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少女漫画と小説の感想ブログです

君の膵臓をたべるのは、君と一心同体の俺がインターハイで優勝した その後で。

一礼して、キス(5) (フラワーコミックス)
加賀 やっこ(かが やっこ)
一礼して、キス(いちれいして、キス)
第05巻評価:★★(4点)
 総合評価:★★☆(5点)
 

大反響の偏愛至上主義連載、5巻が発売です!「ベツコミ」連載中の「一礼して、キス」。弓道をテーマにしながらも、ヒーロー・三神の「偏愛」っぷりにドキドキしまくれる恋愛まんがとしてファンが急増中!
順調に恋をはぐくんできた三神と杏ですが、そこに、三神の父が海外から帰国!それ以来、三神の様子はどこか変…。杏といても不安げな表情が消えません。さらに三神は杏に突然別れを切り出して…!?
「偏愛」三神が別れを切り出した理由とは? そして彼には、杏のための、ある驚くべき「狙い」がありました。その「狙い」とは…!? こんな愛情の形も素敵!と雑誌掲載時に大反響だった、三神の決意が読める5巻収録分のストーリー、見逃さないで!

簡潔完結感想文

  • 父親の帰国で自分の中にある利己的な遺伝子を再確認したのだろうが、その流れが不十分。
  • 一方的な別れも謎だが、それを反論せずに受け入れるヒロインも謎。プライドの高さが原因?
  • もはや曜太が好きなのは曜太の中の杏であって、現実の杏ではない という疑惑の方が大きい。

終巻で心中オチが待っていても驚かないだろう、の 5巻。

私にとっての良い少女漫画とは、登場人物の気持ちをスムーズに追えることである。その人を なぜ好きになったのか、なぜ今は告白や交際が出来ないのか、なぜ相手の気持ちを受け入れられるようになったのか、など その時々の気持ちが分かることが共感に繋がる。

だが本書は この『5巻』で共感ゼロになる。ヒーローの曜太(ようた)が ますます病んでいくのも問題だが、ヒロインの杏(あん)の行動も全く理解が出来なくなった。これは作者の持っていきたい方向に話を進めるために、杏の思考力や行動力を奪っていった結果である。杏は難しい状況となった自分たち2人の交際に どんな言葉が必要なのかを考えずに、ずっと思考停止状態になって自分から動かない。つき合おうと言われたら つき合って、別れようと言われら別れる、それこそ曜太に洗脳されたままではないか。それに曜太の嘘が別れを受け入れるような大きいものだと私には思えなかった。

そして この『5巻』は これまでの巻に比べて時間の流れが異様に早い。この巻で半年以上の時間が経過する。それは曜太が新しい曜太になるために必要な時間で、これからの展開のために2人が離れる必要があったのだろう。
しかし その時間の経過を優先するあまり、杏が ずっと自分から曜太のことを理解しないままになっている。杏を悲劇のヒロインに仕立てるには都合が良いが、そんな中で言葉だけで「はじめて好きになった人」と言っても虚しいだけである。もう少し彼女の側の奮闘を描くべきだったのではないか。この辺が悲劇のヒロインごっこ に思える部分である。


もそも作者は曜太の父親の登場から連鎖的に物事が悪化していることを描きたいのだろうけど、それが上手く機能していない。曜太にとって父親が どういう存在なのか、どうして父親の一言が曜太に強い影響を与えるかなどの作者の脳内設定が、作品に ちゃんと反映されていない。そのドミノ倒しの最初から つまづいているのに、2人の関係性は悪化の一途を たどるから、読者が物語を追えない。

曜太と作品側が杏の曜太への好意を誘導された偽物と断じた後の解決策が分からないのも、読者にとっての不快感となる。作品の根本を否定して どうしようと言うのか。少し卑怯な恋愛をしていることも曜太の魅力の一つだったのに、それを帳消しにしようとしている。

曜太のは恋愛ではなく自己愛に近い。彼女のデータを採取したら もう3D彼女なんて不要なのだ。

また曜太が目指す自分の射が独善的なのも気になる。究極的には曜太は杏になりたいらしい。だから自分が2年間見てきた、そして杏から教わった彼女の射を自分の身体に覚えさせ、その射でインターハイの試合を制することが彼の目標。
百歩譲って曜太の狙いは分からなくないが、でも それって杏にとっては屈辱的なことでしかないと思う。自分が6年間の弓道人生で固めた射を勝手に模倣され、そして自分よりも好成績を収めたら、杏自身は弓道人生の否定に思ってしまうのではないか。射形が一緒でも成績が違うのは、そこに足りないのは集中力など精神的な問題となる。それを杏は突き付けられたら嬉しいと言うよりも羞恥や未熟さを覚えるのではないか。想像力が不足していて そのことが分からないままの曜太では、この後、復縁したとしてもカタルシスは生まれない。

