清野 静流(せいの しずる)
POWER!!(パワー!!)
第01巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★(4点)
名門男子バスケ部のエースが、女の子――!? 憧れの聖修学園のかわい~制服を着るハズだったのに、目の前には男らしい学ランがッ――!! 父の陰謀により、聖修学園“男子”バスケ部に入るはめになった相沢香(あいざわ・きょう)(♀)。バスケ部は寮生活を強(し)いられ、とにかく毎日が男祭り!! 寮で同室の恵庭千晴(えにわ・ちはる)(♂)は、初対面から印象サイアクだし……。女だってバレずに、この先やっていけるの~!? POWER全開、待望のスーパー・ラブ・コメディー!!
簡潔完結感想文
- 男子寮で男子生徒と同室になる男装ヒロイン。ライバル誌のヒット作の設定を流用。
- 1話の終わりで お風呂場、1巻の終わりで着替えのピンチ。読者を釣る技術は一流。
- 部活のスタメン以上に漫画のスタメンになるのは大変。1回でハネなきゃリストラ。
先生 バスケは別にしたくないんです、の 1巻。
ヒロインが性別を偽って男子校の寮で暮らす、男装漫画の代表的な作品となった中条比紗也さん『花ざかりの君たちへ(連載 1996~2004年)』が連載中の1999年にライバル誌である「別冊フレンド」で始まった男装寮生活漫画。純愛ブームとか性愛ブームとか作風が流行に乗るのは珍しくないが ここまで堂々と設定を被せてくるのは珍しい。
どうやら「別冊フレンド」は5話くらいの短期連載で終わらせる予定だった(『3巻』オマケまんが より)。それが読者に受けたので その人気が持続する限界まで連載を延長したらしい。なので終わらせようと思えば すぐに終わらせられる話を続けさせて、やがてアドリブで連載を続けて話が中弛みや行方不明になるという末路を辿っている。
本書も どんどんヒロインの性格がキツくなり、乙女心を持っていた彼女が好きな人と「どつき漫才」を繰り返すことで仲良く喧嘩する描写が続いていく。そして作品も当初は秘密の恋愛という印象だったのが、ラブコメになり、そしてギャグマンガへと変貌していく。これが受けたのだから作者がキャラ変することで その才能が開花したと言えよう。ただしギャグ漫画は乗りと勢いと同時代性が重要で、連載開始から25年も経った2024年に読んでも粗が目立つばかり。絵柄も古いし、作画も安定していない。色々な意味で作者の若気の至りの象徴のような作品だろう。
ギャグ漫画と化した本書は箸が転んでも おかしい年代の読者が その当時 読むから面白いのだろう。更に今よりも格段に娯楽の少ない この時代だから笑い提供の窓口として機能したのだろう。この2024年で本書を初めて読む人なんて日本中で私以外にいるのだろうか。
といってもギャグ漫画はセンスと相性なので本書を面白いと感じる人は きっといる。あらかじめ警告しておくけれど、比較的真面目に男装ラブコメをしている『1巻』と中盤、そして終盤は毛色が全く違う。『1巻』を読み返してみると作品としての骨格がちゃんとしているし、喧嘩しながらも同室の2人が仲を深めていく様子が ちゃんと描かれている。この路線のまま進めば良い恋愛漫画になったような気もするが、いかんせん作者に長期的な構想が無いので、ナンセンスな笑いに走るしかなかったのだろう。
予想外の長期連載となった後は作品自体も設定がブレブレで、読者の支持が続く限りラブコメを続けるというアドリブ感満載の作品である(荒唐無稽を良い方向に言い換えてみた)。真面目にバスケをやる部活モノでなくなった時点で、ヒロインが この学校に男装して存在する意味も消失した。今回のタイトルにもしたが、ヒーローは部活に打ち込むために中学時代の恋愛にピリオドを打ったのに、結局 彼も部活をしなくなり、彼の決意は崩れていく。もしかしたら毎号連載として読むなら許容できたかもしれないが、後年になって全巻一気読みすると笑えないぐらい作品の軸がブレブレなことが気になって仕方がない。
まだまだ新人作家だった作者は長期連載になれていないから作業ペースやら連載の話の運び方が分からずに、絵も話も右往左往している。作中よりも現実の作者の方がスパルタでビシバシ鍛えられている気がする(笑)
私は先に作者の後年の作品『純愛特攻隊長!』から読んだが、この『純愛~』が全17巻(13+4巻)の長期連載に及んだのは、この連載で学んだことが活かされているのだと分かった。連載継続のためにヒーローを作品内から左遷してみたり、訳ありイケメンでシリアス展開を ぶっこんでみたり、この連載で使った手法を何度も使ったのが『純愛~』だったのだ。
過去作に遡(さかのぼ)って読んだのは本書が『純愛~』のヒーローとの関連があるという情報を知ったからだったが、その関連があまりにも薄くて唖然とした。ヒロインが一時的にお世話になる場所での同僚でしかなく、2つの作品を読んだからと言って、そのリンクで何かを補完できる訳でもなかった。
