《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

君が初恋を諦めないことで 私は初恋に終止符を打ち、それが彼の初恋を再燃させる。

好きです鈴木くん!!(8) (フラワーコミックス)
池山田剛いけやまだ ごう)
好きです鈴木くん!!(すきですすずきくん!!)
第08巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★(6点)
 

運命の再会は新しい波乱の始まり…。輝と爽歌がついに運命の再会!しかし彼女のとった態度は輝の想像とは全く違っていて…。爽歌にそっくりなサヤカの正体は!?そして再び出会ってしまったちひろと忍は!?

簡潔完結感想文

  • 新しい学校での不慣れな自分を支えてくれる輝の存在は、まるで4年前の再現。
  • 悪夢のような現実に崩れそうになる輝。そこから立ち直らせるのは幼馴染の初恋。
  • 多くの困難が予想される2つの再会は、中学時代の純情な自分が きっと支えてくれる。

人か別人かを謎にしない大胆さ、の 8巻。

『7巻』のラストで約2年弱 行方不明だった爽歌(さやか)に よく似た女性が突然CMに出演した。この芸能人が爽歌なのか、別人なのかは大きな謎で、この謎だけで何巻分も作品を引っ張ることは可能だろう。その手のサスペンスと少女漫画は相性が良い。
でも池山田剛という作家は それをしない。そこが凄い。爽歌か どうかは作者にとって大きな問題ではないらしく、あっという間にネタばらしをする。その豪胆さに恐れ入る。

目の前にいる最愛の女性が自分に恋をしていない痛みを輝も知り、忍と同じ状況となる。

おそらく作者が描きたいのは輝(ひかる)、そして忍(しのぶ)の愚直とも言える一途な愛なのだろう。だから輝が爽歌かどうか分からない女性と接近するターンは作者にとって無駄なのだ。忍が輝を好きな ちひろ をずっと好きだったように、輝は爽歌が どのような状態でも、誰と付き合っていても変わらない愛を保持し続ける。そのことを描きたいという強い想いが作者にあるから、芸能人のサヤカの謎の経歴は簡単にバラせる程度の問題になるのだろう。

ネタバレになるが、ともすると陳腐になってしまう記憶喪失ネタ。しかし作者は それを引っ張らないことで、陳腐さから脱却しているように思う。もしサヤカと爽歌問題を引っ張れるだけ引っ張ったらネタばらしの前に読者は物語に飽きていたかもしれない。そして何巻か消費した後に同一人物だと判明しても そりゃそうでしょう、としか思わなかっただろう。

そうではなくて作者が描きたかったのは、爽歌に再接近・最接近しながらも爽歌が輝の愛と記憶を取り戻さない もどかしさ、そして爽歌の記憶に触れないまま、もう一度 彼女との2回目の初恋を始める輝の姿なのだろう。記憶喪失という大きなネタを扱いながら、それに振り回されたりしないのが作者の足腰の強さだと思う。

思えば直近の2作品も双子でもないのに そっくりな男性2人や、女性が男装して男性と一緒にサッカーで頂点を目指すなど、上手く話を運ばないと陳腐に、そして瓦解してしまうような危ういネタで勝負している。その上、今回は記憶喪失。漫画だからギリギリ成立するネタを、きちんと面白く成立させてしまうのが作者の実力で、やっぱり稀代の少女漫画家だと思う。昭和の少年漫画みたいなエロ描写や下品な表現など苦手な部分もあるけれど、偶然1作だけベストセラーになる作家が多い世界でデビュー作から連続で売れ続けるのはその実力からすれば当然だと思える作家さんだ。


た記憶喪失ネタを いつまでも引っ張れないのはダブルヒロイン体制だからという要因もある。もし爽歌の単独ヒロイン作品なら、輝がサヤカ=爽歌だと知るまで時間を要したかもしれない。でも本書は それでは いつまでも ちひろ と忍の恋が進展しない。だから早めに爽歌の過去を輝が知り、そこに ちひろ が介入することで輝は初恋に再挑戦し、一方で ちひろ は初恋に終止符を打った。その連動性も良かった。

ちひろ の告白場面は、彼女が途中で進路変更したように、輝を元気づけるための嘘のままにしても話は成立したはずだ。でも それでは いつまでも ちひろ が次の恋に進めず、忍も こじらせたままになってしまうから、そうはしない。輝の方も、ちひろ の気持ちに鈍感で気づかないままでいることも可能だったが、それでは ちひろ が消化不良になってしまう。だから ちゃんと輝が ちひろ を幼なじみのお姉さんから1人の魅力的な女性として視点を移し、その上で彼女の気持ちに応えないという流れがある。

悲しい場面だが、輝が ちひろ に対して最後まで誠実で優しいことで ちひろ は報われる。そうやって完璧に輝への気持ちを断ち切ることで次の恋に動き出せる。そういう歯車が しっかりと噛み合っているような明白な話の流れが良かった。
絶望の中にいた輝が、ちひろ の大きな愛に心を動かされそうになりながら踏みとどまることで、彼の爽歌への純愛が一層 際立ったのも良い。

