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殻に閉じこもるばかりの俺を「ここではないどこか」へ君が連れてってくれた聖夜(和臣)

思い、思われ、ふり、ふられ 8 (マーガレットコミックスDIGITAL)
咲坂 伊緒(さきさか いお)
思い、思われ、ふり、ふられ(おもい、おもわれ、ふり、ふられ)
第08巻評価:★★★★(8点)
 総合評価:★★★★(8点)
 

朱里から借りたままになっていた物を返しに来た元カレ・亮介。でも、会いに来た理由はそれだけじゃないみたい!? クリスマスが近づいて、デートの計画をたてる由奈と理央。朱里と和臣にも進展が…。

簡潔完結感想文

  • 元カレ亮介の暗躍。朱里の男性絡みの問題に毎回 顔を出す和臣。これで3回目。
  • クリスマス カップル編。咲坂作品で「交際編」のクリスマスは初めてで照れる。
  • クリスマス 似たもの編。見ざる聞かざる言わざる を解禁して将来を見晴るかす。

つだって和臣(かずおみ)が最終ランナー、の 8巻。

表紙の通り、和臣巻である。

本書は由奈(ゆな)の成長物語だと思っていた。
だが、朱里(あかり)も理央(りお)も、
そして「小学生男子」と評され、天真爛漫さばかりが目立っていた和臣も成長の途上であることが判明していく。
恋愛模様も和臣が動き出してから物語は俄然 面白くなった。
この物語を盛り上げるのはアンカーに託されている。

基本的に温和で明るい彼だが、自分のことをベラベラと喋るような人ではない。
誰かに自分の気持ちを話すのは、最後の最後で もう抱えきれなくなった時。
前回、理央に覚悟を決めて打ち明けるまで、長い間 朱里への気持ちも 自分の中だけで抱えていた。

この『8巻』でも彼の抱える家庭の事情が朱里にバレてしまったから、
彼女に自分の抱えている悩みを話すことになった。

これまでは恋愛や人生の悩みが あまり無かったであろう和臣。
だが問題は一挙に噴き出して、彼の悩みは独りで抱えるには大きくなり過ぎた。
それでも我慢してしまうのが彼の強さや生真面目さ、行儀の良さだったりするのだろう。
一方で他人に頼れないところが弱点で、不器用な所だ。

弱いことを自覚していたから成長も早かった由奈に対して、
和臣は弱いことや悩むこと自体を恥だと思っている節がある。
自分に生まれいずる悩みがあることを彼自身が認めない。
問題を直視しないように、彼は視覚も聴覚も映画に集中するように閉じこもった。

ここまで成長のバトンは、朱里、理央と渡り、朱里もゴールを見つけつつある。
和臣がそれを受け取り、最終ランナーになる日は いつになるのだろうか。
恋愛に関して言えば、本書では告白のバトンは女性から男性に渡されていく。
由奈が告白し、その後に理央が告白することが、2人の恋愛の軌跡。
それは朱里と和臣においても同じだろう。
不完全燃焼とはいえ朱里は一度 想いを伝えている。
和臣がマラソン大会のように「ペース配分を考えながら走」るのではなく、
全速力で相手に飛び込んでいく姿を心待ちにしている。


び朱里の前に現れる元カレ・亮介(りょうすけ)。
本当に、前作『アオハライド』で文化祭後に よく登場した成海(なるみ)状態である。
役割としても ほぼ一緒なのに、亮介が成海ほど嫌われないのは、性別の差が一番 大きいのかな。
でも性格の差も大きいか。
亮介は ちゃんと自分の意思を見せてますもんね。

突然の訪問となったが、それでも朱里の予定を崩すような無遠慮な会い方ではなかった。
こういう細かい描写で、亮介が強引なだけの人間じゃないという表現をしているのは感心するばかり。
どうやら亮介は朱里との接点を持ち続ける戦法に出るようだ。

亮介の出現後も引き続き両片想い状態の朱里と和臣は微笑ましいが、
やはり和臣は煮え切らない状態とも見えてしまう。
朱里も読者もグイグイの亮介の方に魅力を感じても不思議ではない。


一方、由奈と理央は交際後の初登校となる。
マンションの出口から学校までずっと一緒にいられることは嬉しいが、
自分が理央の彼女として学校内を歩くことに緊張する由奈。

でもそれは由奈の努力の証でもあるということで胸を張って生きる。
実際に嫌がらせや嫌味を言われることもなく由奈は平和なので ご安心を。

由奈に告白してくれた我妻(あがつま)ともお断り後&交際後 初めて会話をするが、
彼に未練はなく、恨みがましいことも言わない。
いつぞやの朱里に嫌味を言った合コン男とは違うので ここも一安心。
由奈はもう作品の安全地帯にいると言ってもいいだろう。


