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少女漫画と小説の感想ブログです

ふたり出会った日が 少しずつ思い出になるように、君から僕に「愛してないと言ってくれ」。

紅茶王子 第5巻 (白泉社文庫 や 4-13)
山田 南平(やまだ なんぺい)
紅茶王子(こうちゃおうじ)
第05巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★★(8点)
 

いきなり登場のド派手な外国人・風早橋学院に新任のケビン先生。しかも先生はアッサムと深い関係が…!? 新キャラ出現で学園はますますにぎやかに? 2007年1月刊。

簡潔完結感想文

  • セイロンが紅茶王子のイレギュラーなら新キャラ・ケビン先生は人間界のイレギュラー。
  • ケビンはアッサムの元主人。アッサムが3か月間の仕事で叶えたケビンの3つの願いと別れ。
  • いつか紅茶王子との別れがくる若者を導くために用意された先輩先生。別れの準備は万端!?

事な話をするのは やっぱり観覧車の中、の 文庫版5巻(TSP.53~65)。

『4巻』の感想文で新たな紅茶王子・ホンムータンが過去を連れてきた と書いたが、今回も それに近い。またもやアッサムの過去を知る、彼の元主人のケビンが現れ、彼の傷ついた過去の傷口を開かせ、その痛みの先にトラウマの回復を描いていく。そういう視点で見ると ハッキリ言って以前の二番煎じのように思われ、1回目よりも苦みを感じた。ただし その苦みが、大人男性・ケビンの受けた大人の恋の苦さとマッチしているのは さすがである。

例え それが ささやかな願いの範疇であったとしても、紅茶王子の気持ちに反する願いもある。

白泉社漫画はヒロインの恋心を大きく動かすことを禁じられているような縛りプレイなので、こうやってヒーローに過去を付与して、物語の本質が進んでいないことから読者の目を逸らすようにするのは仕方がないことなのだろう。

そして おそらくホンムータンに そめこ との悲恋を先行させようという試みと同じく、アッサムとの別れを経験しているケビンの存在は主人公・奈子(たいこ)の人生における先生になり、そして その日が来た時の彼女の悲しみを癒す存在として用意されている。こういう人の配置は本当に上手いですよね。これまで登場した紅茶王子5人も それぞれ性格が違い、「仕事」に対する意識も違った。その違いが個性となっていて、口は悪いが誰よりも人間に寄り添っているのがアッサムだということをエピソードを実例に繰り返し表している。

『5巻』で最も辛かったのは そんなアッサムが仕事と主人の願いのために心にもないことを言わなければならなかった場面だ。人に寄り添うアッサムは口が裂けても絶対に そんなことを言いたくない。だが それを言ってもらうのが主人の願いであり、言わなければ主人が前に進めないことは人に寄り添うアッサムだから理解できる。大事な別れの場面なのに、最も その心境とは かけ離れた言葉を言って彼らは別れる。こんな苦い別れを経験しているのならば確かに彼らにとって互いは忘れられない存在だということが理解できる。


た人間側は、相手が異性であっても同性であっても紅茶王子と自分の関係性は特別で替えのきかないものだと思ってしまうが、彼らの過去には何人もの主人がいる。その現実を突き付けられることは感受性の高い高校生には辛いことでもあった。
例えばアッサムの現主人である美佳(はるか)は、ケビンのことを元カノ・元カレのように思っただろう。一緒にいた期間としては短くても お互いに忘れられない過去を共有していることは胸に立った波が なかなか治まらない。そして奈子もアッサムと本当に別れを経験した人を目の前にすることで、紅茶王子たちとの別れを現実として受け止める。どんなに楽しい学校生活を送っていても別れのカウントダウンは止まることはないのである。
また そめこ が、オレンジペコーをホンムータンが昔のように「姫」と呼んだことに不機嫌になるシーンも彼らの間柄の個性が良く出ていて好きだ。そこに嫉妬を覚えてしまうことに自分の醜さを認める そめこ も素直な良いが、そんな彼女の心の動きを察知したペコーがホンムータンに今後 自分を「姫」と呼ばないようにと釘をさすばめんにペコーの賢さと心遣いを感じた。

