加賀 やっこ(かが やっこ)
一礼して、キス(いちれいして、キス)
第06巻評価:★★(4点)
総合評価:★★☆(5点)
弓道部を舞台に、才能に恵まれた後輩との恋をエロス漂う世界観で描く本作。物語はインターハイに突入し、ますます盛り上がっています!
先輩の射を体に覚えさせて、インターハイに挑む三神。そこには、「先輩を全国1位にさせたい」という彼の想いが込められていた。三神に突然別れを告げられた杏だが、彼の想いの深さを知って、「三神のそばにいたい」という気持ちを強くする。お互いの気持ちを確かめ合った2人は、ついに三神の部屋で…!?
簡潔完結感想文
- 一方的に別れを告げた人でも一礼されたら、不安な気持ちも全て吹き飛ぶの!?
- 甘い言葉を囁かれたら別れの理由なんて どうでもいい。自宅に呼び込む3回目。
- 幸福な気持ちの継続は1日未満。早くも波乱なのだが、動作が慌ただしく雑だよ。
結局、曜太の都合で別れたり復縁したりしている 6巻。
本書を読んでいて思うのが、周囲の人間が主人公たちに与える影響が小さすぎるということ。
私の読み方が大きく間違っているのかもしれないが、ヒーローである曜太(ようた)が弓道を始めたのは、幼なじみで、病気により弓道への情熱さえ奪われてしまった由木(ゆぎ)の思いを引き継いでいるからだと思っていた。曜太が的前に立つのは由木のためという部分が少なからずあるのかと思ったら、今回のインターハイで曜太は完全に自分のためだけの弓道をする。それは曜太が自分自身の道を歩き出したという彼の個性の誕生でもあるとは思うが、特に そういう描写もなく、ただ大好きな杏(あん)のことしか見ていない視野の狭い弓の道が描かれるだけだった。
曜太の人生においての由木の影響が小さいのと同様に、恋愛においての桑原(くわばら)の役割も中途半端だった。桑原が当て馬として杏にちょっかいを出したかと思ったら、その後に彼が執着するのは杏ではなく曜太の方。彼にチクチク嫌味を言って自滅させようとするが、いつの間にかに杏と曜太のキューピッドのような役割を果たしている。作者は彼をどういう位置づけで出したのか、何をさせたかったのが全く見えなかった。また弓道界のサラブレッドである桑原の設定も彼が試合会場など弓道場を自由に行き来するフリーパスの役割しかなかった。
上述の由木といい桑原の祖父といい、病気の設定を出すことで恋愛以外のドラマを演出したかったのだろうが、それが物語に大きな影響を与えないことで不発に終わっている。
良くも悪くも曜太にとっては他者など無意味であり、杏だけがいればいい。だから話は2人の世界から広がらず、その2人が離れたり くっついたり、そして また離れそうになるのが『6巻』だった。そこは誰にも入り込めない世界で、読者すらも置いていかれ、広がることなく世界は閉じられようとしている。
そして唐突な別れから やっと復縁したのに1日足らずで また別れの予感が起きることに徒労を感じる。精神的な遠距離が終わったら、即座に物理的な遠距離の問題が出てくる。2つの問題を1回にまとめることは出来なかっただろうかと作者の手際の悪さを思う。別れの危機が去ったら今度は進路が別になりそう、などという手垢のついた展開は曜太のような特殊な恋愛をする人には似合わない。曜太の目的を達成したインターハイで無理矢理にでも話を終わらせるべきだったのではないか。なんだか観客を乗せるのが下手なライブの終盤とアンコールのような白けた、滑った空気感だけが残る。
そして『6巻』終了時点で本編は残り2話しかないのに、残された伏線や設定の多さに唖然とさせられる。
特に作中で この半年 日本にいた曜太の父親の無駄な滞在には涙が出てくる。父親にとっては12年ぶりの帰国と再会、そして休暇だったはずなのに、無意味な時間となっていった。そして残り2話では父親が出る幕も ほとんどないだろう。
曜太にとって自分を不安に思うトリガーとして用意されていたとは思うのだが、それも上手く発動せず、父親によって曜太が情緒不安定になったという印象もない。上述の病気設定と同じように、出したはいいけど本編に影響を与えられなかった要素である。
それらは作者が初の連載で描きたくて山盛りにしてみたビュッフェのようなものだろう。結局、作者は自分の消化能力に見合わない量であることが どんどん判明しただけである。せめて桑原当て馬編が終わった後に、父親編を用意するべきだった。幸運にも2人が両想いになった後も連載が続いて、ネタ切れだと思われないように これからの起こることを山盛りにしてしまったのか。
また この頃になると読者からエロい エロい と言われたからエロシーンを入れました、みたいな義務感が見え隠れする。およそ1巻に1回は2人がベッドやソファ、時には弓道場でイチャついて半裸になっている気がする。そして ここまで3回チャンスがあったものの全て未遂に終わるという妙に鉄壁な守りを見せる。これは完遂してしまうと、作品の売りが無くなってしまうと考えての予防策なのか。
性欲が旺盛な曜太にとって、この問題は非常に大きいと思うのに、完遂しないままで済ませる意味が よく分からない。
本書は こういう初読は一応 納得が出来るが、再読してみると なぜ こうしないのか という部分が非常に多い。それは登場人物たちが作者の都合で動いている部分とも言い換えられ、作者の未熟な部分でもあろう。
インターハイ当日。曜太は杏に いってらっしゃい と声を掛けられて会場に向かう。