ップルの交際においては何も問題はないが
理央と朱里の両親がケンカしていて、家の中が険悪ムードとなる。

家にいたくない子供たちは「朝食もとらずに早々に家を出て」ファストフード店で由奈を待つ。
「ごめんなさい」が言えない朱里の母親がケンカを長引かせているらしい。
朱里の母親は子供たちの間に男女の匂いがしないか注視していたくせに、
今回も自分たちが原因で彼らに不自由を強いていることには無関心。

喧嘩の描写はなく、朱里たちだけの情報だけなのだが、
この母親は なかなか性格に問題がある。
だが親の性格に口を出せないのが子供という立場であるところの急所でもある。
嵐が過ぎ去るのを待つしかない、それは子供にとって過大なストレスとなる。

だから朱里は家の空気が悪いことで弱っている。
そんな時に支えてくれる人がいることで、寄り掛かってしまうことを理央は危惧する。
中学生の時に亮介と朱里が付き合ったのも、朱里が弱っているタイミングだった。

過去の経緯を知っている理央は和臣に対して脅すのだが、和臣は動かない。
咲坂作品において告白は成長の証で、
それが許されるのは迷いのない、視界がクリアな人だけなのである。


が、和臣にも譲れない一線はあるらしい。
放課後、亮介に一方的に押しつけられた物を返却するという朱里に、和臣は異議を唱える。

亮介の好意を警戒し、「行くのやめなよ」「行って欲しくない」と自分の希望を通そうとする。
だが「なんで?」という朱里の問いには、真正面から答えない。
またもや煮え切らない。
自分の気持ちを伝えるには準備が足りないらしい。

だが、そうして和臣に背中を見せて亮介のもとに向かうはずの朱里は、下駄箱にいた。
そんな朱里の選択が和臣は嬉しい。
「ごめんね 俺が行って欲しくなかっただけなんだ」
そんな言葉を聞いて舞い上がりそうになる朱里だが、過去の勇み足が彼女をその場にとどまらせる。
2人とも、あの夏祭りの言動(『5巻』)が、未来の足枷になっている。

和臣が提案したのは代替案。
それは彼が亮介に会いに行くというものだった。

こうして朱里を巡る男性2人が顔を突き合わせることになった。
和臣は平和主義者だろうに、本書の中では男性に対峙する場面が多い。
全て朱里関連だが、朱里のバイト先でしつこく付きまとう男、
逆恨みして嫌味を言う合コン男、そして元カレの亮介。
広い意味では朱里の痴情のもつれで毎回、顔を出しているのが和臣と言える。
苦手分野っぽいのに毎回ヒーローとなっているから大変だ。

和臣は、自分が亮介に会う経緯を説明する時に「鼻をこすって」いる。
嘘のつけない彼の精一杯の嘘だったのに、亮介には秒でバレていて笑える。

これらの男性たちは朱里の隙の多さや、これまでの恋愛観の象徴で、
それを和臣が全部 断ち切っていく、という流れなのかな。

亮介は和臣を恋のライバルと認識し、自分の方が彼女をよく知ってますアピールとも取れる朱里の情報を流す。

朱里を巡る高度な情報戦。亮介の言葉は これまた自分のことだったりするのだろうか。

彼女の欠点を挙げ連ねて、和臣の手に負えないという方向に誘導するが、
和臣は、そうなってしまったことが朱里の受難だと、彼女を擁護する。

繰り返される母親の離婚で、自己評価が低い、他者から愛されたい、大事にされたいという朱里の願望は、
男たちにとっては彼女の恋愛攻略法が分かっていてチョロい。
朱里と自分が付き合った経緯も それに近いからか亮介の分析は鋭い。

しかし亮介の目からも和臣は そのような見た目と気楽さから朱里に近づいた訳ではないと分かる。
だから亮介は保護者のような視点で、朱里を和臣に託す。

亮介の去り際にお灸を据えるような一言が、和臣の尻に火をつける。
それで焦りも生まれるが、彼もまた家庭内に問題があって、自分の思いを全て閉じ込める癖がついていた…。


奈と理央はクリスマスに向けて、お互いバイトを始め、一緒に過ごす特別な日を楽しみにする。
両想い後の、こういう恋愛イベントが描かれているのは過去2作にはなかったもの。

