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少女漫画と小説の感想ブログです

うわさ に なるけど、除け者には ならない天狗の子。ここは多様性を認める寛容な世界。

町でうわさの天狗の子(1) (フラワーコミックスα)
岩本 ナオ(いわもと なお)
町でうわさの天狗の子(まちでうわさのてんぐのこ)
第01巻評価:★★★★(8点)
  総合評価:★★★★☆(9点)
 

緑峰山(りょくほうざん)の天狗の娘、秋姫(あきひめ)は、下界で母親と暮らしながら中学校に通っている。お山で修行にはげむ幼なじみの瞬(しゅん)ちゃんから、天狗になるための修行をするようにいわれるが、断り続ける毎日だ。そんな秋姫の心の中は、同級生の“タケル君”のことでいっぱいなのだが…。ヘンテコ青春ファンタジー!!

簡潔完結感想文

  • 天狗の娘の「ヘンテコ青春ファンタジー」。青春もファンタジーも全てにおいて高水準の作品。
  • ヒーローが顔を見せるのは一世一代の場面だけ。そしてヒーローはヒロインを助けるためにいる。
  • 夢見がちな恋愛とは違い、確かな経験で築かれる女性たちの友情。広がる寛容、無くなる偏見。

実の世界が、本書の世界といつか繋がることを祈る 1巻。

あんまり こういうことを書きますと精神的に不安定な人みたいに思われるので
書きたくないのですが、今の私は『1巻』を再読するだけで泣けるメンタルです。

そのぐらいに素晴らしい作品で、特に最終盤『11巻』『12巻』では何度も嗚咽してしまった。

そうなったのも『1巻』からずっと描かれてきた かけがえのない青春と友情があったから。
また、最終的に本書が到達した世界の深さ、広さに感動を覚えたからでもある。


本書の最大の魅力を一言で表すとすれば、寛容さが溢れる世界観だろう。

自分と他者の少しの違いにばかり拘泥して視野が狭くなってしまう思春期。
でも少しの共通点があれば、あっという間に隔てていた壁を越えてしまうのも この頃。

同じ高校に天狗の子がいたとしても、その戸惑いは最初だけなのである…。


う、主人公と他の生徒との違う点は、天狗の子供という点。

主人公の刑部 秋姫(おさかべ あきひめ)は、10数年ほど前、
「年上好きのお母さんは夏祭りの夜に 450歳年上のお父さんと恋に落ちた」ことから生まれた。

開始1ページ目の1文目からこれである。
その450歳年上のお父さんがこの町を守る天狗・康徳坊(こうとくぼう)なのだ。

このように本書は世界観が最初から、そこにあるものとして描かれる。

秋姫が通う中学校や、彼女が生まれ 暮らしてきた この町では彼女は当然のように天狗の子として扱われる。

秋姫 自身も「ほかの子と比べて違うのは ちょっと力が強いとこぐらい」という認識。
どのくらい強いかと言うと脱輪したトラックを持ち上げて原状復帰させちゃうぐらい。

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天狗の子として人助けできるだけの力はあるが、その分 普通の恋愛から遠ざかる気がする秋姫。

ただし、そんなスーパーウーマンな活躍も町の人たちには当然のものとして受け入れられている。
この町の誰もが僧正天狗である秋姫の父を敬っているし、秋姫も その娘として自然に町人と溶け込んでいる。


は本書を「寛容」の話だと思った。

まず提示されるのは設定に戸惑う読者とは違い、
天狗の存在や法力(?)を あるがままに受け入れている町人の姿。

自分たちの暮らす町の、お山の上には天狗がいること、
少なくとも450年間、この町の町人たちにとって それは当然のことなのだ。

自然にそこにあるものとして、秋姫たちを肯定してくれる地元の文化と空気感が好きです。


が、秋姫の高校受験、そして進学を機に彼女を取り巻く環境は大きく変わる。

実は、生まれてこの方、電車に乗ったことのない秋姫。

彼女が外の世界に飛び出して、違う価値観に触れることで様々な摩擦を生む。
知らない世界が広がることは、うわさが広がるということでもある。

これは これまでも小・中学校と、秋姫が進学する度に起きていたことらしく、
彼女の世界が広がること、新しい出会いは彼女に軋轢をもたらしてきた。
進学は常に独特の緊張感の中で過ごす秋姫だった。

しかしこれまで秋姫は自身の力(天狗のではなく人間としての精神力)と、
親友の緑(みどり)ちゃん たちが居たことで、乗り越えてきた。

だが、高校への電車通学は40分にも及び、お山が見えなくなる。
それは父・康徳坊の力が及ばないことを意味し、秋姫は真の一人立ちをしなければならなかった。

秋姫にとって新しい場所での生活は同じ年頃の口さがない噂話だけでなく、
町の外にいる妖(あやかし)の類にまで相手をしなければならないということだった。

娘に甘い康徳坊 様は、娘に高校生活を送らせてあげたいという一心から、
秋姫と兄弟同然に育った、天狗修行をしている榎本 瞬(えのもと しゅん)を同じ高校に送り込む。


