《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

学校中の誰に嫌われても、私には君に言ってもらいたい言葉がある。

アオハライド 12 (マーガレットコミックス)
咲坂 伊緒(さきさか いお)
アオハライド
第12巻評価:★★★★☆(9点)
 総合評価:★★★★☆(9点)
 

双葉への気持ちを、もう抑えたくない洸。唯にも別れを告げ、まだわずかでも可能性が残っているなら、と双葉へなりふりかまわないアタックを開始。双葉は冬馬と向き合っていこうと決めたばかりで戸惑い、気持ちが揺さぶられる──。

簡潔完結感想文

  • 決別その1。俺に縋(すが)ってきた君を、私が縋った貴方を、手酷く傷つけても…。
  • 決別その2。一人 体育座りをしてる自分は自分で ぶっとばす。「1ミリ」なんて ぶち破る。
  • もし もう一度 会えることがあったら4年前から言えなかった言葉を言うよ。死亡フラグ

いこんだら 試練の道を 行くが女の ど根性、の 12巻。

『12巻』は過ちの清算、そして恋の清算である。

本書に通底しているテーマは、
「Don't think, move.」じゃないでしょうか。

自分のなりたい自分になる。
そのためには信念を貫き通す勇気を持たなければならない。
それが繰り返し 描かれていた。

そして これまで弓を構えるように、力を溜め込んできた本書。
その矢が いよいよ放たれるのが『12巻』だ。

光陰 矢の如し、ではなくて、矢は光陰の如し。
矢と同様に放たれた気持ちは速く、時間を超越する。

だから判断は刹那で下され、目的地までの最短距離を全力で走る。
例え その道程で誰かを傷つけても、自分が傷ついても…。

でも まさか物の例えではなく、本当に傷を負うとは…。


ずは洸(こう)側の清算

洸の側は『11巻』の時点で、というか これまでの11巻を使って、
彼の中にあった心理的な障害を全て取り除いてきた。

あとは その心に従い成海(なるみ)と決着を付けるだけ。

成海視点の中学1年生からの洸への恋心も切ないですね。
彼女にとって、どれほど洸という存在が心を占めていたかが語られる。

中学生活の途中までは 2人とも どこにでもいる普通の中学生。
まだ生や死を考えなくて良かった彼らの姿を見ると胸が痛む。

しかし 洸は、例の双葉の名前が書かれたノートを
どの家でも同級生に見つかりやすい場所に置いているのかね(笑)?

そして双葉に関することだと余裕がないのは今も昔も変わらないのね(『5巻』文化祭準備)。

これは後半の双葉の時も同様なのですが、
洸は成海を(双葉は菊池を)身勝手に傷つけなきゃダメな場面なのである。

自己欺瞞や取り繕うことなく、無遠慮に一方的に振り払なければ意味がない。
彼らにはそれでも叶えたい願望があるから。
純粋だけじゃない、清濁併せ呑む青春が彼らを また大人にさせる。

成海は もう二度と会えないことを予感しながらも、
洸の後ろ姿を見送ることなく、前だけを向いて歩き出す。
そうすることで成海もまた自分の変革を始めたことが暗示される。

別れの場面では かつて双葉(ふたば)との言い争いの元にもなった、
好きでもない成海とのキスの真実が明かされます。

なるほど、いつの場合も洸は嘘をついていないんですね。
でも弁解もしないから、状況が ややこしくなった。自業自得だよ。


海との別れを経て、キャラ変したかのように見える洸。

でも これが飾ることのない、内気な中学1年生の頃とも違う、
双葉に100%の好意を見せることを厭わない高校2年生の最新の洸なのだろう。
もしかしたら洸自身も自分の素顔に驚いているかもしれない(笑)

もはや ここまでくると洸 = 少女漫画のヒロインというよりも、
何度 振られてもヒーローに言い寄る 諦めの悪いグイグイキャラになっている。
洸の少し吊った目が そんな雰囲気を強めている。


そんなグイグイな洸は、菊池(きくち)くん だけじゃなく 遂には双葉にも
「俺 やっぱ奪うわ おまえの事」と宣戦布告をする。いや、恋泥棒の犯罪予告か。

ただ、この場面でも洸は双葉に好きという言葉を使いません。
伝家の宝刀が抜かれる時は、既に雌雄が決した時、かな?

