佐野 愛莉(さの あいり)
幼なじみと、キスしたくなくない。(おさななじみと、キスしたくなくない。)
第03巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★(4点)
NYで千紘と再会したひよこに変化が!? 幼なじみの伊輝に告白したひよこ。だけど幼なじみ以上の存在にはなれず振られてしまう。千紘は、伊輝が千紘のひよこへの想いを知っていたから、自分に遠慮してひよこを振ったのではないかと思ってしまう。やがて、自分の片想いが2人の恋を邪魔したと確信した千紘は、2人の前から姿を消す。そして1年後、ひよこはモデルの仕事で訪れたNYで、千紘と偶然再会する。千紘はNYで人気のモデルに成長していた。千紘の思いとは裏腹に、伊輝とは「ただの幼なじみ」に戻っていたひよこ。久しぶりに会う千紘に、今までにない感情がわき上がり・・・?
簡潔完結感想文
- あれから1年後。日本の学校では変わらない毎日だったがNYでは革命が起こっていた。
- もう千紘は自分の魅力をメガネで封印しないし、心臓が活動を制限することもない。
- 三人の中で一番賢い千紘が、伊輝の行動を封じてからエンペラータイムを満喫する。
今度は お前が指をくわえて見ている番だぜ 坊や、の 3巻。
『3巻』は『1巻』と鏡写しの構造になっていると思われる。『1巻』ではヒロインの ひよこ が伊輝(いぶき)に惹かれるまでが描かれていたが、『3巻』は その1年後に今度は もう1人の幼なじみの千紘(ちひろ)を意識するまでが描かれる。ということは全てが破壊し尽くされた『2巻』と次の『4巻』は内容が類似するという暗示なのか。伊輝が正式参戦することで幼なじみに恋愛感情を持ち込んだばかりに3人の関係は絶対に元に戻らなくなってしまうなどの崩壊が待っている予感がする。
千紘が参戦したのは自分が身を引いた この1年で2人の関係が何も変わっていなかったから。ならば自分が と彼は動き出す。しかも上述の通り今の千紘には何の制限もない。
その一方で伊輝は一度ひよこ の恋心を拒絶したのは親友の千紘の恋心の大きさを熟知しているから という前例がある。そこへ千紘が正式に参戦するのだが、伊輝は この先に何があっても絶対に動いてはならない。なぜなら それが自分の望んだ恋愛の結末だから。
ここで思うのは千紘には他の2人の心の動き(特に伊輝)が分かっているのではないか、ということ。自分が身を引いても2人は いきなり付き合い出すような性格ではない。むしろ膠着状態になるのが分かっているから この機会に手術をして、自分のスキルアップに時間を費やした。そのうち機を見て帰国するはずが ひよこ と再会したため帰国を決める。
ひよこ に成長した自分を見せることで異性として意識させ、そして伊輝は過去の自分の言動で身動きが取れない。千紘は伊輝が指をくわえているしかない状況を作りたかった、と考えるのは意地の悪い見解だろうか。これまでの自分の惨めな思いを味わえよ、という怨念が感じられなくもない。
冴えない最弱キャラが下克上を達成し やがて自分が羨ましかった相手(伊輝)と立場が逆転するという展開は転生モノや復讐モノのようでカタルシスが生じている。でも悪役のような のし上がり方なので やがて破滅を迎えそうである。もしや それが『4巻』の内容になるのか…?
