《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

本編終了から約3年後の特別編なのに、30年ぶりにキャラを描いたかのような作画の変化。

一礼して、キス(8)特別編 (フラワーコミックス)
加賀 やっこ(かが やっこ)
一礼して、キス(いちれいして、キス)
第08巻評価:★★(4点)
 総合評価:★★☆(5点)
 

先輩女子×後輩男子、エロティック偏愛遠恋。
映画化で話題沸騰中の累計100万部突破原作コミックスに早くも続編が登場! 弓道を通じて結ばれた杏と三神は、それぞれ別の大学に進学して遠恋中。 互いを強く思い合っているものの、それだけに不安が募る杏。そんな彼女の前に天才肌の後輩男子・八頭始一(やとうしんいち)が現れる。見た目はどことなく三神に似ているものの、性格は正反対。杏の揺れるキモチも敏感に察知してくれて・・・そんななか三神には同級生女子が急接近して・・・!? 他にも道着男子たちの恋を番外編としてスペシャル収録!!

簡潔完結感想文

  • 作品内でも現実と同じく3年が経過。だが作画は本編の3年前に戻ったかのような幼さに。
  • 当て馬が当て馬にならないのも、弓道で勝負をするのも本編と同じ展開。新鮮味ゼロ。
  • 古臭い作画に連動したかのような、古臭い内容。80年、いや1970年代の作品かしら?

か作者にも曜太や桑原のような指導者を つけてあげて、の 特別編8巻。

本編の実写映画化に際して発売した商売っ気まる出しの特別編。
作画も内容も褒められたものではなく、酷評したいけれど、ここまで酷いと作者のことが心配になるレベルである。心身の不調やスランプをおして どうにか特別編を作ったような苦渋が そこかしこから滲んでいる。本編では杏(あん)のスランプを彼女を偏執的に見つめてきた三神(みかみ)が抜け出させているし、今回 教師となった桑原(くわばら)が弓道部員を個人指導して その人に合った射を体得させているが、作者にも そういう指導者が必要なのではないかと この迷路からの脱出を願った。

特別編で最も気になるのが、最後に収録されている一編で、弦が切れた弓が次のページで拾い上げると一瞬で直っていること。これは どういうことなの? 作者も編集も これでいいと思ってるってことは、私の読み方が間違ってるの?と頭が疑問符で いっぱいになった。本当に作者は どうしちゃったんだろうか。あと この時の「放ける」って「放心してる」ということを意味してるんだろうけど、それなら「呆ける」や「惚ける」が正しいような。編集や校正が機能しないほど、切羽詰まった原稿提出だったのだろうか。色々と不完全なものを読まされている感じがストレスだなぁ。桑原先生は日本史の先生だから仕方がない…。

(左下)「何? 放けた顔して…」「だって弦が一瞬で直ってるんです…」「あと漢字 間違ってません?」

これは いきなり長期連載と人気作品に恵まれた弊害なのかな、と思う。新人作家さんが読切連載を何度も作って話の作り方を覚え、短期連載で連載の呼吸を学ぶ。そうして技術を体得した上で長期連載に臨むことが多いのに、作者の場合は初連載が人気作になるという僥倖によって、弓道に即して言うのなら どんどんと自分の射形を崩してしまったように思う。その修正法も分からないまま、自分の良さを見失ってしまったのか。
話作りに迷う余り、絵や線にも悪影響が出てしまったから、たった3年で色気があったと称えられた 揺らぎのある線も失ってしまったのだろうか。


てが想像だが そのような状況だからか、約3年ぶりにキャラはベテラン作家(というか高齢者)が かつての自分の絵を30年ぶりに描いてみたみたいな作画になってしまっている。失礼ながら、少女漫画のギャグ絵として昔の少女漫画風の絵が使われたりするが(例・東村アキコさん など)、それを思い出したぐらいだ。

作画の乱れによって、せっかく現実時間と合わせた作中の3年という月日の経過が全く見えなくなってしまっているのは残念だ。本来なら3年が経過し、少し逞しくなった曜太の姿が見られるはずだったのに、現れたのは本編の3年前の中学2~3年ぐらいに見える幼くなった曜太だった。
これは杏も同じ。大学4年生という年齢と遠距離恋愛を何とか乗り越えてきた実績が彼女を大人にしているかと思いきや、本編よりも その精神年齢は低下しているように見えた。

3年の月日によって彼らの中に生まれた関係性の進化が見られと思ったのに、彼らは以前と同じところで堂々巡りしているだけだった。特別編を待ち望んでいたファンにとって一番の落胆は この部分ではないか。
彼らの変化が読めると思ったら、肝心の内容は本編の再放送をしているだけ。杏が弓道の才能だけで男を選んでいるのも相変わらずだし、当て馬のようでいて当て馬にならないイケメン弓道男子も3人目。
弓道で白黒つけたがる博打のような描写も相変わらずで、しかも弓道に対する真摯な姿勢は低下している。本編で感じられた的前に立つ独特な空気も失われ、今回は曜太が他者の射の最中に杏とベラベラと喋るという最悪なマナーを見せている。弓道への敬意も3年間で失ってしまったのだろうか。全体的に集中力が見えない投げやりな作品に見える。

画風が古臭いと話まで古臭く見え、とても21世紀の大学生の話には見えなかった。同時代性を全く感じさせない絵だと作品も色褪せさせるのだという残念な実例を見てしまった。時折 現れる 本当に これでいいのか、と問い質したくなる雑な絵を見るたび、作品への集中力や没入感が失われていった。

