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少女漫画と小説の感想ブログです

貴方が一番 好きな俺の笑顔。だけど今の俺の笑顔には 貴方を安心させる作為が混じる。

菜の花の彼―ナノカノカレ― 9 (マーガレットコミックスDIGITAL)
桃森 ミヨシ・鉄骨 サロ(とうもり ミヨシ・てっこつ サロ)
菜の花の彼(ーナノカノカレー)
第09巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

菜乃花は鷹人の元カノ”誤解が嫉妬を呼び、噂が悪口を生み、学校で孤立してしまう菜乃花。彼女を救うのは、鷹人の、心から絞り出した言葉なのか、隼太の、限りなくやさしい腕なのか。この恋のたどりつく先は、誰にも予想できない!

簡潔完結感想文

  • 鷹人の転校inからの隼太の転校out。だから隼太は手の届かない部分は鷹人に託す。
  • 隼太の部屋で手を繋ぎ合って心情を交わす菜乃花。そこに他者の入り込む余地はない。
  • ずっと菜乃花の世界を曇らせてきた鷹人が、彼女の世界を晴らすために行動を始める。

好きな人しか目に入らないヒロインと、大好きな人の心情を気にする男たち、の 9巻。

印象的な場面が多かった『9巻』。恋人たちがベッドの上で裸の心をやりとりする場面や、校舎の裏の木の横の まるで1年前の再現のような元恋人たちの再出発、また雨の日に雨宿りをする2人など、メインの3人それぞれの関係が変化していく場面が忘れられない。
また それぞれの見せる「笑顔」の微妙な違いが3人2組に共通しているという構成も相変わらず素晴らしい。笑顔で安心することもあれば、笑顔で不安を隠すこともある。また笑顔の中にも種類が存在する。相手の望む笑顔を見せる/見せないという、意識的/無意識的な違いに胸が痛くなった。

相手が望むから笑顔を浮かべる。それって元カノに望まれるがままだった時期の隼太では!?

確か『8巻』での感想文でも書いたと思うが、結局 本書で一番似ているのは隼太(はやた)と鷹人(たかと)なのだろう。彼らは自分が心から愛する人の内面の変化を つぶさに察知できる。彼らが離れていても1人でいる菜乃花を見つけられる目を持っているのと同様に、男性たちは菜乃花の中に誰がいるのかを見抜く能力を有しているように思う。そして その能力があるからこそ彼らは いつも自分が傷つく結果になる。菜乃花が良くも悪くも大らかで鈍感なのに対して、男たちは かなり神経質で敏感に描かれているように思う。

というか全体的に恋愛における男女の感性の違いが表れているような気がする。ヒロイン・菜乃花(なのか)は隼太に元カレの存在があっても その人に対し悪感情を持ったこともないし、元カノがいるという過去にも執着しない。彼女にとって良くも悪くも自分の初恋の相手である隼太が全てで「今」自分が好きな人、相手が自分を好きであれば それだけで世界に価値がある。だからこそ隼太の海外への転校は菜乃花にとって学校での孤立よりも辛い現実だったのだろう。しかし それを今回 菜乃花たちは軋むベッドの上で優しさを持ち寄って、気持ちの上で隼太と一つになる。遠距離恋愛の逆風の中でも2人は立ち続けていられることを確認した。

ただし その出来事を隼太の方から見ると少し違う。菜乃花と気持ちを一つにしたのは確かなのだが、隼太は菜乃花が自分の転校を知って たった1日で落ち着いたのは彼女の内面に変化があったからだということを見抜く。そして その変化の中に鷹人の影を見る。だが第1部を通して、どう足掻いても変えられない過去や環境に隼太は執着しないように努める。だから菜乃花が自分の笑顔が好きだと言えば、自分の中の黒い感情を封印して、彼女を安心させるための笑顔を顔に浮かべる。自分がどう思っていようと相手に望まれる役割を果たす、それは隼太が少し大人になった成長の証のように思えた。そして今回、隼太がそれが出来るのは、間もなく自分が長期間 菜乃花の隣にはいられないという転校問題も大きく関与しているだろう。隼太は菜乃花のナイトとしての役割の一部を鷹人に移譲している節がある。菜乃花の苦境を救える者なら例え鷹人でも歓迎する。そんな隼太の心境だから、菜乃花に好影響を及ぼすのであれば鷹人も否定しない。『9巻』は隼太と鷹人の部分的な共闘が見られる記念すべき巻なのかもしれない。

隼人が菜乃花の中の鷹人の影響を見られるように、鷹人も菜乃花の中の自分の居場所を見極める。確かに鷹人は今回、菜乃花の生活面において彼女の置かれた環境を良い方向に変えた。それは それまで菜乃花を威圧し続けてきた鷹人が、菜乃花を苦しみから解放した初めての実例となる。更に このことは鷹人が自分で考え自分で動いた結果である。これまでのように友人・健介(けんすけ)に助言をもらったりせず、そして隼太になり切って彼のように振る舞うのではなく、鷹人は彼の人格のまま不器用に試行錯誤して菜乃花を光の方に導いた。

