松月 滉(まつづき こう)
幸福喫茶3丁目(シアワセきっさ3ちょうめ)
第14巻評価:★☆(3点)
総合評価:★★(4点)
梨町で進藤さんにそっくりな女の人を見かけた潤。会いに行こうと一郎くんと、進藤さんのお母さんを知っているという安倍川・父に同行を頼み向かったけれど……? 一方、マンションの同じ階の空室に潤や父・光志を昔から知るという、萩原さんも現れて……? 大注目の第14巻!!
簡潔完結感想文
- コネをフル活用し進藤の母親と対峙する潤。男性に助けられてばかりに見えるなぁ…。
- 15年の断絶も潤によって即座に行動に移される。強い女性にしては中途半端な行動だ。
- ヒーローが悪夢から解放されたら次はヒロインのトラウマ発動。桜庭の二番煎じでは?
男性のローンウルフ型の行動に巻き込まれるヒロイン、の 14巻。
まず指摘したいのは、このラスト直前の『14巻』で登場する萩原 久雪(はぎわら ひさゆき)という人物と『13巻』で一瞬だけ大暴れした桜庭 三明(さくらば みつあき)のポジションの類似性だ。
彼らの登場によって引き起こされる展開と そして犯行動機が似ている。似すぎている。彼らの共通点は自分の境遇に対する不満の捌け口に潤を利用している。細かく言えば萩原には潤(うる)に私怨があり、桜庭は愉快犯という違いがあるが、自分の事情に第三者を巻き込んで憂さを晴らそうというローンウルフ型の動機は一致している。ローンウルフ型の犯罪者(男性)が いつも立場の弱い女性や幸せそうな人を狙うように、笑顔を輝かせる潤は格好のターゲットとなってしまったのだろう。暗い気持ちを抱えている者にとって輝かしい人は妬ましいに変換されるのだろう。被害者として潤が選ばれ、巻き込まれるのは なんとなく理解できる。
ただ結局、表面上は同じことの繰り返しに見える。潤に愛想よく近づきながら、潤を汚してやりたいという男性側の反応は既視感たっぷり。最後の最後で新キャラを登場させて やりたかったことが これなのか、疑問符がつく。
これなら萩原と桜庭は どちらかだけで良かったのではないか。そして最後の展開を考えると桜庭の方が重要なので、萩原のエピソード = 潤の「赤い封印」は丸々カットしても問題はないはず。作者の狙いとしては潤にも重い過去を用意することで、笑顔がトレードマークの彼女が笑顔をなくす日々と、それを取り戻す再生を描きたかったのだろう。でも今更 新キャラを用意して、既視感のあることをするぐらいなら進藤側の事情に終始して お節介ヒロインの立場を貫徹させた方が物語はスッキリしただろう。色々と濁らせ過ぎているし、何より ページが足りないぐらい詰め込み過ぎている。トラウマで物語に深みが出る訳ではないのに、クライマックスを過剰に演出して感動のフィナーレに繋げようとしているように見受けられる。
また『14巻』でメインの話となる進藤(しんどう)の母親・千年(ちとせ)については、彼女の行動が分からなかった。
そもそも千年・進藤関連の話で潤が完全に独断の お節介で行動していることが残念だった。この時点で潤に恋心に気づかせて、告白しないけれど進藤のために動きたいという気持ちがあるなら、少女漫画特有のヒーローのトラウマに関与するヒロインという展開になった。しかし潤は完全に自分の気持ちの消化のためだけに動き、自分から巻き込まれて傷ついたりしている。これぞ無償の愛でヒロインらしいと言えるが、ここまできたら潤に恋愛感情を持たせても 良かったのではないか。
どうも作者はメインの2人に恋愛をさせないようにしている節すら見える。いつまでも この問題に決着がつかなければ、ボヌールという作者の楽園が いつまでも継続できると思っているのだろうか。終わりを見据えた展開ならば、恋愛要素を入れ込みながら話を進めて欲しかった。恋愛要素が無いのに お節介をする無私の心だから美しいということなのかなぁ…?