実写映画化記念に作られた幸福な作品のはずなのに、悲しくなる気持ちしか生まれなかった。


一礼して、キス 三神と杏の特別編」…
杏が大学4年生、曜太が大学3年生の時の話。
本編の最終回でも2年ぶりの再会だったが、今回は(おそらく その時以来の)1年ぶりの再会。遠距離って、完全に会わないことと同義ではないと思うのだが…。曜太には名実ともに自分のものになった実家があるから宿泊代はいらないし、交通費だけで彼女に会うことは出来るのに。会わない理由を用意しないのに2年ぶり、1年ぶりと言われましても…。なんだか腹が立ってきた。

この特別編で登場する新キャラが、流鏑馬(やぶさめ)界の天才・八頭 始一(やとう しんいち)。杏は弓道の才能でしか男を測れない人だから、同じようなイケメン弓道男子が出てくるのは仕方がない。杏は八頭の指導係になる。後輩で天才という属性が杏に曜太を思い出させる。

一方、東京に遠征に行くはずだった曜太は同級生の部活の女性に その交代を頼まれる。彼女は部の遠征を使って意識不明の友人の見舞いに行きたいらしい。完全に旅費の節約目的で一種の横領なんじゃないかと思うが。
曜太が彼女の願いを聞き入れるのは由木(ゆぎ)という存在がいるからだろう。どうやら この時点でも由木は入院中。彼の場合、生存確認があるだけ ありがたい。それまで生きられないと言われていた20歳を超えているけど、大丈夫なのだろうか。でも由木の姿は直接的に描かれておらず、もしかしたら… と思ってしまう。確かに友人が意識不明の同級生に対して、俺の友達は亡くなったとは いくら曜太でも言わないだろう。その発言が嘘という可能性は低くはない…。

曜太が東京に来れないという話を聞いた杏は曜太が自分との再会を楽しみにしていないのではと疑うが、そんな訳ないだろうと言いたい。交際開始から4年が経過しているだろうに、彼の愛情を信じられないことが信じられない。

この重くなりかけた空気を変えるのは曜太の変態的な部分。報告の電話を切らずに彼女が寝るまで、いや起きるまで その吐息を聞き続ける。だが そこからも通話を繋げたまま、離れた弓道場での練習で それぞれの背後から異性の声がしたことで彼らの顔色は変わる。

この3年で大好きな先輩の顔や体型が随分と変わってしまったが、この杏も曜太にとって神なの?

杏が不安になった時に そばにいるのは八頭。これは本編の桑原のポジションに収まっただけで、彼と同じく本当に当て馬になる気はない。しかし この先輩後輩の2人は、曜太が到着するまでの間、3時間ぐらい彼らはずっと話していたのだろうか。


八頭は駆けつけた曜太に本音を離せない杏に代わって、自分が杏を泣かした「彼氏」だと曜太を挑発する。そこで始まるのが本編でも お馴染みの弓道での決着である。

その勝負の前に曜太の大学の弓道部員たちが到着し、杏は曜太の側の事情を知る。そうして自分の邪な気持ちを反省する杏。この時点で八頭には勝ち目はない。

試合中、本編の最終回のように弓道場でキスをして気持ちを重ねる2人。それを見た八頭が神物競技だとか拝納者とか本編で無視していた弓道の精神を説く。だが曜太の神様は杏だから問題が無いらしい。
だからなのか八頭が射に入っているのに、曜太は杏とベラベラと喋る。これは単純なマナー違反だろうと曜太が嫌いになった。これに対し八頭の精神を乱し、彼が試合放棄しようとするが、曜太はそれを認めない。どこまでも自分勝手な人間である。溺愛ヒーローや ちょっとした病的なヒーローは良いが、単純に頭がおかしいヒーローは 御免である。

こうして杏は溜め込んだ気持ちを吐き出して2人は元通りになる。この話で2人の3年後が見られたが、何も進化していないことも分かった。

「唯一無二に、して。 沢樹編」…
杏に恋をしていたはずが、ただの大学の男友達に収まった沢樹(さわき)が主役の話。どうやら彼は幼い頃から華道・茶道・剣道・合気道弓道と全ての道を極めし人間らしい。
そんな彼の運命の恋の相手となるのが、部活が一緒の湯川(ゆかわ)はるか。だが彼女は男性であれば 誰にでも すり寄る女性だった。

にしてもこの大学の弓道部、部員が500人って…(そういうことだよね?)。少なくとも杏たちの代は入部テストを実施して部員数を減らしていたのに…? 作者は何も考えずに数字を叩き出しているのだろうか。頭で考えず手癖で物語を描くようになったダメなベテラン作家みたいな ツッコみどころ満載の話だなぁ。

絵柄の変化が最も気になるのは この話かもしれない。沢樹も湯川も とても21世紀の大学生には見えない。田舎の中学生のような服装(というか体型やスタイル)だし、話も純情な中学生が高校生のお姉さんに誘惑されるという内容である。最後に無理矢理、弓道に絡めているが、そもそもが この湯川が弓道部というのも謎だし、これで恋に落ちるのも謎だ。あと、京男の沢樹の京都弁は これであってるの??

「はつ、こい。 桑原編」…
女子校の臨時教師として赴任した桑原(くわばら)は、入部以来1年以上 矢が的に当たらない松木 花日(まつき はなび)に出会う。彼女の練習に付き合う条件として堂々とセクハラめいた発言をする男性教師。
弓道の中にエロスを感じさせるのが良かったのに、この短編の場合は ただのゴルフレッスンにおけるセクハラオヤジと同じである。松木が心身ともに幼すぎて教師と生徒という関係の禁断の空気も感じないし。

上述の切れたはずの弦が切れていない描写も気になるが、キスの時に首が170°は曲がっているのも気になるところ。

桑原は早々に教師をクビになるだろうなぁ。ただ百戦錬磨の桑原も高校時代の純情を引きずっている。だから その彼女に似ている不器用な女子高生に惹かれてしまうのだろうし、破滅していくのだろう。