《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

あの日、贈った宝石に目を奪われた君は、その時の俺の顔なんて覚えてないんだね…。

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山田 南平(やまだ なんぺい)
空色海岸(そらいろかいがん)
第01巻評価:★★★(6点)
  総合評価:★★★(6点)
 

桜井朝(とも)は海辺の町に住む高校1年生。ある日、バスで痴漢に遇い困っていたところを、見知らぬ学校関係者(?)の陸(りく)に助けてもらう。別れ際、彼が落としていったキーホルダーには、幼い頃の思い出の男の子からもらったものと同じメノウがついていた。さらに、学校で陸のキーホルダーとよく似たものを持っている生徒・天人(てんと)と出会った朝だが…⁉ 『紅茶王子』の山田南平がおくる運命のビーチサイドLOVEストーリー、待望の文庫版第1巻。

簡潔完結感想文

  • 9年前、海のかけらを貰った海岸。新入学した高校で運命の子と出会うが…。海の瞳のシルエット?
  • 多少、海が荒れなければ漂着物が打ち上げられないように、それぞれの心にも荒れた過去がある。
  • 少女漫画2段ロケット方式。1回目に切り離されるのは憧れや恋に恋する気持ち。2回目が本物です。

間と人との出会いが、気持ちの底に渦巻く暗い思いを漂白していく 1巻。

初・山田南平 作品。
作者の初期作や代表作も所持しているが、
何とはなしに手に取った本書が初めての読書体験となりました。

本書の連載開始時点で作家生活15年ということもあり、
絵も話も安定感があって安心して読み続けることが出来た。

少しの言葉遣いの違いで その人の心を的確に表したりする場面など、
会話の中に真実や緊張感を含ませる手法が上手いと思った。

ただ絵としては、ここぞ、という顔の表情では まつ毛が ばっさーと長くなって、
ビジュアル系みたいになるのは ちょっと苦手でしたが。

あと一時的に流行した女子高生の生態(メールの文面)などは、
あっという間に古くなって干からびていくことを改めて実感した。


書はビーチコーミングという「海岸などに打ち上げられた漂着物を収集の対象にしたり観察したりする行為」を題材にしている。

主人公が幼い頃に海で出会った人と、贈られた物が物語の起点となり、
そして海沿いの高校への通学バスで遇った痴漢が、恋の発端となる。

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海から少しでも離れようとした母と違い、潮の香りに惹かれる朝。

『空色海岸』という書名の割には本書は少し暗い内容を取り扱っている。

主人公の両親は離婚しているし、
恋をした相手の兄弟は事故で妹(天人にとっては姉)を亡くし、家族が壊れている様子。
謎の美少女クラスメイトは不登校で しかも留年していることが発覚。

何だか曇天の日本海、といった感じだが、ここは湘南(多分)。


本書を象徴するのは、タコノマクラというウニの仲間だと思った。

浜に打ち上げられた時は、グロくて黒くて くさい石のようでしかないが、
水が汚れなくなるまで何日も真水につけて、
毎日水をかえると少しずつキレイになっていく。
その後に漂白剤につけると真っ白になる。

この手法と同じように、逃れられない過去がある登場人物たちも、
自分の暗い気持ちを水に吐き出し、
代わりに新しい出会いと記憶を身体中に行き渡らせて、
心身を浄化させていくのだろう。


場人物たちの中では「死」という重い過去がある田中(たなか)兄弟に目を奪われがちだが、
主人公・朝(とも)にとっても、ある人との別れが心から離れない。

それが両親の離婚。

夫婦の間に喧嘩はあったが、それを自分が取り持ってきた自負が少なからずあった朝。
しかし、いつの間にか自分の知らない大人の現実に呑み込まれて家族は崩壊していった。

朝はクラス内では男女分け隔てなく接し、人気者といえる立場である。
いつも人を明るくする底なしの明るさを持っている人かと思いきや、彼女にも葛藤がある。

文庫版1巻でも朝が惹かれる・放っておけない人は どちらも両親に少しずつ似ている。

放っておけないクラスメイトのミチルは直情的な母に似ている。

そして そんな母が蛇蝎の如く嫌う父の趣味を持った人に惹かれる朝。

初めて好きになった人が15-6歳の彼女と9歳ほど離れている
25歳であることは、不安材料ではなく安心材料なのかもしれない。

歳が違いすぎる不安よりも、相手が父親に近ければ近いほど彼女にとっては安心感があるのではないか。

父ではないが、父に良く似た人を好きになる。
思春期に差し掛かった頃に別れた父を無意識に追っている。

これまで男性を異性として見たことが無かった朝が、陸(りく)の全てにおいては意識する。
父と同じくサーフィンを嗜み、それ故にガッシリした体格なども重ね合わせる残像なのだろう。

彼らが最初に出会ったのは、朝が小学校1年生だった9年前の夏休み。
9歳差ということは その時、陸は高校1年生だったのか。

そして陸が決して癒えることのない傷を負ったのも高校1年生なのか…。


画的には いわゆる「運命の人」は明らかに、25歳の兄・陸(りく)ではなく、
彼の弟で同級生の天人(てんと)の方なのだが、
朝は、幼少の頃に出会った少年が天人だとは気づいていない。

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兄は痴漢の手を掴み上げたが、弟は女子高生の手を掴み上げる。この人、痴漢です!

事あるごとに朝に赤面する天人をニヤニヤしながら眺めるのが読書の楽しみです(笑)

夏休みに高校のプールを使用する回は、お互いの恋心が分かりやすく出ている。

同じ水着や裸でも、意識するのは いつも見ている方。

朝は天人の前で恥ずかし気もなく水着になれるし、彼の服だって脱がせられる。
だけど上半身裸の陸の姿はどこを見ていいのか分からない。
同じ露出度でも恋のフィルターがかかるとアダルトな映像になるのだ。

そして天人は水着姿で自分に不用意に近づいてくる朝の姿を まともに見られない。
私のような読者はそんな天人の困惑や羞恥を意地悪い表情を浮かべながら眺める。


天人にとってライバルになりそうな兄・陸の存在は大きいだろう。
自分は居候の身だし、9歳という年齢差は彼にとっては大きすぎるものだろう。

天人は兄とは違うアプローチで朝の関心を自分に向けるのか、これからの彼の奮闘に期待です。

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学校の屋上が魔法使いの住処。海を閉じ込めた玉手箱を朝が開けることで兄弟の時間は動き出すか。

だか最近 読む少女漫画は、こういう恋愛の2段構えの作品が多い気がします。
私の読書履歴が偶然 偏っているだけかもしれませんが。

そして本書の朝のように、たいてい遅い初恋を迎えた人が2段構えの構成になっている。

まず最初に心を惹かれた人で恋の喜びと、それを失う悲しみを知る。

そうして恋の入門を果たした主人公が、
実は身近に ほんとうの恋があったことを知る、というのが共通する流れ。

ほんとうの恋の純度をより高めるために、
最初の恋は、単なる憧れだったとか、恋に恋していただけとか、否定の言葉で語られることも多い。


この手法のメリットとしては、ネタに困らず連載の長期化が見込めるところでしょうね。
しかも喜びと悲しみ、そして喜びと、ある程度 起伏に富んだ作品が望めます。

本書の場合も既に、陸への想いは父への思慕への代替ではないかという疑惑が出ています。
果たして朝も失恋を経験してしまうのか、

2段構え あるあるも楽しみに次巻を読んでみます。

空色海岸 1 (花とゆめコミックス)

空色海岸 1 (花とゆめコミックス)

空色海岸 2 (花とゆめコミックス)

空色海岸 2 (花とゆめコミックス)