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少女漫画と小説の感想ブログです

恋の始発列車 飛び乗って(略)恋の行き先は 誰も知らない『恋の始発列車』

ハツカレ モノクロ版 1 (マーガレットコミックスDIGITAL)
桃森 ミヨシ(とうもり みよし)
ハツカレ
第1巻評価:★★★★(8点)
  総合評価:★★★☆(7点)
 

チロは女子校育ちの女の子。ある朝男子校生のハシモトくんに告白されて、初めてのカレシができたチロ。しかし、緊張して会話が弾まず、不安は募る一方。2人の恋の行方は…!?

簡潔完結感想文

  • 少女漫画の恋の終着駅の交際から始まる物語。でも終着駅も折り返せば始発駅。
  • 友達といる時の君は、こちらが知らない顔を見せる。一番近いのに遠い存在。
  • 本書は少女漫画史上一番「うんこ」率が高い漫画だろう。その原因イブシ登場。

少女漫画でいえば第二部「両想い編」からから物語が始まる1巻。

主人公の ちひろ(通称・チロ)は小学校からずっと女子高育ちで、頭の中の男の子と言えば幼稚園の時の口の悪い男の子ぐらいしか思い浮かばない。
そんなチロにある日の登校時、駅で電車を待っているといきなり見知らぬ男の子に声を掛けられ交際を申し込まれた。
突然の出来事に戸惑っていると、相手は「友達やったらええか?」と言ってきたのでチロは「はい」と答える…。

異性と話すことにすら慣れていないの女の子を中心に、ままならないけど温かな小さな恋のものがたりが始まります。

序盤はそんな初心な子だからこその失敗が続く。
待ち合わせの場所を自分の通う学校の前にして気恥ずかしい思いをさせてしまったり、
彼が買ってくれたジュースを渡された時に手が触れ、思わずそのジュースを落としてしまったり、
初めてのデートには遅刻して精いっぱいの自分を出せないし、
彼の趣味で見た映画は退屈で途中で寝てしまうし、
街中で会った彼の友達の前で見せる彼の顔は自分といる時よりも心から笑っているように見える。
一番近いはずなのに、一番遠い存在の「ハツカレ」。
けれどそんな彼のことを昨日よりもずっとずっと好きになっていく…。

毎朝、僅かな時間 会うために生きている。それだけで世界は こんなんも輝き出す。

出版は2004年で、現時点の2020年に読んでも少し古臭いけど、決して古びない普遍性も秘めている。
携帯電話などを除けば、彼と彼女の気持ちの動きは100年前の人が読んでも100年後の人が読んでも共感できるだろう。

少女漫画でよく見られる読み切り短編からの長編化ではなく全3回の短期連載から長編化らしい。
こんな弱い個性のカップルの物語がまさか全10巻に到達するのは本当に稀有なこと。
キャラや設定に頼っていないから純度の高い恋物語が完成している。


主人公のチロはどこにでもいそうな女子校育ちの高校生。
仲間内の前では屈託なく喋るのに、彼の前では会話が続かない。
でも彼・ハシモトくんの良い面をつぶさに見つけることの出来るしっかりした子。

チロに声を掛けてきたハシモトくんはとても行儀の良い男の子。
背は高いが童顔でどこか頼りなさ気でもある。
彼にとっても初めて好きになった女の子らしく、手探りの交際になる。


確かに登場人物たちに強い個性はないけれど、チロは精神を持っていること、ハシモトくんは肉体を持っていることが強く感じられた。
チロは奥手ではあるけれど、好意や嬉しさ、逆に不安や不満まで思ったことをちゃんと言える子だ。
上手くいかなかったり、改善点が実行できなかったら、それをちゃんと相手に伝える。
会話は続かないが、意思疎通がちゃんと出来ていることで、作品が湿っぽくはならない。
不安で泣いたり、ウジウジ悩んだりしないで、言いたいことを言うチロの姿は胸がすく。

チロは失敗を重ねて落ち込むだけじゃなく、ハシモトへの要望もハッキリ 口に出せる強い人。

ハシモトは骨格とか、のどぼとけとか、身体全体から無骨さを感じる。
そしてチロがちゃんと発見してくれるけれど、全身全霊で、その行動で彼女のことを想っていることを伝えられる人だ。


初回の構成はよく練られていますね。
ハツカレ、ハツカノだからこその失敗と、感じる距離感、そしてそれを乗り越える様子。
ハシモトを女子校の校門前で待たせて失敗したと思ったチロは、今度は胸につかえた自分の気持ちを伝えに男子校の前まで行く。

友達の前では自分には見せない楽しそうな顔をしている、その人本来の素が出ている。
だけど自分の前では遠慮して会話も弾まないし、楽しくなさそうな雰囲気すらある。
多分、最後までいつもの自分、同性の前での自分を見せることはないだろう。
だけど、これから作られるのは2人でいる時の自分なんだ。

そして、チロちゃん、よく考えなはれ。
ハシモトくんが赤面するのは貴女の前だけやで。
ハシモトくんが好きになったのは貴女だけやで。
初めての彼女の前だけでする彼の表情を見られるのは貴女だけさかい(怒られそう)。


登場人物の会話が関西弁なのも本書の大きな特徴だろう。
作者は舞台は関西圏でも大阪や京都ではない地方の県と言っていますが、結局、具体的な件名は最後は明記されていない、はず。

やはり方言は愛嬌が出ますね。
どんなセリフでもくさくならないのがいいですね。
上述の1話の最後ではチロがハシモトに本音(不平不満も含めて)をぶつけに行くのですが、その言葉が強い印象を与えずに可愛らしい印象になるのは方言ならではですね。
直後のハシモトの「ちひろは俺のもんや」も言葉の強さの裏に潜む彼の目いっぱいの牽制と虚勢をしっかりと感じられる。


そして主な登場人物は4人と少ないことも特徴だろう。
1巻の後半で男子が1人増えた以降は彼ら4人だけの物語となる。
チロカップルにちょっかいを出すような、少女漫画に頻出するキャラが全くでないことが凄い。
いたずらにチロの恋愛を揺さぶって、物語をドラマチックにしない作者の姿勢に好感を持った。

また恋愛あるある、女子高あるあるが詰まった作品です。
興味はあるけれど、いざ機会が来ると及び腰になる子たち。


交際してからも同じ駅で反対方向の電車が来るまでのわずかな間が、彼と彼女の間柄になる時間という清く正しい交際を続けるチロたち。
そういえばチロを駅で見かけて、ずっと気になっていたというからには、この時点ではハシモトくんの方がチロちゃんのことを少しは知っているんですよね。

チロに歪んだ男性像を植えつけたイブシが登場し、またもデリカシーの無いことを言いだす。

そんな雰囲気をぶち壊すのはチロの幼稚園時代の同級生で、ハシモトの学校に転入してきたイブシ。
完読してイブシの言動になれた者から見ても、初登場周辺のイブシの態度は荒くれ者にしか見えませんね…。
そして最も口にする言葉は「うんこ」。
清く正しい少女漫画がうんこまみれになっていきます…。