桃森 ミヨシ・鉄骨 サロ（とうもり ミヨシ・てっこつ サロ）
菜の花の彼（ーナノカノカレー）
第08巻評価：★★★（6点）
総合評価：★★★☆（7点）
菜乃花のクラスに今、一番、会ってはいけない、あの男が転校してくるところから第2部がスタート!! 菜乃花の前に現れる第3の男・桜治。他人の気持ちを弄ぶその眼は狂気に満ちている。桜治に標的にされた菜乃花、それを守る鷹人。この叶わない恋の行方は…!?
簡潔完結感想文
『ハツカレ』から『悪魔とラブソング』へのギアチェンジ、の 8巻。
第1部は菜乃花（なのか）と隼太（はやた）の初めて心から人を好きになる恋を描いてイメージとしては白や昼・太陽だったが、この『8巻』から始まる第2部は一層 人間ドラマが強調されて黒や夜などのイメージが連想される。それはまるで作者の過去作『ハツカレ』と『悪魔とラブソング』みたいな作風の変化だった。第1部の終盤でも誰もが苦しんでいたが、第2部は それ以上に、『悪魔とラブソング』終盤のように破滅の音色が聞こえてくるようだ。鷹人（たかと）以上に頭の回路が理解できない新キャラも登場し、カオスな予感しかしない。
これまで隼太と鷹人が1巻おきに活躍することが多かった本書だが（例外あり）、今回は偶数巻だからなのか鷹人の出番が圧倒的に多い。『7巻』で恋愛の勝者になったはずの隼太なのに『8巻』での出番は ごく僅か。しかも巻末では物語からの追放宣告のようなものまで受けている。どうして彼は こんなにも受難続きなのだろうか。まぁ、花火大会での告白予告、バレーボールの大会での約束に続いて、折られることが必定の菜乃花と同じ高校に進学するという夢（または破滅フラグ）を語った『7巻』の時点で嫌な予感はしていた。これで将来、隼太が菜乃花に次の春に結婚しましょう！なんて言い出したら、完全に死亡フラグになるだろう。
さすがに交際後は会う頻度が上がっているみたいだが、隼太は菜乃花との接触が本当に少ない。これで幸福も出番も奪われては報われない。
少女漫画では三角関係になった場合、明らかに作者が後発の当て馬を気に入って、当て馬の出番を多くしたりすることがあったりするが、本書の場合、そこまで作者が鷹人に肩入れしているようには感じられない。これは制作が共著だから、それぞれに登場人物と適切な距離が取れているからだろう。ただし作品において隼太と鷹人、どちらが便利な存在かという出演機会の差はあるような気がする。ここから作品の雰囲気を重くしていくのにカラーが合うのは鷹人の方なんだろう。そして やはり第2部は鷹人の成就できなかった恋心を どうやって成仏させるかに焦点が当たるのだろう。菜乃花や隼太にも波乱は起きるが、第2部の主役は飽くまでも鷹人なのではないか。
しかし菜乃花は どうして こうも「重い女」なのだろうか。いや これは本人の問題じゃなく、男性側の問題だろう。彼女の発する独特の波長に男性たちは惹かれ、それを自分のものだけにしたいと思ってしまう。菜乃花はモテるというよりも、男性の独占欲を刺激する何かを持っているのだろう。だから彼女の気持ちも、現在も過去も未来も、男性は手の届かない部分まで望んでしまい、そして苦しむ。今回、謎の新キャラにも目をつけられているし、そういう意味では やはり菜乃花は男性の運命を狂わす「ファムファタル」なのだろう。ここまでは三角関係でも残酷なほどに菜乃花の気持ちは動かなかったが、今後 少しでも鷹人に傾いたら作中の女子生徒同様に読者たちも菜乃花を一斉に非難するかもしれない。あまり同性からは好かれそうにない菜乃花だから、彼女が汗をかいて全力疾走しなくなったら、途端に手のひら返しが起こりそうで怖い。