父の転勤によって違う学校を転入することになったヒロイン・相沢 香(あいざわ きょう)。バスケットボール好きの父親は子供をNBA選手にするためにバスケの強豪校を転入先に選び、そして娘を男として送り込もうと画策していた。
こうして父に言われるがまま香は男子生徒として新たな学校生活を送り始める。その上、バスケ部員として入寮することになっており、同級生男子との相部屋生活が始まってしまう。言いたいことはハッキリ言うタイプの香が どうして父親の無茶な要求に応えるのか、せめて その理由付けが欲しかった(借金によって仕方なくとかでもいい)。
同室の生徒は香が そのプレー姿に魅了された恵庭 千晴(えにわ ちはる)。だが部活で初めて顔を合わせた彼は香に暴言を吐き、口喧嘩状態となる。その状態でも2人の息は合っており、これからの関係性を予感させる。
1話で紹介されるバスケ部員や寮生活の周辺人物は大して活躍しないままの人が多い。ギャグ漫画の要因は笑いになるかならないかが大事で、大量に投入されて使われなかったら出番を失う修羅の世界である。
香は男子寮の中の紅一点で、現金にも千晴以外のイケメンにもトキめいている。少年誌でもそうだがラブコメは割とすぐに心が動くような軽薄な人じゃないと主人公は務まらないのかもしれない。
そして同居生活ならではのハプニングがあって、千晴が男であるはずの香に見とれたり戸惑ったりする疑似BL展開も楽しめる。1話のラストは男装漫画の王道展開である お風呂での遭遇で終わる。似たような設定であっても こういう展開を好きな人は多いだろう。この1話で読者の心を掴むのは納得できる。しかし全裸で回を跨いだ後は雑に解決する。こういうことが許されるのもラブコメだからだろう。
同室の生活は香が千晴の地雷を踏みまくるからという理由もあるが、上手くいかない。新天地での生活はストレスや慣れないことも多く孤独を感じ始める香。そんな香の前に現れるのは千晴。
この時 彼が見せた優しさで千晴に対して興味を抱く香は、彼が女性から手紙を送られてから様子が変なことに気づく。部活にも身の入らない千晴を元気づけるのは今度は香の番となる。バスケが彼らの繋がりで、バスケを通して彼らは気持ちを通じさせていく。この時点では飽くまで真面目にバスケしてるんだよなぁ…(遠い目)。
千晴が気がかりな女性は次の練習試合の対戦相手の高校におり、その女性は千晴の彼女だった人らしい。だが高校進学で別の学校になり、彼女のそばには別の男性の影があった。彼女は、学校が一緒の時は気にならなかったが千晴が自分よりバスケを優先する様子に交際の限界を感じた。
そんな千晴の事情を知った香は彼女に試合を見てもらうことを懇願する。
だが試合当日、スタメンから外れた千晴は闘志を見せない。その彼に もう一度 火を点けさせるために香は全力全開で試合に挑む。だがスピードも体格も違う男子選手の中で香が活躍するのはハードなことで、しかも自分は千晴に彼女とのヨリを戻してもらうという、望まないことをしているから心が痛い。
限界を迎えた香は逆ギレして千晴を試合に呼び込む。そして喧嘩しながら千晴に喝を入れ、彼と元カノとの関係の進展を促す。こうして試合中に千晴は自分の心に整理をつける。やはり自分の優先順位はバスケなのである。試合後、千晴は彼女と改めて話をして、このセッティングの裏に香の存在があることを知る。
香は千晴が彼女とヨリを戻すとばかり思って失意に暮れていたが、千晴は彼女との別れを選んだ。その心の動きを千晴は香に素直に伝える。それは彼なりの香との友情と恩の証明だったのではないか。こうして犬猿の仲だった2人の距離は縮まる。
距離が近づくと生まれるのが、疑似BL展開。千晴は香のことを意識し始める。しかし簡単にリセットできるのがラブコメ。香と千晴は また言い争いになってしまって距離が生まれる。特に今回は相手に惹かれた状態での喧嘩なので お互いに傷が深くなっている。
だから今回の喧嘩は いつも以上に距離が出来て接点が無くなる。ちなみに喧嘩の発端は香が生理であることを隠そうとしたため。男装作品で生理まで描く作品は少なく、その上 汚物の処理について頭を悩ませる作品は かなり少ないだろう。私は初めて読んだ。
千晴は香が具合が悪かったことを遅れて知り、自分の行動を謝罪しようとする。だが その時には香は千晴との距離を感じて、仲良く出来ないという結論に達していた。だが無理をして部活に参加した香が倒れたことで千晴が香を助け、運ばれた保健室で互いに素直になる。そうして2人とも不器用な所があるけれど歩み寄ることは出来るような予感を覚える。
だがラストでは千晴が香の胸を鷲掴みにして再び女バレになりそうで…⁉ 見事な巻跨ぎである。