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少女漫画と小説の感想ブログです

恋泥棒に囚われないように 全速力で振り切るんだ。…でも、いつまで走るの?

アオハライド 10 (マーガレットコミックス)
咲坂 伊緒(さきさか いお)
アオハライド
第10巻評価:★★★★☆(9点)
 総合評価:★★★★☆(9点)
 

冬馬とつきあうことにし、キスもした双葉。洸への気持ちを振り切り、前に進もうとする。修学旅行の行き先は、洸が中学時代を過ごした長崎。双葉、洸、悠里、修子、小湊で同じ班になり一緒に過ごす中で──。

簡潔完結感想文

  • メインイベントより濃密な1話目。洸がボロを出すが、双葉は見ない振りをする。振り切れ!
  • 修学旅行編。あの日と同じで君を守るために俺はいるから。でも君は あの日とは違うんだね。
  • 沈む夕日の楽しい思い出。感情のスイッチを切ったり ロボットになった洸が等身大の人間に。

れ星を見たと証言したことが犯人逮捕に繋がる 10巻。

10巻35ページ。容疑者確保、確保ーーッ!

洸がダメダメなんだけど、洸が可愛くて仕方のない巻です。

ここ数巻、ずっと続いている「恋のドロケー」。
洸(こう)は双葉(ふたば)と同じ立場、ずっと味方でいたはずが、
いつの間にかチームが再編成されて、敵同士に分かれていた。

そのことを後悔し始めた洸は恋泥棒として生きることを決意。
双葉に自分の正体を明かさないまま近づき、
彼女が見方を裏切るように それとなく工作を続けてきた。

だが彼が繰り返すのは違法とは言えない恋情示唆の数々。

しかし今回、洸は流れ星を見たことで我を忘れて不用意な発言を双葉にしてしまう。

本来なら彼の視界に入らなかった物が目に入ったこと、
それは彼が後ろ髪を引かれて、視線を動かしたからに他ならない。

犯人逮捕に躍起になる菊池(きくち)警部なら、ここで手錠をかけたところだろう。
まぁ、今回も証拠不十分で容疑者を立件できなそうだけど…。

非日常の興奮が冷静な彼を狂わせた。即座に矛盾に気づく双葉も聡明だ。

ここで困るのは双葉だ。
いつの間にかに始まっていた「恋のドロケー」。
彼女がこの件を捜査して深入りすれば自身の信念が揺らいでしまう。
そういう自分を自覚しているから彼女は菊池警部の味方であるにもかかわらず、
犯人から逃げて、逃げて、逃げ続けて、想いを振り切らなければならない。

でも このゲーム、終了の合図は誰が鳴らしてくれるの…?


んな双葉の困惑が描かれる1話目の密度が凄すぎる。

高校生最大の学校イベントの修学旅行編ではなくて、
その直前の期末テスト前後の話なのに、お話としては『10巻』の肝。

どうやら ご機嫌な双葉と洸。

双葉は友人との楽しい会話に熱中している。
勉強や授業など黙っていなければならない場面では
「菊池くんとのキスを思い出し」て「頭の中 菊池くんで いっぱいに」する。
そうすれば「それ以外の事は考えられなくなる」。

もう、この時点で無理が透けて見える。
勉強しようにも、菊池くんのことを思い出してしまって手が付かない、のではない。

油断すると他の人のことが頭に浮かぶから、
自覚的に菊池くんとのホットなキスでそれを糊塗しようとしている。

彼氏のことを思い出すと体温が上昇するのではない。冷静になっていくのだ。

この時の双葉は顔を赤らめて頬を抑えているのではなく、
自分の内なる声が聞こえないように耳を塞いでいるようにも見える。

なぜなら教室では視界に入る範囲にいつもあの人がいるから。
自分の中で くすぶる未練を忘れたいから。

キスという行為が照れるのであって菊池くんへの好意で上気している訳ではない。

ちなみに菊池くん・内宮(うちみや)くん・瞬(しゅん)の3人組と、
双葉・悠里(ゆうり)・修子(しゅうこ)の女性3人組が遭遇する場面、
恋人である双葉と悠里がそれぞれの会話に興じる中、
瞬・修子ペアに一切の会話が無いのが笑えます。
泰然自若の修子に対して、瞬は困惑しているだろうなぁ と同情します。


洸は洸で日々が楽しい演技をしているらしい。
しかも その演技、双葉と菊池くんのカップルの前限定で。

無二の親友・小湊(こみなと)曰く「バカみたい」「バカに見える」。
容赦のない小湊の前で、洸はバカ正直に心情を吐露する。ほんとにバカね…。

しかも双葉には演技がバレているのも、悲しき道化である。
双葉が洸の虚勢を見抜いていることを暴露するタイミングが良いですね。


ラバ、フラッシュバックに悩まされるのは双葉も同じなのかもしれない。

彼のことを忘れようとすればするほど、
最初に好きだった頃の彼の背中、えり足の匂いが思い出される。

考えちゃいけないのに、
自分に都合の良い情報だけが思い出され、集積してしまう。

なんだか これ、浮気やDVを繰り返すサイテー男と上手く別れられない女性の心境のようだなぁ。
100の悪いことをされても、1つの嬉しいことを反芻してしまう。

考えないように周囲に音がなければ、数字でも何でも唱え続け、
心のフタが開いてしまわぬよう注力する。
そうしないと、内なる願望が聞こえてしまうから。
それは洸への希望。それに すがってしまう可能性がある。

