《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

アイツに してやりたいのは、あの時の俺がして欲しかったことの 全てなんだ。

アオハライド 5 (マーガレットコミックス)
咲坂 伊緒(さきさか いお)
アオハライド
第05巻評価:★★★★(8点)
 総合評価:★★★★☆(9点)
 

中学のときに行けなかった夏祭りに行く約束をした洸と双葉。洸との関係の変化を期待していた双葉だが思わぬ方向に変わってしまい…。双葉のことが気になってきた冬馬。洸に恋する双葉を見るたび気持ちは大きくなり…。

簡潔完結感想文

  • ホラー編 開幕。二学期から何かに憑りつかれてる洸。やがて それは実体化していき…。
  • デジャブ。待ち合わせに彼は来ないし、始業式前の教室に彼はいない。永遠のループ⁉
  • 愛の総量。大丈夫、お前を放置している分の愛は、別の対象に注いでいるんだ にゃー。

えない影がジワジワと実体化していく恐怖の 5巻。

まるでホラー映画である。
夏休み明けから主人公・双葉(ふたば)の中には小さな違和感が育っていく。
やがて それは確かな輪郭をもって双葉の目前に現れる…。そんな『5巻』。

ラストページで「それ」が顔を出した瞬間、
耳をつんざく 悲鳴の効果音が私の中で流れました(笑)

そう思うと 序盤10数ページの、むず痒くなるような 恋愛成就まで あと1ミリの距離も、
戦慄が幕を開ける前の、幸福だった日常シーン、という印象に変わっていく。
幸福との落差が激しいほど、恐怖や絶望は一層の効果を上げるのだ。


ラストページまで順を追って 恐怖の輪郭が鮮明になっていく手法に脱帽です。

夏休み明けから洸の態度が変わったという直感から始まって、
以前よりも携帯電話を眺める頻度が明らかに高くなったことで、
洸の中に占める その人の大きさを感じざるを得ない。

事あるごとに双葉の視線から消えて、その人のために時間を割いていることが実感される頃、
洸が通話する電話から漏れ聞こえてくる声が双葉を奈落の底に落とす。

見えないけど確かに感じる気配は、声だけで立ち向かう勇気すら挫(くじ)く。
そして「それ」が姿を現わす日時が設定され、カウントダウンが始まって、
ゼロになった瞬間『5巻』は終わり、暗転。キャー!!

最後の1ページまで、ホラー漫画として本気を出した『5巻』なのです。


一度、体験した恐怖を追体験させる手法も人の希望を効果的に削いでいく。

序盤の幸福な場面で約束した4年ぶりの 洸と2人での お祭りの参加と その待ち合わせ。

だが浴衣を着て「ちゃんと かわいくして」告白したいという
双葉の決意を裏切るかのように洸から言い渡されるのはキャンセルの言葉。

そして その後も夏休み中ずっと洸との対面が叶わない双葉。

始業式の朝にも顔を見せなかった洸。
それはまるで洸が転校した4年前の再現のようだった…。

もしかしたら改めて好きになった あの人は再び煙のように消え失せてしまうのではないか、という恐怖に駆られる双葉。
階段を駆け上がって教室のドアを開けた その先にいたのは…!

これもホラー映画の一場面のよう。

しかし双葉にとって もっと恐怖なのは、
単なる遅刻であった洸の顔が、洸であって洸でないこと。

夏休み前と夏休み明けの「洸の笑顔が また変わった…?」と直感する双葉。

1学期末のあの日で、4年前の「田中くん」と洸は融合を果たしたはずが、
洸の顔には、双葉の知らない空白の3年間の顔が浮かび上がっている。

これもまた二重人格者によるサイコホラーといった趣ですね。

どこか余裕のない洸に 振り回され始める双葉。
その原因が洸が頻繁に連絡を取り始めた相手にあることは明白。

「優しくて いい子」の洸に惹かれているのに、
優しさが自分以外の別方向に向いていることに「不思議と さみし」くなる双葉。

友情も愛情も通い始めたはずの2人の心は断続的に不通になっていく…。


の巻から またまた洸が素直じゃなくなったので復活のアオハライド side 洸」です。

今回、洸の心理を読み解く鍵は「黒ねこ」だろう。

以前から最寄りの駅前で洸が可愛がっていた 一匹の黒ねこ。

始業式の朝は、その ねこが超ぐったりしてたから動物病院に連れていって遅刻したらしい。
(まさか菊池くんの家の動物病院だったりして)

「もう手ぇ さしのべちったからね」「俺が面倒みるしかねーな」と飼う決意をする洸。

これは かつて「大事な物とか作っちゃうと 色々しんどくなるから」(『3巻』
といっていた洸からしたら、大きな前進に見える。

その猫を溺愛する洸は「大事にするって決めたもんに対しては そーなるよ 俺は」と、
恋愛の決意表明みたいな言葉まで双葉に伝える。

だがしかし、これは洸の優しさではあるが、大事にすると決めるたら頑固で融通の利かない ややこしさも秘めた言葉であった。
まるで双葉との明るい未来を予感させるような言葉が、呪いのようになって反転する。

