嶋木 あこ(しまき あこ)
月下の君(げっかのきみ)
第04巻評価:★★(4点)
総合評価:★★(4点)
異色”源氏物語”コミック、クライマックス。「言っただろ? 運命は変えられないと・・・」須磨に流され、孤独と絶望と恐怖に苦しむ光源氏は、葉月(はづき)の体を完全に乗っ取る。そして「紫の上の生まれ変わり」としてシュウに執着し、葉月に成り代わって愛を貫こうとする。一方、葉月の親は、葉月の転校と見合いを画策。運命という壁に阻まれ、引き裂かれ続ける二人の恋の行方は!? 異色”源氏物語”転生ラブストーリー、衝撃の完結巻!!
簡潔完結感想文
- 読者は1話の疑問を徐々に受け入れたのに、作品は終盤になって その疑問を話題に出す。
- ヒーローが彼女のことを大切に思って自分勝手に結論を出す終盤は、少女漫画あるある。
- 転生、失明、記憶喪失、人格支配など全力投球の作品のラストの問題が転校は しょぼい。
光源氏 自身が怨霊になっているのでは? の 文庫版 最終4巻。
作品を精一杯フォローするとすれば、作者は連載を楽しんでもらうために全力投球をし続けたのだろうと思う。早々に相手を好きになり、早々に契りを交わしてしまった後は恋愛イベントが残されていない。それでも読者を離さないために作者は様々な問題を起こす。過激な女性ライバル、癖のある男性ライバルを送り込みヒーロー・葉月(はづき)にはアンラッキーを与え続ける。更には失明や記憶喪失、そして転生前の姿である光源氏(ひかるげんじ)による主導権の奪取がある。恋愛の障害が多ければ その恋が盛り上がっているように見える。作者としては いつでも物語を終わらせられるが、読者がいる限り過剰とも言えるサービスをしようというエンターテイナーに徹したのではないか。
ただ一言で言えば どれも恋愛の障害でしかなく、葉月と舟(しゅう)が些細なことで喧嘩し、誤解し、すれ違ってから復縁するというワンパターンでしかない。特に文庫版『4巻』では葉月が同じ結論に至る話が2回あり、堂々巡りになってしまっている。そして その2回の内容に差がないため、本当は盛り上がるべき最終回で既視感が否めず作者が狙う感動が薄れてしまった。
また 上述の通り、作者がサービスに徹し過ぎたため、読者もドラマチックな展開に慣れてしまい、最終回の転校の危機が余りにも普通すぎて拍子抜けしてしまった。最終回で初めて記憶喪失になったり、人格の奪取が起こったら驚いただろうが、どうも事件が尻すぼみになってしまった。


冒頭にも書いたが、葉月の最大のアンラッキーは光源氏という怨霊に憑りつかれたことではないか。そして少女漫画において男女のライバルが出現する限り、恋愛劇に幕は下りない。本書では個性豊かなライバルたちが その役目を担っていると思っていたが、実は徹頭徹尾 光源氏こそ恋の障害で、彼が成仏しない限り葉月は不運に見舞われ、舟との仲は こじれる。千年後なら幸せになれると思った、女性たちの不幸の元凶が現代に顕現したことで物語は ややこしさを確保し続ける。光源氏の妨害行為こそ作品にとっての生命線だったのである。
しかし光源氏の扱いは全28話中の24話になって、物語の中の登場人物で前世などあるはずがない と足元を揺るがすような 発言が飛び出す。果たして葉月は本当に光源氏の転生者なのか、それとも光源氏という人格を葉月が生み出したのかは分からなくなる。
でも どちらにしろ光源氏の無念や妄執が葉月に憑りつくことによって、彼の人生は変わった。だから どんな存在にしろ光源氏を成仏させることが最終目標で、それ以外に葉月のアンラッキーを止める手段は無い。
日本の文学史上で最強の存在は、千年間 人々の頭の片隅で生き続け、やがて現世に復活する。千年前に出来なかったことを やろうとする その執念が憑依先となった葉月にとっては迷惑で、それこそ怨念としか思えない。
作者がエンターテイメントに徹しようとしたのは良いとして、それでも作者が本書を通じて何を描きたかったのかが伝わらなかった。そして作者にとっての「光源氏の転生」の意味も不明瞭のまま。
初期では光源氏を実在の人物として扱い、終盤になって架空の存在だと言い出す。そして光源氏という存在も葉月の無意識が生んだ彼の多重人格だという説まで唱えて収拾がついていない。葉月の手の震え、作中で光源氏が一途な愛を貫こうとしても修正力が働いたことなどに対する明確な説明はない。作者の中で確固たる世界観がないものを勢いで読まされていただけではないか、という疑念を持って本を閉じた。感想が まとまらないのは何が問題なのかも私が理解できないからである。
