貸したのは、
朱里が新年度の始まる前、自分と同じ理由で駅に来ていたことが警戒心を緩めたのだろう。
翌日、約束通りお金を返す朱里とは家が同じ方向、そして新しく通う高校も同じことが判明。
そして最終的に、朱里が同じマンションに引っ越してきた新住人であることを知る。
由奈は人見知りで会話も上手く出来ていない。
しかし朱里は大らかに由奈のことを受け止める。
これは朱里にとって由奈は お金を貸してくれた恩人で、
貸してくれた時点で絶対に悪い人ではないというジャッジが出ているからではないか。
その日、朱里を自室に招いた由奈。
そういえば由奈の少女漫画好き設定は このシーンだけかもしれない。
朱里と違って由奈は恋に恋している状態ということが描ければよいのだろう。
ここでは同時に由奈のペース、由奈の考え方を否定しない朱里の性格がよく分かる。
そこに顔を出すのは由奈と幼なじみの和臣。
彼らはそれ以上でもそれ以下でもない。
和臣がいるから由奈は少しは異性と話せるのかな。
由奈の幼なじみが、和臣みたいな穏やかな人で良かったと天に感謝する。
この和臣は変に老成しているかと思えば、子供っぽいところもあって、いまいち掴めない。
私は後の巻で作者が和臣を「天然」と評したのを見て、やっと彼のカテゴリを理解した次第。
和臣に関するシーンで一番印象に残ったのは、
ある夜、一緒に帰路を歩く朱里との会話である。
このシーンで朱里は和臣の会話には何の企みもないことを知る。
和臣は普通の人が恋愛の駆け引きを楽しむような言葉を、自然と会話に混ぜてくる人で、
朱里の恋愛攻略法がまず通じなさそうな人だと思われる。
彼女が望むようなワクワクから一番遠いのが和臣ではないか。
50m走を走る和臣を見て「本当は もっと速く走れそうな感じした」という朱里の直感は間違っていない。
それに対して「平均的な速さはあった」から「いーの」という和臣のも彼らしい。
やっぱり咲坂作品は2回目に真価を発揮する。
そして この会話の中で、
「そういうふうに(由奈は いい子と)言える山本さんも すごい いい子だと思う」
「俺のジャッジ変わらないと思うから大丈夫だよ」と言っている通り、
和臣も朱里の本質をしっかりと捉えている。
天然ジゴロというか、後年、周囲の女性が彼に一方的に惚れて、
それがエスカレートしたストーカー行為に悩まされそうな男である(分かります?)
由奈が王子と見間違えた理央は典型的な少女漫画のヒーロータイプ。
理央は、誰とでも付き合う。
その点が理央の姉である朱里が由奈に彼をお勧めできない理由。
彼の交際の判断基準は分かりやすく、顔。
自他共に認めるメンクイである。
そして こんな判断基準を持ってしまったのも、彼が典型的なヒーローだからだろう。
『1巻』のラストで少し明らかになるが、
彼は自分が叶わぬ恋をしていて、その恋が理不尽にも消されたことに対して憤怒の気持ちが消えない。
だから分かりやすい基準を設けて、
自分に近寄ってくる女性を受け入れるだけの恋愛を楽しむ。
その中で自分がした たった一つの恋を凌駕するものを ずっと探しているのだろう。
さて、このヒーローの典型的なトラウマを癒すのは誰になるのか。
ただし理央は他漫画のヒーローのように露悪的ではない。
きっと他の こじらせたヒーローだったら、別の女性から指定された告白場所に来た由奈に対して、
はっきりと「なし」とか「ブス」などと言っていただろう。
理央は男女交際に対してこそ軟派だが、女性に対して基本的に優しい。
そして無自覚に失礼な言動を由奈にしたらしいことを朱里にたしなめられたら、
それを ちゃんと由奈に謝罪が出来る人である。
虚勢を張って、毒舌で身を守って、謝ることのできないほど性格は歪んでいない。
こうしてメインの4人には悪い人が一人もいないことが分かる。
だが罪作りな人ではあって、謝罪の際のスキンシップが由奈を無駄にドキドキさせた。
