《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

…そっか、私が駆け寄って助け出したかった君にも 全力で助けたい人が いるんだね。

アオハライド 6 (マーガレットコミックス)
咲坂 伊緒(さきさか いお)
アオハライド
第06巻評価:★★★★(8点)
 総合評価:★★★★☆(9点)
 

洸の長崎時代の友人、成海唯が双葉たちの高校の文化祭にやってきた。洸が唯に、電話やメールを頻繁にするようになってから距離を感じていた双葉は、複雑な気持ちで唯を迎える。胸かき乱す出来事続きの文化祭……。

簡潔完結感想文

  • 破壊神 降臨。『5巻』で呪文を詠唱して『6巻』で召喚される成海唯。悪夢の1日が始まる。
  • 事故の記憶を上書きするために唇に新しい記憶を与えよう。ここでひと言 添えてくれれば…。
  • ロボット三原則。命令への服従。質問に嘘は つけないし、彼女を助けると決めたら絶対遵守。

くんに続いて洸も またロボット疑惑が浮上する 6巻。

当初は全く似ているとは思わなかった本書のヒーロー・洸(こう)と、
前作『ストロボ・エッジ』の蓮(れん)くんに共通点が見えてきた。

どうやら咲坂作品の男性キャラは律儀で健気で、そして融通が利かない。
そこが どうにもロボットっぽい。しかも少々 ポンコツ気味。

自分を思い上がったりしない代わりに、その場の雰囲気にのまれることも まずない。

その人にとっての自分の役割が何かを正確に判断し、その上で全力で人に尽くす。
やや即応性や柔軟性に欠ける思考回路である。

その役割を全うするためには万難を排さないといけないのも特徴。

だから気になる人が出来ても、その時に恋人がいれば綺麗さっぱり別れるまで恋愛回路を切るし、
他に心に引っ掛かることができれば、そこだけにフルスペックで注力してしまう。

力の配分が下手で、自分でだした命令さえも達成されるまで絶対遵守する。
その辺が ちょっとポンコツなロボットたる所以(ゆえん)だ。

そしてロボットは嘘を付かない。
事実関係を誤魔化せば自分が有利になる場面でも、絶対に自分の信念を裏切らない。
欺瞞して手に入れるものに何の価値もないと思うほど 誠実であろうとする。

だから彼らは気持ちが通じてから、告白までが非常に長い。
たとえ その間に相手が涙に溺れる日があっても、自分の心を整えることを最優先する。
悲しいほど愚直で、愛すべきポンコツたち。

洸が 自分の欠点を理解して、修正するには もう少しかかりそう。
そして、その点検作業こそがアオハルなんだと思う。


1巻丸ごと文化祭回。
読み返して、これがたった1日の、数時間の出来事何だと気づいて愕然としました。

この日、双葉に発生した感情エネルギーは 莫大なものだろう。

帰り道に魔法少女にスカウトされてしまうかもしれない。
いや、その前に気持ちが濁ってアレになる可能性も高いか。

またもや洸までの あと1ミリが縮まらない。
今回は2度もキスをして物理的な距離がゼロになったというのに、その直後から距離は また広がり始める。
(キスの際の洸の言葉の足りなさ はポンコツロボットの名に相応しい(怒))

洸への不信感が募り、恋愛に腰が引けそうになる自分を
奮い立たせてくれたのは 親友で かつてのライバルの悠里(ゆうり)。

悠里の この言葉は かつてライバルとして双葉と対峙して、
自分が精一杯の勇気を ぶつけた告白の経験が言わせる言葉だろう。
変わらない芯の強さに 行動と経験が伴った悠里は無敵だなぁ。


双葉の通算3回目の洸への全力疾走。
今度は彼を助け出すためじゃなく、自分の想いを届けるために走る。

だが、2人の間には車道という川が流れ、双葉はその手前で足踏みを余儀なくされた。
そして対岸にいる彼の関心が自分とは別の対象に向けられていることを まざまざと見せつけられるのだった…。

信号に阻まれて走りを止めて立ち止まってしまった私の声は彼には届かない。

この時の双葉の横に菊池くんが立っているのも象徴的ですね。

双葉の隣に菊池が横にいることへの反発心が、
信号が変わる間の僅かな時間での 洸の決心を変えただろうか。
いや、洸の目線では車の陰になり菊池の姿は目に入っていないか。

でも もし双葉が一人で走って、信号も青で、
過去2回のように全力疾走の表情を洸が見たら、彼の心にタッチすることが出来たら
彼の選択に少しぐらいは躊躇(ためら)いが生じただろうか。

でも全速力で走っても信号は赤だった。それが運命の出した答えかもしれない。


尻込みする双葉が悠里の挑発的な言葉によって走り出した一方で、
洸は小湊(こみなと)に全力で制止されたにも関わらず走り去った構図も対照的だ。

小湊が自分のためを思って押し止めてくれていることを理解しながら、その人のもとに走った洸。
その小湊の全力が かえって洸に走る理由を与えてしまったことが皮肉だ。
まぁ、小湊の頑張りの全部が単なる徒労に終わらなかったが…。