もしかしたら夏休み前に その猫が衰弱していても飼うまでには至らなかったかもしれない。
(助けはするだろうが、自分では飼わない)
夏休みに洸の精神がまた少し変容したことが、猫に寄り添う選択をさせたのだろう。


また猫関連で読み逃せないのが、
クラスメイト・小湊(こみなと)が猫の名前を決めようとすると、
「ねこの名前 呼ぶたび おまえを思い出すのキモイ」と返した洸。

再読の私は ここに大いに引っ掛かる。

壮大な小ネタの ネタバレになるので詳細は明記しないが、
洸が決めた あの猫の名前の話から演繹すると一つの仮説が思いつく。

それが「洸が その名を呼ぶ総量一定説」

家で恥も外聞もなく その名を呼べるように名付けた その名前。
なので家で名前を呼んでいる分、心が満たされてしまって、接触回数が減った という説はどうだろう。

ノートに名前を書いて、グルグルと名前を囲って
ひたすら眺めてた あの頃とメンタルは変わらないんですよ、洸は。
そこが とっても愛おしいところ。


姿を見せないで『5巻』の中を暗躍する「あの人」とは対照的に、
双葉の視界に積極的に入ることで、彼女の意識にあがろうとするのが菊池 冬馬(きくち とうま)くん。

彼との接触回数が増えるごとに彼の人となりが段々と判明していく。

まずは恋心なしでも双葉との関係を良好なものとしようとする基本的な心遣いがある。
自分を見る度に、セクハラ事故を思い出して双葉の態度が委縮しないよう、
少し自分に負荷をかけて会話を弾ませるとする菊池くん。
双葉も賢い子なので 菊池くんの無理を察し、感謝の言葉を述べる。

そんな双葉の指摘に菊池くんの顔は みるみる真っ赤になった。赤面症らしい。

双葉のフェチは「照れる男性」かもしれない。頑張れ 菊池、好ましい特徴ばかりだぞ!

赤面症で連想するのが、やまもり三香さんの『ひるなかの流星』の馬村(まむら)くん ですね。

考えてみると彼らの共通点は多すぎるほどある。
名前に「馬」が入っている馬族で、赤面症、
当て馬っぽい立ち位置、程よく坊っちゃん なところも似ている。
更に両作品は連載が開始した年まで一緒だ。
出会えば仲良くなれるのではないか。
コラボ漫画を描いて欲しかったなぁ。

そんな菊池くんを双葉は「男くさくないカンジで」話しかけやすいと評する。
菊池くんは それを あんまり嬉しくないと感じていたようだが、
双葉にとっての その印象は好きの入り口かもしれない。

かつての「田中くん」への初恋はそこから始まったのだから。


ういえば最近、忘れかけられている男の子が苦手、という双葉の設定。

菊池くんと楽しく会話する双葉を見た洸が八つ当たりで、男が苦手なくせに と責めていましたね。
(男の中で双葉と 一番喋っているのは自分だ、という自信があったんでしょう)

でも考えてみれば彼女が、洸・小湊・菊池くん意外と喋っているシーンは ほぼない。

洸(や田中先生)は特別な位置にあるにしても、
双葉は彼らに共通する優しさを無意識的に感じ取っているのだろう。

そして小湊には妹が、菊池くんには姉が2人いるのも一因か。
そういう家庭環境が纏(まと)う雰囲気に出ているのかもしれない。

菊池くんは、育ちの良い人 特有の大らかな雰囲気もあると思われる。

勉学は洸ほどは優秀じゃないかもしれないが、
きっと読書量に裏打ちされた広範な知識があると推測される。
そして何気に「名言メイカー」である。

雰囲気は柔らかいが内面はかなりの肉食男子思考であることも特徴。
狙った獲物は逃さないハンターの素質あり。

そんな菊池の雰囲気を洸は同性として感じ取り、警戒しているのかも。
だからこそ洸は菊池の前で色づく双葉がお気に召さないのだ。


性間の関係でいえば、小湊の行動が素敵だった。

文化祭準備中、自分の抱える問題と、菊池の出現によって
余裕がなくなった洸がクラスメイトとの会話を上手く こなせない時に彼をアシストし、彼を心配する。

夏休み明けから洸の抱える問題を聞き出すために自宅前で待っていた小湊。

この場面、その直前に洸が小湊に電話を掛けていることが効いている。

ずっとケータイを着信専用みたいな使い方をしていた洸が、
自分の心の整理のために他者を頼ろうと誰かと繋がろうとした。
小湊になら遠慮なく寄りかかれる と洸が思ったことが大きな変化だ。

小湊の照れのない実直な言葉の数々も素敵だし、
洸の秘密のノートを見て彼が好きな人を知った際の反応も彼らしくて笑った。

お、お前のこと親友って認めたから 言うんだからねッ! 特別なんだから ありがたく思いなさい!

暑苦しいぐらいに真っ直ぐな小湊の想いが洸に通じて、洸も素直な態度を取り始めた。

洸に忌憚のない意見できる人が いることは今後の双葉にとって大きなプラスじゃないだろうか。
ただ小湊の助力は既に お節介の域にある気もするが…。

『4巻』の悠里に続いて、小湊も一層好き になった。
個人だけじゃなく、彼らに流れる友情も まだまだ成長していく感じが、本当に好きだなぁ。