洸の最新型。高校2年生12月 ver. アップデートしたら人格 変わった⁉

にその心を奪うと予告された双葉。
だが、双葉は菊池くんと向き合うことを決めたばかり。
近づくクリスマスも菊池くんのバンドのライブを見る予定。

バンドは新曲を披露する予定で、菊池くんはオリジナル曲に
双葉をイメージした作詞を担当したらしい。策士だけに(笑)?

実は菊池くん、バンド活動継続のために学年50番以内の成績を取らなくてはならなかった。
夜に双葉と電話で話しながらも、ちゃんとコツコツと努力していたみたい。

そういえば菊池くんは双葉じゃなく吉岡(よしおか)さん呼びなんですね。
交際歴が浅いのもあるが、彼氏だからって一気に距離を詰めてこないところが また好印象。


ちなみに洸の成績は学年4位。
特進クラスがある学校で、一般クラスの洸が4位であることは驚異的な成績だろう。

そして田中先生に呼ばれる洸。
この成績を維持すれば3年進級時に特進クラスへの編入も可能らしい。

ここは菊池くんの劣等感が増幅される場面ですね。
バンド活動を継続という目的のために彼なりに努力した数字と、
菊池くんから見れば フラフラしている洸の数字に明らかな差がある。

そして3年進級時にはクラス替えがないので、
絶対に双葉とは同じクラスにはなれない自分と、
特進クラスも、双葉と同じクラスも選ぶ権利を持つ洸。

洸を牽制する菊池くんの表情は冷たくて良いですね。
笑顔じゃない顔も双葉に見せなくてはならなかったのかも。
ここは菊池くんの双葉に少し無理をしていた部分でしょうか。


分の中の洸との記憶が消せないと悟った双葉が出したのは、菊池くんとの別れ。

自分に正直に生きること、自分の間違いを認めること。
それが自分の内なる声と向き合った双葉の結論。

菊池くん は あらゆる面で双葉にとって「間違い」の象徴だ。

全く悪いところのない、彼氏として完璧に近い菊池くんを、
理不尽に手酷く振ることこそ彼女が引き受けなければならない罪。
そして彼女にとって、このまま菊池くんと付き合い続けることもまた罪だったのだろう。

だから別れも唐突で 自分勝手で 相手を傷つけるぐらいじゃないと(テーマとして)意味がない。


そうして別れることになった菊池くん は双葉の後ろ姿を見送る。

これは洸との別れにおける成海とは対照的な姿勢ですね。
菊池くん側には未練がある証左かな。

結局、双葉は一度も菊池くんに「好き」と言わなかった、
別れ話以外のお願いはなかった、描かれているキスは全部 菊池くんから。

彼は双葉に最接近できる時機を見計らってた。
洸という磁石が発する磁界から彼女を遠ざけ自分に引き寄せたかった。

でも冷酷な現実があった。
それは彼にも予想されていたことだが、
結果が どうであれ菊池にとっては動くことが重要だった。
それは本書で繰り返されていること。
菊池くんもまた、女性たちと同じように、別れを前提とした後ろ向きの告白だったように思う。

別れても尚、双葉が悲しまない未来を願う、菊池くんの愛は大きいなぁ…。


品に好意的な私ですら、少々の疑問を持つ、
菊池くんと向き合うと言った その舌の根も乾かぬ内に彼と別れた双葉の行動。

この疑問に対しての一つの答えは「双葉にとって洸を追うことは恐怖」ではないか。
どんなに洸が甘い態度を見せても、過去に涙を流し傷ついた自分が
「フラバ(フラッシュバック)」するから彼から自分を遠ざける選択肢を選び続けてしまう。

フラバと孤独に悩まされる成海が 洸に縋(すが)ったように、双葉は菊池くんに縋った。

洸と双葉は この構造においては全てが対極の立場にあるのだ。
恋愛関係にはならないけど支えることが出来ると思った洸と、支えて欲しかった双葉。

だから あの人のことを忘れさせてくれる可能性に賭けて菊池くんと交際をした。
大人の物語なら、ここで身体ごと預けている場面か。

『11巻』のラストで菊池くんと別れる選択肢もあったと思うが、
双葉の覚悟が決まってないのと、洸の側に決着が付いてないので、
それだと同じ轍を踏むことになるから回避したと思われる。


