南 塔子(みなみ とうこ)
テリトリーMの住人(てりとりーえむのじゅうにん)
第01巻評価:★★★★(8点)
総合評価:★★★☆(7点)
ここから始まる、ぼくらの青春&恋。 親の離婚で、母の地元・銀鼠町(ぎんねずちょう)にやってきた高校1年生の瑛茉(えま)。そこにいたのは、個性的すぎるご近所さんたち。目つきの悪~い男の子、人懐っこい中学生男子、クールで堂々とした女の子、寝てばかりいるふわふわ男子──。クセ者だらけのこの町で、瑛茉の新生活、始まります。
簡潔完結感想文
- ヒーロー候補その1。見た目は怖いが心は優しい同級生。そのギャップにやられるかも。
- ヒーロー候補その2。ドS男子は悪役令嬢。テリトリーを一番守りたい寂しがり屋さん?
- ヒーロー候補その3。大型犬みたいに懐いてくる1つ年下の男子。過去に運命の出会い⁉
まだテリトリーMに入ったばかり。テリトリーLoveへの突入は もう少し先、の 1巻。
「タイトルは、マンションやお店の名前の頭文字がM、そこにいる人たちのお話という意味でつけ」たそうだ。
そして『1巻』は そのテリトリーMを自分の場所にするまでを描く。
ちょっとずつ癖のある登場人物たちが、反発や誤解、すれ違いをしながら仲間になっていく過程が見られる。
基本的には恋愛モノだが、まずは拠点作りから始まる。
『1巻』は連載前に考案した設定やエピソードが上手く機能している。
情報量も多いし、登場人物たちの行動にも理由がしっかりある。
登場人物の性格を どこでどういうエピソードとして表現するかは
難しくも楽しいことだと思うが、人と人との距離が近づいていく様子がしっかり描かれている。
『1巻』は作品への緊張感と集中力が良いバランスで保たれている。
願わくば、これが最後の最後まで続いて欲しかったが…。
作品全体に濃淡があって、前半の方が濃いのは分かるが、
後半は明らかに集中力が欠いており、エピソードも単発で起こり、他の事象に響かなくなっていく。
もっと最後まで作品全体を支配し続けたら傑作になったのに、と思わずにはいられない。
読者に、こんな細かいところまで考えていたの⁉ という驚くような構成力や想像力を見せて欲しい。
どうも終盤は行き当たりばったりという感じを受けたのが残念。
ただ、そういうマイナス面があっても、私の中では作者の作品の中で一番好きです。
単純に こういう先の読めない構成の恋愛モノが好きというだけかもしれませんが。
最終巻の作者コメントによると、本書はヒーローを決めずに描き始めたらしい。
正ヒーローを決めずにアドリブ勝負の連載というと
春田なな さん『スターダスト★ウインク』が悪夢のように思い出されるが、
本書は きちんと面白くて、納得のいく結末へと進んでいくので ご安心を(アチラの作品に失礼だが)。
本書で私がテリトリーM(南塔子作品)に入るのも3回目。
本ブログも ひっそりと3年目突入。
私は同じ作家さんの作品は1年以上の間隔を空けるマイルールを設けているため、
同一作家さんで3作品の感想文を書くのは作者が初となる。
ブログの一番 最初の感想文が『360°マテリアル』なので何かと思い入れは深い。
これからも1作1作、成長が見られるような作品を書いていって欲しいです。
主人公は、親の離婚に伴い母親とマンション「ミルフィーユ」に引っ越してきた奥西 瑛茉(おくにし えま)。
両親の不和によって友達もいない環境に転校させられ、
好きだった父親とも自分は望んでいないのに別れて暮らさなければならなくなった。
進学を機にではなく離婚による転校というのが彼女を完全な異邦人にさせている。
そして幼なじみの男女4人組の中に入っていくこともまた難しい位置取りが求められる。
看護師の母は親の都合で生活環境が変わった娘へのケアがないままで身勝手に映る。
メインとなる5人の住人の内、その家庭環境が描かれるのは3人。
親との接し方が そのキャラの性格形成に大きく関わっている。
また そのどれもが親に子育てという概念が欠如していることが後々 判明していく。
そして そういう環境が背景にあるから子供たちは仲良くなったと言える。
瑛茉は、転校2日目(多分)にして女子生徒の敵になっていた。
それにしても転校生の瑛茉に一目惚れして即刻 彼女と別れる男子生徒も、
瑛茉に言い訳する暇すら与えず速攻で平手打ちをする女子生徒も酷いものだ。
閑静な住宅街といった感じなのに、治安が悪い。
この辺は「テリトリーM」を際立たせるために、他生徒を過剰に悪く描いている面もあるだろう。
そして瑛茉は心理面だけではなく、体調面でも健やかに過ごせない。
看護師の母は料理が からきしで、父の手作りに馴染んでいた瑛茉は食生活も一変する。
自分で作ろうにも失敗し、母の用意する弁当は舌に合わない。
色々な意味で食事内容が貧しくなっていくのは、自分の身体が根本が変わっていく気になりそうだ。
学校は敵地であると厭世的な気分になって家に帰ると、なぜか同級生の男子生徒が部屋の中で眠っていた。
どうやら彼は前の部屋の住人で、これまでの習慣で瑛茉の部屋を自宅だと勘違いして入ってきたらしい。
この男子生徒が穂積 怜久(ほづみ りく)。
瑛茉と同じ高校に通う同級生。
ちなみに怜久のマンション内での引越しの理由は直接は語られていない。
同じマンション内で階を変える理由は何だろうか。
眺望?
