《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

故意と過失で同級生を1日に2人も異世界に飛ばす、恋に悩む青年への罰は当て馬の剥奪。

紅茶王子 第11巻 (白泉社文庫 や 4-19)
山田 南平(やまだ なんぺい)
紅茶王子(こうちゃおうじ)
第11巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★★(8点)
 

自分の気持ちに素直になろうと決めた奈子。なの2人でいるところを目撃された美佳から、言われた言葉は…? そんな中、ゴパルダーラ王が再び動き出し、次々と明かされてゆく「紅茶の国」の秘密にお茶会メンバー大混乱! 番外編「タイニー・リトル・ウィッシュ」も収録。 2007年7月刊。

簡潔完結感想文

  • 自分の進む道を決めたのに、その相手が目の前から消えてしまう衝撃の展開。
  • 真実を知ってからの再読だからか紅茶の国の人の思考が鈍くみえてしまうなぁ…。
  • 鈍感の王冠は奈子からアッサムに移る。無自覚カップルが引き起こす迷惑なのか?

の前から消えたのは 大好きな君と、俺が君に恋をする資格、の 文庫版11巻(TSP.126~135)。

美佳(はるか)の錯乱と不憫さに唖然とさせられた。本書では男性のヒステリーを度々目撃したが、その頂点にあるのが美佳の今回の行動だろう。
だが作品的には、この美佳の故意の言動によって、恋の決着が静かについた、とも言えるのではないか。これまでも様々な点で美佳は当て馬になる資格すら奪われていった節があるが、これは最終的に恋愛の白黒をつける大きな転換点だっただろう。今回のことで美佳は もう奈子(たいこ)に好きという資格がないことを痛感しただろう。そこで長かった三角関係は静かに終止符を打つ。
しかも奈子に気づかれることのないまま、美佳の中で ひっそりと終わるというのが いかにも白泉社的なヒロイン優遇策ではないか、と意地悪く思ってしまう(そめこ も物分かりの良い恋の協力者だし)。白泉社作品は三角関係という読者の好物を用意しながらも、自然消滅で終わらせることが多い気がする。ヒロインに誰かの恋を お断りさせるということもしないまま、彼女の(多くは)初恋は最初から目をつけていた人と成就し、いつまでも幸せに暮らす。そんな三角関係の いいとこどり をしようというのが白泉社である。現実離れした設定も含めて、現実を忘れさせ どこまでも読者の気持ちを濁らせないためである、と良い風に考えることにしよう。

ヒロインは無自覚なまま私を巡る三角関係。今回の過失で美佳は「漁夫の利」作戦も消滅しジ・エンド。

して奈子以外の3組の主人と紅茶王子には3パターンの別れが用意されていた、とも考えられる。

1人目の帰還となった元生徒会長とオレンジペコー組はアクシデントによる3つ目の願いがあった。
2人目の帰還となった そめこ とホンムータン組は それを回避するため、期限を決めての自発的な別れとなった。
そして3人目の帰還となった美佳とアッサム組は3つの願いではなく2つの願いで、主人からの強制送還を願いごととした。

あまりにも直情的な美佳の行動に驚いたが、作者は冷静に3つの別れを描き切ったのだ。

これは読者が すっかり3つ目の願いごとをするまで紅茶王子は こちらの世界にいるという思い込みの裏切りでもある。奈子も美佳も作中時間で3年かけて まだ1つ目の願いだから余裕があると思っていた。そして そめこ のように2つ目の願いを叶えてしまうと、すぐに3つ目の願い=別れに直面するのが この3つの願いごとのシステムだとばかり思っていたのは、作品による壮大なミスリードである。確かに紅茶王子という存在が気に入らない人間からすれば、1つ目の願いで消えてくれ、という類のものが出てきても おかしくはないのだ。

どこかで紅茶王子もまた願いごとに怯えているというような言葉が出てきたが、彼らの長い仕事遍歴の中では消滅を願われたことも あったかもしれない。それでも呼び出されれば新しい出会いをして、願いを叶えるために奔走するのが紅茶王子という立場なのだろう。そう考えると不本意なことをさせられ続けるブラックな制度にも思えてくる。仕事への疑問が人間への憎悪になったのがアッサムの父親・ゴパルダーラだろうか。確かに続ければ続けるほど紅茶王子は疲弊していく気がする。