それに復縁後に曜太の執着心が簡単に消えるとは思えない。結果的に曜太は自分が自分の頭の中の「杏」として生きるためにスカートを履いたり、もしくは究極的に杏を征服するために、彼女の存在を永遠に自分のものにしそうなのが怖い。射による一心同体の次は、食による一心同体を試みても不思議ではない。

既に曜太は ただの壊れた人になってしまい、そんな人との恋愛に憧れはない。あるのは恐怖だけである。意地悪な後輩による恋愛誘導が楽しかったのに、もう その射形は乱れ切っている。きっと物語を作る時に大事なのは、2人の障害だけじゃなく、その障害の意味と乗り越え方まで きちんと考えることだと思う。けれど作者は障害しか用意していないのではないか。


頭は弓道場でのイチャイチャ。でも性的な関係を匂わせておいて、何も起きないのは これで3回目である。中途半端な中断に理由があればいいのだが、未遂で終わらせ続けるために完遂させないだけなのが残念。

しかも急に曜太が自分が杏の気持ちを誘導したことを気にし始める。両想いへ誘導したことが罪悪感になっているのか。だが反対に杏は、最初は複雑な思いのあった曜太への自分の気持ちが紛れもなく恋だったことを自覚していた。

そして曜太には別の問題も持ち上がる。母親は1年に1回は息子に会いに来ているが、父親は12年間 一度も顔を見せていない その父親が半年間、日本に滞在すると言う。

杏と別れて帰宅した曜太は父親と対面する。父親は一方的に日本での家の処分を決めており、曜太はそれに激怒し、全力で殴る。彼が人を殴るのは2回目である。年齢を重ねると泥酔して暴行事件を起こして人生を駄目にするタイプの人になるのではないか。

ここでは曜太と父親が根底では似ているという話になるが、父親側のエピソードがないのに、そういうことを言われても納得できない。仕事のために息子を捨てたことを言っているのだろうか。せめて曜太が自分の中に流れている利己的な部分と父親との関連に怯えているような描写があれば良かったのだが。

父への反発で家を出た曜太は、杏の着信にも応答せず彷徨う…。


業式が近付き、同じ場所に居られる時間が少なくなるが、曜太は杏を遠ざけ、一人で自分を傷つけながら弓道に打ち込む。弓道に それほど興味のない彼だったが、この頃は何か目標があって、インターハイの優勝を目指しているらしい。

父親との再会から1か月して ようやく曜太は杏の前に顔を出す。心の整理がついたからだろう。しかし彼は平気で嘘をついた。父との関係も問題がないと言い、左腕に血を滲ませながら一人で練習していたことも杏に隠す。

卒業を前に、曜太は杏に射を見せてもらう。それを目に焼き付ける曜太。これは永遠に高校生の彼女を閉じ込める儀式なのだろう。
杏は この1か月以上、ずっと言えなかった最初から曜太に恋していたことを言おうとするが、そこに曜太が一人で練習に使っていた道場の話が杏の耳に入り、曜太の嘘がバレ、そして杏は自分の気持ちは言えないままとなる。その前に同級生の杏への告白も未遂に終わってるし、話が中断するイライラ展開である。

最後となるJKの射。きっと曜太は この映像を何度も何度も色々な場面で反芻するのだろう…。

太の左腕を確かめると血が滲んでいた。ケガするクセがついた曜太を心配する杏は、彼に射を見せるように言うが、曜太はそれを拒否。理由を聞いても曜太は答えない。

こうして彼との関係を初めて不安に思う杏。
戸惑いを見せる杏に曜太は卒業式に出られないからと第2ボタンを今、渡す。杏が自分の気持ちを持っていてくれれば1人でも大丈夫と、曜太は別れを選ぶ。その前に気になるのは曜太が最後に渡した第2ボタンが学ランのではなく、Yシャツのボタンだったこと。第2ボタンって制服の、というのが私の感覚で、普通のボタン貰っても、という気持ちになった。