そして恋愛面では一郎を勝手に脱落させたように見えたが、結局、この作品においては進藤も さほど大事ではなく、いかに潤という人間の素晴らしさを伝えるかに終始しているように見える。
そして潤が千年に向かい合う時、千年が頑固なのは分かるが、男性の力ばかりに頼って活路を開いているのが気になる。これも恋心という最大の原動力が不足しているから潤に覚悟が無いのかな、と思ってしまう。潤には もっと全力で千年に挑んで欲しかった。
話が逸れたが、千年の件に関しては、約15年前に息子を捨て、そして放置していた割に彼女の行動が軽いのが気になる。潤の お節介に ほだされた部分はあるにしろ、間もなく息子に会いに行こうとするのは自分の罪に対して十分な反省が無いように見えてしまった。これも「巻き」進行の弊害なのか。膨大なページがあるのだから、中盤で一度 千年の話題になった時に彼女を早めに出して、そこからずっと彼女が懊悩するという場面を挿んでいけば良かったのではないか。それなら千年の悩みの深さ、自分が進藤の前に出ていく罪と願望を描けたのに、小娘である潤を認めると即座に行動してしまうのは この15年という重さに見合わない。
進藤を前にしても名乗らないことを彼女の美学として描いているが、そもそもが進藤の前に出てきてはいけない人である。それだけ許されないことをした。そして出てくるなら自己満足ではなく、進藤と店長に深々と頭を下げ、自分の過失を認め、彼らに今後を委ねるべきだ。それなのに自己保身をしつつ、自分の息子を知りたい/会いたいという欲求に負けている。潤の母親同様に、誰にも屈しない女王のように描いているが、決して格好良い女性ではない。
潤にとっては自分の行動が功を奏した結果になり、彼女の自己満足は得られる。だが冷静に考えてみると ちょっとずつ違和感が残る。それは作者が作品において潤ばかりを中心にしているからだし、40歳前後の大人を全く描き切れていないからでもある。大きなドラマに必要な背景を深く理解しないまま、設定ばかり利用しているから浅く見えてしまう。重要なキャラなら もっと対話をして その人の性格を掴んでいくべきだろう。この辺は完全に作者の力量不足が原因で、深みを出そうとして失敗している。
草(そう)や健志(けんし)の想いは成仏させたが、進藤や一郎(いちろう)、潤の気持ちは何も動き出していない。「赤い封印」に加え、恋愛エピソード、そして店長の問題など描き残していることは一杯あるのに残されたのは あと1巻。新キャラを投入し続け世界を広げていった結果、メイン級のキャラでさえ、薄いエピソードしか描かれないようだ。読者にとっては 世界にはボヌールだけがあれば良かったのに、と領土拡大を図った作者を恨んでしまう。
進藤の母親らしき人物を追うために一郎と目撃した場所に向かうことにした潤。安倍川(あべかわ)家の父親に同行を求めに、彼の営む和菓子屋に向かう。そこにはフッた/フラれた関係の草がいるが、なんとか いつも通りに接することが出来た。
父親は潤の説明に対して冷静。それは進藤にとってデリケートな問題で、他人が簡単に首をつっこんでいいことではないと。しかし潤は自分のモヤモヤのためだけに独断で行動する決意があった。なんだか藪蛇になりそうな予感もするが、ヒロインだから仕方ない。
安倍川父にとって進藤の母親は高校の先輩にあたる人。母親は進藤を女性化したような容姿と性格をしていた。そして安倍川父にとって進藤との出会いは、印象的な千年との出会いを思い出さずには いられなかった。時を超え、場所を超え、母子である2人はシンクロしている。だが千年は卒業式を前に学校に来なくなり、音信不通に。そして数年後に子供を出産したという話だけが安倍川父に聞こえてきた。
そんな話をしている内に、千年が彼らの目の前に現れる。安倍川父を覚えていたことで千年との交流が始まる。
初対面の人と決して距離を縮めようとしない千年に対し潤は、早速 息子についての話を切り込む。だが お前らには関係ねーだろ、と千年は進藤のような反応をして、立ち去ってしまう。
そんな千年を尾行し、家を突き止める3人。一郎と安倍川父は、潤に考える時間を与えるために彼女を残しコンビニに行く。1人になった潤が千年の名を呟いていると、1人の男性が潤に声をかけ、千年の家の前まで連れていく。どうやら千年の仕事の関係者らしい。千年は玄関を開けてくれるが千年は その男性の横にいる潤の存在を認め、彼女や進藤の行動に嫌味で応じる。
潤が悪意に晒されるのは『13巻』の桜庭のホテルでの一件に続いて2回目ですね。巻末からは3回目が待ち受けている。これがヒロインの試練なのでしょうか。
自分に悪態をつく千年に対しては壁に頭突きをすることで潤は混乱する頭をリセットし、言いたいことをちゃんと述べる。桜庭の時も頭突きが反抗の狼煙になっていたから、頭をスッキリさせる作用があるのだろうか。
それでも千年は低い温度で対応する。お節介ヒロインの象徴の潤と、いらないから捨てた進藤をバッサリと切り捨てる。
