《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

本編もスピンオフも、過剰に自己防衛した高校生たちが素顔を取り戻す結末である。

神木兄弟おことわり リトル・ブラザー(2) (別冊フレンドコミックス)
恩田 ゆじ(おんだ ゆじ)
神木兄弟おことわり(かみききょうだいおことわり)
第02巻評価:★★★(6点)
 総合評価:★★☆(5点)
 

「もっと弟の特別になりたい」。神木家でのお泊まり会から、橙次郎のことを男の子として意識しはじめてしまうセリナ。橙次郎を「ちょードキドキ」させてやろうと小悪魔作戦を実行して!? カワイイもの好きのセリナ×神木兄弟の弟・橙次郎、ドキドキ・キュートな兄弟ラブコメスピンオフ、クライマックス☆

簡潔完結感想文

  • カワイイで武装した自分を認めてくれるSNSと、スッピンの自分も認めてくれる弟。
  • この作品において 女友達は私生活の相談相手に ならない。親友って何かね…。
  • セリナは本編の誰かさんと違って順序を間違えない胸を張った交際を成立させる。

方が素顔を見せられる人は誰ですか? の 最終2巻。

スピンオフ作品は2巻で完結である。通して読んで初めて気が付いたが、本編とスピンオフ作品は類似点と改善点があるのではないか。

まず感じたのはスピンオフの主役のセリナと、本編のヒーロー・蒼一郎(そういちろう)は大雑把に言えば同じ立ち位置なのではないだろうか、という点。

本編では蒼一郎は、初登場時は周囲の女生徒たちの懸想や迷惑行為を退散させるために、自分を武装してドSや俺様の仮面を被っていた。それが、色葉との出会いで徐々に仮面を外していき、最後には純情や変態といった素顔を晒していった。好きという感情が自分のキャラ作りや偽ることを止めさせたと言えよう。

それと同様にセリナは、常にカワイイで武装して、SNS上の人の支持を承認欲求に変換していた。それは周囲と軋轢を生んでしまう自分のキツい性格や欠点を理解しているから、彼女が思い通りに生きられる空間をSNSに求め、そしてカワイイで武装した自分を もう一人の自分=アバタ―として存在させた。だがセリナも年下の中学生・橙次郎(とうじろう)への恋心を自覚することで、その優先順位が下がり、彼にスッピンの顔や心を見せることが出来た。
私が受け入れられないと思った序盤のセリナは過剰なキャラ作りだったのである。それは蒼一郎におけるドSと同じ精神構造で、そして全く逆の自己演出だった。蒼一郎は周囲に対しキツい性格を演じているが素顔は純情。その逆でセリナはリア充生活を演出しているが実は周囲と溶け込めない。
本編も主役は実は蒼一郎で、彼の成長を見守るのが正しい読み方なのだろう。

蒼一郎は仮面を被ることで、セリナは化粧を重ねることで素顔を、本当の自分を隠してきた。

編は人気による連載延長で蒼一郎の行動に一貫性がなくなったというのは最終『6巻』の感想で書いたが、スピンオフは作者の想定通りの結末を迎えたのではないか。

これによって似た者同士の性格をしたセリナが蒼一郎よりも大人の判断をしたことが示された。

セリナも蒼一郎も好きな相手と交際するには障害があった。蒼一郎の場合は義理の兄妹として出会った色葉との恋愛に問題があり、本来なら親に正直に話してから交際をするべきだったのに、物語のクライマックスである両親へのカミングアウトを後回しにして交際を先行させたために彼に不誠実さが生まれてしまった。蒼一郎も本来なら折り目正しい交際をするはずだったのに、連載が人気を得たから変な風になってしまったのは思わぬ横槍だっただろうが。

一方でセリナの障害は年下の橙次郎と想いを通じ合った時に彼が中学3年生の受験生であることが問題だった。セリナも欲望を優先して受験勉強に支障をきたさないぐらいの交際をすることは可能だっただろうが、彼女は それを選ばなかった。橙次郎の受験が終わるまでの半年間を我慢して過ごすことによって、次の春に胸を張って交際を開始することが出来た。

でも高2のセリナが春を迎えたら、セリナが受験生になってしまうのでは?と思うけれど、それは野暮なツッコミなのだろう。もしかしたら本書が交際編を描くことなく終わったのは、時間経過と共に また受験生問題にぶつかってしまうからか。もっと長く連載して欲しいという読者の声が聞こえるうちに適正な長さで物語を閉じるのが正解なのかもしれない。そう考えると本編の蒼一郎だけが不利益を被っているような気がする…(苦笑)


き続き、セリナの神木家での お泊り回。
セリナは徐々に橙次郎を異性として意識し始めたが、それを認めるのが怖くて、彼に冷たい態度を取ってしまう。それを謝りたくて夕食後、身なりを整えてから、並んで弟と家事をする。

