《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

物語は猛禽類同士の縄張り争いから、知恵の回る都会のカラスの暗躍に移行する。

菜の花の彼―ナノカノカレ― 10 (マーガレットコミックスDIGITAL)
桃森 ミヨシ・鉄骨 サロ(とうもり ミヨシ・てっこつ サロ)
菜の花の彼(ーナノカノカレー)
第10巻評価:★★★(6点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

菜乃花の中には自分の欠片すら残っていない。絶望した鷹人の心に忍びこむ桜治。「…とり戻せばいいじゃない 君だけのものにすればいいんだよ」 隼太が菜乃花と過ごす最後の文化祭できっと何か起きる。

簡潔完結感想文

  • 菜乃花の記憶の上書きは鷹人には絶望、隼太には安心に変換される。
  • 烏丸の傀儡になる鷹人、ならない隼太。どこまでも鷹人に厳しい内容。
  • 文化祭で菜乃花とカフェでお茶する約束も隼太の破滅フラグになる!?

たちの異能力の お話なのか!? の 10巻。

これまでも男性陣(隼太(はやた)と鷹人(たかと))には、1人でいる菜乃花の姿を遠くからでも見つけられるとか、菜乃花の心の中の存在を感じ取れるなどの特殊能力があったが、新キャラである烏丸(からすま)にも能力があるように感じられた。

烏丸の能力は洗脳だろうか。彼の能力の根本は その声にあるように思われる。隼太に対しては、隼太にそっくりな声を使って友人たちから隼太の情報を収集し、そして隼太自身との通話では烏丸の声は隼太の内なる声ように感じられ、彼が抱えている不安や恐怖を増幅させることに成功している。
そして烏丸は鷹人が絶望したのを見計らって彼に近づき、弱っている心を簡単に操る。第2部開始の『8巻』で烏丸が登場してから時々 不気味な言動をする以外、特に大きな動きを見せてこなかった彼だが、鷹人が絶望してからが彼の本領発揮だったのだろう。

黒幕の烏丸が万能なのは気になるところ。能力に関しても動機に関しても、事故により彼の脳が壊れているから、という雑な説明で全部を片付けているような気がしてならない。それに最も気になるのは、鷹人にとって烏丸の声というのはライバル視している隼太の声であり、その声に囁かれる度に鷹人は隼太への敵対心とか反発心とかを刺激されて、この声にだけは服従したくないという天邪鬼な部分を発動するような気がしてならない。それよりも鷹人にとって自分の絶望に共鳴してくれていることが大事なのだろうか。

絶望とは死に至る病である。その死の範囲に誰を選ぶかが鷹人(と烏丸)の問題になるのか。

うして大袈裟に言えば男性たちの異能力バトルの様相を呈してきた本書。まるで少年誌のような内容で烏丸と関係・対峙するのも男性たちだけ。男性たちの鍔迫り合いがメインになると、もはや菜乃花が象徴や概念化してきており、まるで作中の鷹人のように、物語自体が菜乃花という人物を必要としていないようにも読める。菜乃花は男たちのバトルのトロフィーになってはいまいか。

イケメンが たった1人の女性を巡ってバトルする、という構図は少女漫画の お決まりのパターンなのだが、本書の場合、第1部では菜乃花も含めた3人が それぞれの内なる闇に向き合ってきて対等なプレイヤーとして動いてきたので、ここにきて菜乃花が あまり動かないヒロインになってしまったのが残念だ。第1部が心理描写をメインとした少女漫画ならば、第2部は少年誌または青年誌のような内容と男女の活躍のバランスのように感じられる。

これまでは血や傷は飽くまで恋愛における心の傷や自分が切り裂かれる思いの表現として描かれていたように思うが、今回は直接的な血や傷を見ることになって、その暴力描写や設定に違和感を覚える読者は少なからずいるだろう(鷹人は第1部でも割とボロボロだったが)。あと単純に描写がホラーすぎて耐えられない人もいるだろう。冗談じゃなく怖いって…。


太の頑張りもあり、遠距離恋愛を前にした菜乃花の精神は安定する。だが そんな菜乃花の安定を見て、鷹人の精神は荒廃する。鷹人は菜乃花の中で自分の立ち位置を変えたかったが、ただの友達であることを望んでいる訳ではない。そして自分と菜乃花だけの大切な思い出として彼が後生大事に抱えている思い出も隼太に侵食されていることを知る。菜乃花の中に自分の記憶が少しでもある、という心の拠り所さえ否定されていく。

季節は少しずつ進み秋となり、中学校と高校、それぞれに文化祭の季節が近づく。また時間の経過は隼太の引っ越しが近づくことを意味している。

文化祭の準備中、菜乃花が作っていた小道具に嫌がらせをされ、彼女に対する悪意が明確になる。これまでのように女子生徒の逆恨みかとも思われたが、目撃証言によると現場から立ち去ったのは男子生徒だという…。

そして隼太の周辺にも友人や、そして隼太自身にも隼太の声をした者から連絡が入る怪現象が起こる。
その声の主に菜乃花に対する執着心を感じ取った隼太は彼女の高校に出向く。そこで菜乃花から隼太の声に似ている男性に奇妙な告白をされたことを知り、隼太は自分たちを見つめる男子生徒を発見する。そして隼太は菜乃花から その告白相手の名前を聞く。この時、菜乃花は隼太の方を向き、彼に引き寄せられて烏丸の姿を見ていない。まるで花火大会の夜(『4巻』)のような、男同士の戦いの開幕である。この辺から、菜乃花がお飾りというか、男性ばかりが目立ってきている気がしてならない。


