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『どんなときも』不器用な俺が追い越せないのは電車でも時間でもなく お前かもしれない。

菜の花の彼―ナノカノカレ― 12 (マーガレットコミックスDIGITAL)
桃森 ミヨシ・鉄骨 サロ(とうもり ミヨシ・てっこつ サロ)
菜の花の彼(ーナノカノカレー)
第12巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

半年間の記憶を失った菜乃花。 菜乃花の中から消えてしまったのは自分だと会うことさえできないでいる隼太。一方、鷹人は、菜乃花とやり直そうと動き出します。隼太を思い出させるべきだと分かっていてもそうできない自分を下劣だと苦しみながら…

簡潔完結感想文

  • 見つめられる時、助けられた時の喜びは自己嫌悪を上回るから下劣でも付け入る。
  • 最後まで面倒が見られないから困っている人にも手を差し伸べない、という想像力。
  • 恋も二度目なら最初よりも上手く出来る。逆に言えば最初からは上手く出来ない。

愛感情がリセットされ時間がスキップ。鷹人のターンになる©北村薫さん の 12巻。

この巻で隼太(はやた)が離脱となる。ただ隼太がいない世界での鷹人(たかと)の奮闘を見ていると、逆に隼太の成熟の度合いが際立っていくような気がした。隼太は関係者の3人の中で自分だけが1つ年下で、他の2人に追いつけないことや入り込めない過去があることを いつも気に病んでいた。しかし1歳年下の隼太が最初から出来ていたことを、鷹人は ようやく2度目の人生で手にしているようで、どうやら鷹人の方が周回遅れだったのではないか という印象を受けた。隼太の離脱は、鷹人が彼に追いつけるのを待つ時間にさえ思える。隼太にとって鷹人の背中が見えないことが焦燥感に繋がっていたが、実は彼の足が速すぎて無自覚に独走しているのではないか。

作中で何度目かの菜乃花に会わない決断をする隼太。だけど きっと時代が隼太に追いつく。

隼太の引っ越しで国外追放となり物語に介入できない状態となった。最後に悪あがきをしてもいいし、読者としては少しでも可能性があることに試行錯誤して欲しかったとも思う。
だが隼太は何もせず何も言わず この世界から去った。偶発的に記憶を失った菜乃花(なのか)と遭遇し、そして それはまるで『1巻』菜乃花から初めて声を掛けられた場面の再現だったが、菜乃花は隼太の顔を認識せず、その横を通り過ぎていった。あの日、菜乃花が声を掛けなかった世界が続いている。

しかし隼太は菜乃花との偶然の再会以前から彼女に対して自分がとる態度を固めていた。それは何もしない ということ。それは決して隼太が臆病だからとか自分の精神を守るための行動ではない。自分に残された時間が少ないから、再会後にアフターフォローの出来ない彼女の平穏を自分が壊す権利がないという大局的で利他的な考えがあってのことだ。菜乃花をペット扱いして悪いが、捨てられた動物の面倒を見ることの難しさを ちゃんと理解できる聡明さを持っているから、最初から手を出さないようである。自分なら何とか出来るという根拠のない自信も持たないし、飼いたい気持ちを自制できる精神の強さもある。菜乃花の周囲には友人がいて、一応 鷹人もいる。それなら彼らに菜乃花を託す、というのが隼太の割り切り方なのだろう。もちろん隼太に未練がない訳ではない。自己の都合より菜乃花のことを優先する。

これが鷹人なら両親が動物を嫌いでも、住居がペット禁止でも、菜乃花が どんな名前の動物か知らなくても、何も考えずに菜乃花を家に持ち帰って、飼おうとするだろう(笑)


