岩本 ナオ(いわもと なお)
町でうわさの天狗の子(まちでうわさのてんぐのこ)
第05巻評価:★★★★(8点)
総合評価:★★★★☆(9点)
“天狗修行”そっちのけで、フツーの女子高生ライフを満喫する秋姫(あきひめ)。待ちに待った学園祭の日を迎え、さらに浮かれモード全開になるが、楽しい日々はあっという間に過ぎていき…。10月になり、瞬(しゅん)ちゃんが京都修行へと旅立った後、学校でちょっとした異変が起こる。秋姫はひとりで対処しようと、がんばってみるが…!?
簡潔完結感想文
- 文化祭当日。長く準備してきたのに当日はあっという間に過ぎる。コスプレ男子にドキドキ!
- 瞬ちゃんの出発。誕生祭の後には、更に寂しい出来事が。離れる準備のための心得と餞別。
- 太郎坊としての自覚。自分の存在がお山を代表するのだと知る秋姫。近づくは妖に求婚者⁉
対面でも手紙でもメールでも電話でも、相手に言葉が届けば それだけで満足な 5巻。
『5巻』の秋姫(あきひめ)と瞬(しゅん)ちゃんは、
さながら遠距離恋愛 前後のカップルのようである。
まだ幼なじみの域を出ていないのですが(秋姫)。
修業期間のお別れ前の一大イベントである文化祭、
そして誕生日と旅立つ彼へのサプライズプレゼント。
遠距離になってからは、いつも隣に居てくれた彼がいなくても
一人で大丈夫だということを示す行動に出たり、
何気ない日常的な会話をしてもいいのか逡巡したり、
聞こえてくる声に安心したりと、離れてからの自分を確立する。
更には彼の居ない間に、恋愛に積極的な男子天狗が現れて…。
という修行とか天狗とかを別にすれば、
典型的な遠距離恋愛あるあるがふんだんに盛り込まれている。
勿論、天狗や修行がいい塩梅で混然一体となっているからこその本書なのですが。
↑ のあらすじにある「瞬ちゃんが京都修行へと旅立った」という一文、
普通の少女漫画ならば、「えっ、京都への修学旅行?」と思っちゃいますよね。
「修旅」ではありません「修行」です。
文字通りの修行を受けて立派な烏天狗になることが瞬ちゃんの夢なのです。
そういう漫画です。
ちなみに遠距離は1か月限定です。
客観的には短いかもしれないけれど、
生まれてこの方 一緒にいた人の不在にしては長い。
長い準備期間を経て、いよいよ始まった文化祭は連載1回分だけで終了。
担当決めは夏休み前(『3巻』)からなので、大分 前のような気がしますが、当日はあっという間。
これは実際の体感でも、そういうものかもしれませんね。
文化祭回は、学校全体を包む高揚感が良いですね。
アメリカンなコスプレをした喫茶店というシンプルな出し物だけど、
折角、準備した お店を繁盛させようとする気持ちも分かります。
そして、本書にはやる気のない人たちがいないのが良いですね。
アメリカンの格好をしているだけの1年2組と違い、
繁盛している1年4組の出店は、メイドと執事 喫茶。
連載時の2009年当時、大流行していたらしい。
そして実際の学校は知らないが、少女漫画内ではブームが続き、
2010年代の少女漫画の文化祭における出し物は7割ぐらいがメイドと執事喫茶なんじゃないかと思う。
本書では秋姫の在籍する1年2組で、そうしなかったのは流行へのアンチテーゼのように思えなくもない。
安易に流行りに乗らないこと、それが本書の矜持のように思える(贔屓が過ぎるか…?)。
まぁ、別の系統でイケメン男子たちはコスプレはしてるんですけどね。
4組の人気に対抗しようと、
秋姫と付き合うまではクラスの人気ナンバーワンだったタケル君を活用することに。
秋姫もタケル君に気兼ねなくお願いできる間柄になりましたね。
恋人ではいられなかったけれど、友達の輪がまた一つ広がりました。
瞬ちゃんは、海賊のコスプレ。
嫌々ながらも、秋姫に「クラスの奴と仲よくしろ」と言われたことを律儀に守った結果が、このコスプレらしい。
この2人、お互いの言うことはちゃんと聞くんですよね。
『4巻』のスカート丈の件といい、瞬ちゃんが言うことは秋姫側も聞き入れている。
描かれていないが、同じく『4巻』で町内の盆踊りを浴衣でこい、と言った瞬ちゃんの言葉も守ったのでしょう。
相手の言葉が届いて聞き受けられている間は、問題のない2人です。
ちなみに瞬ちゃんは、フォークダンスを踊らない傷心モードのタケル君に八つ当たり。
友達であっても秋姫を悲しませた存在として怒りを禁じえないのでしょう。
だからこそ、ちゃんと言葉を届けようと自分の居ない「10月の心得」を渡したのに、
秋姫がちゃんと読まなかったことに瞬ちゃんは機嫌を悪くしたのだろう。
瞬ちゃんは離れていても、一番近くで秋姫に言葉を伝えたいのだ。
自分の言葉で秋姫を守りたいのだ。
そして秋姫も、瞬ちゃんの世界が広がることには寛容だが、
女子生徒と並んで下校する姿には目を丸くしてショックを隠せない。
そんな文化祭の後のイベントは、9月に秋姫の誕生月、10月は瞬ちゃん不在の月である。
出雲に神様が集まるから神無月などと言われますが、秋姫にとっても神が身近にいなくなる心境でしょうか。