曜太が別れを切り出すのは不純な自分に嫌気が差したのだろう。何も説明しないのは父親譲りの性格である。



れを切り出しながら、曜太は最初のキッカケから自分の計略だったことを告白し、誘導してきた罪を懺悔する。本当の気持ちではないのに、それを本当だと洗脳されている状態だから交際が不安になるのだと、曜太は杏の気持ちを推測する(間違ってるけど)。そうして一方的に始めた恋愛を一方的に終わらせる。杏が何も言わないから、本当に交際は終わってしまう。言うべき気持ちを直前まで持っているんだから、言えよ!と杏の流されやすい性格に怒りを覚えた場面である。

こうして また1か月以上が経過し、杏は高校を卒業する。
杏が物分かり良すぎ、というか、そこで縋らないから曜太は杏の気持ちを信じられないのではないか。曜太が病的なのは分かっていたが、杏も何が大切か分かっていない。一人で泣くぐらいなら気持ちを言えばいいのに。ここら辺は全く共感できない。

また1か月が経過し杏の大学生活が始まる。そこで杏は沢樹(さわき)と再会する(推薦入試試験日に曜太と対決していた沢樹はどういうルートで大学に入ったんだか…)。弓道強豪校だけあって、弓道部への入部にも試験があるということに杏は驚く。結果的には杏は大学の弓道部に入部が叶う。杏の弓道の実力って どのぐらいなのだろうか。杏側が一皮剥けるような描写があれば まだ気持ちよく読めたかもしれない。


の、沢樹との練習の際に杏が曜太と弓を交換したままなことが判明する。嘘をついてまで一人で練習していた曜太の射の心配をするなら さっさと戻すべきなのに、それをしない彼女の行動が謎である。ここのところ ずっと杏の行動に合理性がない。

ただし、杏は沢樹との練習で初めて曜太の弓を使うことで、曜太が何をしようとしていたのか理解が出来た。今回、杏が曜太の射を追って負傷したように、曜太は杏の射を身体に覚えたいから左腕を負傷し続けたのだと杏は推測する。
うーん、でも杏が気づくのが遅すぎる。沢樹はインターハイの時に気づいていたような描写があるのに、あれからも百射会などで曜太の射を見た杏は気づかない、という矛盾は解消されていない。徹底して曜太が1回も杏に射を見せないのなら分かるが、そうではなくて曜太の変化に ただ気づかないだけ。一緒に練習している高校の部員も気づかないから、沢樹や桑原(くわばら)のような実力者じゃないと気が付かないのだろうか。でも杏は曜太の射を熱のこもった視線を送っているのだから気づくべきなのに。


太の思考をトレースできた杏は彼のもとに駆ける。
2か月ぶりに会った曜太は背が伸びていた。そこで杏は曜太の真意を問い質す。そして杏の推測通り、曜太は杏の弓を使い、杏の射を自分のものにしていた。
曜太が痛い思いをしていることを嫌がる杏に、曜太は杏が無理矢理 俺のものになったり、四六時中全部ずっと俺だけのものでいてくれるのは無理だから彼女ではなく、彼女の射と生きることにしたと宣言する。フェチズムの極みである。

2人の間に割って入るのは沢樹。杏は言いたいことを言わないまま、沢樹に導かれるまま曜太と離れる。離れたくないのに、流されるまま状況を悪化させる。最後に杏が自分の気持ちを曜太に訴えたのは いつだったか忘れそうだ。


太の目標は杏自身になること。彼女をインターハイに連れていくことが曜太の目標。そして自分の優勝は杏の優勝だと言う。それは由木が指摘する通り、自己満足である。でも曜太は自分の欲望は果てしなくて、何をしでかすか分からないから自分から一心同体になるしかない。でも、曜太の言う杏は現実の杏と どれだけ重なるかは疑問である。彼の中にいるのは曜太の中で美化された杏であって、杏ではない。復縁したとしても、曜太は そんな杏へのギャップに悩みそうである。

杏の危険な愛への最接近を注意するのは、大学の先輩部員でもある桑原の役目。だが杏は それをしようとする。なぜなら「はじめて 好きになった人」だから。それを曜太に言ってやれ、と思う…。

こうして桑原の手配もありインターハイ会場で再会する2人。この時、曜太が不安を口にして杏に手を握ってもらおうとするが、これは完全に曜太の誘導でしかないと思うのだが、そういう負の側面は描かれない。何も変わらない曜太に私は失望したのだが、杏はドキドキしたようである。もう2人の世界に全く ついていけそうにない。