奈子と紅茶王子たちの関係だけでなく、登場人物全員の関係性の中に生じる特別な感情だったり、その逆の軋轢までも詳細に描き切っているのが本書の素晴らしい所である。そのせいで美佳なんて全方位に嫉妬して いつもイライラして見えてしまうが(笑) ちょっとした場面でも読者が引っ掛かるフックが用意されている。それを手掛かりに その人の その時の心境を推測したり、どうして そう思っているのか考えたりする読書の楽しみが詰まっている作品である。奈子だけを頂点とするのではなく全員のことを平等に考えてくれている空気感が私は好きである。

そして本当に魔法の頻度が減っている。もう奈子にとってもアッサムにとっても紅茶王子とは ちょっと(空中に)浮いている/浮ける存在ぐらいでしか ないのではないか。ただ お茶会同好会の正式部員になれないように、彼らは正式に この学校の生徒になることはない。留学生は いつか母国に帰る者なのだ。


頭は怜一(れいいち)が捨てられた猫を飼うことになる一編。人に存在が気づかれないモードのアッサムの声を怜一がしっかり拾っているとか、以前のアールグレイの位置がハッキリ分かっていたのは伏線なのか。

そして この話では怜一の過去が明かされる。妾と その子供であった怜一母子。おそらく母は その立場の不安定さから精神も不安定になり、息子と無理心中を図った。そこで母は死亡し怜一は生き残ったという。だが よくよく見てみると怜一は浴槽に沈んでいるようにも見える。ここから助かるなんてこと あるのだろうか、というのが謎として残る。

怜一が一族の前に姿を見せたのは、あとめ である奈子の父親の葬儀からだった。確かに怜一の存在は奈子の母にも秘されていた。奈子だけは父親と怜一の兄弟の交流に加わることが出来たが、突然 降って湧いた異母兄弟の名乗りに一族が困惑するのも分かる。しかも ひっそりと暮らしていたのではなく、死んだ という情報が流布していたから尚更だろう。

最後に怜一は捨て猫を飼うことになり、奈子は直感で この猫に「ダージリン」と名付ける。ある意味で新しい紅茶王子の誕生である(メスだから王女か)。ちなみにダージリン紅茶王子永久欠番で いない、というのがアッサムたちの見解であることが後に発表される。
そして少々ネタバレになるが、この怜一と猫のダージリンの関係が この話の核であろう。名を名乗れば その(空白の)座に座ることが出来るということなのだ。


いて久々の人間の新キャラと、久々の お茶会同好会の存続問題、その2つが絡み合う話となる。

前任の女性の外国人教師の予定外の妊娠により、教師が変更する。それが30歳男性のケビン先生。そんな彼は そめこ の机の上にいたホンムータンに気づく。通常なら気づかないはずの紅茶王子の存在に気づいたのはなぜか。
それは過去にアッサムを呼び出した主人だったからだった。ケビンが本当に過去の主人なのかアッサムは奈子たちのクラスの授業を盗み見る。そして間違いがないことを認め、その後2人は再会する。

上述の通りホンムータンに続いてアッサムの過去を知る者の登場である。そしてアッサムは紅茶王子の「仕事」の中で苦い経験もしていることが分かって来る。

本来ならアッサムとケビンは違う世界の2人で3つの願いを叶えた後は二度と会えないはずだった。だからこそ奈子とアールグレイの間には漠然とした寂しさが常に つきまとっているのだが、どうやら こういう再会の形もあるらしい。

ケビンとアッサムの再会を美佳は素直に喜べない。それぐらい紅茶王子との関係性は特別である。反対にケビン先生もアッサムと現在の主人の美佳が、自分が1つ目の願いごととして願った家事を それなしで しているところに思うところがあるのが見てとれる。他者と比べられるような状況のは人にとって必ずしも幸せではないのだろう。こういう3人の関係は、現在における三角関係のようにも取れる。そして過去においての三角関係が、ケビンと その当時の恋人の女性、そしてアッサムの3人の間に起こていたことが判明する(ただしデリケートな詳細は奈子たち高校生には語られない。飽くまで元主従関係の2人だけの秘密である)。