ただし、由奈は理央から自分が告白しても彼が断ることを間接的に知らされており、
その恋が成就する可能性が低いことを思い知っている。
更には『1巻』ラストで、理央の前から消えてしまった好きな人が誰か知った。
ここは歴代の咲坂作品のヒロインと同じ境遇と言えますね。
『ストロボ』の仁菜子ちゃんは好きを自覚した際に、蓮(れん)くんに彼女がいると知っていたし、
『アオハライド』の双葉(ふたば)も3年ぶりに再会した洸がもはや別人であることを思い知っていた。
逆境初恋から始まるのは同じだが、
由奈の場合、それを突破できる要素を何も持ち合わせていない。
最終的には明らかにカップルになる男女2人ではなく、
男女4人がメインという人の配置的にも由奈の絶望は誰よりも深い。
ただし冒頭の一文で描いた通り、
身の丈に合わない恋の、現実と理想の差が 由奈の伸びしろ、だと思う。
4人の中で誰よりも内気で下を向いているからこそ、
由奈には分かりやすい成長が期待できるのだ。
朱里に関しては、彼氏と別れた次の日の朱里の行動が印象的。
遠距離とは言わないが、高校生には遠い距離を埋めるために、
バイトして交通費を稼ごうとしていたのに彼氏から別れを切り出された。
そのことを朱里は淡々と由奈に報告する。
この日、眠いから保健室で寝ると由奈に断りを入れた後に、
教室で朱里がお弁当を1人で食べることがないように、
ちゃんと手を打ってから離れているのが彼女の気の回し方を端的に表現している。
自分の行動で由奈にどんな不利益が起こるかまで未来予測が出来る賢さが伝わるエピソードだ。
一方、恋愛を大層なものだと思っている由奈は、朱里の淡々とした感じに不快感を覚える。
そこから由奈の中で朱里の欠点を炙り出されていく一連の流れが良い。
だが由奈は朱里には言えない その気持ちを和臣に話し、
その会話を経て、恋愛事情に動きがある朱里を、消極的な自分はうらやましく思っていただけという本心を探し当てる。
その過ちに気づいたら、由奈の中に朱里と一刻も早く話したいという気持ちが生まれる。
夜ということもあり和臣を連れて朱里のバイト先に向かった由奈。
そこ見たのは、同じバイト仲間からしつこく絡まれる朱里だった。
付いてきてもらった和臣の一喝で事態は解消し、そして女性2人で会話を始める。
このシーンは和臣のヒーロー的活躍とも言えますね。
和臣は存在は地味だけど、暗かったり弱気だったりするわけではないのだ。
その夜の会話で、朱里は転校が多くて、いつの間にか自分の気持ちを友達に伝えることを苦手にしていることを知る。
だから失恋後も由奈には平気な振りをして対応してしまったのだ。
完璧なんじゃなくて、完璧であるかのように見せてしまう、それが彼女の強さと弱さだろう。
そんな朱里の事情を知らないままに、自分の怒りに任せて、
朱里を自分の中で貶めてしまった由奈は反省する。
だから由奈は自分から動く。
ただ朱里のために。
私たちは この後、こういう風に人が新しい一歩を踏み出す場面に遭遇する。
読者までもスッと背筋が伸びるような、彼らの瑞々しい成長の軌跡。
今回は4人もいるから それも4倍。
本書では風はいつも、背中を押すように吹いている。
この由奈の変革は、彼女に恋心と向き合う勇気を持たせた。
そんな由奈のために朱里が仕掛けたのは理央先生の勉強回。
だが、理央の自室を会場にしたことで、思わぬ事態が巻き起こる。
帰宅した朱里の母が、理央の部屋の中から女性の声がしたことで、
娘が密室で理央に手を出されているのではないかと心配し、闖入してきたのだ。
そう、なんと双子の姉弟だと思っていた朱里と理央が、
実は親の再婚によって義姉弟になっただけという事実を由奈は知ることになる。
そして その事実が、理央が語った彼のたった1回の恋の相手が誰だかを理解させることとなる。
ヒロインが好きな人の好きな人が判明して『1巻』は終わる。
咲坂作品の新年度の恋の風向きは、いつも逆風なのである。