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少女漫画と小説の感想ブログです

2巡目に入った季節に1年目と違う大イベントを用意。そして今年は王子も同じ身分で青春!

紅茶王子 第3巻 (白泉社文庫 や 4-11)
山田 南平(やまだ なんぺい)
紅茶王子(こうちゃおうじ)
第03巻評価:★★★★(8点)
 総合評価:★★★★(8点)
 

生徒会長選挙も無事終了(?)風早橋学院は合同体育祭の準備に突入です。カップル発生率バツグンのこのイベントに、学校はもう騒然!! 奈子たちもそわそわ!? 2006年11月刊。

簡潔完結感想文

  • 主人のいないセイロンが選ぶのはアッサムのそば。6畳での男子高校生3人の共同生活。
  • 合同体育祭は王子の身分も魔法も関係なし。ただ1つの目的に向かう皆の青春の日々。
  • 他校・期間限定だから大暴れするセクハラ男。読者の心も汚す この男は再来する!?

書で最も学園での青春を感じられる 文庫版3巻(TSP.27~39)。

文庫版『3巻』から本格的に季節が二巡目となる。ただし それは作品的には学校イベントの重複の危機でもあった。本書では もう体育祭も文化祭も描いてしまっているので、新しい学校イベントが ほぼない。
そこで作者が編み出したのが3年に1度、周辺3校が合同で開催する体育祭。さも この学校の伝統です、というような感じで出してきてはいるが、ありがたいことに作中で2年目を迎えて急いで こしらえたと思われる。この3年に1度という設定がミソで、去年の高1、物語開始時の中3では語られないのも当然ということに出来る。しかも現在 高校2年生の彼らにとっては学校生活の最後のイベントの一つで気合も入る。

こうして同じイベントを繰り返すリスクを冒さず、新しいイベントで日常回を継続するという奇抜な手法が採られることになった。もし連載が続いたら来年は全てが通常通りになるが、高校3年生の学校イベントは全てが感傷的になるだろうから、そこを演出すればいい。ピンチをチャンスに変えてしまう作者の発想には脱帽するばかりである。大袈裟に言えば、こういうスケールの大きい発想をする作家さんは あまりいなくなってしまったのではないだろうか。本番よりも準備描写の方が長いのに、それでもずっと作品の質を維持できている点も恐れ入る。マニュアル的に学校イベントを使う人もいる中で、こうやって作中で大きなことを企画・実行できる作者は、本当に賢い人なのだと思う。
最初は設定の奇抜さで受けたであろう本書が、長期連載になり、そして連載から25年が経過している今(2023年)でも支持され続けているのは、どこを切り取っても面白い、特に連載中盤の展開に工夫があるからだと思う。大袈裟に言えば一生 ついていきますと思えるような、それに値するような稀有な作家さんである。


して大きなイベントもそうだが、何より今年は紅茶王子たちが奈子(たいこ)たちと同じ身分で臨んでいるという一体感が得られるのが、去年とは全く違う点である。留学生という身分を得た紅茶王子たちが王族ではなく、一高校生として青春を過ごしていることが この上なく嬉しい。
生まれとしては奈子たちが庶民でアールグレイたちは本当の王子という身分の違いがあるが、召喚されると奈子たちが主人で紅茶王子が仕える者という逆転現象が面白かった本書だが、今回、その身分差が完全になくなっている。そこに感動してしまう。

更に作者は彼らを一高校生に留まらせるために、彼らに魔法を原則禁止にする。これによって より普通の高校生としての立場が鮮明になり、魔法に頼らず苦しい日々を過ごしたことが、最後の達成感に繋がっていく。

なぜ無闇に魔法を使ってはいけない/使わないのか、という人間界のルールを学び始めたアッサム君。

紅茶王子たちは主人たちのためにも魔法を使うことを躊躇しない。彼らにとって それが最善の道だと思うからだろう。だが ここまで彼らを召喚した奈子・美佳(はるか)、そして生徒会長は魔法に頼ることなく自分の努力の先にある物を掴もうとする背すじの伸びた人々だった。その まどろっこしい解決策にアッサムやセイロンは苛立ちを覚えていたが、今回、魔法なしで得る物を彼らは実感しただろう。それは どうして奈子たちが魔法を活用しないのかという共感にも繋がるはずだ。
読み所としては、この後の紅茶王子が、この前後で魔法への姿勢が変わっていくかどうかかな。これまでのように魔法を使える場面でも軽々しく それを口にしなければ彼らの変化が如実に読み取れるだろう。作者なら そういう細かい心境の変化を繊細に描き出してくれる、という期待を込めて そこに注目したいと思う。どんなところにも作者の才能を感じるなぁ。


