嶋木 あこ(しまき あこ)
月下の君(げっかのきみ)
第01巻評価:★★(4点)
総合評価:★★(4点)
「罪深い。だが、この思いは止められないーー。」千年の昔、父の後妻・藤壺への叶わぬ愛を胸に、代わりの女性との愛を求め続ける光源氏・17歳。ついに運命の美少女・紫の君と出会うが、それは更なる罪の始まりだった。そして現代、”女に触れそうになっただけで震える”という特異体質の男子高校生・葉月(はづき)は、転校生の少女・舟(シュウ)に遅い初恋をする。だがその頃から、彼の身に変化が・・・? 平安の世と平成の現在が絡み合う”異色”源氏物語。
簡潔完結感想文
- 1話は過去編だが転生後のヒーロー、転生前のヒロインが出てこない異常事態発生。
- 相手の名前を知る場面がないのに急に名前を呼び出した時点で、この作品はナイ。
- 人格と性格が安定しなければ誤解と すれ違いは無限に生まれる。メンヘラしんどい。
輪廻(りんね)モノに よほど執着があるらしい作者の 文庫版1巻。
完読しても何が描きたかったのか よく分からない作品で、読書中ずっと「意味不明」と「支離滅裂」の四字熟語が頭を駆け巡っていた。文庫版『1巻』で登場人物の視力が奪われるシーンがあるのだが、読者こそ作者に視界を奪われゴールが見えない中、物語世界を漂っている存在と言えよう。その暗闇の世界で読者の体力と精神力は ごっそりと削られる。全部 読んだ先に全て納得できるようなルールがある訳じゃないので、肌に合わないと感じたら撤退する勇断も必要だろう。


ただ本書を「逆・転生モノ」と捉えた時、全てが腑に落ちた感じがあった。転生モノは一般的に平凡な人が転生先で謎のスキルやステータスで無双していくのが王道展開になっている。けれど、本書の場合は光源氏(ひかるげんじ)という日本文学史上最強ヒーローが現代に転生したら最弱になっていた という弱体化する転生が基礎にあり、そこから始まる悲惨なコメディなのである。
男性主人公の葉月(はづき)に与えられたのは、数々の女性を苦しめてきたプレイボーイ・光源氏の罪。それが呪いとなって葉月は苦しめられ、1000年前からの運命の相手である同じ転生者の舟(しゅう)との恋愛は困難を極める。前世の負債を背負って生まれた葉月のアンラッキーな高校生活を楽しむのが本書の正しい読み方なのではないか。よく分からない前世と現世のリンクは全てアンラッキーのトリガーになっているだけ。そういう割り切り方をしないと本書は読んでいられない。
とにかく落ち着かない作品で、作者が有り余る想像力を交通整理なしで、もしくは交通整理が下手なまま話が進んでいく。悪い意味でヲタク臭がする。自分の好きな考えを詰め込み、客観性がなく、読み手に不親切。ここまで読み辛い作品は近年 稀に見るものだった(思い出したのは今市子さんの『百鬼夜行抄』。あちらも話に飛躍があって脳が混乱し疲れる)。本書を読むと他の作品が どれだけ親切か分かった。
作者の中で設定があるようなのだが それが読者に上手く伝わっておらず、それでも話が前進する様子は、「Sho-Comi」や「なかよし」などの低年齢向けの作品かと思った。だから掲載誌は「Cheese!」で18~25歳の女性をメインターゲットにしている雑誌だと知って驚いた(Wikipediaより)。高校を卒業した女性たちは、こんな意味不明な作品を支持していたのか。「Cheese!」らしいと思うのは少し性的な描写が多いぐらいだろうか
揶揄を込めて設定が雑で勢い重視な展開は小学館っぽいし、2000年代前半の作品らしい荒唐無稽さだと思った。連想したのは和泉かねよし さん『ダウト!!』や杉山美和子さん『花にけだもの』(2010年の作品だけど)。とにかく有無を言わさぬ勢いで読者を巻き込んでいく感じが似ている。そして こういうことが可能なのは画力がある=イケメンが描ける作家さんにだけ許された特権だと思った。
