南 塔子(みなみ とうこ)
テリトリーMの住人(てりとりーえむのじゅうにん)
第10巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★☆(7点)
失恋の傷を癒すのは…恋、友情、どっち? 付き合って初めての夏休み。瑛茉(えま)と宏紀は一緒に料理を作ったり、デートをしたりとどんどん距離を縮めていきます。一方、失恋した怜久(りく)は、後輩の坂巻とあくまで友達として一緒に遊んでいるうちに徐々に傷が癒えていっているようで…? それぞれのテリトリーが大きく変わる第10巻です。
簡潔完結感想文
- 親の都合や家庭環境に振り回された孤独な魂の救済が終盤のテーマなの?
- 宏紀の価値を最高峰にするために、これまでの怜久の尽力が無視される…。
- 他の異性との接近を恋愛イベントの最終ハードルにする本書。今更これ…?
テリトリーMに本格参入できるのは オッサンばかり、の 10巻。
人間関係の繊細なバランスが面白かった前半に比べて、後半は それが失われたことが如実になった。
そういうことをしてはいけない、というハードルを越えているような箇所が気になる。
その筆頭が、仲間内で人格を比較して、恋人こそが最高の人物という気持ち悪い図式。
私は これが非常に残念だし、ここで仲間を傷つけて得るものがあったのか非常に疑問に思う。
具体的には後半の駒井(こまい)ちゃんと櫛谷(くしたに)の喧嘩の仲裁場面である。
この場面、現場に居合わせた瑛茉(えま)・宏紀(ひろき)・怜久(りく)の3人が、
それぞれ自分の意見を言って その場を収めようとするが上手くいかず、
最後に宏紀にお鉢が回ってくる。
そこでの彼の意見と、事態を収束させる手腕に瑛茉は感嘆し、また彼のことを好きになる、という場面となる。
(そして 瑛茉の宏紀への眼差しに怜久が傷心の心に塩を塗られる、という場面でもある)。
確かに喧嘩している2人の中で、より怒りの激しい駒井ちゃんに矛を収めさせたのは見事だが、
宏紀の言うことは決して深いものではなく、角の立たない凡庸な意見に映った。
そして それよりも問題なのは、この場面で怜久を無能にさせたことである。
宏紀を怜久よりも優れた存在にしたいがために、怜久のこれまでの設定を無視していることが腹立たしい。
作品の前半の、怜久・櫛谷・駒井ちゃんの三角関係の描写で、
どれだけ怜久が三人の関係を壊したくないがために、心を砕いてきたかを描いてきた。
それは怜久の心がどれだけ荒れていても、彼が守ってきた関係性だった。
にもかかわらず、今回、そんな2人の喧嘩で、怜久は一方的に櫛谷の側に立っている(立たされている)。
確かに怜久は、櫛谷信者というぐらい櫛谷のことを全面的に信奉しているが、
だからといって「問答無用で郁磨(いくま・櫛谷の名前)の味方」になるほど、
彼は物事が見通せない人ではないだろう。
前半で怜久の配慮を丹念に描いてきた作者が ここにきて怜久に手酷い仕打ちをすることに幻滅した。
分かりやすい構図を作るために、人格を無視した安易な描写になってはいないか。
瑛茉自身が直接的に比べた訳ではないが、
彼女が元カレの櫛谷と宏紀を比べたりしないように、
怜久と宏紀を比較して人間的な優劣をつけるをつけるような真似はして欲しくなかった。
作者の作品への集中力が どんどんと切れてきているように思う。
瑛茉の中で、宏紀が最高峰という描写で占められる『10巻』。
怜久だけじゃなく、これまでの人生で一番 大切だった男性も彼女にとっては関心が薄くなったようだ…。
夏休み、宏紀のバスケ部の合宿(多分、場所は学校)に差し入れを持っていく瑛茉。
だが彼のために作ったレモンのはちみつ漬けは、部活でも用意されていた。
もちろん、宏紀が選ぶのは瑛茉作のモノ。
女子マネが差し出すものより、瑛茉を選ぶという分かりやすい行動で愛情を表す。
ちなみに この時の女子マネは、以前まで登場していた黒髪の女性ではない。