予想では高校最後の文化祭の描写があると思ったのだが、この雰囲気だと それもないまま、というか学校の日常風景すら戻ってこない恐れもある。全体的に、美佳の恋も含めて人間世界の話を バッサリ切り捨てている印象もあるし、紅茶の国の描写ばかりが多くなっていく中で作者が どこに着地点を見い出すのか最後まで読み進めたい。


バーベキュー終わりの片づけを怜一の店で手伝おうとする奈子。だが時間が かかりそうなので翌朝に回し、怜一は奈子に この家での宿泊を勧める。それは怜一が紅茶を飲みながら何かを話したそうな奈子の話を聞くための心遣いである。奈子の父親=主人(マスター)の娘で、小さい頃から彼女の成長を見守ってきた者としての愛情だろう。例え彼と血が繋がってなくても、彼の正体を奈子が まだ知らなくても、その感情に偽りはない。
ただ奈子の母親は心配じゃないのかな、とは思う。ただでさえ怜一は夫が死んでから現れた義弟(まだ登場から5年余りだろう)。そして かつて奈子が好きだった人でもある。現実的には出会った時から一向に年を取る気配のない この人を どこまで信用できるかという問題はある。奈子の母親が無条件に怜一を信頼し切っている印象を受ける。
それに この日、奈子が緊張するのは本能的に血の繋がりがないことを認識していて、やはり1人の男性として意識しているからだろう。

この夜、紅茶を飲みながら奈子は怜一に恋愛相談をする。だが怜一にアッサムの事情を話す訳にはいかない(怜一はダージリンとして全てを把握しているだろうが)。
奈子はアッサムとの恋愛が成就しないことは分かっているのだが、彼からの拒絶の「ダメ」が、自分たちの住む世界が文字通り違うからダメなのか、もっと単純に自分が彼の好みではないからダメなのか見極めが出来ない。そして彼に受け入れられても その関係は結局「ダメ」に繋がる。ダメの四面楚歌状態が この恋の辛いところである。

だから奈子は周囲の大人に この恋における身の振り方を教えて欲しい。それを理解した怜一は、それでも奈子に選ばせる。そこに自分の意思がないと後々 つらいことが分かるのが大人の見識である。そして奈子は怜一から頑張れと言って欲しいと自分の道を選ぶ。


から翌朝から奈子は張り切っていた。自他に遠慮することなくアッサム(と美佳)に お弁当を作り届けに行く。

だが美佳は早朝からバイトに出るところだった。しかし この漫画は勤勉に働く美佳は、序盤からバイトで身動きが取れずチャンスを逃しまくって、家でゴロゴロしているアッサムに恋の打席が回って来ることが多いな…。他人に寄生して その家のヒモもしくは家政夫として存在する人が、主人のいない間にイチャイチャと恋愛を楽しんでいる。確かに美佳の不満が醸成されていくのも理解が出来るというものだ。

アッサムはチビサイズで寝ており、奈子は彼に ちょっかいを出す。これからの事態において奈子に非があるとすれば この行為だろう。例え小さくても好きな男性に簡単に触るから悲劇は起きてしまった。そうして寝ぼけたアッサムが美佳と勘違いして急に大きくなり奈子を組み敷く。アッサムの急接近に奈子が彼をベッドから突き落としたところに、バスを逃した美佳が帰宅し、彼らの間にあったことを誤解する。

そこに昨夜からアッサムが奈子を呼び捨てに呼ぶという彼の無意識な言葉が加わり美佳の機嫌は一層 悪くなる。言い争いの末、頭に血が上った美佳は、2つ目の願いごととして彼の本国への期間を命じる。そしてアッサムは この世界から消える。奈子のアッサムに対して恋を頑張るという決意は宙に浮かんだままとなってしまった。彼から何も聞かないまま、彼は目の前から消えた…。

こうして元々 奈子から男性として意識されることはなかった美佳だが、2人の恋を引き裂いた張本人になってしまった。この過失により彼は漁夫の利を狙うことも許されず、完全に奈子に対して好意を示すことも出来なくなったと言えよう。当て馬未満で終わるのは この罪に対す罰であろう。

この事態で奈子が すがるのは怜一。昨夜、恋愛相談をしたばかりということもあるが、そめこ じゃないんだ、と男に縋る感じがして ちょっと嫌だった。元々 奈子は そめこ を軽んじている節があるし。好きな人の消失という意味では そめこ の方が適任なのだが、そめこ は奈子と その話をすることなく、話の舞台が紅茶の国に移っていく。