ビンとアッサムの主従関係は3か月だけ。それでもアッサムにとっては忘れ難い存在らしい。少しずつ明かされる彼らの3か月は大人のラブストーリーで、どうやらアッサムの出現がケビンのカップルに波紋を立ててしまったようだ。
これはアッサムの出現で奈子との関係が変わってしまうことに苛立つ美佳と同じ現象だろう。元々 あったカップル間の問題を異物であるアッサムが それを鮮明にしてしまった。紅茶王子がイケメン男性であることが男性たちにもたらす悲劇の1つであろう。

彼らが過去に わだかまりを持つことを知った奈子は彼らに会話の機会を与えようと、ケビン先生を部室に呼ぶ(この辺もホンムータン編の再放送である)。
先生の楽しい人柄に触れて、奈子たちは彼に同好会の顧問になってもらうアイデアを思いつく。この学校では顧問がいることが部活昇格への1つの条件のようだ。それにしてもモブ生徒の同好会顧問への誘いは無かったことになるのに、奈子の願いは聞き入れ、叶えられる。つくづく姫ポジションだなぁと思う。新キャラも奈子様の思いのままである。

でも確かに紅茶王子の存在を説明せずとも理解し、どんな状態でも彼らが見える視力を持っていて、その上、学校側の人間のケビン先生は便利な存在である。

ちなみに この頃になって初めてホンムータンとオレンジペコーの再会が果たされる。イケメン男性じゃないからなのかペコーの疎外っぷりは可哀想。しかもペコーの存在は紅茶王子がイケメン男性一色になって完全な逆ハーレム状態という批判を かわすためにあり、お飾りの王女という立場にも見えるし。

ケビン先生は将来 グリーフケアも担当するはずだっただが、全体的に予想よりも活躍しない。

子はケビン先生を紅茶王子との別れを経験した先輩として参考にしようとしている。当時の話を聞くことで、いつかは起こりうる別れに対しての心構えを身につけようとしていた。奈子にとってケビンは別れが必然で逃れられないことの象徴のようなのではないか。それは怖くても準備をしなくてはいけない「死」のようである。

ケビン先生との遊びに生徒側が勝利して、彼に遊園地代を奢ってもらえることになった。その数20人。この お金は給料からなのか実家が資産家であるらしいケビンの貯蓄から出ているのか気になるところだ。
あと お金に関して言えば奈子が電車に乗る際のアールグレイのこと。アールグレイは小さくなって外に出ていくが、それが電車代の節約に見えてしまう。アールグレイが電車内に入った(バッグに潜んでいた)という描写はないから、彼だけは魔法で瞬間移動したのかもしれないが(どのくらい飛べるのだろうか)、こういう場合は人間態のアールグレイと一緒に電車に乗っていた方がフェアに見えるような気がした。細かいことだが。

この遊園地での話は これまで学校イベントが多かった本書では珍しい お出掛けイベントで ちょっとしたデート回にも見える。実際、奈子はアッサムと身体を密着させるドキドキイベントを楽しんでいる。


女漫画において遊園地で一番大事な乗り物は観覧車だと思っているので、奈子が誰と乗るかで恋愛の結末が見えると思っていた。当然、何かの流れでアッサムと一緒に乗ることになるとばかり思っていたが、そめこ の発案でお茶会同好会のオリジナルメンバー3人と顧問のケビン先生の4人で乗ることになる。
そこで そめこ は部員勧誘お茶会(パーティー)を発案する。こういう役目は奈子だとばっかり思っていたので、この そめこ からの発案は意外だった。今年は合同体育祭が開催されて文化祭がないので、同好会の目立った活躍の場がなかった。そこで自分たちで他生徒の目に付くイベントの開催を企画する。もちろん目的は部員の獲得である。