クリスマスは、待ち合わせを遠くの駅にして特別なデート気分を高める演出。
遊園地とは違って、理央は適切なリードをしている。
理央の遊び人設定は演技であり仮面であった。
それを外した理央は ただのスパダリである。

多少のトラブルはあったものの、総じて素晴らしい最初のクリスマスとなった。

特別な事ではない等身大な過ごし方で好感を持つ。
理央は やり過ぎるかなと思っていたが、
お互い自分で働いたお金で相手にプレゼントを渡すなど、
これも相手のために新しいことを始める成長を感じた。

今回で判明したのは、幸福の絶頂期の描写は、咲坂さんをもってしても、他の少女漫画と変わらないということ。
やはり幸福感の描き方は限られているのだろう。

この期間が終了した時、果たして彼らに何が待ち受けているのかが不安である。


里はクリスマスの日、バイト帰りにケーキを買うが、家には誰もいない。
ケーキが無駄にならないよう、和臣の家で彼を呼び出し、ケーキのおすそ分けを試みる。

窓から顔を出した彼はヘッドホンをして、映画を見ていた。
それは周囲の音を聞こえなくするため。

両親は、大学を中退して自分の進みたい道に進もうとしている兄のことで言い争いが絶えない。
だから彼は映画の世界に自分を埋没せる。
彼にとっては映画鑑賞で「違う世界にいる」と思うことが、現実から切り離されることなのだろう。
それは現実逃避というのではないだろうか。

2人がケーキを食べる場所に選んだ公園。
そこで和臣は、先ほど朱里に聞かせてしまった家庭内の言い争いを謝罪する。

両親にとって兄が家族の恥なように、今の両親の現状が和臣にとっては恥ずかしく悲しいのだろう。

もしかしたら和臣は、家庭の不和を人に知られるのが他の人以上に恥ずかしいのではないか。

基本的には「小学生男子」のままでいられた、穏やかで 何不自由なく暮らしていた家が、
兄の進路変更によって、居心地の悪い家になってしまった。

親のように真面目に生きるのも、兄のように「自由で正直になりすぎるのもダメ」
「だったら常に『そこそこ』を意識してれば 期待も失望も指せなくて済むかな」
と考えたのが和臣の処世術。

そして中庸を選ぶからこそ、彼は自発的に動けなくなってしまった。
自分の意思を消滅させ、動かないことが彼の答えではあるが、それは やがてストレスになる。

ずっと平和だった家庭が荒れることは和臣の心の傷になり得るもので、
自分は自分の感覚や感情を遮断し、友人たちに そのことを相談することはない。
末っ子として伸び伸び育ってきたからこそ、幸せでない家を必要以上に恥じるし、隠すのではないか。

なので ここでの朱里への謝罪が実は大きな意味を持つのではないか。
話の流れとしては自然な会話だが、親のケンカのことを口に出すこと自体が和臣には勇気がいることだったはず。
自分の弱みを自分からさらけ出すことに慣れていないから。

だけど朱里は、そういう環境に慣れていることもあって、必要以上に重く捉えない。
この共感を含んだ軽めの対応が、和臣には心底 嬉しかったはず。
これは、かつて朱里が家族の中で「演技」をしていることに対して、
和臣が ちょうどいい温度の言葉を投げかけてくれたのと同じ。
そんな優しい和臣の言葉に朱里は恋心を芽生えさせていたが、
今回は和臣もまた「弱っている」。

これらは全て『2巻』での彼らの会話と全く逆の構図となっている。
『2巻』では朱里が駅のベンチから動けなくなっていたが、
今回、和臣は自室で動けなくなっていた。
映画の世界に逃げ込んで、現実から自分を切り離すことで自分の心の平穏を保とうとしていた。
そんな彼を自分が味わったことのない知らない世界、楽しいクリスマスに朱里は連れてってくれた。


いつだって この階段の途中の見晴らし台は本音を話せる場所。
そして話し相手に恋に落ちる、奇跡の場所でもある。

朱里が将来を語ってくれたように、和臣も「映画作る仕事がしたい」という夢を初めて話す。
だが、それは今以上に家庭を壊すことになりそう。
そんな不安を和臣が抱いている。
これまで言えなかったことも「同じ温度(『アオハライド』)」を共有する朱里には言えるのだろう。

互いが互いを理解し、2人はエンドレスに恋に落ちる態勢となっている。
が、まだ2人は自分が望むだけの成長を果たしていない。

ここまで何度も以心伝心を繰り返していることを、気持ちを口に出せない彼らは知らない。
だから次のクリスマスの約束は、まだ出来ない。