あの子はどこに消えたのだろうか。
彼女が抱いていたであろう宏紀への恋心も処理されずに存在すら消されたのか。
もう ちょっとフォローがあっても良いのに。
無意味にライバルのような存在感を出させた割には、両想い後は用済みとばかりにテリトリーから排除される。
テリトリーMの住人たちは、2つのストーカー疑惑に悩まされる。
1つは、被害者は怜久、容疑者は菜緒(なお)。
片想いしてても両想い後には消滅するのが本書の新キャラの鉄則だが、
菜緒の場合は、怜久が両想いにならないので、存在を許されているみたい。
菜緒は喫茶店「マ・メゾン」に入り浸り、怜久の義父とも交流している。
個食になる家庭環境が背景にある瑛茉や怜久はともかく、
菜緒のどこに食事する理由と金銭的余裕があるのかが謎ですね。
そして菜緒は怜久の義父に彼の話を色々としてあげたみたいだが、その後で絶対に家での怜久情報を聞き出していると思う(笑)
見返りがなきゃ動きませんよ、この人は。
この場面、怜久が自分と同じ料理を頼んだことに喜んでいるようだが、
コンビニで会った瑛茉が会話の中で好きな料理として挙げたから頼んだだけ。
怜久はまだまだ瑛茉のことを忘れられないだけの話。
自分の都合の良いように願望込みで物語を改変するのは、かつての瑛茉と同じで、恋する女性の習性でしょうか。
今回、瑛茉と対面した怜久だけがアイスを食べているが、
私の「アイス=愛す」説からすると、もう一方的な好意だという表現だろうか。
食べることを忘れて、アイスが地面で溶けるぐらい、彼はまだ彼女を愛すぃている。
この後で怜久が菜緒の誘いに乗るのも、
菜緒という存在が、瑛茉との関係を再び円滑にしてくれたことへの感謝の表れでしかない。
2人で食事をしたり、出かけたりしていることに喜ぶ菜緒が健気である。
一方、瑛茉は近頃、誰かに つけられている気がする。
そんな彼女のピンチは宏紀にとってスーパーヒーロータイム。
スキンシップで彼女の不安な気持ちを和らげ、もちろん直接的な護衛も買って出る。
そんな宏紀の料理ブームは続き、料理の腕を上げて、瑛茉を喜ばせる。
そういえば『1巻』の頃は、父親の料理に馴染んだ舌に合う料理に巡り会えなくて身も心も衰弱していたっけ。
宏紀はそんな瑛茉の舌に合う料理が作れるようになったのか。
もしかしたら怜久が宏紀に勝つために必要だったのは、
一緒に「マ・メゾン」で食事するのではなく、料理を振る舞うことだったのかもしれない。
相変わらず、密室に2人でいても、清く正しい関係のまま。
でも考えてみれば、1学期の期末テスト後からだからまだ1か月ぐらいか。
とある日の夕方、宏紀が、瑛茉のストーカーと直接対決。
宏紀は あっという間に退治するが、瑛茉から出た言葉は「パパ」。
こうして彼女の父親との対面は最悪の印象を残してしまう。
瑛茉の自宅に帰った3人の会話は、謝罪と自己紹介から始まる。
娘を溺愛する父は、彼氏という紹介に衝撃を受け、排他的な言動を取り始める。
これまで母や祖母など瑛茉の親族に受けが良かった宏紀だが、父とはいまいち。
ってか、お前こそ浮気してからも娘と同じような関係を築けていると思うなよ、と言いたいけど。
宏紀が帰り、親子3人となってから瑛茉は両親に再婚の話が出ていることを知る。
どうやら1年前の夏から話が出ていて、時間を置いた今も母は再婚しても良いという気持ちらしい。
父に浮気という非がないと、瑛茉が母と2人で新しい生活を始める理由にならないが、
酔っぱらっていたとはいえ父の浮気というのが関係修復を素直に喜べないところ。
どうも話を聞く限り、瑛茉の父親に好意を持った相手側の女性の計画的な犯行、
もしくは極端な話、男性への性的暴行のような感じもするが、少女漫画誌で そんな詳細は描けないだろう。
ストーカー気質の女性に振り回されたのは怜久だけじゃなく、父も同じかもしれない。
ここは もうちょっと瑛茉の気持ちの描写が欲しかったかな。
前半、あれだけ残像を追っていた父なのに、少しドライ過ぎる気もする。