太を追放してまで実施される「if」ルートである。ただ冷静に見てみると、誰にとっても「2回目の恋」を実施しているようにも考えられる。

菜乃花は上手くいかなかった鷹人との初めての交際があったから、2回目の恋は冷静に相手との波長を見極め、自分から追うような1回目とは違う恋をした。隼太はマネージャーに乞われるまま(おそらく)初めての交際をして、そして相手の浮気により破局。自分のどうにもならない潔癖さと理想の恋愛観を学び、そして彼も自発的な恋愛感情を生まれて初めて持つ。
2人とも相手に振られるような形で恋が終わったから2回目の恋に気持ちを切り替えることが出来た。

そこで鷹人である。彼の場合は「振り切ったようなトコロある」「極端なタイプ」(隼太評)だから愛が深すぎて自滅した。そこに未熟さが加わり、菜乃花固執し続け、カウント上の「2回目の恋」の相手も菜乃花のまま。

このルートが「if」なのは、これが1年前の中学生の頃の菜乃花との交際中に、鷹人が素直になれていたら という話を、菜乃花の記憶喪失(隼太の存在の消去)を使って行っているからだ。もちろん『12巻』後半に菜乃花が言及するように、菜乃花側の記憶にはない自信の成長もあるから交際が成立している部分もある。

そして この2回目の恋で分かるのは隼太が中3で言語化できた自分の中での交際することや破局することの意味を、鷹人がようやく理解し始めているということ。特殊な環境を使って、鷹人は まるで転生者のように2度目の人生と交際の機会を手に入れて ようやく菜乃花の横に並ぶことが出来ている。

同じ題材の絵を描く時、同じ料理を作る時、大抵は1回目の経験があるから時間も短縮し、そして失敗点を回避できる。菜乃花と隼太が最初の失恋の経験で2回目の恋を順調に進めたように、鷹人は同じ人への2回目の恋で1回目の反省を活かす。おそらく この改善点の炙り出しと成功体験が鷹人に必要なのだろう。本書において恋愛の傷を癒すのは恋愛だけ。だから執着心の強い鷹人にとって この特殊な環境が用意されている、と思いたい。

まさか このまま鷹人ルートでENDということは やめて欲しい。鷹人は同意のない心中という究極の自己中心的な思想を展開していたのに、目の前の菜乃花が優しかったから生きるという身勝手な人には違いないのだ。これも彼の極端な性格の一部なのかもしれないが、一途のようでいてフワフワしているのが鷹人だ。
烏丸(からすま)による鷹人の洗脳は彼の絶望があるから理解できるが、隼太に守られて精神的に安定していた菜乃花が囁かれただけで自己の消滅を願い、記憶を奪われる、という展開は首を傾げざるを得ない。「if」突入のために必要だったとはいえ、烏丸が本当に異能力者のような存在になっていて、物語に異物感が生じてしまった。そういう意味では鷹人びいきの作品なのかなと思う。


乃花には直近の半年間の記憶がない。それは つまり彼女は隼太と出会わない人生を歩んでいるということ。

この半年の菜乃花の恋愛を見守ってきた友人たちは難しい判断を迫られる。現代社会で、人間の記憶の補助装置となり得るのが携帯電話で、友人たちは菜乃花の入院中から隼太のことを思い出させようと、彼女のスマホを見せてもらうのだが、菜乃花の携帯電話には隼太の写真が1枚もない事実に直面する。恋愛に浮かれてツーショット写真を撮っていれば、たとえ自分が見覚えのない男性の横に並んでいても、写真が証拠になれば菜乃花は少しずつ隼太を受け入れていったかもしれない。しかし菜乃花スマホに隼太の存在を知らせる痕跡は少なすぎた。
写真を幸福や思い出のトリガーにしないのは鷹人も同じだった。こういうところが2人が雰囲気が同じと評される部分だろう。性格的には お似合いの2人なのである。彼らは飽くまで自分の主観を通して見た相手を信じているのだろう。まぁ鷹人の場合、自分の中の菜乃花と現実の菜乃花にズレが生じているので、その信念が絶対に正しいとも言えないが。

隼太との対面が菜乃花の記憶回復のきっかけになる可能性は秘めているが、戻らなかった場合、隼太の心の負担が大きすぎるため それを彼に強要できない。何が本当に菜乃花のためなのか友人たちは悩み続ける。