潤は その言葉にショックを受け その場から走り去ろうとする。その潤の手を取ったのは先ほどの男性。その男性は絵本作家である千年の本で挿絵を描いている人だった。10年以上 千年と関わっている彼は、雑誌に載った息子を見た千年の変化を敏感に感じ取っていた。だから千年と潤を会わせることで千年の変化を促進させるのでは、という狙いもあったようだ。親切心だけでなく潤を利用しようとした面もある。
潤は彼から手渡された千年の描いた絵本を読んだことと、そして彼女が子供を守った事実を知って、千年を「いい人」認定する。桜庭の時もそうだったが、いい人に認定した人のことを、どこまでも信じるのが潤である。
だから もう一度、千年の家の前に立ち、ドア越しに彼女と対話をする。それに親から贈られた名前を大事にする潤には、進藤に咲月というキレイな名前を贈った千年が悪い人には思えない。
そして今の千年は、店長と家族になった息子に近づかないように自分を律しているように思える。だから潤は彼女が進藤と接する機会が持てるように、玄関のポストにボヌールの住所を書いたメモを投函し、その後の行動を千年に委ねる。潤にとって 今回の試みは やって良かったことと消化されたようだ。
ただ千年に対する印象は、潤の狭い視野での「いい人」であって、子供を捨てたという進藤のトラウマに対しての答えは一つも得られていない。潤が進藤の悲しみに少しも寄り添っていない感じがして首を傾げてしまう。
一方、進藤は、桜庭に連れられ、カフェで2人でお茶をしていた。ここで急に進藤の中で留学が視野に入っていることが語られ、桜庭は留学費用を自分が持つ代わりに、自分が社長を務める老舗洋菓子チェーン・ブロッサムへのスカウトを始める。だが進藤は断る。桜庭は再度 潤に手を出すと脅迫するが、進藤の態度は毅然としていた。
そんな進藤は潤が安倍川 草と交際しているのかが気になる様子を見せるが、その動機が潤への恋ではないという中途半端な態度を見せる。そんな進藤の態度に、一郎は業を煮やす。草の玉砕の後は、一郎が行動するのだろうか。三角関係を描いている余裕なんて本書には無いのが残念。もっと この部分を広げて欲しかったなぁ。
しばらくして千年は潤のメモを頼りに、別の理由をつけて来店する。潤は千年の席に鏡を置き、間接的に進藤の姿が見えるようにする。だが進藤が淹れたコーヒーを早々に飲み干して千年は退店してしまう。
潤は彼女を追いかける。潤のメモを突き返し、もう二度と来ないと千年は言う。当時 全てに疲れ、息子を置いてきた自分に進藤に会う資格はないと厳しく自分を罰していた。
潤に「咲月を よろしく頼みます」と頭を下げ、彼女は立ち去る。その前に潤は進藤の父親について質問をする。その人は「…アタシが惚れた 最初で最後の男」だそうで、彼は息子の存在を知らないという。両親の愛情という、多くの人が当たり前に受けられるものを進藤から勝手に奪ったのは千年。父親である男性に告げていれば、その後の未来も変わったかもしれないのに、自分で背負い、自分で放棄した。その身勝手さを分かっていながら、息子に会うのは都合が良すぎる。進藤が会おうとしない限り、母は息子への未練など見せてはいけない。そんな資格、彼女にはない。
こうして潤の試みは失敗に終わったように見えるが、千年は潤を認めて帰る。桜庭のように自分に敵意を向ける人にも潤が好印象を与えれば、本書はそれでいいのだろう。笑顔・シアワセ・良い人、そんな浅い言葉で本書は成立している。
進藤は千年とは直接 会ったという実感はないが、進藤は千年の来店で何かを感じ取ったらしく、悪夢から解放された。トラウマの終焉だろうか。なんか論点がズレている気がしてならない。15年の葛藤を埋めるようなエピソードは、進藤にも千年にも無かったのに。ご都合主義の駆け足という印象が残る。
進藤のトラウマに一段落をつけたら、今度は潤の番。さすがクライマックス。どうやら潤の母親が心配する「赤い封印」の封印が解かれることになりそうだ。
そのために潤の親族が総動員される。父方の祖父、そして父の妹である叔母が顔を出す。この叔母さんは『9巻』の番外編で お見合いをするとか言っていた人ですよね。健志の母親でもある。
そして潤のマンションの同じ階に萩原 久雪という男性が引っ越してくる(隣の進藤宅の そのまた隣)。どうやら彼は昔から潤を知っているらしく、潤が父・光志の娘だと見抜く。封印を解くのは この人だろう。そして潤もまた萩原を知っている予感に囚われる。
だが桜庭と同じく、萩原も笑顔の下で潤を壊したいと思っているようだ。うーん、似たような人が連続で出てきてインパクトがない。つくづく「赤い封印」は不必要だなぁ。
潤は萩原にボヌールを紹介する。だがボヌールに顔を出した萩原は、自分の過去、そして光志に深く関わる潤が そこで笑顔とシアワセに溢れて過ごしていることが許せなり、気分が悪くなる。だが その牙を隠したまま、萩原は潤に近づいていく…。