して合同体育祭では、他校の生徒も登場し、この学校の生徒では描けないような人間を描いている。その人間・朝比奈(あさひな)はセクハラ男で、あまり気持ちの良い存在ではないのだが、こういう人間を描けるのも今回のようなイベントがあってこそだろう。

全体的に あまりにも他校の生徒=性欲に溢れた野獣みたいな描き方で不公平を感じる部分もある。そして学校の差別だけでなく、人間は紅茶王子たちよりも品性が劣っているような描き方にも感じられた。小人形態とか子供そのものだし、大きくなっても性欲など感じさせない少女漫画上の空想の男性のような紅茶王子であるが、人間は そうはならない。あまりにも紅茶王子の価値を上げようという試みが酷い気もする。
特に美佳もまた人間側の人間として描かれているのが気になる。今回、美佳は奈子に一途という構図が崩され、過去に元カノがいたことが明かされる。短い交際だったが、最後に どうにかキスをして元を取ろうとして、キスを経験する。こういう欲望とヒロインを最優先している訳ではないという描写から美佳は人間側に堕とされたような気がした。この時点で当て馬一直線である。
朝比奈という醜悪な人間によって、美佳まで巻き込まれた気がしてならない(苦笑)


徒会選挙と合同体育祭という大きなイベントとイベントの間は日常回が繋ぐ。
6月、お茶会同好会は まだ新入部員の勧誘を続けていた。ちなみにアールグレイとアッサムは留学生扱いなので正式な部員にはなれないという設定。でも以前も書いたが、作品的には新入部員を入れる気が無いのに募集している振りをしているので徒労を感じる。読者としても王子や王女でもない ただの人間に興味はありません、状態だろう。

新入部員候補が逃げていく一因となっているのがセイロンの存在。彼は自分の居場所を確保するために毒舌で入部希望者を門前払いしている。そしてセイロンは他の誰かに呼び出されるまで こちらの世界にいるつもりらしい。これまで彼は人間界での関わりは最小限にしていたが、暇だし、そしてアッサムがいるから こちらの世界で彼に構ってもらうとする末っ子気質を発揮している。アッサムなど気に入った人は とことん大事にする性格なので、セイロンも ここが気に入ったということか。
ちなみに召喚者がいないイレギュラーなセイロンの住む場所は美佳の家。6畳間に男性が3人で住んでいる(小さくなれるとはいえ合宿所のような賑わいだ)。そして召使いのシャリマーとベルガモットは部室で寝起きしている。セイロンも部室で過ごした方が快適に思われるが、食事とアッサムが付いてくるから美佳の家を希望しているのか。


んな日常回に続いては大イベント・合同体育祭が始まる。しかし本番は約半年後。文庫版『3巻』は ほぼ その準備と本番の様子に割かれる。『2巻』で この学校の周辺に存在する女子校の生徒会長たちが登場したが、今回は男子校の執行部も登場する(この男子校の場所は鎌倉だそうだ)。
その男子校の執行部にいるのがセクハラ男こと副会長の朝比奈。本当に気持ちの悪い人間で読者から相当 嫌われただろう。意地悪な見方をすれば、生徒会長選の浮気男に続いて人間の価値を下げることで、人間の男の価値を下げ紅茶王子の存在感と価値を高めようという試みにも見える。自分たちの「身内」が正義、という感覚は本書の中にずっとある。それが心地いいんだけど。

あれから25年。2023年現在40代となった朝比奈はセクハラで何度も警察に捕まっているだろうか…。

奈子たちの学校と この周辺2校の計3校で行うのが3年に1度の合同体育祭である。これは物語の中の季節も本格的に二巡目となるので、昨年とは違うイベントを用意したかったのだろう。中3から始まった物語で、現在高校2年生の彼らなので、作品的には最初で最後の大イベントとなる。

この合同イベントで女子校の生徒会長と美佳が過去に付き合っていたことが判明する。時期は中1の終わりから2・3か月の間(ちなみにキスはしている)。てっきり美佳は ずっと幼なじみの奈子のことが好きだけど報われないのかと思っていたが、別に彼女一筋ではないらしい。これにはガッカリした読者も多いのではないか。そして当て馬一直線の設定である。美佳が奈子を意識したのは彼女の父の死に関係があったりするのだろうか。そこで奈子を支えてやらなきゃ、と男として意識し始めたとか。

この合同体育祭は かなり大掛かりなイベントで準備班に分かれて作業するのだが、どれもが準備や練習が大変。そして作品的には3特別イベントを どれだけ演出できるかで この合同体育祭編の成否が決まるといって良いだろう。本書は それをクリアしている。主要人物たちを各班に分配することで それぞれの班の大変さを描いて、その苦労と努力が実る青春の1ページを鮮やかに描いている。


