《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

その指輪には3回 願いが込められる。祖父から祖母、父から母、そして娘から母へ その幸せを。

紅茶王子の姫君 (花とゆめコミックス)
山田 南平(やまだ なんぺい)
紅茶王子の姫君(こうちゃおうじのひめぎみ)
第xx巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★★(8点)
 

月日は流れ、奈子とアッサムは結婚、幸せに暮らしている。でも5歳になる2人の娘・杏梨(あんり)は今日も不機嫌。そのわけはママが「パパのことなんにも知らない」せい!? ファン待望の「紅茶王子」番外編!

簡潔完結感想文

  • 紅茶王子時代はヒモだったけれど、さすがに30歳になったので はたらく(元)王子さま!
  • 記憶の消去は現在のみ。過去・未来における存在には影響ないから祖母と孫が奇跡を起こす。
  • 本編でもパロディがあったが、2000年前後の作者が好きだったから貴美 Makes Revolution

者の物足りない気持ちが補完され 満月になる 番外編。

番外編だけあって、お馴染みの紅茶王子は一人も出てこない。そこを不満に思う読者もいるだろう。折角、セイロンやアールグレイの茶葉を用意したのに出てきたのが願った紅茶王子じゃない、しかも これまで名前も知らないような紅茶王子であれば、それだけで落胆するのは仕方がないと言えよう。新しい紅茶王子を出すぐらいなら、紅茶王子と お茶会研究会メンバーなどの近況を全部 知らせてよ、と思わなくもない。
でも本編終了から10年後の世界を描くのであれば、こういう手法を採らざるを得ないのではないか。何と言っても あの奈子(たいこ)だって この10年でアールグレイと別れているんだもの。本編最終回付近で あの学校に再召喚された紅茶王子(セイロン・オレンジペコー)も もういないのが当然で、不在や別の場所での活躍を描くぐらいなら きっぱりと出さないのも ありではないか。

高校生時代の続きを読みたい という希望は作者にも分かっていたと思うが、きっと10年の月日の流れを感じさせるためにも同窓会のようにはしたくなかったのだろう。美佳(はるか)は出す余地があったみたいだが、そめこ が出てこなかったのが残念。まぁ当て馬にもなれなかった美佳は誰と付き合おうが、結婚してようが読者も もう気にしないと思うが、そめこ に関しては現況(特に恋愛・結婚事情)を描くと、ホンムータンとの話が濁ってしまうので回避したのかな、とも考えられる。


編の熱烈な読者にとって大事なのは2編目、表題作でもある紅茶王子の姫君」であろう。この話のラストで奈子は記憶を取り戻す。確かに そこに至るまでの お話が良かった。

この話では「アッシャー」という人間に生まれ変わった男性のことを「アッサム」という紅茶王子だと認識している人が2人いる。1人は紅茶王子のルフナ。アッサムに関わった全ての人が彼の記憶を消去され、アッサムは存在しないことになったはずだが、ルフナは その記憶を持っている。そこに合理的な説明はない。本編終盤からの、こういう緻密とは言えない力技は どうなんだろうかと首を傾げてしまうところだが。ルールの盲点のルフナの るーちゃん である。

アッサムをアッサムとして覚えてくれる人がいる奇跡。彼の復活は この時から始まっている。

ただ仕組みは ご都合主義だが、彼がアッサムの記憶を持っていることが、奈子の記憶回復に繋がる。
そして もう1人 アッサムの記憶を持っているのがアッサムと奈子の娘・杏梨(あんり)である。彼女が記憶を持っている理由は しっかりと用意されている。それがアッサムの記憶消去の範囲の問題。アッサムは記憶消去が人間となる代償だと聞かされ、永遠の眠りについた母は記憶を失うのか、と聞いていた(『12巻』)。その時の返答は死者からは何も奪えないというものだった。

