青木 琴美(あおき ことみ)
僕の初恋をキミに捧ぐ(ぼくのはつこいをきみにささぐ)
第01巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★★(6点)
心臓病で入院している逞(たくま)と逞の主治医の娘・繭(まゆ)はとても仲がよく、いつも逞の病室で遊んでいた。ある日、繭は逞が「二十歳まで生きられない」と両親が話しているのを耳にしてしまう。逞の運命を知った繭は、なんとか逞の病気を治そうとする。そして、逞は自分の運命を知らないまま、繭に「大人になったら結婚してくれる?」と告げるのだが…!?
簡潔完結感想文
- 彼らはウソを愛しすぎてる。自分が長く生きられないことを最後に知る主人公。
- 約束をする事で生きてほしいと願う彼女と、出来ない約束をした事に傷つく彼。
- 周囲との病気に対する認識の差が埋まることで、初めて絶望が湧き上がる。
回想が いつまでも続くことになる物語の 1巻。
作者の青木琴美は挑戦者である、と強く感じさせる作品。
本書で私は作者のことを好きになった。
自分や作品に対して甘えや妥協を許さない人だと思われる。
ハッキリ言って大嫌いな前作『僕は妹に恋をする』も、
挑戦という観点から見ると、作者は自分の志を貫いたのだと遅ればせながら気づく。
ネタバレになるので詳しくは書かないが、
普通なら逃げ道を用意するような設定に、最後まで逃げ道を用意しなかった。
それが読者に不快感をもたらすことを承知していても、
その業すらも自分で引き受けようとした、とも考えられる。
本書もまた最後まで読んで、大きく評価を変えた。
ハッキリ言って 本書にも嫌いな点はたくさんある。
中盤は とんでもない展開が続いて、それが読者に衝撃を与える目的だけに思えて浅はかさすら感じた。
でも読了すると、作者は苦しみながら、それを描いたのではないかと思うようになった。
私が予想する本書の結末では、それら全てに意味が生まれたからだ。
作者の心に負担がかかる展開を続けたのは、作者が物語から逃げなかった証拠である。
苦しんでも描きたいことがあって、こうしなければ伝わらないことがあったからだと思う(私の勝手な思い込みですが)。
後記:…などと思ったら、私の読み方が「誤読」であることが、公式方面から発表されていた…。
どうしよう、頭の整理が追いつかない。
誤読した上で感動・感心していた自分が恥ずかしい。
作者の勇気ある決断だと思っていた展開が、再逆転して浅はかに思えてきた。
取り敢えず作品の評価を -1点 にして、感想文を書くための再読で再考したいと思います。
全ての描写が読者の反感を買わないよう軟着陸をするためだと思っていたのに…。
本書は いわゆる「難病モノ・闘病モノ」だろう。
前作が禁断の恋だったので、少女漫画における典型的な設定を続けて描いている。
これは、みきもと凜さんとの共通点である。
青木さんが、
1.禁断の恋(『僕は妹に恋をする』・以下『僕妹』)
2.闘病モノ(本書)
3.芸能人モノ(『カノジョは嘘を愛しすぎてる』未読)
みきもと さんが、
1.禁断の恋(『近キョリ恋愛』)
2.闘病モノ(『きょうのキラ君』)
3.芸能人モノ(『午前0時、キスしに来てよ』)
同じ「禁断の恋」といっても『僕妹』は倫理的な問題で、『近キョリ恋愛』は職業倫理の問題でしかないけど。
そして調べたところ長編4作目は同じジャンルとは言えないようで、同じ流れはここまでなのが残念。
お2人で示し合わせて、宇宙人との異文化交流のSF恋愛モノでも描いて欲しかったなぁ(笑)
ちなみに本書は過激な性描写を売りにしていない。
むしろ逆の純愛売りだろう。
これは『僕妹』が売れたから、編集者の要求や圧から解放されたのか。
どうにも00年代(2000~2010)の小学館の少女漫画って、
売れるために所属タレントを脱がせる芸能プロみたいで気持ちが悪い。
露出や過激な性描写があれば売れると思っている節がある。
芸能界に入った女性は、マネージャーに仕事と人気の獲得のために脱げ、と言われて最初は肌を露出させられ、
売れると その過去を封印して、最初から一流の女優だったと過去を封印していく。
小学館の少女漫画家では編集者に過激な性描写を強要され、
それが売れて初めて性描写のノルマを課されなくなり、やっと自分の描きたい仕事が始められるのだろうか。
こういう悪徳プロダクションみたいな仕事のさせ方が私が小学館を嫌いなところです(飽くまで想像だが)。
少女漫画家に性的描写を課すのは、セクハラやパワハラにならないのだろうか。
その時代の漫画家が全員、進んで過激な方向を望んでいたとは思えない。
本書の語り手は18歳の男子高校生・垣野内 逞(かきのうち たくま)。
物語は彼の回想から始まる。
そして 長い間 18歳の逞に追いつかない…。
前半はずっと前日譚を読まされている気分になる。
本編がどこなのか いまいち分かりにくい。
最初の場面の逞は8歳。夢は宇宙飛行士。
だが彼は心臓を患っているらしく、最初から病室の描写で始まる。
その彼の病室に頻繁に遊びに来るのが、同じ年の女の子・種田 繭(たねだ まゆ)。
繭の父は日本でも指折りの心臓外科医。そして逞の担当医であった。
小学校が一緒ということもあり、繭は毎日のように逞の病室に遊びに来ていた。
だが、ある日の夜、繭は両親の会話で逞が20歳まで生きられないことを知ってしまう。
その日から繭は逞の体調に目を光らせ、そして自分でも病気が治るように試行錯誤を始める。