ただし ここで残酷なのは菜乃花の中に鷹人に対して恋愛感情が一片もないことが鷹人には理解できてしまう点だろう。隼太は菜乃花の中に鷹人の影響があっても、恋愛面では彼女が嘘偽りなく自分に好意を寄せていることで満たされた。だが鷹人は不似合いなことをして あがいても絶対的な一線を超えないことを見せつけられた。せっかく努力をしても菜乃花の瞳に恋愛対象として映らない絶望を鷹人は突き付けられる形になってしまった。

これは菜乃花が少しも鷹人に揺るがないで、隼太だけに一途であることの証明で、少女漫画ヒロインとしては正しいのだけど、鷹人側に気持ちを肩入れすると、とても残酷な人のように見える、という世界の切り取り方である。
また男性たちにはある好きな人の心の中を見抜く能力を菜乃花は備えていない。だから鷹人の心が菜乃花100%なのも分からないし、隼太が鷹人の影を気にして その笑顔が作られたものだということも見抜けない。男性たちがハイスペック・センシティブすぎてヒロインが少々間抜けに見える。だから こんなにもヒーローも当て馬も男性側ばかりが苦しんでいるように見える作品が成立するのだろうけれど。

恋愛的に またもや勝敗が はっきりと ついたことが描かれるが、そんな状況を かき乱すのはラストに出てくる烏丸(からすま)だろう。第三極の動きが不穏で、まだまだ緊張感が持続していく。

あの告白の木の下から、あのデートの雨の休憩所から一歩を踏み出したのに変わらない現実。

春からは残り2年間、一緒の高校で高校生活を満喫できるはずだった隼太は、3か月後にアメリカに引っ越すという。よくよく考えてみれば鷹人が菜乃花の学校に来た時点で、隼太が この学校に入れないことは決まっていたと言えよう。

隼太は菜乃花の強さを信じるが、学校で孤立し、精一杯 背筋を伸ばしている今の菜乃花には、隼太という支えがなくなることが耐えられない。だから彼女には珍しく相手を責めるような口調になってしまい、涙ながらに行かないでと懇願する。感情を爆発させた菜乃花に隼太は彼女の自分への愛を強く感じただろう。だが実情は少し違うことを菜乃花本人は知っている。どの世界からも孤立してしまうという自分の都合だけで一方的な言い分を言った自分を嫌悪しているはずだ。

隼太の父親の転勤は最長で5年。隼太自身も転校の現実を少しずつ実感し、不安も顔を覗かせる。贅沢を言えば隼太の一家が転勤族という設定は第1部の後半から それとなく匂わせて欲しかったところ。いや、でも それだと第1部の幸福が完璧じゃなくなっちゃうのか。後述するが、どうも この転勤騒動は隼太だけじゃなく作品にとっても急な話に思える。


んな時、隼太は部活の先輩であった健介から呼び出される。そこで待っていたのは健介ではなく鷹人だった。鷹人は菜乃花の学校内での孤立解消のため、彼女のために正しく動ける隼太を参考にしようとしたのだった。自分には出来ないことを隼太はしている という鷹人の客観的な分析だろう。

だが隼太にとって、菜乃花の学校の話も、そして鷹人の転校も寝耳に水。第1部のキスの秘匿と同じように、鷹人との情報格差が出来てしまった。鷹人は それを隼太の急所として攻撃するが、隼太は虚勢も含めて すぐに体制を立て直し、鷹人に応戦する。そして彼が菜乃花のそばにいて、自分はいられないのであれば、現実的な解決は鷹人に任せる決意もする。
今回は隼太が投げやりになっている部分もあり、鷹人の欲しい答えやリアクションをくれなかった。だから鷹人は独力で問題に対処しなければならない。隼太の許可を得てはいるが、協力ではなく鷹人の行動が菜乃花の学校生活の命運を握る。

そこで菜乃花の友人・優子(ゆうこ)や千里(ちさと)が女子生徒たちの誤解を解こうとしている場面に、鷹人は乗り込み、彼女たちの狂乱を鎮めようと努める。だが女子生徒たちの目から見て、鷹人の前の菜乃花は普通ではないように見えるらしい。そこで改めて鷹人は自分が菜乃花を怯えさせていることを自覚する。菜乃花の鷹人への不自然な態度が2人の噂の根拠になっていたのだ。


から改めて菜乃花に向かい合う。隼太に転入を告げたこと、そして もう一方的な暴力で菜乃花の大切にしたいものを踏みにじらないことを誓う。それは鷹人が敵ではないことを、味方になり得る存在だと思ってもらうため。それが菜乃花の自分へ恐怖や偏見を正すと信じて彼は誠実な言葉を吐く。