菜乃花は本当に隼太の記憶がないから落ち着いている。冷静に自分という人を分析し、勉強と友達で生活が構成されており、それが半年分 欠落またはスキップしていると予測を立てていた。あとは今の菜乃花がスキップによる人間関係の変化を受け入れるだけ、と考えている。もしかしたら記憶喪失の対処に悩んでいるのは周囲の方かもしれない。

そんな菜乃花に対し、鷹人は隼太の存在を知らせないまま、その席に自分が滑り込もうとする。それを望む自分の下劣さを認めながら。

だから菜乃花は改めて恋愛対象として鷹人を見つめる。記憶の欠落により菜乃花の中の鷹人は中学時代の鷹人で、その頃に比べると周囲を威圧するような雰囲気が失われ、柔らかくなったと感じる。面白いのはこの半年間の記憶の欠落で、菜乃花の中学時代の思いが ほぼそのまま再解凍される点だろう。鷹人が知り得なかった中学時代の菜乃花の気持ちを、両者とも今なら落ち着いて言える/聞ける。

菜乃花に対して鷹人は荒ぶることなく、言葉を紡ぎ、素直に好意や喜び、反対に自分の汚いところも認めている。だが その反面、隼太が「極端」と評していたような気性は変わっていなかった。だから菜乃花は中学時代に告白を受け入れたのと同様に今回、鷹人のやり直したいという気持ちに応える。


2人の再交際を聞いて、千里(ちさと)は我慢ならない。菜乃花に隼太のことを言ってしまいたい。しかしクリスマスが近づき、2学期限りで日本を去る隼太の出発が近づいている。

千里は隼太に会いに中学校に行く。そして隼太に最初の出会いのように、菜乃花と再会してもらおうとする。
だが隼太にそれは出来ない。菜乃花が自分を知らないという現実も怖いが、会ってしまって菜乃花の気持ちを揺るがしても、自分は彼女に寄り添えないから、最初から寄り添わないことを決意していた。自分の存在を菜乃花に訴えることは、表面上は落ち着いている菜乃花の気持ちを波立たせる。そうして隼太は無責任に日本を去ることは避けたい。生真面目な隼太は誰よりも菜乃花のことを思って行動しないのである。

話し合いが終わり千里と路上で別れた時、隼太の目の前に菜乃花が現れる。それは2人が最初に顔を合わせた瞬間の再現のようで、記憶の再生には絶好の機会に思えた。だが最初の出会いとは違い菜乃花は隼太に声を掛けないまま通り過ぎる。

その残酷な現実の前に隼太は身動きを取ることもせず、声も発さず肩を落として1人で帰路に向かう。


人はクリスマスに菜乃花と約束をする。中学時代より鷹人は成長しているとはいえ、今度は菜乃花が時限爆弾を抱えているような状態で再交際の喜びと不安の間で揺れる精神状態である。この躁鬱の繰り返しは ますます鷹人のメンタルヘルスや執着心を悪化させるような気がしてならない。

そのデートの前、鷹人は健介に呼び出され、そこで初めて隼太のアメリカ行きを聞き、彼が菜乃花の前に出てこなかったことに合点がいく。そして彼の高潔な精神を念頭に、隼太の思考を完全にトレースする。相手の思考を理解できるが、自分は相手にならない/なれない、という男たちの奇妙な関係性が描かれている。彼らは相手がいるから自分を客観的に見つめられるのかもしれない。

隼太もまた、自分の中の鷹人から彼の これからの動きを予想していた。それは隼太にとって我慢がならなく、破滅を覚悟して菜乃花を奪い去れたらいいと考えた。ただ それは自分が軽蔑した鷹人と同じ自己中心的な破壊衝動でしかない。そんな思想に辿り着く自分を隼太は嫌悪する。


リスマス、鷹人は菜乃花との待ち合わせで初めて自分が時間より早く到着して菜乃花を待つ。確かに鷹人は決してフェアではない方法で菜乃花とやり直しているが、鷹人自身は1度目の失敗を踏まえて成長している点が多々ある。さすが やり直しの人生である。