もし ひよこ の心の動きが あっという間に起こっていたら信用が置けないが、驚くことに『3巻』冒頭で作中で1年が経過していることになっているので、彼女の気持ちも理解できる。しかも千紘は「ギャップ萌え」を武器にしている。
その中でも最たるものがニューヨークでの活躍。これまでは自分の美貌を自覚しながら(『1巻』の ひよこ に害なす女子生徒への魅了)、その溢れ出さんとする魅力を眼鏡で封じていた千紘。だが今回、海外で自分で収入を得る必要があり、千紘は自分の魅力を解放する。誰もが魅了される魅惑の目を使ってモデルとして大躍進する。自ら陰キャを演じていた千紘が本気を出したら一気に人気モデルというのは さすが佐野作品といえる厨二病全開の内容である。そこがいい。そのぐらいしないと他の作品との違いが明確にならない。


ひよこ にとって背が高い大きくて優しい人間だった千紘が一気にモデル歴の長い自分を圧倒するような存在になったことは驚きだっただろう。しかも ひよこ は初めて千紘が心臓に病を抱えていたことを知る。これは千紘のハンデで その活動限界のせいで伊輝のような動きのあるヒーロー行動は出来なかった。しかし空白の1年で彼は病気を克服しており、その点でも自己の能力を全開放できる準備が整っている。
元々は本気を出せばバスケ部員を圧倒できるほどの実力がある、という事前の布石もあった。そこに千紘の時間制限というリミッターも外され、千紘は もはや無敵。バスケ部のスターである伊輝との勝負にも負けない。
元々が弱気で陰気なキャラだったから そこからの洗練と洒脱が鮮やかに映る。ひよこ の中で異性としての意識はマイナスレベルから始まっているから、もしかしたら総合的な数値では伊輝よりも大きな数字を叩き出しているのではないか。
そのギャップ萌えに ほいほい と引っ掛かるのが ひよこ。1年間の時間の経過と失恋の痛手によって彼女が新しい恋に動くのは分かるが、伊輝への恋心も唐突で失恋も あっという間。いくら展開が早くないと飽きられてしまうSho-Comi作品だからといって、描写が本当に最低限しかないのでは読者も共感できない。もう少し ひよこ の絶望が深いものである実感がないと、ただ ひよこ が代わる代わるトキメいているようにしか見えない。ひよこ自身の精神年齢の幼さや恋愛経験の無さも簡単に心が動く証拠になってしまっている。友人として かつてライバルだった
まゆな を あてがって、失恋の傷を塞いでしまったのも伊輝への恋が そこまで真剣ではないもののように見えてしまっている。
もう少し3人の関係を ゆっくりと丹念に描いても良かったのではないか。『オレ嫁。』と同じスピード感を維持しようとしているのかもしれないが、その分 大切な感情や情緒が抜け落ちているように感じる。
千紘が姿を消してから もうすぐ1年、という衝撃的なモノローグから始まる『3巻』。千紘の居場所は不明のまま。千紘の家の人は「海外に留学した」の一点張り。
高校2年生となった ひよこ だが、千紘が行方不明になったからといって伊輝と交際している訳ではない。千紘の願いとは裏腹に、彼ら幼なじみの関係性は千紘を失ったという変化しかない。1年が経過して ようやく伊輝と普通に話せるようになった。元ライバルの まゆな は完全に伊輝への想いを断ち切って新しい恋をしている。そうでなければ女性ライバルは作中に残れないという厳しい現実もあるのだろう。
この1年で ひよこ はモデルとしての活動は順調。そんな ひよこ にニューヨークでの仕事が舞い込む。その仕事で ひよこ はプロ根性を見せて、辛口で有名なカメラマンに認められる。そのカメラマンが認める もう一人の日本人が「CHIHIRO(チヒロ)」だった。
モデル界に突如現れた新星が幼なじみかもしれないと知った ひよこ は その真偽を確かめるため単独で行動する。街中で怖そうな人に声を掛けられて困っているところに登場するのがCHIHIRO。彼が開口一番 ひよこ の名前を口にしたことでCHIHIROが千紘だと確定する。
1年ぶりの再会は異国での劇的なものとなった。
千紘は ひよこ を自宅アパートへ招く。そこは狭小で質素な部屋。彼は自分の わがままで留学を家族の反対を押し切って断行したため生活費を稼ぐ必要があるらしい。お坊ちゃんの千紘の武者修行といったところか。収入を得る手段がモデルだった。