ヒーローのアンラッキーを描き続ける作品だと理解しても展開は意味不明。本書が困るのはヒーローだけじゃなくヒロインも少々頭がおかしいこと。彼女が まともな思考をしてくれないから読者は気持ちを誰にも預けられない。2人の様子を観察・記録するヒロシが一番まとも。
前世からの運命の相手だからか2人が あっという間に恋に落ちるから、恋愛漫画として興味が持てない。惹かれ合う様子とか その人の長所を描かないまま、すれ違いと誤解の連続。本書にあるのは それだけで、中身がない。
これで前世と現世の密接なリンクや伏線、大掛かりな仕掛けがあれば まだ読めたけど、どうも作者からは輪廻モノを描きたいという欲求しか見受けられない。タイムリープモノと同じぐらい輪廻モノは その構成力で作品の質、読者の理解が左右されると思うけど、本書の場合、作者は読者に優しくなかった。葉月が光源氏と人格が入れ替わるルールすら設定されておらず、ヒロインを翻弄するためだけに利用される。こうして読者は置いてけぼりになる。
そもそも1話目の構成からして謎過ぎる。1話目は光源氏の子供時代から始まり、継母となる藤壺の宮(ふじつぼのみや)との出会いや亡き実母への思慕が描かれる、…が、それは本編と全く関係がない。導入部すら意味のない作品が存在していいのだろうか。作品が藤壺の宮と光源氏の千年前では叶わなかった初恋同士を成就させるなら話は別だが、本書のヒロインは紫の上(むらさきのうえ)の転生者なのである。
そして過去編である1話には紫の上が登場しないというのも謎。順番としては藤壺の宮との出会いがあるから、光源氏にとって外見が似ている紫の上の存在価値が生まれるのだけど、これだけページを割く意味が分からない。1話では転生モノであるという作品の主題まで届いていないし、光源氏の罪の部分に触れてもない。詰め込み過ぎる1話も残念だが、ここまで本編と関係のない話に終始する1話に意味があるのだろうか。


2話目でようやく初恋を失った反動でプレイボーイになった光源氏の罪深き恋愛が描かれる。光源氏が他の女性との情事の際に頭に浮かぶのは藤壺の宮だった…。
そんな罪を背負って17歳の誕生日を迎える葉月(はづき)は1000年後の日本に生まれる。初登場から葉月が いつも古文の授業に出ないのは読み返せば彼の家庭環境が強く影響しているという伏線なんだろう。でも巧妙な伏線とは言えないし、徹底されていない。そもそも序盤は葉月は「源氏物語」を知らないほどの無知として描かれていないか。全く整合性が無い。
光源氏の罰として葉月に生じるのは女性に触れようとすると手が震える症状。これがあるから葉月は女性と接触できず初恋もまだなのだ。
その葉月が出会ったのが転校生の菊池 舟(きくち しゅう)。生涯 最も光源氏に愛され、最も ひどい仕打ちを受けた女性である紫の上の転生者である。葉月の震えが舟に強く反応する運命の強さということなのか。もう考えるのも面倒臭いけど。
舟は転校早々、男子更衣室のドアを開けてしまい、悪い注目を集める。そんな彼女のピンチを葉月が間接的に助ける。その際に自己紹介をしたシーンが全くないのに、舟が葉月の名前を呼んでいる。私は この時点で、この作品はダメだと思った。というか本書は個人名が ないがしろに され過ぎている。こういう部分も作者の妙に強気というか、読者が自分の世界に ついてこいという姿勢を感じる。