ネタバレになるが『8巻』は転校に始まり転校で終わっている。展開の是非はともかく、こういう構成の美しさは好き。
あの夏、菜乃花は隼太と想いを通じ合わせ、そして鷹人は最後に菜乃花から身を引くメッセージを送った。それぞれが太陽に身を焦がすような思いをした夏が終わり、2学期から始まる第2部となる。
交際を始めた2人の当面の目標は隼太が菜乃花と同じ高校に通うこと。放課後に菜乃花が勉強を教えたり、その会話の中で お互いのことを深く知っていったりする。
だが菜乃花の平穏な日々は続かない。なんと鷹人が菜乃花の学校に転校してきたのだ。まるで運命かのように2人は同じクラス、隣の席になる。鷹人は おそらく1人でいると周囲の目を奪う菜乃花と同じ人種だろう。健介（けんすけ）という前の学校での唯一の友達で防波堤も今はいないから、1人でいる鷹人の端麗な容姿は周囲から際立つのだろう。更に鷹人の公立男子校の超進学校からの転校生という来歴も噂の良い材料となる。これまでは作品内で菜乃花のトラウマ・恐怖の対象でしかなかった鷹人だが、男子校から共学に移って、女子生徒たちからの声によって彼の特別性が演出されている。冷静に考えれば鷹人は学校一のモテ男子で俺様という、少女漫画のヒーロー像にぴったり。特に連載時は俺様ブームが終わっていないから、時代にマッチしたヒーローだっただろう。
菜乃花は鷹人が元カレだと友人に言い出せず、鷹人も菜乃花の隣の席になっても何のリアクションもしない。これまでのように露悪的に菜乃花を傷つけたりしない代わりに、一言も発さないので彼らの関係性は明らかにならない。
だが まだ教科書の揃わない鷹人のために菜乃花が席を近づけ、身体が接触すると彼は赤面して純朴な反応を見せる。教科書にメッセージを書き、そこから2人は話しようになる。
おそらく鷹人は『7巻』ラストの喧嘩が原因で公立校で退学危機となり、その後 菜乃花のいる私立校に お金で潜り込まされたみたいだ。この学校を選択したのは鷹人の意思ではないことを菜乃花に伝えるのは、あらぬストーカー疑惑を まず晴らしたいからだろう。以前の鷹人ならいざ知らず、今の鷹人は無理に菜乃花の意識に上ろうとしない。
菜乃花は鷹人からのメールの通り、彼のことを忘れようとする。だが菜乃花が鷹人も同様に忘れて、と口を開いたところで鷹人は壁ドンをして それに異議を唱える。菜乃花の中から自分がいなくなるのはいいが、自分の中から菜乃花を消すことは出来ないし、許さない、というのが鷹人の譲れない一線のようだ。彼は誰かに言われることなく、自分の中で気持ちの自然消滅を待っていた。
そんな脅迫めいた鷹人の態度にも菜乃花は怯まない。彼女の方も鷹人の突然の行動を止めて欲しいと要望をしっかりと伝える。菜乃花に反論されて、鷹人は自分のカッとなりやすい性格を反省しただろうか。どんなに牙を隠したつもりでも、あっという間に本性は剥き出しになってしまう。
菜乃花が鷹人に一線を張るのは もう二度と隼太に誤解されたくないからだった。そう考えている時に、菜乃花に隼太の声が聞こえる。場所は高校の廊下なので ありえないことで、声の主は隼太ではなく別の生徒だった。だが鷹人も認めるほど、その男子生徒の声は隼太に似ていた。もしアニメ化や音声ドラマ化したら、隼太と この生徒は兼役になるのだろう。
鷹人との会話に加え、隼太に似た声を聞いたことで菜乃花は友人たちに この一件について話すことを決める。鷹人が元カレであること、そして彼の転校を隼太に話すべきか、菜乃花は相談を持ち掛ける。