だから今回、彼女は走る。
全速力で走る。
通算4回目だろうか。

でも今回は逆走。
自分の中にある洸への想いから 出来るだけ遠くに逃げるために走る。
きっと今度 囚われたら、絶対にその牢獄から逃げ出せないことを知っているから。

振り切れ 振り切れ、と自分を鼓舞しながら彼女は逃亡する。


んな濃密な1話目を経て 突入するのが修学旅行編。

なぜか修学旅行では修子がまさかの洸に熱視線を送っている。
これで本当に修子まで洸のこと好きになってたら、
洸の神聖モテモテ王国の建国物語だったのか、と笑っちゃう。

田中先生の代替品という説も なかなか面白い。
実は修子は「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」で、駄馬で馬鹿の洸を足掛かりに、
田中先生への再挑戦を画策してる展開でも良かったなぁ。


1泊目のホテルでの夜は濃い一夜だ。
まさか洸と菊池くんの枕投げが見られるとは(笑)

そして双葉と洸の「夜のドロケー」(苦笑)

しかし本書はドロケー漫画だったんですね。この場面でも利いてくるとは。

成海(なるみ)と洸に共通の痛みがあるように、双葉と洸には共通の思い出がある。
綺麗な思い出が、そして あの頃と同じ気持ちを密やかに持っていることが双葉を苦しめる。

ここで 先生という名の警察に捕まった洸を双葉が助け出しに来たら、
後半の洸の言葉を借りれば双葉は本当に「ヒーロー」となって、物語は終わったかな。
そりゃ こっぴどく怒られるだろうけど、幸せだ。

でも菊池警部の味方となった双葉は 泥棒の洸とは仲良く出来ない。


池くん関連でいえば、菊池に対して、双葉からの要望は少ない。

彼との下校時に電車を1本遅らせて一緒にいたい という選択肢も願望も彼女の中にはない。
ましてや、この日は期末テスト終了後の解放された日だったのに。
予定なんてない。平日の中で一番自由な日なのに。


洸の企みもあって、修学旅行の宿泊ホテルでの菊池くんとの待ち合わせに遅れた双葉。

一連の、洸が関わる出来事を菊池くんに話すか迷う双葉。
「ヘタに隠すのもうしろめたい」「やましい事してない」と考えて、顛末を話すが、
きっと、菊池くんは、話の内容よりも その前の彼女の逡巡と表情の中にこそ真実を見出したはず。

いつも笑顔でいる人が、心の中まで ずっと笑顔であるとは限らない。

穏やかな会話と、その前に起きた緊張感のある体験、
どちらが修学旅行の思い出として双葉の心に残ったか…。


修学旅行では そんな双葉から菊池へ能動的な行動が見られる。

それが お揃いのストラップの贈呈。
でも その目的は菊池くんの不安を取り除くため。

これもまた双葉からの自発的な行動とは少し違う。
彼の心に寄り添っているだけに過ぎない。

これは洸が成海(なるみ)にしたことと似ていますね。
では双葉も遅かれ早かれ自分の中途半端さに気づいてしまうのでしょうか。


学旅行2日目の班別行動のクライマックスは、夕日。

洸が風景として「フラバ」してしまう夕日。
しかも場所は長崎。

リー研合宿(『2巻』)では回避できた夕日だが、
今回、洸は夕日と真正面から向き合ってしまう。

これまで見ないようにしてきたが、大丈夫かどうか確認するため、
自分が前へ進むために、徐々に視線を上げ、その赤を視界に捉える洸。

双葉の身体の中を駆け巡る感動と同じものが私の中にも生まれた。

リー研と同じような風景と構図で、
でも場所も時間も関係性も違う、新たな5人での思い出。

あの時よりも一層5人が「同じ温度」になっていることが実感できる。
洸の立ち直りも勿論だけど、私は この数か月の彼らの友情に思いを馳せてしまう。

この場面に立ち会えただけでも、私は幸せだ。
数か月間の喜びも悲しみも、正しさも過ちも、全部が ここにいたる道程。

あぁ、洸が少年のような無邪気な顔をしている。
無邪気な顔して、大人になっていく…。

ダメだ、5人とも泣いてないのに私は泣けて仕方がない。


そういえば洸が小湊のために気を使って、
修子と2人きりにさせるなんてアシストするのは初めてですかね。

それだけ小湊への友愛が強まっているのか。
洸もまた修子と同じで1年前に自分が友人と枕投げをするなんて思いもしなかっただろう。
あと小湊くんのパジャマ笑える。