太は菜乃花から烏丸の名前を聞き出したが、それ以上の情報を自分で得られなかった。そこで隼太の脳裏に浮かんだのは、学校内での菜乃花の安全を託した形になっている鷹人だった。良くも悪くも菜乃花に縁のある彼がいる限り、烏丸と菜乃花接触はない、と隼太は考えた。

だが、鷹人と烏丸の接触は意外な形で行われる。鷹人が菜乃花と もう一度 関係を結び直したと思った この高校の木の横で項垂れている鷹人に烏丸が声を掛ける。そうして菜乃花の記憶の中にも居場所がないことに絶望しているところに、烏丸が潜り込んできたのだった。烏丸は方々で「好き」という感情を学ぼうとしたが、鷹人の感情をサンプルに選んだという。そして絶望して虚脱状態の鷹人に暗示をかけるように その心情を支配していく。

そこから鷹人は変わる。これまで見せなかった柔らかい表情を見せ、時には笑顔を見せるが それは彼の感情ではないように見える。感情が壊れてしまったからロボットのように定型パターン通りに表情を浮かべているだけのように感じられる。その裏で鷹人は男子生徒が菜乃花に近づくこと、接触することを許さない。イメージ映像からも鷹人は菜乃花との2人きりの世界を望んでいるように思われる。


太は放課後、菜乃花から文化祭のチケットを受け取る。その際に鷹人の姿も見かけるが、彼の異様な雰囲気に驚く。隼太が直感したのは烏丸との類似性だった。だが菜乃花には鷹人の変化が分からないという。もしかしたら それは菜乃花が初めから鷹人の自分に対する強い執着を感じ取っていたからかもしれない。その歪みが怖かったが、それが鷹人という認識なのだろうか。

烏丸の魔の手から守る役割を鷹人になんて託せないことを思い知った隼太は、顔の広そうな健介(けんすけ)を頼る。そして健介の調べでは烏丸は休学して今 2年生であり、実際の学年は違う。現在3年生の元同級生にとって烏丸は不在の生徒、そして現在の同級生にとっては1つ上の異質な存在。だから烏丸の情報は極端に少ない。

だが情報はくれたが健介は文化祭には行かない。それは彼の中学時代の罪悪感が原因らしい。健介が過剰に鷹人と菜乃花の交際をイジったことが間接的に彼らの破局を起こし、そして鷹人のこじらせを悪化させてしまった。その罪の意識があるから鷹人が自分を文化祭に呼ばないのなら自分は行けない、というスタンスらしい。
当然これは作品的には健介を介入させないためでもあるのだろう。鷹人(または隼太)のアシストに健介を置いては いつまでも彼らは自立しないように映ってしまう。特に鷹人は この自分の絶望から自力で出なければ意味がないのだろう。もし健介が今の状態の鷹人と会ったら すぐに異常を感知し、殴ってでも目を覚まさせることになる。鷹人の洗脳状態継続のためにも健介は介入できない。


化祭当日、隼太は菜乃花と一緒に学校内を回りながらも、隼太は これから彼女の傍にいられない自分を痛感する。烏丸に対する緊張と これからの自分の不在に頭を奪われ、遂に隼太は菜乃花から怒られる。

そこで隼太は菜乃花に自分の不安を正直に話す。加えて菜乃花に鷹人のことを どう思うか、これまで怖くて聞けなかったことを聞いてみる。ここで隼太が そう聞くのもまた、烏丸の声による誘導とも考えられる。彼は隼太に声が似ているだけでなく、その人の持つ不安や恐怖を増幅させるテクニックを その声に宿しているのではないか。完全な洗脳ではなく感情の一部分の誘導させることは そこまで難しくはないかもしれない。

菜乃花は隼太と どこかで座ることを、一呼吸置いてから自分の気持ちを、鷹人との交際模様を正直に話す。ここで大事なのは菜乃花は鷹人が好きなのは、鷹人の頭の中にいる別の人物のように感じていたという箇所だろう。
逆に隼太は菜乃花の生真面目なところもドジなところも「私らしい」と笑って認めてくれたことが菜乃花は嬉しかったと話す。自己否定の連続だったような鷹人との交際とは違い、隼太との交際で菜乃花は自己肯定感を高められ、強くなれた、そんな涙ながらの菜乃花の話で、隼太は烏丸による洗脳が解けていく。本書において隼太が菜乃花の太陽だとばかり思っていたが、菜乃花もまた隼太にとって太陽であることが分かる。そして この2人においては鷹人からの傷や存在が消えること、彼の否定が彼らの幸福になっていることが やっぱり残酷だ。鷹人には菜乃花という太陽の光も届かないし。

菜乃花への想いも間接的に幻想認定される鷹人。彼のトラウマを払拭するなんて無理ゲー!?

束していた菜乃花のクラスのカフェは鷹人が給仕していることが評判になり大混雑で入れない。そんな時、優子(ゆうこ)が彼氏を探していることを知り、彼を見かけた隼太が一緒に捜索に出る。優子と別れたところで隼太は何者かに殴られ昏倒させられてしまう。告白や同じ高校への進学という約束はもちろん、文化祭のカフェにすら一緒に入れないなんて、隼太の約束は本当に破滅フラグでしかしないんだなぁ…。

倒れた隼太を軟禁したのは烏丸。隼太は頭を殴られ流血し、そして後ろ手に縛られ床に転がされていた。烏丸は最初から自分を警戒していた隼太という人間を分析する。そして頭に傷を負う彼の姿に、自分の頭の傷を見せる。その傷は烏丸が子供の頃に乗っていた車が転落事故に遭い怪我をしたもの。一命はとりとめたが、それまでの記憶を失ったという。だが彼にとって その傷は記憶よりも自分から周囲への「好き」という感情を欠落させたという意識が強い。

そして烏丸は この文化祭の日に何かを企てていることが匂わされ、菜乃花の背後に鷹人が近づく…。