南 塔子(みなみ とうこ)
テリトリーMの住人(てりとりーえむのじゅうにん)
第09巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★☆(7点)
好きな人の幸せ。自分の幸せ。大事なのはどっち? 「今まで通りおまえらしくしてりゃいいんだよ」 怜久(りく)にそういわれ、自然体になれた瑛茉(えま)。そんな瑛茉への気持ちを抑えきれなくなった宏紀に突然キスされて─。瑛茉はどうこたえる!? ラブいっぱいの第9巻!
簡潔完結感想文
- 動じない女性に対して、動揺しまくる男性。女性が芯が強く、能動的な印象。
- 実は両想い後って描くことないよね。なので彼のトラウマや過去を後付け…。
- 新キャラ乱発。新キャラは決着点や退場方法を考えないまま出すからグダグダ。
時間が経過するのを ひたすらに待つ 9巻。
このたび めでたく両想いになったヒロインの瑛茉(えま)。
実は少女漫画を描く上で一番 難しいのは両想い直後なんじゃないかと思う。
なぜなら何をしても幸せ、幸せ、その一辺倒で描くネタが尽きる。
読者の興味を持たせるのも1,2話が限界だろう。
だから両想いから3話目ぐらいで新しいライバルが登場したりする場合が多い。
トラブルの中に居た方がヒロインは輝くし、健気に映るから。
本書は新しいライバルの登場という安易な手法は取らなかったが、
これまで設定になかったヒーローのトラウマを作ったり、
失恋後も くすぶる想いについてページを割き、これを今後の布石にしている。
ただただ幸福であり続ける期間を、別の出来事で埋めて、
一定時間の経過を待って、2人に新しい問題、新しい関係に直面させていく構想が見える(ような気がする)。
以前も書いたが「男子初恋漫画」である。
特に本書の後半では恋に対する精神的な動揺は男性陣の方が大きいように思う。
恋愛に対しても女性たちの方が積極的なアプローチを見せて、
男性たちは そんな彼女たちの行動に翻弄される、というヒロインのような構図が見える。
例えば今回、瑛茉と交際することになり、正式にヒーロー役が決定した宏紀(ひろき)ですが、
彼は初恋の相手をずっと好きで その人に相応しい自分になるために成長を誓ったり、
その好きな人は別の人が好きなんじゃないかと誤解して空回ったり、
被害妄想が多くて、実際以上に傷ついてるところがヒロインっぽい思考と行動である。
(自分で仕掛けたのだけど)想定外のキスに知恵熱を出すほど悩んだりとメンタルが弱め。
そうして倒れた宏紀を瑛茉が看病したり、
両想い後も、瑛茉のサプライズプレゼントに喜んだりとヒロイン感は一層 強まる。
これまで瑛茉の悩みは全て怜久(りく)が聞いてきたところもあるし、
今後、宏紀が真にヒーロー的な行動を取れるかが見所か。
幸せの絶頂が終わった時が勝負である。
全11巻中の9巻から新キャラが登場するのだが、結果的に なぜ出したという疑問が残る。
キチンとした位置づけもなく、取り敢えず登場させたという印象しか残らない。
これならば、原点に戻って5人の絆を再確認させた方が良かったのではないか。
怜久にとっては生き地獄かもしれないがだが、5人が2-2-1になってしまっても、
5人でしか楽しめないこともある、彼らは仲間でい続けるという流れでも良かったのでは?
前半に比べて、後半は何が描きたいのか散漫になった気がする。
特に最後まで顔を出す坂巻 菜緒(さかまき なお)に関しては、よく分からないことばかり。
排他的な考えで申し訳ないけど、そもそも「テリトリーMの住人」じゃないのが気になる。
同じ学校の生徒という設定は国枝(くにえだ)さんで使ってしまったから敬遠したのかな。
その国枝さんすら上手に活用してあげられなかったというのに。
考えて考えて なんとか見つけた菜緒の役割は、
怜久と一緒に失恋後の身の処し方を学んでいく存在ということ。
というのも、これまで失恋した人は素直に退場してきた人が多い。
(櫛谷(くしたに)における瑛茉、怜久の花蓮(かれん)、怜久の駒井(こまい)ちゃん
他にも失恋したかも定かではない国枝さん や、宏紀の周辺のバスケ部女生徒もいる)。
菜緒は初登場時に怜久に失恋するのだが、彼女は失恋しても怜久と一緒にいることを望む。
これは瑛茉に失恋しても「会えないよりは 会いたい気持ちのほうが大きい」怜久と共鳴する部分であろう。
失恋の痛みを知る今の怜久だから、菜緒のことを排除しきれない。
これまでの怜久なら、『1巻』で瑛茉に冷淡だったように、菜緒のことを一刀両断しただろう。
怜久が人間的に丸くなったから、彼女も怜久に甘えられる部分がある。
そして菜緒は怜久の失恋をも自分の利益にしようと誘導している。
ここが弱っている人を利用しているようで癇に障る。
仲間の5人が2-2-1ではなく、自分が加わって2-2-2になることで怜久の孤独を和らげようとする。
そうして菜緒は ちゃっかり怜久の行動に自分が随行できるように仕組む。
ここでも女性が能動的で、男性は女性の言いなりになっていると言える。
菜緒が怜久のために、今更 瑛茉に彼の良い所をアピールするのは、
彼女が かつての瑛茉と同じような「お節介体質」ということの表現なのかなぁ。
瑛茉と重なるところがあるから、怜久は もう冷たくあしらえない、ってことなのか?