旅立つ瞬ちゃんに秋姫は自分でデザインしたストラップを用意しようと考える。
デザインは、カラス好きの瞬ちゃんにちなんで八咫烏(やたがらす)を採用。
ちなみにアイデアを出したのは友人。金(きん)ちゃん。
彼女が最近、八咫烏の話を聞いたという情報源は
サッカー部の猫町(ねこまち)君からでしょうか。
その前の文化祭から個人的に話すような仲になってましたもんね。
瞬ちゃんは秋姫の父・康徳(こうとく)様に携帯電話を買ってもらったばかり。
これは康徳様の餞別か、それとも お山から離れても右腕に頼ろうという下心か…。
サプライズでの餞別を企画した秋姫は瞬ちゃんに隠しごとが出来てしまう。
更に、上記の通り「10月の心得」を読んでないから瞬ちゃんは ご立腹。
瞬ちゃんは何でも言い合える仲でいたいのだ。
これは まんま交際中のカップルのサプライズと、秘密だからこそ すれ違う内容ですね。
ファンタジー漫画の中にちゃんと少女漫画の作法・お決まりを混ぜ込んでいる点が素晴らしい。
タケル君に彫刻をお願いしたストラップを瞬ちゃんに渡す際、
八咫烏が鞄から出てくる場面は本書ならではの描写ですね。
作者の想像力が爆発しているところが私は大好きです。
ファンタジー世界と作者の想像力・作画力の相性が本当に良い。
受け取った際には無表情の瞬ちゃんですが、
秋姫の言う通り「喜んでたっ めっちゃ喜んでたよっ」が正解だろう。
1か月 別れる心配は大きいけれど、秋姫から餞別を貰うならお釣りがくるほどハッピーな出来事だ。
そうして10月に突入。けれど何と瞬ちゃんが学校に登校⁉
…と思ったら、それは変化している三郎坊(狐)。
出席日数を稼ぐために三郎坊が登校しているらしい。
怪力の秋姫の運動能力テスト(『1巻』)は学校側から配慮されている描写があったが、
瞬ちゃんは、天狗志望であっても ただの人間みたいだから配慮されないのでしょうか。
彼もまた中学卒業していない特異な人なのに。
さて瞬ちゃん不在、お目付け役が三郎坊という事態で何が起きるかと言うと、
学校での秋姫の行動についてが厳しく監視されるということである。
瞬ちゃんの指導が甘かったと三郎坊に思われないためにも、
秋姫は一人で物事に対処できるところを見せなくてはならない。
もちろん三郎坊やモミジちゃんが後ろに控えているのだが。
そういえば三郎坊が話すところによると、康徳様の弟子(?)の序列は能力順なのですね。
弟子入りした順番(秋姫たちは生まれた順)かと思っていました。
なので、瞬ちゃんが鞍馬山での修行で、秋姫よりも強くなったら、
瞬ちゃんが太郎坊で、秋姫が次郎坊になることだってあり得るらしい。
秋姫も天狗にならない程度に修行しているとはいえ、
才能の面で瞬ちゃんを大きくリードしていると思われる。
そう考えると瞬ちゃんは努力の人なんですね。
別れの10月に入る前に瞬ちゃんが携帯電話を持ったのに、遠距離ゆえか、なかなか連絡が出来ない秋姫。
更には出雲の禁足地に入ったために電波の届かない場所に。
また瞬ちゃんとの連絡窓口がモミジちゃんとなっていることも不満。
でも瞬ちゃんなら、秋姫が本気で叫べば飛んできてくれる気がする。
そのぐらいの保険は掛けているでしょう。
アナログ天狗・眷属連絡網を用意しているはず。
そして実際、電話でも秋姫が呼び出せば、
たとえ数分前に別の人では繋がらなかった電話も、瞬ちゃんには繋がる。
私たちの心が重なれば以心伝心。願えば繋がるのだ。
秋姫は遠距離で遠慮していたけど、秋姫からの電話やメールに、
瞬ちゃんが返してくれる言葉は、どんな言葉であっても心の中で優しく響くはず。
10月の終盤に瞬ちゃんが危惧していた「知らない天狗」が登場。
四国の石鎚山(いしづちやま)の五郎坊・栄介(えいすけ)。
彼は嫁探しをしているらしい。
そしてかつて設定され父の康徳坊がもみ消したお見合いの相手。
天狗の中では、というか本書の男性陣の中で一番恋愛に積極的な人が現れましたね。
瞬ちゃんが帰るまであと少し。
何事もなく乗り切れるでしょうか…。
余談としては、秋姫は何だかんだで季節ごとの町の行事、
天狗の役目を ちゃんと把握してるんですよね。
父親の勤めの内容と、それが町にもたらす意味を知っている。
日々の移ろいの中、しっかり自覚して生きている感じが好きです。
そういえば女子生徒たちの話題の中心で、
これまで名前だけは出ていた雲居(くもい)君が顔出し初登場です。
雲居君はアイドル系ですね。
ちなみに彼を良いと思っている女子生徒のほとんどは同じ町内出身。
その町は港町で荒っぽい男を見ているから、反対の存在が良く見えるらしい。
こういう細かい地域の特色を出した設定も面白いですね。
この雲居君の後出しは、お山の眷属見習いの動物たちと同じで、
けもの の姿や名前だけを先行させて、後から人型や実物を見せる方法ですね。
ずっと読み続けている人にとっては嬉しい仕掛けです。
「これが噂の雲居君か」「八郎坊は やっぱり大きいなぁ」など、
物語の中に自然とスッと顔出しした時に、「やっと出た!」と快哉を叫んでしまいます。