《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

様子のおかしいイケメンに猛アタックされる基本の射形が どんどん崩れてスランプ突入。

一礼して、キス(1) (フラワーコミックス)
加賀 やっこ(かが やっこ)
一礼して、キス(いちれいして、キス)
第01巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★☆(5点)
 

「俺は先輩のことずっと見てましたよこの人エロイなー・・・って・・・」中学からの6年間を弓道に捧げてきた、岸本杏(あん)。弓道部の部長は務めているものの、結局、満足の行く結果も残せないまま高校三年生で挑んだ夏の大会が終わってしまう。次期部長は、後輩の三神曜太(ようた)。普段からほとんど練習もしないのに、入部した当初から天才ぶりを見せつけ、大会でもいとも簡単に優勝してしまった三神に複雑な思いを抱える杏。そして、杏はついに引退を決意し、三神に部長の任を引き継ぐことに。だが、それを知った三神は、杏に“あるお願い”をしてきて・・・!?
「色気の魔術師」との異名を持つ、異能の大型新人・加賀やっこ。自身が長年こよなく愛する「弓道」を題材に、いつにも増して、歪んだ愛、究極のフェティシズムパワーを炸裂させて、渾身の思いで描きまくる。この独特の濃密すぎる“やっこ世界(ワールド)”にハマったら最後、やみつきになること間違いなし。ちょっと変態(?)落語よみきり「出来心」も同時収録。

簡潔完結感想文

  • 2年間 ねっとりと先輩女性を見てきたイケメン後輩は性格を熟知していて操れる。
  • 強引な勧誘を断れず、徐々に洗脳されていき抜け出せなくなる意志薄弱なヒロイン。
  • 生真面目な性格で自分を追い込んでしまうのはヒロインも作者も同じなのかな。

トーカー気質の男性なら天岩戸も言葉一つで開かせる、の 1巻。

1話目から人の意見や感情に流されまくっているヒロイン・杏(あん)に対して疑問が湧くが、考えてみれば曜太(ようた)は杏に関しての天才である。頭がよく、弓道もセンスだけで好成績を収める優秀な彼が、本気で研究したのが杏という人の内面である。彼女が そんな天才的、そして偏執的センスを発揮する曜太に勝てるわけがない。そういう逃れようと思っても支配されているという先輩後輩の逆主従関係が面白いくて、多くの読者たちが好むシチュエーションであった。この路線を突き詰めてくれれば、本書はずっと面白かったのに、と再読して分かる『1巻』の面白さである。

2年間、彼女のことを ねっとりと見てきた曜太には彼女の人の好さに つけこむのは朝飯前である。

物語には適正な長さがある。おそらく本書ならば2巻または3巻ぐらいだろう。だが商業誌連載の宿命でスタートダッシュが決まると、その後の連載が延長となる。こうして連載開始当初は予定されていなかった部分を どう面白く出来るか、それが新人作家の試練となる。

そんなアドリブ勝負、サドンデス対決のような延長戦で、作者は ちょっと力み過ぎたのではないかと思う。少女漫画を軽視しているみたいで申し訳ないが、描くことが無ければイケメンの当て馬と女性ライバルを続々と投入すればいい。少年漫画誌のバトル漫画と一緒で、敵がいる限り戦い=連載は続く。そうして連載1作目を終えた人は多くいるだろう。

だが作者は作品を単純なものにしたくなかったようだ。物語に奥行きを、2人の恋愛にドラマ性を演出しようと、単純な当て馬以外の要素を 不必要なほど用意する。これが いけなかった気がする。

本書で主人公が打ち込む弓道の言葉に即して言えば、連載中盤から作者は力み過ぎて型を崩し、次々と矢を外し、その焦りがスランプに繋がる、という悪循環があったように思う。作品ではスランプに陥ったヒロインが、ヒーローの助言によって射形を修正したというのに、どうも作者は修正できなかったようだ。この自滅感が非常に残念だ。
公式発表によると作品は類型100万部を突破し、映画化という僥倖にも恵まれたようだが、悪いことに作者は自分の型を取り戻していないように見える。連載終了後に映画化に際して、番外編が出版されるのだが、本編終了から約2年半で絵が全然 違っている。これが一見して進化と断言できるものなら良かったのだが、そうでないのが悲しいところ。

自分の作品の どの部分が読者に受けているのかを きちんと見極められずに、作品に深みを出したいばかりに色々なものに手を出して、そして手に負えなくなったという印象を受けた。ずっと ちょっとだけ様子のおかしいイケメンからの溺愛を描き続けられたら、読者は それで満足だっただろう。そういう奇妙なおかしみを放棄して、単純に病的なイケメンを極めてしまったようだ。終盤の暗く、重苦しい雰囲気は誰も望んでいない。