そして1話を全部 光源氏の回想に使った意味や、現在パートに継母が登場した意味など意図が分からないものも多い。もしかしたら作者は光源氏にとって誰が最愛の人(紫の上か藤壺の宮)かを考察するような内容に進みたかったが、これでは舟のヒロイン性に疑義が生じるような内容は描けなかったのだろうか。継母が あからさまに けばけばしいのは、彼女がライバルではないという路線変更を明確にするためだったのか。紫の上を藤壺の宮の身代わりにしているという光源氏の苦悩は いつしか考えないことにしている。そういう源氏物語の意図的な切り貼りが残念。
そもそも舟が紫の上の生まれ変わりだという確証は最終回までない。それなのに光源氏は舟を生まれ変わりだと確信して動いている。勢いで 誤魔化しているが、キャラの行動原理が突飛すぎる。
転生前後の人物配置の意味も分からない。舟は明らかに関係があるし、葉月も継母がいたりして千年前とダブるように配置されているが、転生者は2人だけのようで何もかもが同じではない。そこに読者の混乱が生じる。国文学者の葉月の父親は葉月の思想に絶対的な影響を与えた存在で、彼の力が作中の源氏物語の修正力に関わっているようにも思えるが、思えるだけで確証はない。
そもそも設定の根幹が あってないようなものだから、伏線も不要。いつでも畳める物語だったのに、連載が好評で引き延ばしたのだろう。だから無駄な重複が見られる。これだけの分量で全く説得力のない物語が出来上がっているのは、そもそもの設定の弱さが原因だろう。
千年の輪廻による運命の恋が描きたかったのか、それとも全てが葉月の脳内が作り出した幻想なのか、まるでスケール感の違う2つの読み方が併存してしまうのが本書の大きな欠点だと思う。
光源氏に人格の主導権を奪われた葉月。なのに それに気づかない舟。光源氏も必死で、紫の上の転生者である舟と添い遂げるために なれない現代日本に順応しようとする。光源氏にとって高校の勉強は高度すぎるから算数を学び直す。成績が優秀な葉月に負けたくないと気持ちも光源氏のモチベーションの一つになっている。
だが その光源氏の必死さが葉月を孤独にしていたことに遅れて気づく。そうして映画デートの約束をした直後、誤解から すれ違いが起こり、今回は舟が家を出て行く。どこまでいっても相手を信用できないから すれ違うのだけど、いつまでも愛を確信できない少女漫画は駄作でしかない。この時、舟はNO.2の家で保護される。いくら葉月が信用できないからといって自分に乱暴を働こうとしていた男の家に行くのが意味不明だ。
翌日、光源氏は舟を傷つけていたことを知り、自分が光源氏であることを明かす。『2巻』で葉月が光源氏だと自称したのとは違い、今度は光源氏そのものなのだけど、舟には葉月の言葉が全部 言い訳に聞こえ、NO.2を選ぶ。やっぱり舟も好きになれない。ちなみにNO.2の本名は文庫版『4巻』のテスト用紙に書かれた名前で判明する。
ここにきて ようやくヒロシが異変に気づき、舟に それを伝える。ヒロシによって発見された算数ドリルは彼が訴える葉月=光源氏説の傍証となる。
なぜか光源氏もNO.2の家に宿泊することになり、NO.2から舟が寝起きする部屋には出入りするなと厳命される。光源氏は その約束を破り、平安時代のように夜這いをしようとするのだが、それが舟を、そして自分を傷つける行為だと自覚し、NO.2との約束を守る。この時、なぜ壁が壊れるのかは謎。きっと作者が壁越しに花を送るシーンが描きたくて、壊してしまったのだろう。舟は葉月の異常な様子を見聞きして ようやく彼が彼ではないことに気づく。
光源氏は思い悩み過ぎたせいか倒れる。それを舟が介抱する。『3巻』の栄養失調とは逆パターンである。
その頃、葉月は名前で名字ではないことが明かされる。そして葉月の父親は国文学者であるという布石が打たれる。
舟が ようやく葉月が光源氏の転生者で、彼の中に光源氏がいることを認め始めたが、なんとヒロシによって光源氏が架空の人物だというタブーが解禁される。これによって葉月メンヘラ説が濃厚になっていく。
高熱で眠り続ける葉月は、その夢の中で光源氏に会い、彼から葉月では舟を幸せに出来ないと言われる。この際に光源氏が「母に先立たれ 父に見捨てられ」と舟の家庭環境を話しているが、どうやって彼が それを知り得たのか謎。葉月は おおよそのことは知っているが深くは知らない。そういう細かい部分の雑さが好きになれない。あと「母に先立たれ」という言葉に違和感を覚える。


