桃森 ミヨシ・鉄骨 サロ(とうもり ミヨシ・てっこつ サロ)
菜の花の彼(ーナノカノカレー)
第11巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★☆(7点)
後夜祭の最中、誰もいなくなった教室で菜乃花に迫る鷹人。 その時、学校中に鳴り響く火災警報機。煙がたちこめる教室に閉じ込められた2人。桜治に魅入られた鷹人は一体何を──!? 抑えきれない恋の炎が予想外の展開を引き起こす!!
簡潔完結感想文
バッドエンドルートから「if」ルートへの突入!? の 11巻。
烏丸(からすま)はカラスという名の通り、死神の象徴なのだろうか。ただし彼は その人の命というより、恋愛感情や絶望をエサにしているように見える。そして今回、烏丸が一つの恋愛の記憶を永遠にするのだが、それは誰のものなのか、というのが『11巻』の見どころとなる。
どちらかというと本書はヒロイン・菜乃花(なのか)よりも隼太(はやた)や鷹人(たかと)の方に比重が置かれているように見える、と以前も書いたが、この第2部、そして ここからの展開は いよいよ男性たちの苦悩をメインに据えている。
今回、大変なことになるのは菜乃花なのだが、この展開は菜乃花の作品外への追放のように見えなくもない。一番 最初にヒロインレベルを最高にした菜乃花をリセットすることによって、彼女を受動態の人間に戻したように思う。
ただ疑問なのは『11巻』で菜乃花が烏丸に選択肢を迫られる場面で、自己の存在を否定したこと。もう隼太との関係は距離に関係なく盤石になった、そう信じられるだけの強さを菜乃花が獲得したのに、あっという間に烏丸に心を支配されたのが残念。今更 菜乃花が自分さえいなければ、なんて悲劇のヒロインを演じるとも思えない。ここは菜乃花に選ばせようとする烏丸の上をいって、菜乃花が強いから どちらも守るという流れに出来なかったのだろうか。ここで菜乃花が絶望したから彼女にリセットが働いたと考えられるので、菜乃花が自分を否定しなくてはならないのも分かるのだけど。
そして実際 彼女よりも大きな精神的ダメージを受けているのは男性たちだろう。特に菜乃花よりも巻き込まれヒロインなのは隼太で、作者の彼への仕打ちは鬼畜なレベルである。ヒーローなのに菜乃花との接点も少ないし、一緒に過ごす時間も短い。こんなに登場シーンの少ないヒーローっているのかという前代未聞の放置系ヒーローである。しかも この後、彼は物語の外に出てしまうのは決定しているし。彼のアメリカ出発までに物語は終わるのか、それとも彼の苦悩が続くのか。
ヒロインは これまで獲得してきた強さを失い、ヒーローは とことんヒーローになれず。これからは唯一まともに動く鷹人のターンになることは必定なんだろう。ただ彼の強烈な初恋を救うために、これからヒーローでもない人のトラウマ編を延々と見させられると思うと辟易する。ただでさえ迷路になる割にスッキリとした後味にはならない心理的問題の回復を、メインの2人でない鷹人でやられても、というのが読者の共通した不快感ではないだろうか。
烏丸は菜乃花の恋愛感情や記憶を奪ったが、鷹人も こじらせを盾にして菜乃花や隼太から出番を奪っている。端的に言えば、出しゃばんな、メンヘラども!と言いたくなる内容である。
鷹人は菜乃花を永遠にするために、彼女との心中を図る。今回の文化祭で 菜乃花は来春 隼太と見る約束をした花畑をクラス内に作ったが、それを隼太と一緒に見ることは出来なかった。鷹人は そのことを菜乃花に指摘し、意図的に彼女を傷つけようとしたが、菜乃花は隼太への不満を隠さない。菜乃花が そのぐらい率直に物を語るようになっていたことに鷹人は驚かされる。