菜緒は、怜久のゲーム内のフレンドなのだが、
彼女と怜久の関係性は、ゲーム内でフレンドになる → 告白 → 失恋 → 友人でいいから傍にいる、という関係性なのだろうか。
しかし失恋してもゲーム内でフレンドでい続けるって 相当な精神力の持ち主だ。
怜久も丸くなったとはいえ、リアルで気まずい人とゲームをするような人ではなかろう。
これまで一度だけスマホゲームをしているぐらいしか描写(『7巻』)しかなかった怜久が、
本格的なネットゲームをしているとは驚きの後付け設定である。
しかも他の4人もゲームしていて、全員が菜緒とフレンドになって急接近している。
瑛茉なんてゲーム絶対やらなそうな人種で不自然 極まりない。
まさか このゲームのタイトルがMから始まって、だから これもテリトリーMとか言い出すんじゃないでしょうね…。
(ゲーム画面的にはFっぽいが)
現代っぽさを出して、よく知らない人と旅行に行く流れにしているが、
いきなり距離を詰め過ぎで、読者が彼らのテリトリーに順応できなくなってしまっている。
『1巻』で瑛茉があれだけ苦労して居場所を見つけたのに、
菜緒が入ることへの違和感や抵抗を一切なくしているのが気になる。
それが ずっと菜緒への異物感になっている。
私の心が初期の怜久並に狭く冷たいことは承知しているが、私なら5人の培った阿吽の呼吸を乱されるから旅行は拒否するなぁ。
自分の しでかしたキスについて悩み過ぎて熱を出す宏紀。
瑛茉は宏紀の看病のため彼の家に上がり、彼の母親と顔を合わすが、
母親の息子への対応に疑問がくすぶる。
そのことを駒井ちゃんに話すと、
宏紀の家は、宏紀の兄が難病で大変だったことを教えられる。
だから兄に比べて丈夫な宏紀は手がからない分、放っておかれることが多かった。
これが宏紀側の家庭問題となる。
瑛茉、怜久に続いて3件目の家庭問題にテリトリーを広げた形である。
宏紀のは後付けが過ぎないかなぁ?
宏紀の穏やかな性格、自助努力を重ねる生き方の説明にはなっているけど、
彼の兄・和哉(かずや)を顔出ししてまで描くような内容か微妙なところ。
怜久と同じく、恋愛を通して自分のキャパシティが広がり、
また、瑛茉との交際で料理をしたことで家族の真心を見る、ということなんだろうけど、
怜久と違って、宏紀は背景を描かないでも、
この恋愛を通して成熟した人間になったから、蛇足といえば蛇足に思える。
この後付けトラウマに関して一つ考えたのが、
もし櫛谷が正ヒーローの展開だったら、結局 登場していなかった彼の弟が家庭問題を引き起こしたのろうかということ。
宏紀の兄弟構成は今回 初めて知ったが、櫛谷に弟がいる設定は随分 前からあった。
瑛茉が櫛谷と結ばれる結末だったら、交際後に彼の弟が大暴れしたのだろうか。
怜久はもちろん、宏紀でも櫛谷でも、誰が選ばれても、
ヒーローのトラウマスイッチを入れる用意だけはあったのかな…。
テスト期間があったため、日を置いて瑛茉と宏紀は会う約束をする。
これは宏紀に反省と頭を冷やす期間となり、瑛茉にとっては待ち遠しい日々となる。
宏紀に指定された場所は2人がはじめて逢った公園。
そこで彼は瑛茉に告白と交際を申し込む。
宏紀的には玉砕覚悟、あわよくば「チャンスもらえる程度だと思ってた」。
だが瑛茉は即決。
宏紀は知らないだろうが、瑛茉はだいぶ前から彼のことが好きなのだ。
この信じられない展開も勇気を出したヒロイン(宏紀)のご褒美となる。
でも ここの「チャンスもらえる程度だと思ってた」というのは、
台詞外の補足説明として書かれているのだが、
作者がこうやって説明しちゃうのは何だかなぁ、と思う。
そこまで読者は読解力がないと思われているのか、
と最近の少女漫画の丁寧な説明には腹立たしさすら感じている。