この部屋で ひよこ は自分がモデルとして出ている雑誌を見つける。それは千紘の変わらない恋心の証だろう。それを発見されて狼狽して上手く言葉が出ない千紘を見て、ひよこ は彼の中に変わらない顔を見つける。その一方で『1巻』の伊輝の時と同様にベッドに2人して倒れ込んだ際に千紘が異性であることも発見する。伊輝と同じ道筋を千紘でも辿るのだろうか。
千紘が家族の反対を押し切ってまで留学を断行したのは ひよこ たちと距離を置くためもあったのだろう。だから3人で会おうという ある意味でデリカシーのない ひよこ の提案を迷惑だと一蹴する。
しかし ひよこ は怯まず、帰国前に撮影がある場所を告げて、彼との繋がりを保とうとする。撮影場所に千紘が現れないから顔の曇る ひよこ に喝を入れるのは千紘だった。人気モデルの登場に周囲は色めき立ち、そして根回しの結果、恋人同士という設定での撮影が決行される。
ひよこ は この撮影の前に千紘の着替えを見てしまい、そこで彼の胸に手術痕があることを認める。留学というのは半分 嘘で、千紘は心臓手術を受けるためにアメリカに来たのだった。自分の知らない千紘の過去を知りショックを受ける ひよこ は千紘を責めるようなことを言ってしまう。そんな ひよこ に千紘は自分のことに必死で何も気づかなかったくせに、と辛辣な言葉を浴びせる。千紘は改めて ひよこ を突き放すが、ひよこ は千紘の優しさを全否定できない。
千紘の家族は、心臓の手術のために渡米することは許したが(でなければ莫大であろう医療費を払い切れるわけがない)、その後に千紘が現地に残ることには反対で、その反対を押し切って千紘はモデルとして活動しながら自活している、ということなのだろうか。千紘の家族が ひよこ たちに留学と伝えたのは、もちろん千紘が自分の心臓の病気のことを ひよこ に隠したい意志があって それを尊重したのだろう。千紘の家族の息子への対応がチグハグのように思える。
ひよこ は千紘のモデルとしての資質に圧倒され、彼の努力を称賛する。一方、1年以上前に千紘がモデルオーディションを受けたのは ひよこ の隣に立つため。千紘の夢が叶った喜びと達成感は言いしれないものがあるだろう。
そして手術によって心臓への負担を考えずに済むようになった千紘は ひよこ のピンチを物理的に救う資格も得ていた。これまでなら伊輝の分野のヒーロー行動も今なら出来る。だから ひよこ は これまでになく千紘を異性として意識する。そして千紘も変わらずに ひよこ に好意を持ち続けていることを隠しきれてない。
ニューバージョンとなった千紘は日本の学校に復学する。この千紘のバ-ジョンアップに女子生徒は目の色を変えて彼を取り囲む。女性は外見とステータスで人への態度を変えるという悪い見本にしか見えない。なぜ少女漫画は女性の価値を下げるような描写をするのか。意地悪なライバルも軽率なモブも女性なのに。
パーフェクトな存在となった千紘は伊輝にバスケ勝負を挑む。その途中 千紘は伊輝に怒りを見せる。それは伊輝が いつまでも千紘に遠慮をしているという怒りだった。そして伊輝が相変わらず自分の気持ちに正直にならない という怒りだろう。
結果は、千紘の無敵のターン中というともあり今回の勝負は千紘の勝ち。物語の最終盤では もう1回2人が勝負をして全力でフルパワーで戦って、それが恋愛の勝敗に繋がるという展開でも良かったかもしれない。


1年間、自分という存在がなくても ひよこ たち2人の関係は変わらなかった。自分が幼なじみにおける疫病神ではないと悟った千紘は ここから本気を出す。そして伊輝は ひよこ が千紘に対して特別な感情を芽生えさせていることを認識する。前半戦と違って、2人の関係を ただ見ていることしか出来ないのは伊輝の役割となった。そして今度は伊輝が ひよこ と千紘との距離を取ることになる。伊輝は これまで否定し続けてきたからこそ、今更 ひよこ に近づくことは出来なくなる。もしかしたら この伊輝の行動が封じられているのは、3人の中で明らかに一番 賢いであろう千紘が局面を先読みしていた結果なのではないだろうか。千紘の勝ち筋は見えている!?
伊輝に恋をした途端に まゆな が登場したように、千紘には彼のファンが取り囲む。それではクラスメイトと回る夏祭りが満喫できないと思った ひよこ は千紘の手を取って2人だけで逃亡する。そこで千紘に女性扱いされたことで ますます ひよこ は千紘を意識する。競争率が高くなると それが欲しくなるのが人間の本能なのだろうか。ひよこ は元通りの3人に戻りたい願望があるようだが、千紘は幼なじみでいられない自分の想いを伝える。