この相談で菜乃花は鷹人の転校については受験生の隼太に伝えることは止めた。でも菜乃花が隼太に秘密を持つことは、破滅の始まりであることは第1部で証明されている。友人たちに相談したように、隼太にも話すべきだと思うが、どちらにしても隼太は動揺する未来が待っているから判断は難しい。
菜乃花が そう判断するのは、学校内で聞いた隼太そっくりの声も影響しているだろう。隼太とそっくりの声の持ち主は烏丸 桜治（からすま おうじ）。隼太や鷹人のように名前ではなく名字に鳥の名前を持つイレギュラーな存在である。
どうやら彼は菜乃花というより「好き」という気持ちに強く惹かれている様子。だが粉をかけた菜乃花の中には揺るぎないものがあり、彼は冷静に拒絶される。隼太と声は似ていても烏丸の声には熱がない。その違いを菜乃花は聞き取ったから烏丸を否定できた。これは菜乃花の隼太への愛や信頼があるからだろう。
徹底的に失恋した鷹人だったが、それでも菜乃花への気持ちを消せずにいた。自分の身体を破壊することで想いそのものを消そうとしたけれど、身体が壊れる寸前に気持ちが沸騰し始め、この気持ちを消すことが不可能であることを思い知った。ただ どんなに鷹人が想っても菜乃花には少しも影響がない。
そして肉体的にも精神的にも菜乃花から離れようとしても、喧嘩が原因で天候となり、同じクラスの隣の席に収まってしまった。それでも鷹人は この気持ちの自然消滅を狙う。だから自分から菜乃花に話しかけることは しなかったのだろう。
しかし そんな鷹人の決意を阻む2つの要因が生まれる。
1つは鷹人と菜乃花の過去の交際が発覚し、学校の有名人となりかけていた鷹人に憧れる女子生徒たちが菜乃花を白い目で見始めたこと。
そして もう1つは烏丸の存在。好きを追求する彼は菜乃花に近づき、そして菜乃花の毅然とした態度に敗北する。だが その敗北すらも彼の執着心になり、彼は菜乃花、そして彼女を想い続ける鷹人を興味の対象にしていく。まるで感情が欠落した亡霊や宇宙人が、人間の感情を理解するために憑依するかのような行動である。
菜乃花に烏丸という脅威が迫りつつあることを察知した鷹人は彼女を守るために見守る。この行動は決してストーカーではなく、ボディーガードなのだが、これまでの経緯から誰もそうは思ってはくれないだろうが。
実際、烏丸は2人を引っ掻き回す。菜乃花に害意があるというよりは、鷹人と菜乃花の間にトラブルを誘発させるのが烏丸のやり方だった。烏丸は、鷹人が菜乃花を迷わずに守る状況にして、その一方で守られなかった、存在を無視された女子生徒を生み出した。
そうして女子生徒たちの間で菜乃花は共通の敵として認識され、やがて友人たちまでも非難の対象になる。だから菜乃花は彼女たちと行動を別にする。学校内でイジメのような状態になり、菜乃花は孤立する。だが1人になった菜乃花は独特の輝きを発することは既に述べられている。凛として背すじを伸ばし続ける姿勢や、汗一つかかなそうな儚げなイメージを増幅されるだけなんじゃないか。そして それがまた女子生徒たちに格の違いを見せつけて、彼女たちは劣等感から より菜乃花を敵視する。
鷹人は自分の転校で菜乃花が作ってきた関係、守ってきた世界を あっという間に壊してしまったことを後悔する。守ったはずなのに守れていない。その力不足が鷹人をさいなむだろう。これまでは健介が鷹人の気持ちを翻訳し、彼の環境を整えてきたが、転校後は健介の力を借りられず、鷹人は独力で問題を解決しなければならない。独力で、という部分が鷹人の成長に必要なのだろう。
だが菜乃花には もう一つ世界がある。隼太と会っている間は学校での出来事を忘れさせてくれる安堵できる時間だった。しかし その隼太に破滅フラグが作動する…。不幸体質は隼太なのか、菜乃花なのか判断が難しいところである。