『2巻』からは怜久の家庭事情の話も出てくるが、今回のタイミングとは全く関係がない。
印象的な出会いのための演出という以上に意味はないのかな。
別の作家さんなら意味があるかもしれないが、
失礼な話、作者の場合、あんまり裏設定を考えるタイプとも思えないし…。
そんな怜久を迎えに来たのが、櫛谷 郁磨(くしたに いくま)。
その日、女子生徒に平手打ちされて赤くなっている瑛茉の頬の異変に気づく男子である。
(後の櫛谷の設定との矛盾を感じるけどね…。ヒロインのピンチに目ざといヒーロー属性なのか?)
ちなみに前作『ReReハロ』の主人公の父親が経営する「H・Y・Aサービス」が営業にきている。
営業担当は前作で出てきたキャラではないが、サービスのエリア内ということは、2作品はご近所なのだろうか。
リリコ と瑛茉が会話したら、リリコばっかり喋ることになるのだろうか。
環境が激変し、生き辛くなった瑛茉が近所で見つけたのが喫茶店「マ メゾン」。
そこで食事をした瑛茉は、その料理の中に父親の味に似たものを感じる。
瑛茉は ずっと父親の影を追っているとも言えますね。
人間の基本というべき「食」が瑛茉を回復させていく。
ラーメン屋の店主と見間違えるような風貌のマスターだが、料理の腕と愛情が確かなのだろう。
序盤は頻繁に ここが拠点になって、マスターは少年少女の情報を見聞きしているから全能の神みたいな立場だったなぁ。
何だか いつの間にか出てこなくなってしまったのが残念。
神という一段高い視座があることで、物語を俯瞰する客観性が生まれていた。
最後まで これを貫けば作品自体が5人と一定の距離を保てて、青春群像として完走できたのになぁ。
最終的には瑛茉が主人公の普通の恋愛ストーリーになってしまったのが残念。
こういう点が作者の惜しいところだと思う。
あと結局、高校がメインの舞台になるなら高校も頭文字Mにすれば良かったのに。
作者自身がテリトリーをしっかりと統治できていない印象が残る。
そうして舌に合う食事によって体力を回復し、気力も戻った瑛茉は自分の足で歩き出す。
転校前は自分から何もしなくても瑛茉のことを分かってくれた友人がいた。
しかし その人たちはもういない。
瑛茉は父も友も もういないことを認知して、自分の人生を切り拓き始めた。
そうして得るのが駒井(こまい)ちゃん という友達。
翌日、瑛茉が「マ メゾン」に向かうと、そこには 学校と このマンションで出会った4人の男女がいたというのが第1話。
ヒロインの気質と強さまで描いた かなり内容の濃い1話である。
駒井ちゃんに続いて しっかりと接触するのが、皆本 宏紀(みなもと ひろき)。
1話目で初対面から瑛茉に並々ならぬ興味を持つ1つ下の中学3年生。
どうやら瑛茉と宏紀は幼い頃に近所の公園で出会っていたらしい。
瑛茉が泣き止まない宏紀に渡したハンカチが その物的証拠。
その瑛茉の優しさに感動し、瑛茉を好きになった宏紀はずっと大事にしていたという。
宏紀は大型犬のように瑛茉に妙に懐いていくが、彼の瑛茉への想いは恋と判明する。
宏紀だけは1歳年下なので、序盤は出番が少ない。
彼以外の4人は学校で顔を合わせることになったが、怜久は新参者の瑛茉を排除しにかかる。
大変 性格が悪いが、これは怜久がどれだけ これまでの4人を大切にしているか、ということでもあるのかな。
同じマンションの幼なじみ4人の物語というと星森ゆきも さん『ういらぶ。』が連想されますが、
本書は そんな完成された輪の中に入っていく緊張感に溢れている。
瑛茉と駒井ちゃんは名前に複雑な思いがあることが似ている共通点があり、
それが2人の距離を近づけ、そして遠ざけるというエピソードが秀逸。
親の離婚で名字が変わったばかりの瑛茉は「奥西」が自分の名前に思えない。
駒井ちゃんには嫌われたくない瑛茉は、彼女だけには親の離婚を話す。
そこで駒井ちゃんは、瑛茉の思いを汲んで、彼女を名前で呼ぶようになる。
名前の呼び方一つで距離はぐっと近づく。
しかし駒井ちゃんには自分の下の名前に嫌な思い出があることを瑛茉は知らない。
後日、そのことで駒井ちゃんの地雷を踏んでしまい、一時彼女たちは険悪になる。
この前後で瑛茉が駒井ちゃんに依存しているように見えるのは、荒廃したこの学校のオアシスだからだろう。
自分が見つけて、自分を見つけてくれた存在だから、嫌われたくない。