そして そのルールには もう一つ先があった。死者と、そして これから生まれてくる者からは何も奪えないらしい。この設定に私は、現在・過去・未来の英霊を召喚するアニメを思い出した。確かに未来は人の盲点になりがちだ。
これにより この5年後に命を授かった娘の杏梨は、生まれながらにして「アッサム」の記憶を持つ。だが5歳の彼女には それが自分以外の記憶であることや、母が失った記憶であることを理解し、そして説明するには幼すぎた。

そこで記憶情報を共有できない母娘を結ぶのがルフナの役割となる。彼という情報共有者、すなわち味方がいることで杏梨は母に落ち着いて向き合うことが出来た。この5歳という年齢が大事なのだろう。そういえば奈子の弟・健太(けんた・今回は未登場)も このぐらいの年齢の時に紅茶王子という存在や魔法を認識して、周囲に危うく話しかねない状況だった。
自発的に色々と話せるようになる年齢と、そして前世のような記憶を保持する年齢的タイムリミットが重なるのが5歳ぐらいなのだろう。

そして杏梨には もう1人、見守ってくれる人がいる。それが本来の指輪の持ち主の祖母・アリヤである。ルフナという理解者と、アリヤの導きによって 杏梨が持って生まれた「アッサム」に関する記憶は奈子へと移譲された。この奇跡は本来あってはならないルールの盲点だろう。だが奈子は10年間 確かに彼のことを忘れていたし、許される範囲であって欲しい。記憶の回復には子供が必須というところが、現代では問題視されるような条件だが、これで どの人間になった紅茶王子の記憶回復の機会があるということなのかな。もしかしたら奈子におけるアリヤの導きのように死者も必要なのかもしれないが。

今回、大事な指輪が もう一度 その役目を果たしたことが嬉しかった。そして それが親子三代、会えない人と人を繋ぐ役割になっているのも良い。本人以外の記憶を持っているのに、脳の情報処理能力が追いつかなくてイライラしていた杏梨だが、これからは穏やかになるのだろう。それは奈子にとっても癇癪持ちの子どもを育てることの難しさからの解放になる。この日から この家族は ゆっくりと紅茶を飲む ひと時を家族で楽しめることだろう。

「夢の中の紅茶王子」…
紅茶王子のルフナを呼び出した絵里(えり)の失恋日記の日常回。
絵里の想い人である喫茶店のマスターを観察しに行ったルフナだったが、それがアッサムの紅茶王子だと知る。人間になるためにアッサムの記憶=存在は全員から消えているはずだが、ルフナは覚えていた。ルフナの中ではアッサムは裏切り者として認識されていた。存在が消えたから誰も覚えていないが、ルフナだけは覚えている。その自他の記憶の齟齬がルフナの精神的抑圧(ストレス)になっているようである。

だからルフナはアッサムに恐怖と怒りを感じている。アッサムは自分を覚えていてくれるルフナの存在が単純に嬉しく、そして突然 消えてしまった お化けのようなアッサムにルフナが覚えられていることで心の安定を取り戻す。誰かに覚えて貰えていることが心を落ち着かせる。これは次の話のアッサムへと続くテーマだろう。

どうしてルフナが覚えているのかという論理的説明はない。この辺 腑に落ちない。ちなみに この話では社会人となった美佳が登場。営業職らしい。そしてアッサムと奈子の娘である杏梨も登場。次の話へと繋がる。

紅茶王子の姫君」…
1編目の最後に登場した杏梨を主役にした話。そして奈子が夫・アッシャーがアッサムであった頃を思い出す話である。その意味で、『紅茶王子』の真の完結と言えるだろう。

杏梨は生まれながらにして大量の”記憶”が詰め込まれていた。それは奈子が忘れてしまった記憶。自分と違って母が父をアッシャーと呼ぶこと、アッサムのことを何も覚えていないことに対して杏梨は怒りを覚えている。杏梨の記憶は、祖母であるアリヤから与えられたもの。祖母は生前には孫と一度も会うことはなかったが彼らは2人は夢の中で会っている。これは魔法ではなく霊の力なのだろう。