最後に登場した忍と輝の、抗えない初恋の情熱に どう対処していくのかが気になる。この『8巻』で輝は忍と同じ立ち位置になった。目の前にいる自分のことを見てくれない その もどかしさや痛みを抱えて2人の男性は少しずつ大人になっていく。叶わない恋でも挑戦し続ける/忘れられない彼らの姿は まるでヒロインのようである。一途で初恋を大事にする男ヒロインたちの恋が叶いますように☆

もしかしたらダブルヒロイン体制というのは、本当は輝と忍の男ヒロインのことなんじゃないだろうか(笑)

歌によく似た芸能人の名前は「サヤカ」。大手プロダクションの新人女優でプロフィールは ほとんど非公開。だが輝にはサヤカが爽歌である確信がある。だから彼女が生きていることに安堵する。

そして安堵した後は輝は すぐに行動に出る。事務所に連絡を取るが同級生を語る手口だと思われサヤカとの接触は叶わず、次は直接 乗り込もうとする。そうして歩いていた事務所の裏手の路地で、輝はサヤカと遭遇し、彼女の姿を見ただけで涙を流す。「星野(ほしの・爽歌の名字)」と何度も叫びながら彼女を強く抱擁する感動の再会になるはずだったが、サヤカは輝に鉄拳制裁を お見舞いする。

初対面の男性に いきなり抱きつかれたので痴漢として扱った。輝の名前を聞いても知らない人だと言い、自分の名字は成瀬(なるせ)だと言う。確かに爽歌とサヤカには違いがあり、輝も誠心誠意 頭を下げる。そして その行動に至った経緯を話すが、目の前にいるのは爽歌としか思えないので感極まって輝は泣き出す。

その涙を拭うためにサヤカは輝にハンカチを差し出す。言葉遣いは乱暴だけど根は優しくて、輝の良いところにすぐに気づいたところは、爽歌に似ているというよりも、もう1人の天才女優・エリカに似ているような気がする。そして輝は爽歌とエリカの2大女優から好かれる人。このサヤカも すぐに輝に好意を抱くのではないか。

輝と別れた後、サヤカは「2年前より昔の記憶」を「何一つ憶えてない」と発言をして読者を驚かせる。

一方、ちひろ にも忍との再会があった。しかし忍は ちひろ の存在を無視し、ちひろ もそれが当然の罰だと思う。


のサヤカは芸能科のある輝たちの通う学校に転入してくる。輝が爽歌と一緒に行くことを約束した この学校に同じ顔をしたサヤカが通うことに輝は不思議な感慨を覚える。

サヤカは強気な言動とは裏腹に人見知りが激しく、人と仲良くなるのに時間がかかる。それは まるで爽歌である。そして輝は勝手の分からない学校生活でピンチになったサヤカを助けることで、彼女の友達第1号となる。サヤカは輝のペースに巻き込まれても嫌だとは思わない。
輝は服が枝に引っ掛かったサヤカを助ける際に、彼女の背中に傷があることを発見する。それは爽歌の身体的特徴。この傷が どうして付いたかをサヤカに質問すると、サヤカは2年以上前の記憶がないと告白する。だから輝はサヤカが爽歌であると確信する。

通常の少女漫画では女性が男性の前で背中の肌を見せることは ほぼない。水着シーンか そういう関係になった時だけだろう。だけど女性キャラの肌の露出が不自然なほど多い本書では、輝はサヤカの傷も簡単に見ることが出来た。もしかしたら このシーンのために多くの裸のシーンが挿入されていたのかもしれない…。


こに現れたのが城田 巧(しろた たくみ)という男性。彼はサヤカの恋人だと名乗り出る。彼はサヤカが所属する大手芸能事務所のエグゼクティブプロデューサー。父親は社長で、彼は名門大学に通いながら仕事を学んでいる最中だという(その割に肩書が立派過ぎるが…)。

巧は輝の自己紹介に反応を見せる。どうやら彼の方はサヤカの過去を知っているようだ。だから巧はサヤカを車で送った後、もう一度 学校に戻り、輝にサヤカの過去を話しに現れる。
巧の話は衝撃的で、爽歌は中3の夏休み、あの空港での別れを経験した その日の内に一家で交通事故に遭い、両親は死亡。そして記憶を失った爽歌は、母親の弟の成瀬夫婦に引き取られ、その娘として育てられた。記憶がなく閉じ籠もりがちだった爽歌は、テレビの俳優たちの演技に関心を示し、そこで自分も演じることを始めた。その演技力に夫婦は爽歌にオーディションの参加を勧めたことで芸能界への道が開けた。1人ぼっちの爽歌が演技にだけ興味を示すというのは、子供の頃の爽歌の再現のようである。三つ子の魂百まで、ということか。