光源氏は、舟は前世と同じ運命から脱することが出来ていないこと、そして葉月では彼女の運命を変えられないことを告げる。舟の前世の しがらみから解放するのは、葉月ではなく自分、というのが光源氏の自説。自分勝手な言い分で、舟を幸せにすることで自分の罪をあがないたいだけだろう。
葉月は目が覚めるが それは光源氏に身体を空け渡した葉月の決断だった。彼は舟の幸せを願い、自分の人格を放棄したのだ。だが光源氏は葉月に敗北感を覚える。そして紫の上が、彼女を苦しめ続けた自分を追って転生などしないことに思い当たる。
舟は自分の身体を捨ててでも葉月と「同じ世界」に生きようとする。それは光源氏にではなく葉月に向けられた愛情。こうして葉月は また倒れるが、今度は葉月に主導権が戻る。
だが舟は またも葉月と光源氏の人格の区別がつかないため、今度は葉月を光源氏だと思い込む。葉月も舟を不幸の連鎖に巻き込むのが自分という意識があるから彼女に手を伸ばさず、光源氏であることを否定しない。
舟はテストの結果で葉月が葉月であることに気づくが、テストが いつ実施されたのか読者には分からないので、光源氏の努力なのか葉月が戻ってきた証拠なのか伝わり辛い。こういう点が話の運び方が下手だよね、と思う部分。これでは伝わるものも伝わらない
だから舟は葉月を おかえりなさい と抱きしめるのだが、葉月は舟の身体を抱き返さない。いつもの調子で意地を張って舟を拒絶する。そういう大人気ない行動をしてから舟が葉月に会うために自殺をするのではないかと葉月が勘違いして、屋上に残された上履きを抱えて葉月が真実を告白する。いっつも同じような すれ違いと あっという間の仲直りで物語に起伏がない。
葉月の父親により転校と お見合いが画策される。分かりやすいクライマックスでの遠距離騒動であるが、失明に記憶喪失、多重人格ときた本書に転校騒動は地味に映る。
その時、葉月は千年前の紫の上の臨終の場面を連想していた。舟に紫の上のような不幸や悲しみを味わわせないために葉月は父親を拒絶し続ける。だが舟が父親と対面してしまい、舟は転校話を聞かされる。父親と話すことで舟は家柄の違いを再度 痛感するのだが、葉月は彼女を幸せにするために全力を尽くすことを誓う。
…が、そうして安心させた後で再び舟を突き放す。舟の身柄はNO.2に預け、彼女の幸せのために父親の言いなりになることにしたのだ。
一方、ヒロシは葉月の父親が何十冊にも及ぶ源氏物語関連の書籍を出版していて、葉月が その著作に自然と触れていると踏む。そして その記憶と『2巻』の催眠術が影響し合い、葉月が自分を光源氏だと思い込んだというのがヒロシの仮説。要するに全ては頭のおかしい葉月が元凶ということか。そのヒロシは葉月の引っ越しに、2人の愛が引き裂かれることに反対で何とか葉月の父親を探し出そうと駆けまわる。
舟は葉月が どこにも行けないように彼の家から靴を盗み出し逃亡する。それが舟だと分からないまま葉月は犯人を追う。舟の動機は千年前に光源氏と離れて暮らす時に自分が ついて行かなかったという後悔の念からかもしれない。こうして屋上と同じような場面となり、葉月が本音を言ってから舟が現れる。同じことを繰り返してばかりだ。
ちなみに作者は靴の話が お気に入りのようだが、源氏物語では履物のエピソードがあるのだろうか。私には作中で2回も使うほどかと靴の話は心に刺さらなかった。
そして最後の展開が、遠距離騒動ではなく存在の消滅だったのは面白い。ここまで来て こんな どんでん返しを読者は許さないと分かっていながら やってみせる勇気。いい加減な物語だから このぐらいが丁度いいのかもしれない。
2人の存在は消滅しなかったが、葉月の中で源氏物語の無念は消えたようだ。靴泥棒と化した舟に追いついた際、舟は初めて紫の上の前世の記憶、そして彼女として口を開く。そこで紫の上の考え方に触れ、定められた源氏物語ではなく違う物語を作っていく未来を獲得しようとする。
正気を取り戻した舟には その時の記憶はない。葉月だけが前世の2人が空を渡るのを見る。その記憶は葉月は保持したままだが、ヒロシや舟に そのことを話さない。かといって舟と紫の上を完全に分けて考えているのではなく、やっぱり前世の約束は覚えていて欲しいようだ。
分からないのは紫の上の記憶はともかく、この時の彼女が自分が物語上の存在であり、誰かの創作物であることを理解していること。これは どのスタンスからのメッセージなのか よく分からなかった。作品の懐が広いから色々な解釈が出来るのではなく、作者の技量が不足しているから取っ散らかっているだけ。