誰かが覚えている限り その人は生きている。会ったことのない祖母だが杏梨の中で生きている。

そんな祖母を由来とする指輪を奈子が流しに落としたことから杏梨が激怒。そして翌日、奈子が置いた指輪を拝借する。杏梨の相談相手になるのはルフナ。アッサムが娘に進んで自分のことを話す訳にはいかないから、杏梨が何でも話せる人物としてルフナが用意されたのだろう。というか、前の一編は この話のための前座と言っても過言ではなかろう。ルフナはクッション・緩衝材でしかない。

杏梨は母とも幼稚園の友達とも衝突する。それは幼い彼女には情報を制御できないからだろう。そうして杏梨は幼稚園を脱走する(園の責任問題だ)。必至に捜索する両親。アッサムと娘を引き合わせるのはアリヤの役目。そこでルフナと一緒に居る杏梨を見つける。

文庫版『12巻』でアッサムが記憶を失う範囲を聞いていたが、死者である母アリヤが記憶を忘れないように、まだ生まれてなかった人も記憶消去の範囲外であるらしい。だから杏梨は生まれる前から全てを見てきた。成長につれ忘れてしまうという。持っている人は持っているという前世の記憶のようなものか。

その記憶を母の奈子に伝えるのが祖母の願いだった。しかし杏梨は幼すぎて説明が出来ない。だから祖母の力を借りようと指輪を持ち出した。そして泣きながら謝罪し、奈子の指に指輪をはめた時、奈子に全ての記憶が戻る。10年間、忘れていたことを全て思い出す。アリヤからの奈子に、孫を通したプレゼントだろう。

ラストで成長した杏梨は『空色海岸』にも登場した時の高校生の時か。これを機に読み返してみようか。

「セロ弾きの紅茶王子」…
高校2年生の栞(しおり)の お隣さんで母のいない家庭の純(じゅん)を気遣う。これまで従姉妹の和音(かずね)と一緒に暮らし家事を担っていたが彼女はクモ膜下出血で倒れ、眠り続ける。だから今度は栞が家に入り浸るが純は いい顔をしない。
そんな彼女が求めた救いが紅茶王子だった。そこに出てきたのがキャンディの紅茶王女。ちなみに1・2話目に登場したルフナの姉である。その日からキャンディが家政婦と身分を偽って家事を担うが、それは栞の居場所を奪うことだった。

ちなみに この話の時間軸は随分前で奈子の父親が喫茶店のマスターをしていて、時折 怜一(れいいち)が店に立つような頃である。

キャンディは病院で純が演奏会をする機会と、彼の癇癪で壊れた楽器の修理をして国に帰る。本編では見られないほどの紅茶王女の短い滞在であった。

いつぞやのセイロンの小児病棟での話もそうだったが、作者の病気に対する描写はリアルだ。そして奇跡は起こさない。そういう甘いだけの話ではなく、だけど病気の人、それを取り巻く人が前を向くような ささやかな奇跡はある。カッコウにも猫にも感謝を述べるゴーシュの誕生である。


「キャベツ畑のキラキラ星」…
子供の頃、ヴァイオリンの演奏会での緊張をほぐしてくれた男の子を探している長身の女性・冬(ふゆ)の話。単純に言えば、芸能人になった初恋の人との再会なのだが、作者が描くと浮ついたところのない硬派な話になる。

ちなみに この芸能人・朝比奈 貴美(あさひな たかみ)は、紅茶王子本編のセクハラ男で有名な朝比奈の弟。彼が留学という名の国外追放を受ける際に寮の部屋にいたメガネの子が貴美か(文庫版だと『4巻』TSP.41)。

冬が貴美の音をカンに障ると感じるのは、良く言い換えれば琴線に触れる音ということかもしれない。そして自分の理想がそこにあるから、互いにコンプレックスばかり増幅されてしまうのだろう。小さくでも自分の身体と才能とバイタリティをフルに使って貴美は輝く。彼よりも高い身長の冬も これからは その身体を武器とするだろう。

ちなみに上にも書いたが、貴美のモデルはTMの貴教さんだろう。割と硬派な話なのに軟派に推しをモデルにしているギャップがおかしい。