男性はプライドの生き物なので、恋愛の勝利確率を出来るだけ高くしてから告白するらしいが(ろびこ さん『僕と君の大切な話』より)、
宏紀はそんなことお構いなしに告白した。
やっぱり一途なヒロインですね。
こうして初交際ではないものの、初めて想いが通じた瑛茉。
初めて人に心から愛されることの喜びを知る。
それも自分が好きな人に、である。
瑛茉の初めて味わう気持ちはまだまだ残っている。
2人が交際することになった後に開かれた宏紀の誕生会。
その帰りのマンション内のエレベーターで、怜久と宏紀は2人だけで話す。
『6巻』の宣戦布告から長く続いた男性たちの戦いも、これにて終戦宣言となります。
ただし怜久は瑛茉の支えになる気 満々。
怜久は そういうライバル心をのぞかせながることで、きっと宏紀にエールを送っている、はず。
櫛谷は駒井ちゃんを通じて事後報告。
10年以上の付き合いのある男性たちの勝敗に対する複雑な想いは、このカップルだけに分かる感覚だろう。
もはや老夫婦みたいな気持ちの繋がりに思う。
こうして5人の関係も落ち着いて、交際編となる。
初めて2人で出かけたのは買い物。
瑛茉が欲しいものを買いに行くのだが、彼女が欲しかったのは宏紀のスマホケース。
彼女として宏紀への誕生日プレゼントとして何かを上げたかった。
突然のサプライズに喜ぶのも宏紀がヒロインっぽい。
別の日は、瑛茉の母が夜勤だから、2人で料理を作ることになる。
家族のいない家で料理をしても健全な雰囲気の2人。
2人の最初の共同作業はカレーだった。
最初の料理は いまいちな出来だったが、ここから料理を覚えていく2人。
特に宏紀はここから料理に熱を上げる。
これは後々の布石なのかな。
そして これによって喫茶店「マ・メゾン」の登場回数が激減するのが残念。
親が不在がち だから瑛茉や怜久が頻繁に利用していたから よく出てきたのに、突然の内食ブームで経営が危うし!
ここもテリトリーMとして ずっと活用してほしかったなぁ。
2人の関係が少しだけ波立つのは夏休み突入後。
観戦した宏紀の部活の試合で、瑛茉は彼の元カノがいることを知る。
そこで一気に語られるのは、彼女の方から猛アタックしたこと、
キスしたこと、交際しても特別な感じを感じなくて「ひとりで勝手に しんどくなっ」たこと。
これは瑛茉の知らなかったこと。
引っ越す前で知り得る訳がないことだ。
そこから引き出される答えは、自分の焼きもち。
そしてそれは これまで誰にも感じたことのない感情だった。
櫛谷の時は、彼の心に駒井ちゃんがいることを了解済みだったし、それ以前は恋を知らなかった。
だから自分が他人をこんなにも好きになると、「さかのぼり嫉妬©穂村弘さん」をすることを知った。
その感情すらも新鮮で、宏紀との交際は新しい自分を知ることばかりである。
…という狙いは分かる、が、出す必要あったのか分からない、この交際後定番の「元カノ問題」。
作者がここで この問題を出した理由は色々と考えられる。
まず、いて当然という判断があるだろう。
瑛茉との再会後に宏紀が誰かとつき合ったら幻滅だが、
彼が瑛茉と再会したのは偶然なので、そんな運命を知らない頃の彼が交際しない理由もない。
しかも交際したけど、しっくりこないことで、瑛茉との恋だけを「本物の恋」に格上げすることに成功しているし。
また この2人の交際は、かつての瑛茉と櫛谷の交際とそっくりである。
宏紀にも過去を用意することで2人はいよいよ対称的に、2人の恋愛経験値を同等にすることを狙ったのか。
もしここで、瑛茉が宏紀に過去の交際についてあれこれ詮索したら幻滅だが、
この嫉妬に関しては、全ては彼女の心の中で起こったこと。
宏紀が櫛谷のことを聞かないように、瑛茉も交際のルールを順守している。
言っても仕方ないことは言わないという大人の2人の姿が見える。