デートプランは鷹人が考えてきた。だが最初に入った映画館では鷹人はデートを楽しみにし過ぎた睡眠不足で寝てしまい、鷹人が選んだ映画は菜乃花に刺さらなかった。デート中、鷹人の頭を離れないのは隼太の幻想。彼なら菜乃花を心から笑顔に出来る、という劣等感が常に鷹人につきまとう。
用意したプレゼントも菜乃花の好みでないことだけは鷹人には分かる。彼女が気に入るものは選べないのに、彼女が気に入らないことは分かる。そんな自分の能力に嫌気が差して、鷹人はプレゼントは捨てていいと菜乃花に告げる。ってか鷹人のセンスの無さよ…。彼の頭の中の菜乃花、どうなってんだ(笑)!?

確かに花柄だが…。鷹人くんよ、君には菜乃花がこんなトロピカってる人間に見えるのか(苦笑)?

確かに菜乃花は鷹人との時間もプレゼントも しっくりこない。けれど菜乃花は そこで彼を切り捨てたりしない。彼が一生懸命、自分のことを想ってプレゼントを選んだことは菜乃花にも分かるからだ。
だから彼との関係がしっくりくるように、2人の間にある違和感を無くすように彼に意見を述べる。記憶は ほぼ中学時代の菜乃花だから、彼に意見をすることは どれほどハードルが高いことか想像に難くない。だが菜乃花も最初の交際で反省すべき点、成長した点があり、そして高校生になった鷹人も菜乃花の意見を聞くだろう という性格の変化が見られる。だから お互いに意見を言わず、最小限の会話しかなかった中学時代とは違くなるように交際の形を変化させていく。

鷹人は自分の頭の中の世界と格好悪い現実の齟齬に苛立って、機嫌を悪くするのではなく、菜乃花との対話の中で自分の態度を改めていくことを誓う。その根底にあるのは菜乃花と一緒にいたいという鷹人の切なる願いだろう。それは菜乃花に伝わったはず。

日も暮れて、雪が舞い始める中、菜乃花は鷹人へのプレゼントを差し出す。鷹人にとって望外で意外なプレゼンtは折り畳み傘だった。「雨男」の鷹人のために彼女が選んだもの。そして鷹人は今夜の雪に濡れないよう、それを2人の頭上に広げる。
鷹人にはプレゼントのセンスがないみたいだが、菜乃花からのプレゼントは鷹人に全てしっくりくるに違いない。菜乃花が選んだ、ということが既にブランドとして確立されているだろうし。


んな再・初デートを経て 2人の関係は変わる。鷹人は菜乃花との交際のルール作りに忙しい。ここでは ただの不器用で融通が利かない男の子である。中学生の時は乱暴だったのに、今は過保護という極端さが よく表れている。中学時代から鷹人の態度と対話の結果次第では こうなる可能性はあったということか。

中学時代は鷹人が先を急ぐかのように菜乃花の前を歩いていたのとは違い、今の彼らは自然と横に並んでいる。それが隼太が『1巻』で言っていた「気持ちの あるく早さが合」うということなのだろう。それは菜乃花の理想の恋愛の形でもある。だから隼太に惹かれたのだし、そして今度は今の鷹人を好きになる可能性を考える。その証拠に手が接触しただけで赤面するようになる。

対等に横並びになることで2人は自然と会話量が増える。だが菜乃花は そこに違和感も覚える。自分の記憶の中ではトラウマであった鷹人といつの間にかに自然に接している。悪いことではないが、その突然の変異があるから、そこに確かな記憶の断絶を覚える。自分もまた半年間の間で大きく変わったのではないか、そして それは自分が考える日常の延長線上だけではない、特別な出来事があったからではないか、と菜乃花は類推する。

記憶の欠落を軽々と乗り越えていた菜乃花だが、改めて その穴の大きさを覗き込むことになる。