菊池と別れたものの体裁を気にして身動きが取れない双葉。
これ以上「ビッチ」の汚名を着せられないように慎重に行動しようとする。

そんな煮え切らない双葉に悠里(ゆうり)は立腹して見放す。
この時の悠里の言葉は全部 良いですね。
自己改革したはずの双葉が 世間体で行動を決断しては『1巻』の彼女と変わらない。
そして自分が育んだ友情も信じられないのなら、それは裏切りである。

壊れない友情を、強くなった貴方を信じているから、敢えて突き放すことが出来る。

一人 自問自答し、誰のための自分なのか に思い当たる双葉。
思い立ったが吉日、いや即日。
2人の間に「1ミリ」の見えない何かがあっても、
身体ごとぶつかって、ぶち破ってやればいい。
誰かに嘲笑されたら、そんな奴は ぶっとばせばいい(『4巻』)。

例えばここで双葉が恋愛のマナー通りに一定の期間、洸を避け続けたら元の木阿弥だ。

漫画としては双葉が避ける件(くだり)を全面カットして、
例えば一瞬で3か月後に時間経過することは出来るが、それでは双葉が止まってしまう。
本書において止まることは意味がない。動き続けなければならない。

だから最短距離で、最速で相手のもとに駆け付ける。

ここで間を置いたら絶対に作品がダレた。
近くて遠い「1ミリ」の件(くだり)は過去に執拗に繰り返されているのだから。


作中で「ビッチ」という言葉が出てきますが、作者はそれを否定しないと思う。
菊池くん側や、もしかしたら大多数の人にそう思われるかもしれない。

でも例え世界を敵に回しても、手に入れたいものがあるという価値観が双葉に生まれた。
悠里の言う通り「今更 体裁 気にしてどーすんの⁉」である。
頭おかしいと思われても、結果がどうであっても、動け!動け!


いおい、随分とベタな展開だな
というか安っぽさすら感じたラストの事故ですが、
これは双葉にとって死が身近になる意味で大事なんじゃないかと思う。

短い時間とはいえ大切な人を失う恐怖を双葉に味わわせて、
母の闘病を見守り、生と死の狭間を揺れた洸と同じ心境にさせたかったのではないか。

そんな不安から一転して人心地つくことで、
「1ミリ」の存在など忘れて、初めて互いに こんなに素直な感情が吐き出せたのだ。

また 洸の側で言えば、彼の人生で一番 悲しい思い出が詰まっている病室を、
人生で一番 幸福な瞬間を迎える場所に反転させる意味も大いに あったのだろう。

だから「7時に三角公園の時計のとこ」で待ち合わせるのは その後で良い。

あとは車ではねられて一度 意識を失うことで、
洸が再起動し、また新しいバージョンにアップデートした可能性もある。

これまで2人は磁石の同じ極だったがゆえに心に触れられなかったが、
事故を機に洸側の極が変わって 引き寄せられるように気持ちが重なった、とも考えられる。

これからは何度 入院しても(苦笑)、
洸は自分と彼女の温度が同じになった楽しい思い出を再生できるだろう。
そして あの時の未熟で未完成な自分のアオハルを思い出すのだ…。

周囲の人も、自分も、一番大切な人も傷付けた、完璧じゃない不器用な恋が遂に実りました。

「だって俺 おまえしか好きになった事ねーもん」。

前作とはまた違う、見事な初恋漫画だったんじゃないでしょうか。

洸がずっと言えなかった言葉を言えたこと、それだけで感動が込み上げます。
さすが少女漫画の男子ヒロイン(笑)
頑張りました。間違えました。でも よく頑張ったでしょう。


私は、良くも悪くも作者の論理的なところを信じている。
登場人物の心情を理解する手掛かりは あちこちに散らばっている。
「売ろうと思います」と読者様の最終手段を使う前に、読み返したら どうですか?