して申し訳ないが、表紙詐欺だなぁと思う。というか これはレイアウトした人の功績だろう。もし表紙のイケメン=ヒーローの目が途切れずに全部 表紙に載っていたら、きっと作品に手を伸ばす人は もっと少なかっただろう。この表紙は作者の絵の癖を上手く帳消しにした非常に頭脳的な配置だと思わざるを得ない。実際のヒーローは目の離れた魚顔だし、作品内の絵は線もクオリティも ちょっと不安定である。

実写化は あの魚顔イケメンに演じて欲しかったなぁ…。

本書が予想外に暗い道を進んでいく感じは吉岡李々子さん『彼はトモダチ』を連想した。初の長期連載で迷子になってしまい、そこから抜け出せない感じも似ている。

また後輩男性が先輩女性に積極的にスキンシップという点では平間要さん『ぽちゃまに』を連想した。この作品も作者が真面目過ぎるのか妙に辛気臭い、陰鬱な話になっていった。そして本書を含めた3作品の作者は、5巻以上の長編が その1作品のみというのも同じ特徴になってしまっている。連載という夢が叶っても、安定したメンタルで連載を続け、次の作品に繋げるというのは非常に難しいことなのだろう。


校3年生の秋、弓道部部長の岸本 杏(きしもと あん)は中学から6年間弓道に打ち込んできたが実績は残せなくて、その焦りからスランプになり、秋大会までと決めていた部活の引退を決めた。

だが顧問に、次の部長で後輩の2年生・三神 曜太(みかみようた)には引退を直接伝えてくれと言われる。しかし杏は曜太に苦手意識を持っていた。そして部活の朝練にも遅れるような天才肌の曜太に引退を伝えても彼は軽い挨拶で終わらせる。引き留められることを期待した訳ではないが味気なさと才能の違いによる競技への執着の差を見せつけられた。

自分に1ミリも興味のなさそうな後輩男子が自分のストーカーかよ!? というギャップが楽しかったなぁ。

だが そうして背中を向ける杏の鞄に曜太は弓道道具を忍ばせていた。その後、曜太は自作自演で、杏に連絡を取り、道具を理由に彼女を部室に呼び出す。そこで弓を引かないかという彼の誘いを杏は断ろうとしたが、曜太からスランプの原因を的確に見抜かれる。そしてプライドが高いから癖が悪い方に出て、そして勝手に引退する身勝手さを指摘される(そんな彼女の どこを好きになるんだ…?)。

辛辣な言葉を浴びた杏は彼への不満もあり、怒りが湧きだす。けれど彼に弓を渡され、負けん気を刺激され、杏は もう一度 弓を引く。彼に後ろに立たれて指導されながら弓を引く杏。そこで曜太からエロい人だと思って ずっと見ていたという言葉に肩の力が抜け、そして杏に本来の射が戻る。彼の狙い通りになってしまったが、満足そうな彼の顔を見ると胸が高鳴り何も言えない。

帰り道、曜太から部活に残るように打診されるが、杏は それを断る。引退報告と同じように再び背中を向ける杏に、曜太は後ろから彼女を止め、前の大会で良い成績を残し、部長になってプレッシャーで五里霧中だから稽古をつけてくれと自主練を頼む。部活に戻る訳ではないと、杏は彼の要求を呑む。


道の全国ランキング2位の彼に冴えない自分が何を教えるのかという不安と、彼に流されているという自覚はありつつ、杏は練習に つき合う。弓道場で いきなり服を脱がされたりするけど、それでも杏は彼に流され続ける。それが自分の願いだと薄々は分かっているのだろう。その後もセクハラ三昧だし、大会への参加を打診されても受け入れないけれど杏は彼との時間を過ごす。曜太は体温の低い感じで描かれているが、鼻息の荒い性欲丸出しの男子である。これは実写化したらキツイだろうなぁ、というのは容易に想像がつくが、なんと実写化してしまったようである…。

だが杏にも曜太が本気で自分のことをずっと見ていることが徐々に分かって来る。
それでも当初の決心の通り、荷物をまとめて部活から完全に引退しようとしていた杏だったが、秋大会の試合の前日になって自分も出場することを後輩部員から知らされる。これは曜太の采配だった。曜太は顧問に、杏が秋大会まで引退しないという偽の情報を教えていた。それに曜太との稽古で悪い癖は抜けたのだから問題なく参加できるはずだ というのが曜太の言い分だった。だが彼にペースを狂わされ続けた杏は もう振り回さないで と曜太に大声を出す。

しかし曜太は自分は全然 杏を振り回せてなんかいないと逆ギレをする。何一つ思い通りにならない歯がゆさを感じていたのは曜太の方だった。この2年間 曜太の方が ずっと杏に振り回されている。その気持ちを込めて彼は杏にキスをする。