歌の才能に一目惚れした巧は成瀬家と家族ぐるみの付き合いをしている。そこで夫婦は事故以前に爽歌が使っていた携帯電話を見せてくれて、そこに輝との思い出が大量に保管されていることを巧は知った。

だが今は爽歌は自分の恋人。既に肉体関係もあり、結婚を考えていて輝の出る幕はないと彼を牽制する。そして輝が爽歌に過去を思い出させようとすることで、爽歌の今の家族関係や輝かしい未来が待っている芸能生活に影を落とすデメリットを教えて、輝の無茶な行動を封じさせる。何よりも爽歌はサヤカと別人格であり、輝が惹かれた爽歌は この世にはいない、と念を押す。

巧との出会いはサヤカ視点でも巧との出会いが語られるが、捉え方によっては右も左も分からない新人女優に甘い言葉を囁いて、支える振りをして自分に依存するように仕向けているようにも見える。そうやってグルーミングをして彼女を支配しようとしたと思ってしまうのは、巧の恋心に失礼か。でも商品に手を出した時点で この御曹司は社長の器ではない気もする。


歌の壮絶な過去と現状を聞いた輝は呆然とする。ちひろ が事情を聞き出すと、彼は事故のこと記憶喪失のことを話し出す。そして爽歌の気持ちが離れたのは、彼女が1番ツラい時に守ってやれなかったという、自分の不甲斐なさに原因があると考えていた。

だが ちひろ は この2年間、誰よりも強く爽歌を想っていた輝を知っている。だから輝は情けないことはないと強く訴え、そのまま ちひろ は輝にキスをして、ずっと隠しておくべきだと思っていた気持ちを彼に伝える。それぐらい今の輝は壊れそうなのである。

そして輝も今が人生のどん底。自分を慕ってくれる魅力的な幼なじみに心が動いても おかしくない場面。だけど彼は寂しさで ちひろ を抱いたりしない。彼女の好意に甘えて自分の悲しみを埋めたりしない。ちひろ を爽歌の代替品にはしない。それだけ彼にとって ちひろ も、そして爽歌も大切な人なのだ。

その輝の誠実さに触れて、ちひろ は告白を演技だと嘘をつく。そして これまで通り、爽歌との仲を後押しする幼なじみの お姉さんのようなポジションに戻っていく。巧という社会的にも年齢的にも大人の男性を目の前にして気後れしている輝に、中学生の頃の爽歌は輝のそばで1番幸せそうにしていたと自分が見てきたことを伝える。それは輝にとって希望となる。

ちひろ が誤魔化したままかと思った。でも聡明な作者は それでは元の木阿弥だと苦い選択をする。

輝の目の色が爽歌の奪還に燃えたことを確認して、ちひろ は涙する。その涙に輝は彼女は本当に自分を好きだったのだ、と理解する。ただし輝は そのことを混ぜ返さない。自分に こんな素敵な幼なじみがいること、そして彼女が自分に初恋を捧げてくれたことに感謝して、彼は前へ進む。
それだけで ちひろ の恋心は報われる。実らなくても叶わなくても、自分の気持ちは確かに輝に届き、彼は自分のことを忘れないと言ってくれた。ちひろ の精一杯の初恋は、素敵な彼の中で大切に存在し続ける。


こから輝は、爽歌に2回目の初恋を捧げる。爽歌の記憶を無理に思い出させるような真似はしないが、自分が爽歌を一途に真っ直ぐに想うことを伝える。

台湾への修学旅行に出発する際、輝は空港で もう一度爽歌に会えるだけでも嬉しい。爽歌の両親が命をかけて娘を守ってくれたから爽歌と再び話せる。それだけでも輝は その幸運と幸福に感謝する。そして輝とサヤカの恋は、爽歌とは少し違う関係のように見える。輝は ちょっとだけ強引にサヤカのペースを崩しながら一緒にいられるようにしている。

この修学旅行に ちひろ は風邪で行けない。最初の文化祭といい大事な日に風邪を引きがちな ちひろ である(『1巻』)。でも きっとこれは、失恋したばかりの ちひろ が輝と爽歌が一緒にいる場面を見ないようにする作者の ちひろ への配慮でもあるだろう。一緒に行動すると、その度に ちひろ の切ない顔を描かなくてはいけない。ちゃんと失恋が吹っ切れるまで ちひろ は爽歌と再会しないのだろう。今は爽歌と輝が改めて距離を縮めるターンなのである。

そして この修学旅行の欠席が、忍との再交流を実現させた。ちひろ は風邪で朦朧とする中、一人で病院に行き、帰り道で倒れてしまう(展開的には爽歌の風邪回と同じだ『4巻』)。その彼女を見つけたのは車で下校中の忍。一度は ちひろ を見捨てようとした彼だが、ちひろ を車に乗せ、車内で彼女に薬を口移しで飲ませる。

この『8巻』でのサヤカの「絶対 好きになんかならない」や忍の「オマエなんか 大ッ嫌いだ……!」という言葉は その裏にいる、相手に抗えない自分を早々に認めているような気がする。