曜太は飽くまで杏を勝たせるために ここにいる。だから彼女を模倣した射形を崩さない。最初の4本を的中させた者が複数いたため、杏は会場のアテンド係として、曜太に次の矢を直接 渡す。その際、曜太は杏の心情も見透かす。ここで曜太が、直前に杏から教えられた緊張をほぐす一礼を杏にすることで、自分も彼女も落ち着かす。この何気ない動作の中に、2人だけのメッセージが込められている、という場面は良かった。
そのまま曜太は優勝する。
競技後、杏は曜太の包帯を巻きなおし、2人は落ち着いて会話をする。そこで曜太は杏の射でインターハイ優勝を成し遂げたかったと告げる。そのために3年間 弓道を続けてきた、と。
高校入学後に初めて見た杏の射は、下手だったけど、競技への愛があった。何事も関心の薄い曜太からしてみれば その気持ちを持てることに嫉妬した。だから杏に執着し、その気持ちに負けたくないと思った。そして今回の自分の優勝は杏の優勝であり、それが自信になればいい、と曜太は伝える。
『5巻』でも書いたが、私は曜太のやったことは決して杏のためでは ないと考えている。努力を あざ笑うかのような才能は時に人を傷つけると思うから。でも杏は曜太の自分を想う気持ちが嬉しいという。そして彼の胸に飛び込む。それに対して曜太も、杏を失う恐怖がありながら、彼女を求めたくなる自分もいる。
2人が別れていた この半年間の間に、18歳になった曜太は本当に杏と結婚できる資格を持った。だから一緒に住もうと彼女に提案する。『5巻』で異様に時間の流れが早かったのも、インターハイを区切りにしたのも曜太が18歳になるためだったのだろう。
曜太からの一方的な勝手な別れだった割に、仲直りが早い2人は一緒に電車に乗り、自分たちの町に帰ろうとしている。私としては嬉しくない行動で復縁したので納得がいかないが、杏は それでいいみたいで、そこにまた納得がいかない。電車の中(なぜか無人)で発情する彼らを見ても、幸せそうとは思えず、はしたないと思うだけだった。
杏は曜太に連れられ実家に2回目の訪問となる。前回(『3巻』)は家に入るなり押し倒されて、ソファで情事の未遂があったが、今回は曜太の部屋に入る。そこには曜太のにおいが染みついているらしいから、曜太は この家で度々 寝泊まりしていると思われる。曜太にとって この家の意味の大きさも いまいち伝わらないままだなぁ。
そこで3度目の情事の未遂が始まる。今回ばかりは完遂しても良かったと思うが、杏がシャワーを浴びている最中に曜太は由木が会場で倒れたことを知る。
この日、無理をおして病院から出た由木は競技を見届けた後、倒れた。運ばれる救急車に曜太の父親が乗るのだが、彼の息子への無関心と、12年前の病院での息子への暴言からいって、由木に手を差し伸べるのは理解できない。残り2話で深い理由が明かされる、といいなぁ…。
だが曜太は杏との2人きりの時間で電話に気づかず、かなり時間が経過してから曜太が折り返し電話をした時には由木は寝ついたところだった。だから見舞いに来るなと電話口の奈智(なち)は言う。
電話の後の曜太は、杏への性欲は萎えたようで、杏が どこにも行かないように抱きしめる。離れないことを約束して2人は抱きしめ合って眠る。曜太が お預けをくらった形になっているが、杏だって またも機会を逃したことになる。意味不明な別れで、くっついていたいと思っても抱いてくれない彼に不満はないのだろうか。
翌朝、杏が目を覚ますと、曜太はもう病院に出掛けていた。なんと由木は もう外出が出来ないという。折角、恋愛方面が落ち着いたのに、こちらで沈鬱な気持ちになる。男性陣の中で平和なのは沢樹(さわき)ぐらいで、他は身内や本人にネグレクト・病人・病人と暗い要素が山盛りである。
杏は、半年以上 曜太と交換したままの大学の弓道部に弓を取りに行く。そこで桑原と会う。どうやら杏は桑原から譲られたアテンドの仕事を桑原に押しつけて、曜太と一緒の時間を過ごしていたみたいだ。配慮してもらったからこそ、試合前に曜太と話せて、試合中も曜太に矢を渡せたというのに、なんて女だ。私は ちっとも杏が可愛いとは思えない。
そこで杏は、桑原から今 曜太が東北の大学の特待推薦を受けていることを聞かされる。
そして杏が曜太に弓を返却するため母校の高校に戻ると、東北の大学の弓道部員と曜太の会話が耳に入る。大学生の方は、曜太に その射に つぶされると忠告する。近くに居たら その射から逃れられず、自分を傷つけることになるから その人と離れるように。
その話を聞いた杏は、どういう決断をするのか…。感情のジェットコースターといえば聞こえはいいが、これは落ち着かないだけ。曜太の気分次第で別れて くっついて、そして再び別れの危機があっても気持ちが追いつかない。当て馬の登場よりも先に、曜太と2人きりでデートして、彼の良い意味での気持ち悪さを堪能でいるコメディ寄りの話とか読んでみたかった。全部が無駄に重い。
「とりあえず、キスして」…
高校時代の桑原と 所属する弓道部部長の大友(おおとも)の お話。
曜太が由木が出来なくなった弓道を受け継いだように、桑原もまた弓道を祖父の願いを背負って弓道をしていた。だが その祖父自身が弓道が出来なくなり、桑原は喪失感を抱えている。
切ない話だけど、大友さんが自分に酔っている感じがしなくもない。残された人の気持ちを全く考えておらず、大切な人に突然去られた桑原の純情派整理のしようがない。そんな身勝手さは曜太と似ている。また大友が何かと理由をつけて自分得な方向性に桑原を動かそうというのは曜太の役割と同じである。