嶋木 あこ(しまき あこ)
月下の君(げっかのきみ)
第02巻評価:★★(4点)
総合評価:★★(4点)
話題騒然”源氏物語”ラブストーリー。「・・・千年後、私はあなたを必ず見つけ出す」いろいろな経緯を経てつきあい始め、一歩一歩愛を深めていく葉月と舟。だが、光源氏と葉月の記憶は交錯し合い、二人はそのことに振り回されて行く。葉月は光源氏の、舟は紫の君の生まれ変わりなのか!?さらに二人の恋を引き裂こうとするライバルたちも現れて・・・?
簡潔完結感想文
- 光源氏がプレイボーイであることを止めることで千年後もハッピーエンドを迎える。
- だが謎の修正力が働くことで2組4人は以前と同じような誤解と すれ違いを繰り返す。
- 失明の次は記憶喪失。これはヒーローの受難ではなく、振り回されるヒロインの困難。
きっと一番 働いている力は連載を延長させようとする編集部側のパワー、の 文庫版2巻。
本書は「雰囲気イケメン」という言葉がピッタリ。パッと人目を惹く存在なのだが、よくよく見ると あれれ と思う部分が多い。
主人公の男子高校生・葉月(はづき)は失明の危機を乗り越えたと思ったら、『2巻』では監禁され脅迫され、そして記憶喪失になる。光源氏の罪を背負って転生した彼の罰は まだまだ続くようだ。単体なら葉月のアンラッキーな毎日を描いただけだが、葉月には特にエピソードもなく両想いになった恋人の舟(しゅう)がいる。葉月の受難の日々に振り回されるのは、この舟なのである。


この『2巻』で一度は物語はハッピーエンドに到達する。現在の葉月と舟は契りを交わすことで少女漫画の恋愛イベントを全て終えるし、千年前の源氏物語パートでは、プレイボーイの光源氏が女性との逢瀬を止め、たった一人の女性のために生きることを誓った。源氏物語の改変である。色々と疑問に思うところもあるけれど、おそらく単行本2巻分に相当するところで物語が完結しても変ではない。
だが そこから物語に修正力が働く。再び源氏物語は元の姿に戻ろうとし、それ故に葉月が受けるべき罰も再発する。冒頭にも書いたが、終わりそうになる物語を続けるのは、読者人気を獲得して作品の延長が決定されたからなのではないかと邪推してしまう。そこからのターンは蛇足といっても差し支えがなく、基本的に誤解と すれ違いの繰り返し。
徐々に葉月は光源氏の思想に染まるようになり、紫の上の転生者を捜すことを第一目的とする。これにより舟は再び傷つくことになり、物語に不必要な波乱が起きる。
本書は大して苦労が無いが、折角 結ばれた直後から次の騒動を用意するのは小学館らしい情緒の無さだと思う。このスピード感が読者に支持される部分なのかもしれないが、幸福な期間が短い作品は読んでいる方も疲弊してくる。
そして徒労を感じるのは設定が消滅していく点。葉月が女性に触れると震える設定は一体どこに消えたのだろうか…。こういう点が作者が確固たる世界観や構想を持たずに思い付きで描いているような印象を増強させる。
おそらく作者は2つの世界のリンクを作者なりに表現しているのだろうけど、それが読者に伝わっていない。粗削り かつ 荒唐無稽に思える。これは私の読解力不足が問題ではないはずだ。発想を形にするだけの力が まだ備わっていないのではないか。
葉月をライバル視する新キャラが登場。本書は本当にキャラの名前を大事にしないから、便宜上「NO.2」と呼ぶことにする。
ワンパターンかもしれないが本書では葉月が女性トラブルに巻き込まれ、それが舟の悲しみの原因になるという流れを徹底して欲しかった。源氏物語の中では紫の上は光源氏に庇護され、他の男性との関係は無かった。舟が学校で評判の美少女として ちやほやされると千年前との関連が薄れる。その割に葉月と光源氏は絶対に同じ存在にしようとするのでチグハグさが生まれている。もっと周到に人物やエピソードを配置できたのではないかという不満足ばかり浮かんでしまう。
そして舟は葉月がモテることに危機感を覚えて、彼へのプレゼントを買うことに夢中。誕生日なら いざ知らず、ただ対抗心でプレゼントを買おうとする舟の幼稚さが目に余る。しかも舟が文化祭の投票でトップの団体に贈られる図書券でプレゼント資金を稼ぐことを最優先にするため、ヒロシが企画する源氏物語の劇への葉月の参加を遠ざけようとする。この2人、相手に訳を話さず ただ遠ざけて関係を こじらせるから読んでいて楽しくない。
その隙に入ってくるのが新キャラのNo.2。両想いになってからも強引に波乱を起こそうというのが、計画性のない連載には よく起きること。でも両想いだから あっという間に仲直り。