曜太は予定外に早い杏の引退を聞いてから どうにか彼女を部活に、自分と同じ時間を過ごしてもらおうと もがいていたのだ。今までの全ては曜太の杏への好意からの行動である。弓道道具を鞄に入れるなどの 可愛らしく いじらしいテクニックなら許容できるが、何かといっては服を脱がそうとしたり、キスをしようとする彼には鼻息の荒さしか感じないなぁ…。


局、杏は流されるままに大会に出場する。そして あんなに真剣な曜太の告白も本当かどうか分からないとか言い出す始末。その一方で顧問から曜太が必死に杏の引退を阻止していたことを知って胸キュンはする。ヒロインしてるなぁ…。

そして曜太が杏をこの大会に出場させたのは、合法的に杏のエロい背中を真後ろから見るためだった。きっと本書の面白いところは こういう所だと思う。後輩が必死に女性のために動いて、その中で彼女を性的な目で見ている。真面目な顔して おくびにも出さずに曜太が日常の中にエロスを感じているから良いのであって、直接的な行動は誰にでも出来るから それほど惹かれない。ここで曜太は杏マニアとして おそらく早口で杏の良い所をまくしたてている。この具体性と情報量の多さがオタク感があって面白い。こういう滑稽さと紙一重の真面目な淫靡さが受けていたのに、後半は直接的なエロとか乱暴とか曜太が思い詰め過ぎて余裕がなくなっていく。もっとコメディ寄りでも面白かったと思うのに。

だが生真面目すぎる杏は曜太のマニアックな解説を受け入れられず、彼の好意が不純だと断じる。照れ隠しにしても曜太の言う通り、曜太の気持ちまで否定する権利は杏にはない。こういうデリカシーのなさが杏の悪い所だと思うのだが、アバタもエクボで 曜太は そんな彼女も好きなのだろう。

杏のことなら一晩中 語れる情報量を持つのが曜太のキモいところ。明るい変態だったのになぁ…。

の秋大会から曜太のライバル、そして恋の当て馬っぽい人が登場し、長編の準備を整える。だが この当て馬、というか本書の当て馬たちは役立たずである。杏に好意を持っているような描写はあるのに具体的に動かず、ただ彼女の周囲を飛び回るだけ。しっかりとした三角関係を成立させないまま、当て馬が続々出てくるという訳の分からない展開も後半の失速の一つの原因だろう。ガッツリ三角関係でも描いていれば よかったものを…。

練習の不調から杏は試合前に逃亡する。無責任すぎる。試合に対する意識というか弓道に対する姿勢、元部長としての責任とか彼女にはないのだろう。ヒロインの どこにも良い所が見つからないのにヒーローが溺愛しているのが本書の痛いところである。

そうしてトイレに立てこもる杏を曜太が迎えに来る。きっと曜太の脳内にいる杏が 彼女ならどこに隠れるかを教えてくれたのだろう(笑) 立てこもり犯にも曜太は緩急自在に説得する。彼女が返事をしなければ生真面目な性格に つけこんで、彼女を一喝して口を開かせるし、彼女が弱気になれば、もっと弱い自分を演出して、彼女の責任感に訴えかける。
だから杏は再び流される。


合直前に曜太は立ち順を変更する。曜太が杏の背中を見るのではなくて、杏が曜太の背中を見ることで彼のことを、彼の真摯な気持ちを見ることになる。
弓道場での神聖さと試合の緊張感が、彼の動作の一つ一つを一層 際立たせる。それはエロスにも繋がると思う。所作が綺麗な弓道の動きを、自分が恋する人がやっていれば、その一つ一つの動きが絵になり、そこに興奮することも可能であろう。

曜太の呼吸は杏の呼吸になり、彼女も好成績を残すこととなった。こうして息苦しかった弓道への気持ちが解放されていく。そして彼の背中を見ることで、杏は自分の中にあった彼への本当の気持ちに気づく。
だが曜太には「ゆき」という大事な人がいるようで…。


「出来心」…
花火大会に行くため生徒のために浴衣の着付けを教えてくれるという落語研究会の前園(まえぞの)。だが千枝(ちえ)だけは色気がないからダメだと門前払いされてしまい。
色気がないと言われた千枝が彼をオトしたら面白いと友人に言われた彼女は前園との交流の機会を持つ。けれど彼の言動に振り回されるのは千枝の方だった。しかし彼に恋をした千枝を前園は色っぽくなったと評する。そして色気が出たので浴衣の着付けを教えてくれる。その中で千枝が誰に恋をしているかを話して…。

この読切などが評価されて、連載へと移行したのだろう。確かに他の作家さんとは一線を画す作風である。題材が面白いし、終わり方も大人っぽい余韻を残す。これは本編と同じく和の部活動シリーズというべき作品か。この和シリーズを自分の強みにすることも出来たのではないか。茶道部とか華道部とか、名作が存在するけど百人一首部とか。

それにしても本編と一緒で目的があるとはいえ、女性の服を脱がせたがるヒーローだなぁ…。