鷹人にとっては この2人きりの時間は最後の時間。だから最後の会話の話題選びに悩む。まず菜乃花の変化について語り、そこから2人の交際期間の話にスライドし、そして最後だからという意識も加わり、鷹人は これまでで一番率直に そして簡潔に自分が菜乃花との交際で抱えていた気持ちを吐き出した。虚勢や見栄は あの世に持っていけないから鷹人史上で一番 漂白された彼が顔を出す。それは自分でも意外な自分の発見だった。
そして鷹人は自分の中の菜乃花と、目の前の菜乃花が「思ってたのと違う」ことに気づかされる。それは中学時代、交際中の鷹人が間接的に菜乃花を傷つけてしまった言葉だった。自分が あの世に連れて行きたい「菜乃花」とは誰を指すのか、鷹人は分からなくなる。
一方、烏丸によって軟禁されている隼太は、今回もしもの時の備えて、先輩・健介(けんすけ)経由で この高校の制服を用意して、内部の人間と身分を偽って菜乃花を守ろうとした。それが隼太が超えられない1年を超えて彼女の傍にいるために考えたアイデアだった。
しかし その手段すら烏丸に奪われ、そして鷹人が菜乃花との心中を企てていることを聞かされる。烏丸は、鷹人が菜乃花を永遠にして この世から消えれば、彼らの恋は自分のものになると考えていた。その危険な思想に触れ隼太は体育会系の身体能力で身体を反転し、自由に動く足だけで烏丸に体当たりし、菜乃花の救出に走る。
借り物の制服で1年の時間差を埋めようとしても中身が伴わないだろう。だから隼太は全身全霊で菜乃花に近づき、今 彼女のために動ける自分であろうとする。
いよいよ烏丸が仕組んだ火事騒動が起こる。
煙が漂い始める中、鷹人は菜乃花と校舎からの飛び降りを考え始めるが、菜乃花は鷹人を気遣い、自分のハンカチを彼の口元に置く。そのハンカチは菜乃花らしい花の模様のあるハンカチ。鷹人は昔から菜乃花が選んだ花柄のものが良いものに思えた。そこには菜乃花の意思がある。自分の中の菜乃花ではなく、自分の外にいる菜乃花がいることに、選ぶもの、発する言葉にこそ価値があると鷹人は気づかされる。自分が一瞬で惹かれるのは特殊な波長を発する彼女なのだ。
進退窮まったその時、教室の外から隼太の声がして菜乃花は駆け寄る。ピンチにヒーロー登場かと思いきや それは烏丸の声だった。緊急時だったため菜乃花も彼らの声を聞き間違えた。登場した烏丸は鷹人に計画の実行を促すが、だが鷹人は その直前に気づきがあったため それを拒否。そして菜乃花への気持ちは烏丸に分けるものではないと表明する。
鷹人が計画を実行しないと知った烏丸は菜乃花を連れて行く。鷹人も追いかけるが、烏丸が集めたチンピラが行く手を阻む。彼らは花火大会など鷹人と因縁のある男性たちである。鷹人への復讐という動機があるから烏丸の言いなりになる(もちろん誘導や洗脳の力もあるのだろう)。
彼らの通算3度目の交戦の前に隼太が駆けつける。チンピラを撒き、縛られていた腕の縄を鷹人に解いてもらってから隼太は彼を殴る。それは鷹人の心中計画への怒りの表明で、菜乃花の生命を脅かしたことへの制裁だろう。
一緒に烏丸を追うが、そこで鷹人が烏丸の名前も知らなかったことが判明する。それに隼太が呆れるのも、鷹人がそれを恥じるのも面白い場面だ。鷹人がここまで隼太にツッコまれるなんてこと、今までなかった。絶対悪を前にライバルが手を組む。これで烏丸を退治して、最終回でも気持ちよく終われたのではないか。というか、そっちの方が読者の気持ちとしては楽だったような気がする…。
烏丸は鷹人の計画の中止によって、菜乃花に欠落を埋めてもらおうと目的を変更する。だが それを菜乃花に拒絶され、外階段の手すり部分から一緒に落ちようとする。
菜乃花の悲鳴に導かれ、2人は烏丸の前に立つが、チンピラたちも追いつき、鷹人は烏丸に無抵抗を強制され殴られ続ける。残った隼太が烏丸の勝手な言い分に激高して、菜乃花を助けようと動く。
しかし烏丸の動くなという命令に反したことで、彼は菜乃花と一緒に空中に身を投げ出す。隼太は手を伸ばし烏丸の腕を掴むが、菜乃花と2人分の重量に元々バレーボールで痛めていた肩に激痛が走る。その異常事態にチンピラは撤退し、解放されたボコボコの鷹人が這うように移動し、彼も烏丸に手を伸ばす。