だが今度はセリナが失言を取り戻すために今度は過剰に橙次郎を褒めてしまい、それが まるで愛の告白のように聞こえてしまう。何とか軌道修正して軟着陸を試みたが、その時 橙次郎が どんな顔をしていたのかは見られない。彼に良く思われたいが、自分が女であることや、橙次郎から女として見られることが怖い。友達という土台があるからこそ恋愛感情という変化が全てを失いかねない。

カワイイの武装のための化粧を落として、身も心もスッピンで橙次郎に向き合おうとしても勇気が出ない。それでも橙次郎はスッピンのセリナを見ても褒めてくれた。自分の欠落している自信や自己肯定感を いつも満たしてくれる橙次郎の存在はセリナにとって必要な存在。それを人は恋と呼ぶのかもしれないことにセリナは気づく。


きな相手として橙次郎を見た時、彼は本当にモテることを実感する。だからライバルに先を越されないよう頑張る必要が出てきた。

本編のヒロイン・色葉(いろは)の恋の相談相手がセリナではなかったように、セリナも色葉には相談しない。色葉の場合は完全にセリナの存在を無視していた薄情なヤツだが、セリナの場合は、相手が色葉の義弟であることが理由であろう。この女性2人は こういうことの連続なので親友とは名ばかりの関係に見えてしまう。

そこで相談相手に選ばれるのは全ての事情を知る情報強者・城戸(きど)。でも彼は頭は切れるだろうが恋愛経験値はゼロではないか…?

城戸の助言によって、少しずつ思わせぶりな態度を取る作戦に出るセリナ。ちょっとずつ「女」を出してみるが、橙次郎が毒牙にかかる前に自分の心が折れそう。しかも全ての作戦で橙次郎は平常心を保っているように見えた。

もしかしたら神木兄弟の特技はポーカーフェイスかも。蒼一郎も色葉の前では素数を数えてる!?

しかし実は橙次郎には全ての作戦がクリーンヒットしていた。この日のうちにセリナは特別な反応を見たいと結果を求めるが、橙次郎は色よい反応を見せない。そこで別々に帰宅することを選び、セリナは落ち込むが、それは胸キュンの始まり。典型的な王道パターンである。

泣き出しそうなセリナに橙次郎は彼女の好みに合わせた温かい飲み物を持参してきてくれた。そんな優しさに触れ、セリナは肩に入っていた力を抜く。


学生の時、仲良くしていた男子が自分を好きだという噂だけで蛙化現象を起こしてしまったセリナ。だが今回は相手が橙次郎で、かつ自分の成長もあり、自分の気持ちに向き合えている感覚がある。

そしてセリナは橙次郎を呼び出して、一歩を踏み出すことにする。この連絡を受けた際、橙次郎は告白の気配を察し、事前に兄・蒼一郎に彼らの交際の過程を聞いたりして参考にしていた。

当日、なかなか話を切り出せないセリナを見て橙次郎は いつもの自分たちのペースに戻す。そんな「友達」としての時間を享受するセリナだったが、それも今日で終わり。友情が壊れても、愛情が実る結果になっても、セリナは変革を求める。

2人が居る場所は、かつて橙次郎が色葉にフラれた時に全てを吐き出した場所。だから今回も2人で今の気持ちを海に向かって同時に叫ぶ。そこで2人は互いに確信の無かった相手の気持ちを初めて知ることが出来た。
こうして幸福感に満たされ、これまでの不安や焦燥が消えていくセリナ。これで低い自己肯定感も高い承認欲求も落ち着きを見せるだろう。


がハッピーエンドにはその先があった。橙次郎に兄・蒼一郎からの連絡があり、話の断片から受験生である橙次郎が無理をしていることをセリナは察する。

だからセリナは年上としての分別を発揮し、交際は受験後に回す。本当は両想いの幸せに浸りたいし交際という現実を手にしたい。しかし それを振り切れるセリナは強い。

橙次郎も自分の我慢を勉強へのエネルギーに変換する。志望校はセリナたちと同じ高校。そして兄と同じく特待生での入学を狙う。それは自分のためで、頑張った結果として手に入れたい称号なのだろう。
それでも橙次郎は年下をデメリットに感じて不安が募る。だがセリナも禁欲的な生活に我慢していることを告げ、2人は互いに苦しい時期を乗り越えようとする。

どうやら想いが通じたことでセリナのSNS上での活動も落ち着いているようだ。彼女の変化に気づくのは、色葉ではなく、城戸である。男子生徒が苦手なセリナが なぜ城戸はOKなのか、そして彼と2人きりで お茶をするのはNGなのではないか、とか色々思うところはあるけれど…。

こうして2人に2つの意味で春が来た場面で物語は終わる。過不足のない綺麗な物語だったのではないでしょうか。作者的にも お気に入りの2人をくっつけられたし、本編で当て馬だった橙次郎が幸せにもなれたし。