序盤の彼らは8歳というよりも、5歳ぐらいに思える。
幼過ぎるところは幼過ぎて、大人びているところは大人すぎる。
後述する絵の問題もそうだが、年齢に応じた思考も 的確に捉えられていない気がする。
事実を知った繭が父に逞の病気を治してくれるんだよね?と探りを入れるが、父は笑って希望を述べるだけ。
繭は父がウソをつくとき笑うことを知ってしまう。
そして父が逞を診察する時に言う笑顔の言葉は、全て裏返しであることも知った。
病院内でドッジボールをした時も、繭は逞のリスクを遠ざけようとボールを自分で取るが、
逞は飛んでくるボールを一度 繭から守っただけで倒れてしまった。
逞の死の恐怖に押しつぶされる繭に父は、また笑顔を向ける。
父が笑顔で言う絶対死なない、という言葉は繭にとって呪いとなる。
だから父ではなく、
黒魔術や、四ツ葉のクローバーに願いを託す。
四ツ葉のクローバーは『僕妹』でも出てきたアイテムですね。
逞に本当のことを言えない繭は、
宇宙飛行士に彼がなる夢を叶えるためとウソをついて、彼が長く生きることを願う。
彼女もまた 逞に本当のことが言えないから、ウソつきになってしまった。
出来れば ここから4年間余、繭が逞を欺くことの苦しみのエピソードが欲しかった。
四ツ葉のクローバーを見つけられない繭に、
逞は、宇宙飛行士になれなくてもいいから、繭に大人になったらお嫁さんになってと願う。
20歳。
それは2人が大人になって、結婚すると決めた年齢。
そして、逞が迎えることの出来ない年齢だった…。
12歳、5度目の入院と退院を経た逞は、修学旅行前の小学校に戻る。
彼らは思春期に差し掛かり、繭は日ごとに綺麗になり、男子からの目が集まっていた。
そして逞も淡い恋から確かな恋に、繭への気持ちを募らせている。
修学旅行先の京都で、繭は仏像に手を合わせている。
逞の病気を知ってからというもの、繭はお祈りやお参りに熱心であるという。
繭もまた、逞への気持ちを募らせ、彼との未来を願っているからだろう。
訪れた寺で四ツ葉のクローバーのお守りが売っていることを知った2人は、
互いにそれを買い、交換することで、お守りを大切にする約束をする。
8歳のときに続く約束で、一層 結婚を意識したものとなる。
だが 直後に、逞は この約束が果たせないことを知ってしまう…。
次の旅の目的地の大阪で、診察を受ける手はずになっていた逞は、
逞が自分の病気を熟知していると勘違いした医者から、自分が20歳まで生きられないことを聞かされてしまう。
それは直前に自分が繭と交わした約束を果たせないということであった。
それが逞の絶望となる。
繭は約束があることで、逞を20歳以上 生きてもらおうとするが、
逞は、それが出来もしない約束となることで、生きる意味を失う。
約束に対する意識の違いが、今後の2人のすれ違いとなっていく。
大阪の滞在後から、逞は嘘をつく時、空元気を出したい時ほど大阪弁を多用するようになる。
笑い出したくなるほど気が狂いそうな混乱の中で、耳から入ってきた言葉が大阪弁だったからだろうか。
逞は家に帰ってからも、平然を装うが、
一度事実に気がついて周囲を見渡すと、自分が気を遣われて生きていたことを悟る。
自分の親や周囲の人たちが自分の病気や運命のことを知っていて、
その上で逞に「一生の思い出」を作らせようと必死なのだ。
彼らには逞が、多くの同級生より早く、必ず死んでしまうことが分かっているから、
濃密な思い出を作ってあげることで、逞を、そして自分たちを慰めているのだろう。
ある時、逞は、怪我をした繭を運ぼうとした時の、彼女の必死さによって、
繭もまた自分の運命を知っていると悟る。
彼女の あの時の涙も約束も心配も、全て知っていたからだと合点がいく。
永遠の愛を誓うことは出来ないと知った彼は、
この初恋に、自身の人生に、どう向き合うのだろうか。
彼らが小学生のまま『1巻』が終わる。
本書は表紙が、逞が繭としたいことシリーズという「if」の夢を描いたものらしいが、
『1巻』は それでなくても表紙詐欺である。
高校生の恋愛が読めると思ったら、小学生の描写を読まされるんだから。
もうちょっと冒頭に高校生時代の場面を入れても良かったのではないか。
再読で、『1巻』の段階から後に登場する「照(てる)ちゃん」の名前が出てきていることに気づく。
失礼ながら画力に関しては褒められたもんではない。
まず『1巻』の大半を占める主人公たちの子供時代が可愛くない。
目に意思を持ちすぎている感じがする。
小学校の後半では既に高校時代と同じ目をしていて、
これによって彼らが今、何歳なのかが分かりにくくなっている。
小学校時代は、もう少し目の描き方、顔のバランスなど描写に工夫が欲しかった。
まぁ 作者は、自分が最初に習得した絵から離れられないみたいだから仕方ないか。
これだけ描き続けたら もう少し描き方に変化が見られてもいいと思うのだけど…(言葉を濁してます)
人の描き分けに難があるのも前作と同じ。
男性キャラの目の描き方は多くて2つだろうか。
笑い方は全員一緒。
その割にキャラ数だけは増やそうとするから読むのに集中力が要る。
そして体型が男女に各1つしか用意されていない。
なぜ、男性キャラは全員あんなに肩幅が広いのか。
目も身体も直線で構成されすぎやしないか。
特に逞は病気の影響で こんなにゴツい体格になる可能性は低いと思われる。
もっと彼の体型から繊細さが伝われば、読者が受ける感情は違うものになったはずだ。
これでは筋骨隆々の元気なスポーツマンにしか見えない。