イロンの父親はダージリンを封印する力を持っている。だがダージリンの封印には多大な力が必要で封印する側が弱っていく。その力はセイロンに引き継がれる予定で、彼もまた命を縮めながら「鍵」の役目を担うことになるという。
そう考えるとセイロンに婚約の話が出るのは、この王として「鍵」の役目を果たすとともに、この王家の血を絶やさないためなのかもしれない。セイロンが その任に就き、寿命を縮める中で、一刻も早く次の封印者を育てる必要性があるのだろう。婚約者に擁立させられたオレンジペコーは、王のための飾りであり、そして子を産むための道具と考えられる。女性人権団体が黙っていない状況である。

それだけダージリンを確保する手段を保持したいのは誰なのか。その答えはアッサムの父親・ゴパルダーラである。この頃から彼のダージリンへの強い偏執が見え隠れする。そして その狙いの通り、セイロンは人間界から強制的に帰還させられる。続いて そのセイロンが閉じ込める籠の中の鳥=ダージリンも国に帰還するよう罠が用意される。


が その罠にかかったのは奈子だった。怜一の住居の中に仕掛けられた罠に、奈子が入ってしまう。当初は罠を本能的に避けていた奈子だったが、顔を合わせたくない美佳によって罠に入れられたとも言える。間接的ではあるものの美佳は この日、2人も あちらの国に同級生を送っている。美佳の しでかしたことは大きな過失なのか、それとも実はグッジョブだったのか、それは この後にならないと分からない。

奈子の転送は美佳と怜一が目撃する。そこで怜一は自分の事情を美佳と そめこ、そしてアールグレイに話す。読者にとっては既知のことでも彼らにとっては衝撃の事実が続く。

その前に怜一は奈子の母親に しばらく彼女と一緒に外国に紅茶の仕入れをすると断りを入れて、夏休み中の奈子の時間を確保する。有無を言わさない一方的な電話だったが、寝泊まりするような おじ と姪の関係があるからギリギリ成立するのだろう。そして怜一がいち早く 奈子の母親に連絡を入れたのは紅茶の国との時間の流れの関係をダージリンとして痛いほど理解しているからだろう。この行動こそが怜一=ダージリンである間違いのない証拠のようにも思える。

ダージリンは幼くして死んだ怜一の身分と記憶を借りて、彼に成り代わって生きている。ホンムータンの推理通り、封印が解かれたのはセイロンの父親が力尽きたからだった。鍵が壊れた瞬間に奈子の父親が呼び出したことで彼は鳥籠から脱出する。
そして主人である奈子の父親の死でも連れ戻されることなく この世界にとどまっているのは、ゴパルダーラの力が働いていたというのが怜一の考えだった。

だが過去を語る怜一は どこか無機質だった。質問をはぐらかし、時に人を挑発する怜一にアールグレイは怒る。そして そめこ は そんな彼をわざと露悪的にしていると見抜いていた。「怜一」が持っていた優しさを捨ててダージリンは非情に見せている。自分が騙していた、そして もう二度と会うことは叶わない人たちに、未練を残さないためだろうか。奈子の転送の責任を負うために、自分を悪く見せているという面もあるか。

実際、怜一は大人げない態度のまま、奈子が罠にかかったことを知ったアッサムの父親・ゴパルダーラのダージリンへの奈子と引き換えに こちらに来るようにする脅迫のような交換条件に応じて、この世界を去っている。


然のアッサムの帰還にペコーとホンムータンが合流する。そこでアッサムは自分の母について知る。自分の中に人間の血が流れていることを知ってもアッサムは冷静だった。これは紅茶王子の中でマイノリティだった彼が その理由を知って納得した所が大きいからだろう。他の人間とは違う理由が見つかって安心の感情すら湧いたのではないか。

アッサムの母・アリヤはダージリン紅茶王子を呼び出した者、というのがホンムータンの推理だった。ダージリンの封印はアッサムの誕生以前だが、アリヤはダージリンと親しかったことが判明している。

アッサムは情報を引き出すためオレンジペコーと徒党を組む。呼び出したのはペコーの父親の国王。ペコーは父親を大好きな娘として色仕掛けで彼から情報を引き出そうとしていた。ペコー、そして彼女の父親は この緊迫した状況のムードを緩和させてくれる癒しである。