そうなっても どうしても波風を立てたいからNo.2が暴走する。その暴走を知った葉月が演劇に乱入し、ヒロシの望む最愛の人と結ばれるハッピーエンドに進む。しかも2人は そのまま生徒の間でHが出来ると評判の理科準備室で性行為に及ぶ。ろくにデートもしないまま、気持ちも通わせないまま、学校内の穢れた場所で性行為という最低の展開。これぞ源氏物語的と言えば そうなのかもしれないが、何で こうなるのか私には分からない。幼稚であり無垢でもある舟が何の躊躇もなく一気に性行為に及ぶ(しかも学校内で)ことになる気持ちも全く理解できない。
こうして契りを交わした葉月は、自分以外に誰も住んでいない自宅の鍵を舟に渡し、2人の愛は一気に加速する。特に孤独だった舟は誰かと一緒に過ごす時間を得たことが嬉しい。けれど その舟の夢は実現しない。
忘れ物を学校に戻った葉月が後輩の女子生徒に薬の入った飲み物を飲ませられ、監禁されてしまったからだ。こうして第三者の手によって2人の仲に暗雲が発生することになる。この監禁女(またもや名前がない)は催眠術を使って葉月を言いなりにさせる計画の一方、葉月の大事な存在である舟に危害を加えようとしていた。それを阻止するために葉月は催眠術にかかった振りをして監禁女の言いなりになる。
そこからは以前のような誤解と すれ違いの連続。舟は葉月を信じる強さを見せ、葉月も その舟に真実を伝えようとするものの、彼女の危険度が高くなり、舟から渡したばかりの合鍵を奪い取る。性行為という少女漫画の到達点の直後に この意味不明な展開。これを読んでいて どこか楽しい部分があるのだろうか。
その後も葉月は舟を助けるために、自分に疑似・光源氏を降臨させプレイボーイになりきる。しかし監禁女が すぐに罪を自白し、舟の誤解が解け危険は無くなり、葉月は演技をする必要が無くなる。それでも光源氏の振りを続ける葉月の演技を舟だけが見破り、彼の優しさに触れる。割れ鍋に綴じ蓋、悪い意味で この2人はお似合いだ。
そこからのターンは全て無意味。誤解を解いた直後に、また すれ違い、そして どちらかが折れることで仲直りする。このエピソード、ただでさえ読者が置いてけぼりの転生かどうか よく分からない物語に、発動しているのかどうか分からない催眠術が加わって読んでいて疲れる。そして そんな面倒くさい設定ばかりの話の中で語られるのは、以前と同じ内容だから徒労感が増す。
葉月は その設定から古文の授業に出ないかと思ったが、さすがに全部は休めないのか授業に出るようになる。そこで葉月は知識ではなく記憶として源氏物語に詳しいことが明らかになる。
こうして作中で初めて古典に触れたからか、徐々に光源氏の記憶が甦ってくる葉月。しかし それは前世であろう光源氏が紫の上と千年後に見つけ出すという約束を反故にしていることを思い出すことでもあった。今の葉月には舟がいるのだけど、前世の自分は約束が守れなければ消えて無くなると宣言していた。
その宣言通り、葉月は交通事故に遭う。そのせいか関連性は分からないが、紫の上だけを愛すると決めたはずの光源氏はリセットされ、彼は源氏物語の筋書き通りに動かされていく。この物語の改変と修正は説明が欲しいところ。


失明の次は記憶喪失。事故の衝撃で葉月は舟のことだけ忘れる。そして今の葉月は紫の上の転生者しか興味がない。そこで葉月は転生者オーディションを開催する。この学校内にいるなんて とんでもない確率だと思うよ(いるけど)。
舟も そこに参加するが門前払いにされる。そこにNo.2が再び登場し、舟を奪い去る。葉月は一度は舟を突き放しながら、その後に舟のため学校中を捜索する。色々な意味で面倒くさい人格だ。そうして舟がNo.2にキスをされるという、葉月の自業自得とも言える事件が起きる。これは監禁女に弱みを握られたのと同様に、このキスは舟にとって葉月に言わないで欲しい弱みとなる。間を置かず同じことを繰り返す作品は自分で自分の価値を下げているとしか思えない。
そうして葉月は自分の欠落した記憶をヒロシの記録で補完する。
その後2人は想いでの理科準備室で遭遇し、No.2から隠れるために固く抱き合うのだが、今の葉月は紫の上の転生者を捜しているので葉月は違うと再度 拒絶する。彼女の転生者と千年後に添い遂げることが光源氏の贖罪。だから葉月は それに従うしかないのだ。例え頭で自分が舟と付き合っていたという情報を理解しても、だ。
千年前も現在も たった一人を想いながら、どういうことか大きな力が働いて その人と平穏に暮らすことが出来ない宿命にある。