洸は孤独は 身を切るほど辛く、
悲しみが 海よりも深いものだと身をもって知っているから 走る。


巻のほぼ丸々を使って その輪郭を浮かび上がらせ、
ラストページで遂に姿を現わしたのが洸の転校先での友人・成海 唯(なるみ ゆい)。

『6巻』では聡明さも狡猾さも、強さも弱さも ない交ぜになった成海という女性が立ち上がってくる。

その両面を一巻の中で描いていく手腕は本当に恐れ入ります。
しかも話は成海に特化している訳ではなく、
他の恋愛イベントが盛りだくさんの中で成海を際立たせている。

多くの双葉目線の読者からは少し嫌われるように、
でも洸が彼女を放っておけないような、脆さと弱さを忍ばせて話を進めている。

ここで重要になるのは双葉と読者が知り得ない洸の転校先・長崎での2年半。
全てが開示されていない情報の不足が双葉を不安にし、読者を不快にしていく。

病気の親(しかも離婚による片親)を持つ子供同士による
「同病相憐れむ」関係性は、私たちの想像以上に結びつきが強いのだろう。
それは男女である前に「ソウルメイト」とも言える絆の一種かもしれない。
特に洸にとっての好きな女性は あの人しかいないので、
成海への気持ちは かえって純粋な感情だったのではないか。

むしろ一度でも洸の中に恋愛感情が芽生えていた方が、
恋愛の終わりが成海との関係の終わりになって後を引かなかったかもしれない。

この関係を言葉にするのは難しい。
敢えて言うなら彼らだけの「同じ温度」を共有している2人だろうか。

そして恋愛抜きの関係性は後のキス問答に繋がる問題となる。
洸は双葉にも、成海にも好きという言葉を使わない。それが問題なのだ。

いっそ恋愛関係であってくれた方が容易に理解できた。でも それ以上に特別な「同じ温度」の2人。

でも再読すると洸にとっての成海の大きさが分かる場面が多い。

もっとも分かりやすい影響が、成海が、転校したての洸に教えてくれた処世術。
高校2年生進級時の洸が「学校内 転校生」となった時、
洸が余計な摩擦を発生させず、クラス内に溶け込んだのは、この処世術の お陰。

洸にとって成海は紛れもない恩人なのだ。
恩を仇で返すことなど洸には出来ない。

更には今回、自分の気持ちを優先して成海を突き放そうとした罪悪感が洸の中にあった。
「独り」を誰よりも理解している自分が、気持ちに寄り添う努力を放棄した、
そんな罪滅ぼしの気持ちも洸に成海を選択させた要因だろう。

洸の周囲には優しい人がいて、彼が満たされた現状であるほど、成海の孤独が際立つ。

自分が1年間遠回りした経験も、この数か月の充実も、彼女の孤独に寄り添う動機となる。

自分が変わったことで黒ねこを飼う余裕が出来たように、
「もう手ぇ さしのべちったからね」「俺が面倒みるしかねーな」なのだ。


洸だって双葉に正式に想いを伝えていれば、違う手法を考えただろう。
でも2人の認識の違いは「1ミリ」あって、まだ「同じ体温」ではない。

恋人になって余裕があれば双葉だって、成海を見捨てない その優しさこそ洸の本質だと進んで協力できたのではないか。
ただちょっと順番が違ってしまっただけ。

今回の洸は間違っている。けれど、全く間違っていない。


書で作者が描きたいのはアオハルの全体像ではないか。

少女漫画脳では内容は恋愛だけでいい と短絡的に考えてしまうが、
作者が描きたい青春にとって恋愛はその一要素でしかない。
傷つきやすく未熟な時期に起こるもの全部ひっくるめて描きたいはず。

そして青春は時に ままならない。

多くの人にとって青春期は まだ扶養されている側で
だから親の都合で引っ越したり、家族がバラバラになったりと、
家族構成の、環境の変化を受け入れなければならない。


きっと本書は、大きな意味では運命に翻弄される人々を描いている。

洸の場合は家庭環境の変化、そして双葉(ふたば)の場合にとっては それが恋愛だった。
どちらの同等に悩みは大きく、優劣の つけられるものではない。

もちろん多くの読者にとって『6巻』は失速を感じずにはいられないのも分かる。

しかし読了してみると、ラストの結末に至る過程において、
『6巻』の洸の行動と選択も絶対に必要であると思わせてくれる。

読者もまた洸と成海の絶対的な「独り」に寄り添わなければ、全体を見る視点を得られないのだろう。

間違えること、後悔することも含めて ままならない青春の日々なのだ。


の巻では心情描写の自然な推移が印象に残った。

例えば洸が、双葉と菊池の文化祭ライブの開始時間を聞いている場面。
会話は双葉と菊池のものだが、時間指定のコマに描かれているのは洸と成海という構図になっている。
そして洸が成海の会話を上の空で聞いていること、それを感じた成海が何かを察する場面に繋がる。

また、田中先生に対抗意識を燃やす小湊が洸の後ろで「負けねー あいつになんかぜってー負けねー」と言っている時の構図も良い。
小湊の言葉が洸の言葉になり、彼の中でも対抗意識が芽生えたことが分かる。

こういうテクニック一つで物語は断然面白くなるし、
同じページ数、同じ恋愛漫画でも満足度が格段に上がります。


ライブ中の菊池が、双葉と洸のキスを見てしまうのも、
彼がその前から演奏しながら双葉をチラチラと見ている描写と説明がある。
だから その後の彼女の表情も菊池は見逃さない。

頭が洸でいっぱいの双葉の表情を見たからこそ「あんなの 忘れちゃいなよ」と、
かつて自分がされたセクハラ事故みたいに菊池くんは双葉を説得するのだ。

記憶消去なら お任せあれ、といった感じですね。
後々の展開も含めて「イレイサー菊池」と呼びたくなります。

そして今回、双葉が弱ったことによって、菊池くんが動き始める事前準備が整った。
恋愛は更なる複雑な様相を呈することが予感される…。


事故キスで言えば双葉の前では無反応だが、その実 忘れられずに動揺する洸。
ここで洸が菊池くんみたいに赤面してたら話は早いのに…。

そしてキスを見ていたことを洸には伝えずに彼の反応から何かを察知する成海がいる。
洸みたいにロボットじゃなければ、使える手は使える時に使って利己的に動くのが人というものなのだ。