葉月を追った舟は、教室に居づらいことを訴え泣き、葉月に助けを求める。この時点で舟を好きになれない。だけど葉月は前世の因縁があるため舟の涙に弱く顔を出す。そして葉月は優しくするのだけど、自分の震えという弱みを見せたくないから冷たく突き放す。その葉月の態度に舟は泣き、葉月から去る。残された葉月は唐突に舟への好意を口にするし、舟も「失恋したぁ」と涙を流す(なぜ??)。もう この時点で意味不明。人に惹かれる過程を どう描くかが少女漫画の醍醐味なのだけど、それを雑に処理している。


葉月の友人のヒロシが日記をつけるのは彼が この物語の観察者だからだろう。そして初めて恋をした葉月がヒロシから冗談で恋愛マニュアルとして源氏物語を渡されたことで、葉月の中の光源氏が目を覚ます。
葉月は その夜の記憶がない。そして昨夜 会った女性らしき人には手の震えが起こらないが、舟には震える。この女子大生2人と葉月は「契った」ようだが、葉月の初体験であろう経験は記憶にないからか重視されない。
そして立て続けに舟に誤解され、舟は泣き、葉月は自分でそれをフォローする。自作自演に匂いというか お互いに「地雷」っぽい危ない雰囲気が漂って、勝手にしてくれと思うばかり。
その上、再び葉月の人格は乗っ取られ、誤解が生じる。ちなみに この際、舟が「契る」の含意を即座に理解しているが、そんなに頭 良くないだろうと思ってしまうほど彼女は幼稚。
舟に失望された葉月が最後に見せた優しさが舟に伝わる理由も間抜けすぎる(全体的に頭が悪すぎる)。そして それで舟は葉月に また惚れる。噂を信じて失望し、少し優しくされたら すぐに回復する。こうして いい感じになった時に また光源氏が現れて、物語を ややこしくするのも お決まりのパターンとなる。
一瞬、舟も紫の上であった時の記憶を思い出すが、後半では そんな記憶の回復など無かったかのように話が進むことがある。舟は紫の上だった頃に、兄だと敬愛していた光源氏に訳の分からないまま契りを交わされ、その不信感と不快感が残っていた。だから葉月を拒絶する。その後も舟に光源氏に苦しめられた紫の上の気持ちが襲来し、涙が流れ続ける。
葉月は そんな舟を助けようとし、キスを交わす。こうして現世の2人は急接近。だが約束したデートの日、葉月の視力が失われる。このトラブルにより また葉月は舟を傷つけることになる。
手の震え、記憶の回復、視力の喪失、何もかもが作者が自由自在に使える呪いというだけで そこにルールは存在しない。物語の中に秩序がないことが私は好きではない部分だと思う。
その後、目が見えないまま葉月は学校生活を送り、またも誤解を重ねる。健常者が突然、目が見えなくなった割に葉月は器用に学校生活を こなしている。葉月の異変に周囲が、そして舟が気づかないという ご都合主義の上に また すれ違いが生じる。
そして舟が傷ついてから、翌日になって葉月は自分の異変を正直に告げる。なぜ その場で言わないのか。頭がおかしい人の物語を読ませられて苦痛が増すばかり。
舟も葉月の言うことを完全に信じない頑固さを見せるし、そして本当に葉月の目が見えないと分かると優しくする。そうして優しくされることで葉月は初めて自分の気持ちを舟に伝える。ドラマチックな展開を目指して、意味不明で誰もついていけない物語が完成している。
後日、学校に登校してこない葉月を心配して舟はヒロシに住所を聞いて、葉月の自宅を訪問する。この際に葉月の家の表札が付けられていないのは伏線なんだろうけど、これも何がしたかったのか よく分からない。
舟が到着した際、葉月は階段を踏み外し、その衝撃で人格が変わる。舟を紫の上だと誤解した光源氏は舟が呼んだ「葉月」という人物に嫉妬し、舟に乱暴を働こうとする。
しかし光源氏が回想の中で紫の上の自分への思慕を改めて感じ、自分も それに応えようとした時、葉月に主導権と視界が戻る。彼らは必死に真実の愛を見つけようとするが、光源氏の筋書きは もう決まっているという…。