この日の最後にケビンはアッサムと2人きりで観覧車に乗る。やっぱり いつだって自分の心の中を吐露するには観覧車は最適なのだ。てっきりホンムータンの時と同じく お茶会が過去から動き出すキッカケになると思ったのだが、さすがに そこまでの重複は回避したようだ。

ケビンにとってアッサムとの思い出は人生の痛みでしかない。お互いに不信感を募らせ、傷つけあった3人の関係。それは紅茶王子にとって悲しい出会いだっただろう。奈子たちとの出会いが穏やかで幸福すら感じられるような時間の一方で、出会う場所や人によっては こういう苦みだけが残ることもある という実例になっている。
恋人たちは お互いが好きで、互いに それしかなくて袋小路に入ってしまった。アッサムという異物が その事態を悪化させた。そしてケビンの立場は今の美佳の立場に よく似ている気がする。美佳はアッサムに友情や、訳あって傍にはいない家族のような親愛の情を覚えている。だが その一方で、彼という異物が自分の日常を混乱させていく怒りや苛立ちも覚える。本来の関係性に介入すると自分が傷つく可能性がある。その心の傷から自己防衛するために他の紅茶王子は介入の範囲を限定しているのだろう。

ケビンは彼女の、一途を通り越した精神状態が悪化する前に別れを選んだ。彼のアッサムへの2つ目の願いは婚約破棄を親族に知らせるために彼女の姿をして同行することだった。そして彼女と別れた後、自分の心に けり をつける儀式として3つ目の願いで彼女の姿のまま「愛してないと言ってくれ」(名作ドラマの逆か)というものだった。それは人を故意に傷つけるというアッサムが最も嫌いな願いだろう。このカップルの関係は遅かれ早かれ破綻したかもしれないが、それを促進させたのは自分の「仕事」。その遣り切れなさに胸が痛む。

こういう出来ずに別れてしまった話が出来るのも この偶然の再会と時間の経過があったからだろう。2人で過去を振り返れた後、アッサムは遺言のように奈子たちと紅茶王子の別れの際にはケビンに ついていてくれと頼む。


いて挿入される「いきなり白雪姫」では継母役を吹っ切って演じる(?)生徒会長が面白かった。セクハラ男の朝比奈が この話で復活しているが、本編に戻ってこないか戦々恐々とする。とても どうでもいいが、作者は男性の裸に乳輪を描くタイプなのですね、とアッサムやケビンの裸を見て思うのであった…。


んな番外編を挿んで、お茶会パーティーの実現に向けて奈子は動き出す。場所は校庭でやることにしたのだが、11月中盤という季節は少々寒さが こたえる。皮肉屋のセイロンは この時期での外での お茶会に苦言を呈する。
お茶の保温だけでなく風と乾燥による砂ボコリも問題となる。しかし奈子は、今回は全校生徒を対象に自分たちの存在を知らない人に知ってもらうことが目的があるため校庭に固執する。

行き詰った問題に動き出すのはコネクションの多い美佳、そして顧問であり教師のケビン。そして男性たちに頼り切るだけでなく奈子は自分で出来ることをしようと紅茶のアイデアを考える。といっても怜一の監修なのだが。ただ奈子は以前のように(『1巻』)怜一の味=父親の味を無闇に追わない。そこは彼女の成長であろう。

お菓子を試作し、それをクラスメイト達に振る舞うことで思わぬ宣伝になった。奈子が それに集中できるのも美佳たちが奔走してくれて役割が分担されるからである。ケビン先生が教師同士で大人の貸し借りを利用しているのには笑った。社交性の駆け引き能力の高い人である。

奈子は これ以上 寒くならないように11月中の開催を目指す。その無茶ぶりに応えるのは『1巻』でも活躍した日曜大工研究会。そして紅茶王子たちも自分たちの役割を探そうとしている。彼らの強みは容姿である。また以前と違い、彼らが魔法を使おうと一度も提案しないところに関係性の成熟と彼らの成長を感じる。本当に端々まで想像力の翼が作品を包んでいる感覚が好きだ。