この場面は おそらく ちょうど1年ぐらい前の、中学生の2人の交際が始まった鷹人からの告白場面に構図が似ている。あの時から接し方を間違えた鷹人が、ようやく自然体の接し方に戻った。ここで似たような場面での再出発が出来たことが、菜乃花の心をほぐす要因になったのかもしれない。


太と再会した菜乃花は、鷹人の件を隠していたことを謝罪する。キスの件といい、菜乃花が隼太のためにやることは逆効果になる。だが菜乃花が隼太に真剣に謝るほど、隼太は菜乃花の中の隼太の大きさを感じてしまう。それは転校を前に隼太に余裕がないことも影響している。

場の空気が悪くなりかけたところに、隼太は菜乃花を自分の部屋に誘う。両親は仕事で不在で誰もいない家。

初めて見る隼太の部屋は、菜乃花の予想に反して簡素だった。隼太は親の仕事の都合で1~2年で引っ越しているので、それを念頭において部屋に物を置かないようになったらしい。初めて中学生活は全うできると思っていたところに、転校の話となってしまったようだ。というか、2年以上転勤がないなら、そろそろ隼太も覚悟しておくべきだったのだろう。また それなら自己防衛のため恋愛への執着心も薄くするような気がする。この辺が隼太の転勤の話は、第2部が急遽 こしらえられたもの なのかな、という感触を覚える部分である。
ただし そんな覚悟を忘れるほど菜乃花という人が特別だったということでもあるか。もし元カノのマネージャーと交際を続けていたら、隼太は彼女の前では彼氏としての役割上一定の悲しみは見せるけれど、もっと割り切って行動していただろう。

隼太は1人っ子。面倒見が良いから勘違いされる部分らしい。確かに年の離れた妹がいるとか、おばあちゃんっ子とか そういう設定が似合う人である。


太の部屋を眺めながら話を聞き、菜乃花は彼の人となりや来歴を冷静に見つめる。そんな彼女の、引っ越しの話を聞いた直後とは違う落ち着きを隼太は敏感に察知する。そして それは鷹人の立ち位置が菜乃花の中で変わったからではないかと推理する。鷹人が彼女の世界を支え、孤立から彼女を救ったから、彼女は自分に すがりつかない。

そんな直感と焦燥から隼太は菜乃花をベッドに押し倒す。その雰囲気に流されそうになるが、菜乃花は隼太に声を上げる。そこで立ち止まった隼太は、菜乃花に裸の自分を見せる。それは肉体的ではなく、精神的な裸。自分の中にある強く激しく、時に汚い心を菜乃花に話す。そして菜乃花も正直に鷹人を比較対象にして、隼太のキスや身体的接触には恐怖を感じない、むしろ心は昂ることを伝える。それは鷹人にとって残酷な真実だけれど、隼太にとっては充足感を覚える言葉だった。菜乃花の中に鷹人の存在を感じるからこそ、彼との勝負に勝つことが嬉しい。

2人は自分の中にある相手を想う心を持ち寄り合う。握った手は同じ温度をしている。性的な接触はないけれど、間違いなく2人は1つになっている。ここで性行為に及ばないのは、ある意味で少女漫画のゴールに到達してしまうと本当に鷹人が用済みになってしまうからだろう。でも今回の菜乃花と隼太の2人の場面は美しく、彼ららしい心の交わりで良い場面だった。

ただし隼太は やはり菜乃花の落ち着きの中に自分以外の味方=鷹人がいることを感じる。自分と話す前から菜乃花は孤独から救われていた。そう思っても、隼太は菜乃花が好きだという自分の笑顔を彼女に見せる。自分の不安や焦燥に囚われず、相手の望む自分でいる、それは与えられた役割を果たす少し大人の対応と言えよう。


日、菜乃花は鷹人に普通のクラスメイトのように「おはよう」と挨拶する。それは菜乃花から自分への恐怖や敵対心を除去できたという証明で、それが鷹人には口元が緩むほど嬉しい。そして鷹人は不器用なりに周囲を観察し、自分が菜乃花のために何が出来るか、何を言うべきかを模索する。

彼がしたのは菜乃花と友人たちの橋渡し。菜乃花が友人を守るために一方的に遮断した関係を、もう一度 間接的に修復させる。これが鷹人が初めて菜乃花に与えた好影響だろう。

ある日の放課後、急に降り出した雨に、傘を持たない菜乃花と鷹人は並んで立って空を見上げる。それは2人の唯一のデートの再現のようであった。しかし あの時と違い、流れるように会話が出来るのは、2人の間に遠慮や強がり・虚勢がないから。ようやく彼らは自然体の2人になれた。

だが鷹人が見た菜乃花の笑顔は、心から好きな隼太への笑顔とは種類が違うことを痛感するものだった。菜乃花が自分に見せるのは飽くまでも友人用の笑顔。鷹人が見たい笑顔は それではない。