はこの瞬ちゃん、秋姫よりも もっとアウトローな存在である。

何と小さい頃から天狗修行に明け暮れていたため、小学校にも中学校にも通っていない。
師であり父代わりである康徳坊に要請されて、高校生活を始めることになった。

ただし瞬ちゃんは兄弟同然ではあるが、天狗の子ではない。
うわさの天狗の子は秋姫だけなのだ。
よって瞬ちゃんは うわさ の外。
心身共に秋姫を守る盾となる。


本書の、特に『1巻』のメインは初めて顔を合わせる同級生たちとの軋轢だろう。
だからこそ、秋姫たちが住む緑峰山(りょくほうざん)周辺では受け入れられてないといけない。
寛容と逆の世界を提示しなければならないのだから。


が人を差別や偏見をもって接することは簡単だが、
反対に、それを取り払うのも、たった一言で可能にするのがこの世界だと思う。
そう思いたい。

高校進学を機に、それまで中学校では好きな男の子とも、
恋のライバルだった人とも、同じ土地で生まれ育った者同士、距離が近づく。

そして違う背景を持つ者たちとも、共通の経験をすることで距離が縮まっていく様子が描かれる。


んな女子生徒らを結ぶ共通点は恋愛だろうか。

登場人物たちには それぞれ癖があって衝突もして
反発もあるが同じ年頃で、興味のある分野も近い。
すると自然と仲良くなり、それが世界の広がりとなっていく。

ハッキリ言って恋愛に夢見がちな少女たちなのだが、
それとは逆に しっかりとした彼女たちの友情が描かれていく。

そこに2つ目の「寛容」が生まれる。

私はこの高校で広がっていく寛容の輪が大好きだ。

『1巻』にしては多すぎる登場人物で、わちゃわちゃした感もあるけれど、
秋姫と同じように、読者も やがてイベントを通じて彼らの一人一人のことを知っていくことになる。

人の輪が重なって、年輪となり、友情の巨木が育つことで『11巻』以降の感動は生まれる。


『1巻』の段階では、タケル君が女子生徒たちを連帯させる中心的役割を果たしていると思われる。

本人は無自覚だろうが、この天然モテ王子がいることで、
女子生徒たちは色めき立ち、欲望のままに話に花を咲かせることが出来るのだ。

誰もが一度は好きになるタケル君。
そんな共通の話題が女子生徒たちの心を繋いでいく。

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無遠慮の瞬ちゃんと、無邪気なタケル君。実は地元は一緒だが同じ学校での生活は初めての2人。

そんな、タケル君はモテることを鼻に掛けたりしない。
どちらかというと彼は天然。というかアホの子に近い。
でも魅力があるのも分かる。

彼も含め、誰も悪い人がいないのも「寛容」の世界ならではか。

しかし『1巻』のラストでは、そんなタケル君にたった一人の大事な人が出来て…。


う一人の中心的人物・瞬ちゃんは秋姫の保護者役であるが、
彼は彼で人間界にまだ馴染んでいるとは言い難い。

秋姫は彼の学校内での立ち位置を結構 気にしている。
この互いの思い遣りも良いですね。

瞬ちゃんの秋姫へのフォローの数々も見落とせません。

『1巻』で一番 好きな瞬ちゃんの場面は、
親友・ミドリちゃんの遭難に際して、秋姫が抱きついてくる場面です。

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秋姫が一目散に助けを求めるのは、大天狗の父親ではなく、一緒に育ってきた瞬ちゃん。

瞬ちゃんも、康徳坊様も普段は顔が見えない。
ここ一番という時に顔を出すのが印象的です。

瞬ちゃん、顔出し初の電車内とか、
抱きつかれた表情(の変化)は見せずに、
一呼吸置いてから瞬ちゃんが、人として秋姫に向き合う場面も忘れられません。


して読み返してみると、かなりの伏線が張られていることに驚く。

『1巻』単体でも大好きですが、後半の展開に繋がることが色々あることに気づかされる。
特に2話目は結構、ラストへの展開を考えての上のものが多い。

私としては思いもよらぬ景色を見せてくれた、と思ってましたが、
作者は かなり入念に構想が練られていたようです。


ちなみに私は、妖ご一行の顔の前の紙で会話する子が好きです。
秋姫の高校の初登校時には「ご入学おめでとう」って書いてある(笑)

小さいコマだったりするんですが、毎回 読み飛ばせません。

もちろん、秋姫の父・康徳様も大好きです。
彼もまた天狗だからと言って娘から毛嫌いされたりはしないのですが、
娘への過剰な愛情が報われているかと言うと…。
大天狗なのに優しい世界における不遇なキャラとして確立されています。


ちなみに本書の舞台は京都ではないのですが(岡山らしい)、
私は内容から小説家の 森見登美彦 さんの作品を連想しました。
人と 人外の者が当然のようにいる世界が似ている気がした。


余談としては、私にとって岩本ナオ作品2作目。

初めては金の国 水の国を読みました。
開始30ページほど読んだだけで、もう作者のことが大好きになりまして、
本書も早速 読んでみた次第です。
その前から持っていたのだ(笑)

2020年で一番の出会いと言っても過言ではありません。


「手をとって、そのままで」…
親同士が再婚し、5年前に姉弟になったマミちゃん と たつみ。
だが、たつみ はマミちゃんを「お姉さん」とは一度も思ったことはなく…。

素っ気ないけど愛情が深い男の子を描くのが上手ですね。
短編の中にマミちゃんの良さもしっかり織り込まれている。
マミちゃんの「娘」や「お姉ちゃん」の仮面が外れるのは
たつみ の前だけなのだろう。

彼らのこれからはどうなるか分からない。
でもマミちゃんの存在が、これからも たつみ の あらゆる原動力になるに違いない。