クハラ男の朝比奈は奈子に狙いを定め、もっともらしい理由を繕って、奈子をどうにか自分のテリトリーである男子校に派遣するように この学校の生徒会に進言する。ここで生徒会長が それを許可するのは奈子たちと少し親しくなっていることも理由だろう。合同体育祭のある年は この学校では文化祭がないらしく、弱小文化部の活躍の場が奪われる。そこで奈子たちに活動の機会を与える意味でも生徒会長は朝比奈の提案を受諾した。この判断が奈子にとってはセクハラ地獄へ足を踏み入れることになるのだが会長を責めることは出来まい。奈子本人も最初は燃えていた。多少 無理しても、差し入れ班として名を売ることで新入部員と廃部回避が彼女の動機になっている。

奈子が朝比奈と2人きりにならなぬようアッサム、そしてセイロンが動く。この辺は あからさまに奈子が王子に守られる姫ポジションであり、過保護すぎて白ける部分でもある。ただアッサムは奈子のことを、主人である美佳の大事な人だから守っていると口では言っている。それで姫ポジションを中和をする意味もあるのだろうか。味方の味方は味方、敵の敵は味方という構図が この朝比奈を巡って成立している。それほどの巨悪なのだ。それが奈子やアールグレイが同じ学校の生徒として一致団結することに繋がっているから、悪い手法ではない。


アッサムは人気投票とも言える應援団の団長選びで票を一番 獲得し団長に任命される。去年の体育祭や文化祭と違うのは紅茶王子たちが留学生という この学校の生徒の1人として参加することだろう。同じ思い出を正々堂々と作れる状況になったことでファンタジー路線よりも学園モノとしての色が濃くなっている。特に今回は誰もが生傷が絶えない中でも他の生徒と同じ境遇であり続けるため魔法を封印している。それが より辛苦に耐えた その先にある輝きを演出している。

アッサムの應援団の練習場所と、男子校に差し入れを提供する奈子は違うため、アッサムはアールグレイに彼女の警護を頼む。アールグレイは見ていないが、アッサムとセイロンは朝比奈のセクハラ現場を見ている。だから警戒するのだろうが、1度のセクハラ騒動だけなので ちょっと王子たちが動く動機が弱い。美佳も含めて男性陣共通の敵に朝比奈がなる認定されるまでの流れが拙速すぎる気がした。

この点は そめこ も美佳に指摘している。あれっ?と思った時に 作中でツッコミを用意しているのが作者の優れたバランス感覚である。それでいて美佳とアッサムが結託しているのではなく、それぞれ独自に奈子を守ろうとしている両手に花状態を演出して、男性陣の微妙な関係まで描き出している。恐ろしい。そして そめこ も一瞬で朝比奈を敵と認定しているので、男性たちの過剰敬語も正しいという図式にしている。


者と言えば、この男子校の先輩も柄が悪く、應援の練習初日からアッサムの私語を注意し、髪を勝手に切るなど体育会系の しごき のような描写がある。奈子たちの学校にも悪人はいなくはないが(パソコン同好会など)、どちらかというと自己中心的だから迷惑な人々が多かったように思う。大学までエスカレーター式に上がることも可能だからか皆のんきに思えるぐらいだ。
しかし この男子校は暴力と性欲に溢れている。こういう描き方はフェアじゃない気もするが、3年に1度、つまりは もう2度と公には交流がないから、いつもと違う人種を入れようということなのだと思うことにしよう。それにアッサムの髪型チェンジも見られたことだし(笑)

ちなみに奈子は、美佳の元カノである女子校の生徒会長からキツく当たられる。そめこ と奈子のどちらかが今の彼女だと思い込みからの八つ当たりである。こういう恋愛もしくは性的な描写が出来るのも、やはり彼らが他校の生徒だからだろう。本書においては色恋沙汰は珍しいので たまには こういうドロドロの場面も良い。
そしてセクハラ男がいるからこそ、同じような行為でもアッサムとの違いが描けるのも確かである。そして奈子がアッサムを気にすることで三角関係が色濃く出て、美佳とアッサムの関係にも影響が出たりする。本書で出色なのは、友情が成立しつつ、崩壊の予感もする この男性たちの関係のような気がする。2人の心の動きが しっかりと分かるから読者までヒリヒリした気持ちになる。


レンジペコーは留学生枠でもないので、こういう時に居場所がない。しかし生徒会長の配慮で奈子を手伝うように言われ、また さぼるセイロンの代役になったりと彼女にも しっかり役目を与えているのは作者の優しさだろう。そしてセクハラ現場に遭遇したペコーの進言で生徒会長も朝比奈に釘をさしている。やはり朝比奈という化け物がいるから こちらの学校が まとまっていくようだ。