駒井ちゃんが「のえる」という名前を嫌うのは自分の容姿と見合っていないから。
男女ともに人気の高い駒井ちゃんだが、そのルックスは化粧と努力によるもの。
ちなみに瑛茉は化粧なしでの天然美女である。
油断すると見分けがつかないほど瑛茉と駒ちゃんの顔は似ていて、なんだかなぁ、と思うのですが、
そこには努力という大きな差があったらしい。
それでも駒井ちゃんは瑛茉と一緒にいても劣等感から生まれる一方的なコンプレックスを抱えないのが良いですね。
飽くまでも一時的に険悪になったのは、名前のこと、そして すっぴんを見せる勇気がなかっただけ。
瑛茉のことは性格から気に入っている点に友情の厚みを感じる。
駒井ちゃんと瑛茉が一時的に険悪になった際、それを焚きつけるのは怜久。
彼女の傷口に塩を塗って、自分たちのテリトリーの保全を試みる。
逆に瑛茉を心配してくれるのが櫛谷。
第一印象はどちらも悪い同級生男子コンビだが、どうやら心根は全く別らしい。
櫛谷のアシストもあって2人は仲直りできた。
この辺は恋愛における交際と同じく、
ちょっとしたすれ違いがあるからこそ、2人の仲が深まるという経過なのだろう。
誰にでも触れられたくないテリトリーがあるという地雷の上で友情は成り立っているところがリアルだ。
櫛谷とも険悪な雰囲気になりかけてから仲良くなる。
彼は、なぜか瑛茉のことを睨みつけるが、
瑛茉の困りごとを助けてくれて、そして会話をしてみると彼の態度は視力によるものだったことが分かる。
瑛茉が櫛谷に警戒心を解いたことを察して、怜久の機嫌は悪くなるばかり。
怜久は、マンション住人の仲間たちの内、自分だけクズなことを自覚している。
自分の気分一つで人を平気で傷つけることが出来てしまう。
こうしてテリトリーM内の悪役令嬢は怜久に一任されているところが面白い。
本来なら男性3人を独占していた現状を崩された駒井ちゃんが起こすような行動を怜久が取る。
駒井ちゃんは自分にコンプレックスはあるが、瑛茉を意図的に攻撃したりしない。
怜久の特徴として、いつも眠い。
これは怜久の心が現実逃避しているからだろうか。
後に判明することなので少しネタバレになるが、怜久の家は複雑な環境。
そんな無力感が倦怠感に繋がったりするのだろうか。
そして少女漫画では こういう人がドSになるのが定石です。
安眠場所を求めて怜久は倉庫部屋に入るが、トラブルになった女生徒に嫌がらせをされ閉じ込められてしまう。
『1巻』の この学校の生徒は なかなかに荒廃している。
キャラが人間的に成長すると、不思議と周囲も大人しくなっていくのだが…。
たまたま倉庫にいた瑛茉は巻き込まれたなのだが、
スマホを持っていない彼女に「使えねーな」と怜久は悪態をつく。
だが瑛茉も黙っていない。
もう理不尽に対抗できるだけの力は備わっているから。
2人は言い争いになり、倉庫内で暴れる。
瑛茉が足を捻ったところで一時休戦となるが、この時に怜久は瑛茉に優しさを見せている、のか?
閉じ込められたのは、午後の授業が終了した後として4時ぐらい。
そこから10時近くまで閉じ込められる2人。
瑛茉は喉の かわきは訴えているが、トイレ問題の方がよっぽど切実だと思われる。
少女漫画のキャラはトイレとか行かないんだろうか。
最終的には2人は声を合わせて脱出を試みる。
これは初めて心が同じ方向に向いた瞬間だろう。
それにしても本当に寝ていたかは分からないが、
敵視する女性がそばにいても、6時間近くも一緒の空間にいられることが、
実は怜久が瑛茉に気を許しているようにも見えなくもない。
本当に嫌いなら、最初からどんな手段を使っても一緒にいたくないのが怜久ではないか。
この騒動に、仲間が迎えに来てくれたことで怜久の警戒心は解けていく。
この後から2人は、思ったことを素直に言い合って喧嘩できる仲になっていく。
そして駒井ちゃんは騒動から自分のノーメイクの顔を長時間、瑛茉に見せていたことに気づく。
だが瑛茉は、ノーメイクの駒井ちゃんを一目見た時から、彼女だと分かっていた。
決め手は全体的な印象と、匂いだそうだ。
そういえばバスの中でも駒井ちゃんの匂いについて話してましたもんね。
こういう伏線 好き。
そして5人は5人なりの結束が生まれた。
それは瑛茉が、テリトリーMに入った日のことだった。
これからの展開が期待できる『1巻』です。