でも この時、瑛茉が子供っぽい理屈をこねないのは、これまでの経緯があるからだろう。
あれだけ依存していた父親に対して、良い意味で距離感が生まれたのは、彼女のこの1年以上の経験のお陰。
美味しいものを美味しいと感じられる心の余裕が出来たし、恋も知った。
母の生活に変化が起きるかもしれなかった別の男性との再婚疑惑も怜久のお陰で新しい視点を得た。
これも良い意味で、親と自分を切り離して考えられるようになったから、
家族の再結成という良い結果とはいえ、再び親に振り回されることも許容できるようになったのではないか。
新たな局面にも狼狽えないことが瑛茉の成長の結果と言える。
両親の空気を察して、瑛茉は賛成する。
これで瑛茉のトラウマ、家庭問題もめでたく解消した。
宏紀は瑛茉が元の生活に戻る(再度の引越し)可能性を考えて青ざめるが、
瑛茉の父親が このテリトリーMに入って来ることになった。
そういえば最初から父親は在宅勤務が多くて、だから料理担当だったという話でしたもんね。
しかも このマンションは家族用。
宏紀や櫛谷は4人家族で住んでいるところに、瑛茉母娘は2人で住んでいるのだから空間に余裕はあって当然。
というか、考えてみれば瑛茉母娘が このマンションに住むこと自体が、広さや金銭的に少し不自然なのだ。
そうして、瑛茉の家庭問題が解消されて初めて、2人の間に性的な雰囲気が醸し出される。
交際後に発覚した宏紀の家庭問題といい、トラウマ的な心理的障害が、恋愛のハードルとして使われている。
駒井ちゃんと櫛谷と喧嘩の原因は、
中学の同級生の女性を助けたことで櫛谷との交流が生まれ、
彼女の相談に乗って、それが ずっと継続していることに端を発する。
そうして櫛谷とだけ連絡を交換する女性に駒井ちゃんは怒り心頭に発している。
この同級生は、顔は怖い櫛谷のどこに惹かれたのか、
どうして彼が優しいことを知っているかなどの詳細な説明がない。
というか この女性には顔すらない。
もはや記号である。
この喧嘩は瑛茉たちでは起きないようなカップルの諍いを見せる場面でもあるのかな。
瑛茉たちが喧嘩する場合も、女性側が一方的に怒る感じになりそうですね。
一旦 離婚することになった瑛茉の両親といい、どちらかといえば女性の方が気の強い関係性が多い。
そして この時の宏紀の言葉は、彼女として瑛茉にこうあって欲しいという やんわりとした束縛にも聞こえる。
こういう考え方を知ったから瑛茉は軽率なことはしないだろう。
また、蚊帳の外に置かれた駒井ちゃんたちの救済策でもあろう。
怜久が参戦した三角関係以後、影薄いもんね、あんたたち。
この2人には家族問題のトラウマもないみたいだし、他の3人より個人問題に焦点が当たらない。
そしてカップルの危機を経験させて、その修復力を利用して、次の関係に進むという前例でもある。
一足先にカップルになった駒井ちゃんたちは、瑛茉たちを先行する存在と言える。
この喧嘩によって、櫛谷は その同級生との間にしっかりと線引きをする。
ただ この記号でしかない同級生だが、他の脇役キャラに比べればアフターフォローがあるだけ良い扱いと言える。
国枝(くにえだ)さんを筆頭に、その他 意味あり気なキャラたちのフォローの無さは残酷の域に達している。
そして新学期。
禁酒していたはずの瑛茉の父親は、再婚を機に飲酒を再開したらしい。
「マ・メゾン」で泥酔してしまい、動けなくなってしまう。
そこで瑛茉の父親と同席していた怜久の義父が、怜久と一緒に父親を運ぼうとして、
怜久が瑛茉の家に運んだところで最後の事件が起きる。
うーーーん、今更 こんなハプニングを起こす意味が分からないが、
これは、喧嘩もしないであろう瑛茉カップルの危機なのだろう。
その辺は、最終巻の感想で。
にしても、瑛茉の父親は人畜無害そうに描かれていますが、反省しない人ですね。
瑛茉がファザコン → 無関心を通り越して、軽蔑しそうな勢いだ。