また この合同体育祭編で気になるのが、何だかんだでセイロンが奈子に優しいという点。美佳やアッサムがいない時は ちゃんと彼女を守ろうとしてるし、奈子を特別扱いしているような描写もある。何でも恋愛に結び付けるのは どうかと思うが、アッサムは奈子のことを気に入っているのだろうかと思うぐらいだった。セイロンは終盤になると別の人を気に入っていた様子を見せるが、そこから作品内でのセイロンの描写が あまりなくなるので、宙ぶらりんで終わってしまう。

紅茶王子たちがそれぞれの持ち場で苦労しつつも充実感を覚え始めていた夏休みの終わりに、アッサムの父・ゴパルダーラが人間界にやって来て、奈子のおじ・怜一と接触する。ちなみに父が この世界に来たのはアッサムの体育祭での活躍を見るためである。そして練習終わりに怜一の店に集合した高校生&紅茶王子も王様に会う。完読すると、この場面の別の意味に驚愕するが、それは別の話。


番が近くなると練習は一層キツくなる。中でも應援は全部の役割の中で一番厳しく、少々理不尽な練習や真髄もある。だが それは周囲に敢えて一番 大変だと思わせることで、他の生徒たちの辛い気持ちを軽減させる役割もあるようだ。他生徒のガス抜きのためのイジめを肯定しているような感じで、さすがに2023年からすると時代の違いを感じるか。

そうして始まる合同体育祭。準備に半年以上かけただけあって、豪華な内容となっている。そして半年という時間があるから、どんな舞台や衣装が出てきても、驚かない。半年あれば こういうことも出来そうと思えてしまう。
そして たった1日のためだけに半年も準備した彼らの姿には青春という言葉が似合う。ただ櫓(やぐら)に関してだけは、夏から秋なんて台風シーズンなのに大丈夫なのだろうかとは思ったが。

当日はアッサムの父親だけでなくアールグレイの父親まで見学に訪れる。ここで、それ以前からアッサムの素性を疑っていた新聞部が、アッサムの父親にインタビューし、彼が身分の高い人なのではないかという疑いを濃くする場面がある。この後も新聞部はアッサムを追求する描写が挿まれるが、結局、これといった新聞部的なクライマックスはなかった。これは今後の展開の布石を打ってみたが、新聞部によるスクープという道は選ばなかったということか。本書には こういう部分が結構ある。全体として面白いことは間違いないのだが、細かく見ると全てが完璧に整っているわけではない。色々と放置されている伏線は結構 多かったりする。


の期間中、美佳はアッサムが奈子に気持ちを寄せているのではと疑ったりで彼との関係性が悪い。そうして いつものグループから離れるが、そこへ元カノが やって来て、一緒に お昼ご飯を食べることになる。奈子は美佳の分をちゃんと用意していたのだが、それを美佳が食べることはなかった。美佳の態度が奈子を落胆させることになり、フォローするのはアッサムの役割で美佳は空回りする。ここは美佳の精神的浮気と言ってもいいのだろう。彼女がいることを黙っていたり、美佳は隠し事が多い気がする。美佳に割り切った大人の関係の女性がいても驚くまい。作中で色々と失点を重ねられているのが美佳の不憫な所である。

アッサムが団長を務める應援団の姿を見て、奈子はアッサムへの特別な気持ちを自覚する。文庫版全12巻中3巻とこんなに早かったことに驚く。でも ここから急激に事態が動くわけでもないし、恋愛描写が続くわけでもないのが白泉社作品である。特に次の『4巻』で別問題を議題にすることで本題を忘れさせている。読者を退屈させることなく、恋愛描写を引き延ばすなんて芸当が出来る人は少ないだろう(大抵 途中で飽きられ、はよ話を進めろと言われてしまう)。

体育祭も終盤になった頃、朝比奈はセクハラと言葉で奈子を汚す。一体、どう育てば高校生で こんなに女性を支配しようという思考になるのか。意外だったのは助けに来るのは いつもと違って美佳の役割だったこと。アールグレイと協力して奈子をセクハラ地獄から脱出させる。汚名返上といった所なのか。そしてアッサムはというと朝比奈を直接 罰する立場となっている。そして共通の敵がいることで、2人の男性の間に流れる緊迫した空気も再び循環し始める。

ちなみに朝比奈は体育祭後の留学が決定しており作品から追放される。だからこそ普通の男性キャラでは出来ない悪行三昧が可能だったのだろう。しかし怖いのは再来を予言していることである。これも回収されなかった布石だったか、それとも本当に再登場したかも あやふやだ。でも つまり今回以上の気持ち悪い働きをしていないということだ。それだけは安心材料となる。