だが身体的なダメージと、身を乗り出すような体勢のため2人の力を合わせても菜乃花たちは持ち上がらない。その膠着状態を察した烏丸は菜乃花に どちらかを助け、どちらかと落ちる選択肢を提示する。
菜乃花が選んだのは、選ばないという第3の選択肢。烏丸の囁きによって自分の存在が不幸の元凶だと考えた菜乃花は自分の落下を望む。そうして菜乃花と烏丸は隼太たちの手から離れる。自分たちの落下を考えず身体を乗り出す隼太たちを押さえつけたのは この事件に間接的に関係していた優子(ゆうこ)と その彼氏。その2人によって男性たちの落下は回避したが、助かった隼太は自分はまた菜乃花に間に合わなかった絶望に襲われることになる。
菜乃花と烏丸は意識不明の重体。
落下地点にあった植栽によって烏丸は一命をとりとめ、そして菜乃花は外傷は ほとんどない。しかし意識が戻らないまま。隼太は毎日 病院に容態を聞きに行くが、彼女のいる病室には行かずロビーで閉院まで過ごすだけ。菜乃花に手を伸ばしても、全速力で走っても、またも彼女を助けられなかったことから合わす顔がないのだろうか。
事件から5日後、菜乃花の意識は戻る。ただし頭を打ったためか この半年の記憶が消えているという。その前の菜乃花の思考からすると、彼女自身が男性たちを不幸にする自分を消そうとしたようにも考えられる。
鷹人は暴力による全身打撲や骨にヒビで痛み止めで意識が朦朧としていた。薬が切れたのか突然 菜乃花の名を叫び、そして彼女の命の無事を確認し、また眠りにつくような状態だった。
彼が再び目を覚ました時には健介が病室にいて、事故が どう処理されているのかを聞く。この件は鷹人に暴力を振るった部外者のチンピラが起こした事件として処理されていた。それは どうやら権力者である鷹人の父親の意向が反映されている。関係者の内 唯一 隼太だけが事情聴取を受けたが彼の証言は採用されていない。菜乃花は意識不明で、鷹人は麻酔で意識朦朧、そして烏丸は頸椎骨折で今は昏睡状態で誰も証言していない。
事件の処理を知り、鷹人は自分が証言をしようとするが、健介は それを勧めない。健介が薄々勘づいている鷹人の心中未遂を話して得はない。健介は鷹人の証言によって、3人の男たちが菜乃花を巡って痴情のもつれを演じた、というシナリオを第三者に描かれると、記憶を失った菜乃花に更なる負担を生じさせ、好奇の対象になると鷹人を説得する。
この時、健介が菜乃花の名前を出すのは、暴走しそうな鷹人を抑止する最良の手段だからだろう。彼は友情から まず鷹人の菜乃花への心中計画・殺意が世に出るのを防ぎたかったのではないか。彼にとっては菜乃花の評判は二の次だろう。
鷹人が退院する頃には菜乃花は既に学校に登校を始めていた。記憶喪失の影響からか遅れて登校するという菜乃花の姿を発見して、鷹人は思わず駆け出す。2人の再会は下駄箱となった。
菜乃花は知識として鷹人のこの学校への転校を知ってはいたが、目の前に現れた この学校の制服姿の彼に改めて驚く。
鷹人が向かい合う菜乃花は中学時代の彼女と ほぼ変わらない、鷹人の言葉に委縮する、以前の菜乃花だった。だから鷹人が素直に「好き」という言葉を紡いでも、菜乃花にはそれが鷹人の豹変に映り、混乱をきたす。
これは再会場所が下駄箱というのも良くなかったかもしれない。記憶喪失の菜乃花にとっては鷹人が自分のことを間接的に「こっちから振った」とか「思ってたのと違った」などと悪く言った場所。そんな記憶のある彼が好意を表明しても、取り繕っているようにしか思えないだろう。隼太との出会いがない状態の菜乃花は、トラウマが まだ胸にあるのだから。
そして隼太は半年の記憶、すなわち自分との出会いや交際を覚えていない菜乃花の前に立たないでいる…。