表向きアッサムは、勝手に婚約を解消された被害者として、この家に文句を言いにきた。だがアッサムの本題は、なぜ今 セイロンの即位を急ぐのか、そして この国王が知るダージリンの封印の顛末である。
推測を交えてだが、王子・王女側も かなりの情報量を持っていることを示し、更にはアッサムが国王になる意思を示すことで、国王・王妃(ペコーの場合)としての必要な知識だとして、この国の封印された過去を国王の口を割らせる。


アッサムの母親・アリヤによって人間界に召喚されたダージリン。だが彼は逆に紅茶の国に人間を連れて帰ってきた。
その前代未聞の事態に当時 若き王であったゴパルダーラ、ペコーたちの父親、そしてセイロンの父は話し合いの末、彼を幽閉することで処分とした。封印はセイロンの父親が担ったが、それが血によるものなのか、力があれば誰でも封印の「鍵」になれるのかは不明である。

その後、ゴパルダーラは女官としてアリヤを傍に置く。彼女は聡明であったため宮廷に すぐに馴染んだ。ホンムータンの母親など女性たちが彼女に好意的で献身したのは この頃の交流があってのことだろう。
だが すぐにアリヤは倒れる。それは妊娠によるものだったが、やがて死産が発表される。この時、ゴパルダーラが父親として名乗り出るが、真実はダージリンの子だという。

どうやらダージリンの主人殺しの汚名自体がゴパルダーラの独断だったらしい。ダージリンが人間の女性をゴパルダーラの前に連れて帰り、人間になりたいと申し出た。ダージリンは お腹に子供がいることを知っていた。そこでアリヤと子供の命を救うため、彼は幽閉を選んだ。これはアリヤには内緒の密約だった。そして幽閉の適当な理由として主人殺しという罪が用意されたらしい。


アッサムは その後のアリヤの妊娠によって生まれたという。しかも妊娠期間は ひと月もなかった。つまりは人間としての時間が胎児、または子供時代のアッサムには流れているということになる。だが育つにつれ、純血の紅茶王子と変わらずに時間が経過し、魔法も使えるようになった。だからこそ幼い頃からずっとアッサムが自分の血に疑問を持たなかったのだろう。魔法が使えない、早く年を取るなど人間的な特徴が出ていれば彼は出自に疑問を持っただろう。幼い頃に違いを認識しなかった幸福と、紅茶王子の仕事の中で密かに周囲との違いを自覚する苦悩は どちらが彼のためだったのだろうか。

ただし混血のアッサムとは違い母は人間であることに変わらず、幼い子を残したまま この世を去ることになった。

この話において疑問が残るのはアリヤの行動である。そして そこに紅茶の国の国王が誰も疑問に思わなかった点に男性社会のダメな部分を見る気がする。冷静に考えれば、愛する人のため母国というか世界そのものを捨ててきたアリヤが、そんなにすぐに別の男性(ゴパルダーラ)に身体を許し、そして妊娠するのか、という問題が当然湧き上がるが、国王たちは その辺の心の機微を全く考えない。これは真実が巧妙に隠されているのではなく、周囲に推理力や共感力が欠如しているだけである。

本書の最終盤はドラマとしては面白いのだが、よく出来た話かというと別だという印象ばかりが強い。私は もう少し理路整然というか、ルールがしっかりしている話が好きだ。それに これでは ただただゴパルダーラによって紅茶の国が支配されているだけのように見えてしまう。ペコーの父親が自分の見識の浅さや、ゴパルダーラの暴走を許したことを自覚することなく呑気に暮らしているのが残念である。

そしてアッサムは最後に紅茶王子が人間になることは可能なのかを聞く。
国王の答えは可能。力の強い3人の王に認めさせれば叶う。その3人の王はセイロンの父親が母親に代わった以外は母親の頃と同じ顔ぶれである。だがダージリンが人間になるのは おそらく叶わない。なぜなら命を懸けて封印した者を夫に持つセイロンの母親がいるからだ。アッサムが願った時は3人の王は どういう反応になるのだろうか。

だが、そこには代償もある。かつて人間に恋をしたダージリンは その話を聞いて 自分の願望を引っ込めたという。
アッサムは この期に及んで まだ自分が奈子へ恋しているかどうか分からないと言い出し、覚悟を決めない。どうにも彼がグズグズしているように見えてしまうが、作品として ここで代償を発表することに意味がないからだろう。それでも どこまでも鈍感王子でイライラするけど。奈子も大概だったが、アッサムも鈍感が過ぎる。そして こういうクライマックスやピンチの場合、女性の方が逞しい。

これにて長きに亘って開催されてきました第1回 鈍感王選手権、優勝はアッサム王子に決定です!

ンチの中で輝くヒロイン・奈子はダージリンが入るはずの鳥籠の中に転送される。だが人間の彼女が この国にいることは疲弊と老化を引き起こすようだ。

奈子が最初に合った国王はセイロンの母親。彼女にはゴパルダーラの偏執と独善が見えているだろう。だが それでも彼に協力するのはダージリンの再封印が夫の弔いになると思ってのことだろう。一方で この世界に来た人間の末路(アリヤ)を知っているので奈子に同情的でもある。間接的な協力者になることを、奈子へのキスと引き換えに約束するのは過去への償いだろう。

その後、ゴパルダーラが奈子の前に現れる。そこで奈子は初めてアッサムに人間の血が流れていることを知る。そして怜一が この国に来ていることもゴパルダーラから聞かされた。

そして奈子は動く。与えられた情報量の多さに頭はパンクしそうになるが、ここで着飾った籠の中の お姫様ではいられない。だからアッサムを探す。彼女は恋に生きると決めているから、グズグズのアッサムよりも強くなっている。


イロンはダージリンと この国で初対面を果たす。それは封じる側と封じられる側の立場を理解しての初めての対面だった。どうやらダージリンは この国に帰ろうとしている。もう人間界には未練が無いらしい。だが自分の帰還でセイロンの命を削ることにも承服しかねる。若い命を燃やすことのないように彼なりに方策を練っているらしい。

そんな怜一=ダージリンがセイロンを眠らせる場面を奈子は見る。
その混乱の直後、奈子はアッサムと遭遇する。彼に抱きついて、お互いの存在を確認する。アッサムは自分を探していたという奈子の言葉に照れてキスをしようとするが、そこにペコーとホンムータンが現れ未遂に終わる。これでも まだ自分の気持ちが分からぬというのか、この王子は…。

こうして奈子は次々に国に帰った者たちとの再会を果たす。もう奈子は誰かから直接 聞かなくても怜一が本当の おじさんじゃないことを認識している。そして奈子・アッサム・オレンジペコー・ホンムータンの4人はセイロン捜しをすることにする。学校にいた頃のようで、このメンバーでの動きには胸が熱くなる。


「タイニー・リトル・ウィッシュ」…
新人の小児科医・稲垣(いながき)と3人の子どもの入院患者の前に現れたセイロンの お話。誰かを助けたくて医者になった稲垣が、誰をどう救いたいか優先順位をつけなくてはならないという医療の限界と命題を描いたような作品になっている。

そしてセイロンの願いも 根本的に人を救えない。
稲垣の1つ目の願いは子どもたちの遊び相手になること。この話では1人1人にちゃんと病名を用意している所が作者の生真面目なところだろう。そして具体的な病名と症状があるから簡単には救えない現実が重く のしかかる。少女漫画では難病モノでも何となくでしか病気を考えていない作品が多い中、作者は短編の1人1人の命と向き合っている感じがする。

稲垣は自分も喘息で入退院を繰り返していた経験から、子供の恐怖も そして諦念も痛いほど分かってしまう。本書の感想で、主人と紅茶王子の関係(特に消滅)は疑似的な死だと書いたことがあるが、この話では本当に死が近くに潜んでいる。医療従事者の方々は矛盾や後悔の中で、それでも誰かを救いたいと願って働く心の強い人たちだということが分かる。

そしてセイロンは何だかんだで子どもたちへの面倒見がいいし、かつてのアッサムと同じぐらい願いごと以外で魔法を使っている。効率の良さがセイロンの仕事の売りだろうが、願いを3つ聞くだけの信頼関係を早くに築けるのもセイロンの仕事の特徴なのではないか。

悩みながら稲垣はセイロンに最後の願いを叶えてもらい前向きに別れる。この願いは誰にも影響しない ささやかなものが、彼の中で この願いが枯れることのない しっかりとした信念として根付いてくれることを私は願う。それは きっと将来に亘って多くの子どもたちを救うことになるだろう。